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「死神に鎮魂歌を」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :>>1 :2011/04/02(土) 22:30:32.71 ID:Ly96EW4AO
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木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
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いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
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こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
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アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
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2 :>>1 :2011/04/02(土) 22:31:23.20 ID:Ly96EW4AO
序章

主よ、永遠の安息を彼らに与え、
絶えざる光でお照らしください。
3 :>>1 :2011/04/02(土) 22:31:53.42 ID:Ly96EW4AO
ここはどこだ。

ぼくはなんだ。

「やあ、やっと起きたかい。おはよう」

あなたはだれ。

「君の仕事の上司になるものだよ」

しごとのじょうし。

「ああ。実はね、君の魂はかなり傷付いているんだ」

「下手をすると、君の魂は“壊れて”しまう」

え。

「こちらとしてもそれは避けたい」

「だから、少しばかり傷を癒してほしい」
4 :>>1 :2011/04/02(土) 22:32:44.72 ID:Ly96EW4AO
しごとをしてきずをいやすの?

「そう」

なんかへんなの。

「素直でよろしい。やってくれるかい?」

ぼくにはこのみちしかないんでしょ?

「はは、そうなるな」

ねえ、そのおしごとはなにをするの?

「うん、いい質問だね。というかそれが本題か」

「大雑把に言えば――魂の回収」

「職業名でいえば、」
5 :>>1 :2011/04/02(土) 22:33:12.58 ID:Ly96EW4AO






  「死神だ」





6 :>>1 [sage]:2011/04/02(土) 22:36:57.03 ID:Ly96EW4AO
そんなわけでこんばんわ。
雰囲気作りのためにレクイエムから抜粋していますが、大きな意味はないです。
もしも「こんなことに使うなど許せん!」と思われたら言ってください。
7 :>>1 :2011/04/02(土) 23:53:38.91 ID:Ly96EW4AO
第一章

主よ、あわれみたまえ。
8 :>>1 :2011/04/02(土) 23:54:13.04 ID:Ly96EW4AO
僕とパートナーはとある個室の病室にいた。

備え付けられてあるパイプ椅子に誰の許可もなく座る。

ベッドの上で、12、3ぐらいの少年が眠っていた。

ずっと入院をしているのか肌は真っ白だ。唇は紅を付けたように赤い。

胸が上下していなければ陶器人形だと思ってしまいそうだ。
9 :>>1 :2011/04/02(土) 23:54:44.22 ID:Ly96EW4AO
「もっとも、陶器人形が病院に寝てるとは考えづらいけど」

「……」

パートナーは僕のセルフツッコミを完全に無視した。

せめて「何言ってんの?」ぐらいの視線が欲しいものだがそれすらない。

さっきから一ミリも動かず、ただ目前の少年を見ているのみ。
10 :>>1 :2011/04/02(土) 23:55:10.07 ID:Ly96EW4AO
「……」

「……」

静かだ。

少年の苦しそうな呼吸音だけが病室を満たす。

僕らは、お互いに物音すら立てないでじっとそれを聞いていた。

何かを掴もうと必死に手を伸ばすような、そんな呼吸音を。

パートナーが自分の顔にかかる髪を掻き上げたときだった。

ふいに少年が目を開いた。
11 :>>1 :2011/04/02(土) 23:55:37.18 ID:Ly96EW4AO
少年の目がしばらく宙をさまよった後、僕らに焦点があった。

少年「……あなた達は?」

何故か自分の病室に堂々と居座る不審人物に話しかける少年。

悲鳴をあげる余裕がないのか一般常識が足りていないのか。

どちらにしろ、僕らには関係ないんだけど。

「直に分かるわ」

パートナーは感情無く答えた。

その言葉にはいつも暖かさも冷たさも感じられない。

ちなみにこれが今日パートナーが初めて発した言葉だったりする。
12 :>>1 :2011/04/02(土) 23:56:46.95 ID:Ly96EW4AO
少年は「そう」と言ったきりそれ以上は聞かなかった。

もしかしたらこれ以上パートナーから聞き出すのは無理だと察したのだろうか。

そうだとしたら頭の良い子だ。ということは僕は頭の悪い子か。

くそ、僕だって最初からパートナーの性格を掴めていれば…。

少年「…神様っているのかな」

ぽつりと、誰にでもなく少年は呟いた。
13 :>>1 :2011/04/02(土) 23:57:42.73 ID:Ly96EW4AO
少年「神様は苦しんでいる人に手を差しのべるというけど」

少年「ボクには、奇跡は起こらないんだ」

少年「本当にいるのかな、ボクを助けてくれる神様は」

棒読みのように少年は語る。

言葉の端からは諦めがにじみ出ていた。

僕はそれを否定できないし、肯定もできない。

神様というのはとてもあやふやな存在だから。

だからただ黙っているしかなかった。
14 :>>1 :2011/04/02(土) 23:58:55.92 ID:Ly96EW4AO
と、カラリと病室のドアが開いた。

中年の看護師だ。手には錠剤を持っている。

看護師「お薬の時間ですよー」

僕たちには目もくれない。部外者なのに。

看護師は笑顔をへばりつかせた顔で、少年に薬を渡した。
15 :>>1 :2011/04/02(土) 23:59:51.94 ID:Ly96EW4AO
少年「……ねえ、いつもとお薬違くない?」

じっと薬を見て、少年は首をかしげた。

看護師「そんなことありませんよ。気のせいじゃありません?」

一体何を言ってるんだと言わんばかりの看護師。

少年は怪訝な顔をしつつも、大人しく慣れた手つきで薬を飲み込んだ。
16 :>>1 :2011/04/03(日) 00:00:20.16 ID:vMY8641AO
少年の点滴などをチェックし、病室から出る直前に、

看護師「ああ、そうそう」

と彼女は振り向いた。

看護師「ちゃんと椅子使ったら仕舞っておくように家の人に言ってね」

少年「はい」

そして。

一切僕とパートナーに触れずに看護師は行ってしまった。
17 :>>1 :2011/04/03(日) 00:01:17.84 ID:vMY8641AO
結果を言うと、少年の飲んだ薬は間違えていた。

だから、あの時に看護師は少年の言葉で気付かなければいけなかった。

看護師が立ち去って数十分後、彼は胸を押さえ苦しみ出した。

しきりに咳き込み、身体を九の字に曲げて。

椅子から立ち上がり少年の代わりにナースコールを押してやる。

もう間に合わないけれど。

気休めにはなるだろうと思って。
18 :>>1 :2011/04/03(日) 00:03:47.89 ID:vMY8641AO
少年「神様は」

激しく咳き込みながらなんとか言葉を紡ぐ。

少年「……いないんだね」

彼はか細く悟ったように結論付けた。

せめての彼の幸せは、丁度病室に入ってきた家族を一目見れたことだろうか。



パートナーは何処からか鎌を取り出し、魂を回収した。

そして誰にも止められること無く僕とパートナーは病室を出ていった。
19 :>>1 [sage]:2011/04/03(日) 00:04:15.73 ID:vMY8641AO
第一章終わりです。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/04/03(日) 00:19:08.45 ID:ozv2Kl4K0
期待
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 00:37:42.37 ID:y8769JrSO
おもしろい。続きもよろしく〜
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage saga]:2011/04/03(日) 01:05:35.25 ID:A+XnZRfO0
前にオリジナルSS総合に居た人かな?

何にせよ期待
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2011/04/03(日) 06:41:57.61 ID:8jjoLiV6o
期待支援
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 09:45:37.92 ID:jy+CExyno
期待
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/03(日) 19:43:03.24 ID:CYmSGEIh0
きたい
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/04/03(日) 21:24:10.93 ID:2bYSNnYKo
期待

あと、俺が間違ってるかもしれんが
体を九の字っておかしくね?
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/04(月) 01:16:14.50 ID:USjR22bSO
>>26
想像して吹いたwwwwww
28 :>>1 [sage]:2011/04/04(月) 08:45:14.03 ID:2s5E2Q4AO
>>26
( ・Д・)あっ…
(・Д・)……。
うわ本当だはずかしっ!!
29 :>>1 :2011/04/04(月) 23:18:32.29 ID:2s5E2Q4AO
第二章

その時哀れな私は何を言えば良いのでしょう?
誰に弁護を頼めば良いのでしょう?
正しい人ですら不安に思うその時に。
30 :>>1 :2011/04/04(月) 23:19:28.34 ID:2s5E2Q4AO
僕とパートナーはとある川の橋にいた。

手すりに肘をのせ、顎を支えながら流れる川を眺める。

土手の桜が満開だ。

時折風が吹き、桜の花びらがぱぁっと散る。

そして川に落ちた花びらが水の流れと共にゆっくりと流れていく。

その一連のながれはなかなか美しいと感じた。
31 :>>1 :2011/04/04(月) 23:20:36.76 ID:2s5E2Q4AO
「風情というのかな、そんなのがあるよね」

「……」

「こういうのを見ながら大人はお酒を飲むんだね」

「……」

「花見する意味って僕はよく分からないんだけどさ」

「……」

横にたたずむパートナーも川の流れを見ている。

その横顔からは一切感情を感じられなかった。

32 :>>1 :2011/04/04(月) 23:21:02.99 ID:2s5E2Q4AO
時折、舞う桜の花びらを目で追ったりしてるから興味は持っているのだろう。

そして僕の言うことには反応がない。

ふむ。これから考えられることは。

僕の話は桜より興味がないってことか。

うわぁ…それは、ちょっと、ショックかな…。

でもただ反応がないだけで、聞いてはいる。

確信して言える。
33 :>>1 :2011/04/04(月) 23:21:53.36 ID:2s5E2Q4AO
僕が彼女と共に行動し初めた頃。

話しても話しても言葉を返してくれなくて軽く凹みかけた時。

話を止めた僕に、パートナーは「それで?」と聞いた。

あの時の話題はなんだったか忘れたけど。

それが、話を聞いてくれていると認識したときだった。

内容まで聞いてるかは別として。
34 :>>1 :2011/04/04(月) 23:22:24.05 ID:2s5E2Q4AO
上司曰く、こんなに彼女と続いているのは初めてだとか。

続いてるというのはもちろん仕事の意味で。

無口。無反応。無表情。

まるで機械のように、ただ淡々と仕事を処理するだけの彼女。

苦手な人には苦手だろう。

今まで、何度か他の人とチェンジしてくれと懇願されたとか。

困ったときに僕が現れてこれ幸いと僕と彼女を組んで今に至る。

35 :>>1 :2011/04/04(月) 23:23:03.14 ID:2s5E2Q4AO
上司の「もうどうにでもなーれ」という考えはそろそろ何とかしなければ。

それにしても、どうして彼女はそんなにも淡々としているのかか気になった。

…やはり『過去』が関係しているのだろうか。

あいにく僕は『過去』を全て綺麗に忘れているから、どんな死

「……っ」

突然頭痛が襲った。思わず頭を抱える。

やっぱりだ。このことを考えると必ず頭痛がする。
36 :>>1 :2011/04/04(月) 23:23:43.49 ID:2s5E2Q4AO
「……」

視線を感じたので、頭を少しあげてその方向へ目を向ける。

いつの間にか、パートナーがこちらを見ていた。

「…ああ、頭痛が」

笑ってみせると、パートナーは一度だけ頷いた。

大方、了解みたいな意味合いだろう。

ずきずきと、まるで何かを押さえるよう隠すようにに頭が痛む。

…もう、ひとのからだじゃないのに。
37 :>>1 :2011/04/04(月) 23:24:20.45 ID:2s5E2Q4AO
「……何か」

「え?」

「何かあるなら聞く」

パートナーは僕の方は見ずにそう言った。

今僕の顔はぽかんとしてると思う。すごい間抜け面だろう。

ど、どうしよう。すごい長文で話されちゃった。

「…ありがとう。いつでも言わせてもらうよ」

それ以上パートナーの反応はなかった。

けど、ちょっと嬉しかった。
38 :>>1 :2011/04/04(月) 23:25:18.02 ID:2s5E2Q4AO
話を聞いてくれる人がいるのは結構良い事なのかもしれない。

心理学者とかじゃないからあまり分からないけど。

話を聞いてもらうと気が楽になるとかよく言うもんな。

「…さてと」

手すりから少しだけ身を乗り出し真下を見る。

桜の花びらが流れる川の中で。

関節が変な方向に曲がった男性が横たわっていた。
39 :>>1 :2011/04/04(月) 23:26:53.76 ID:2s5E2Q4AO
川は比較的浅いため身体の一部は濡れずにすんでいる。

濡れなかったからどうとかはもうこの人には関係ないけど。

「予定より早いね」

「……」

「そこまで切羽詰まっていたのかな」

話を聞いてくれる相手がいたならこの人も死ななかったのだろうか。

支えてくれる何かがあれば飛び降り自殺なんかしなかったのだろうか。

「もう分からないけどさ」

おお、今日の僕は珍しく色々考えてるな。

40 :>>1 :2011/04/04(月) 23:27:40.16 ID:2s5E2Q4AO
「予定時刻だよ」

「……」

僕が言うと、パートナーは何処からか鎌を取り出した。

大きくて鈍い色をした鎌。

「……」

そして軽々と手すりを乗り越えて下に落ちた。綺麗に着陸した。

濡れるのは気にしないのか。僕もしないけど。

さあ、パートナーだけ行かせるわけにはいかない。

僕も手すりに足を載せ、足から飛び込むように下へ落ちた。
41 :>>1 :2011/04/04(月) 23:28:39.19 ID:2s5E2Q4AO
第二章終わりです。
なんだか人の死に無頓着な二人です。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/05(火) 00:17:43.79 ID:MaJoBVrko
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/04/05(火) 01:07:23.14 ID:cpw7ogYt0
なんか昔見た死神の女の子が出てくるアニメ思い出した。
44 :>>1 :2011/04/05(火) 16:47:32.23 ID:yAOEVS+AO
第三章

主の御名において来る者は祝福されますように
45 :>>1 :2011/04/05(火) 16:48:27.26 ID:yAOEVS+AO
僕とパートナーは、少し古びた感じの家の前に立っていた。

庭には花が咲き誇っていて、家主のセンスが伺える。

一度パートナーと目を合わせて、インターホンを押した。

「はいはい」とドアの向こうで誰かが返事をして、警戒心がまるでないのかすぐにドアが開いた。

出てきたのは小柄なお婆さん。

僕たちの姿を見るとにこりとシワだらけの顔で微笑んだ。

老婆「いらっしゃい、お茶はいかが?」
46 :>>1 :2011/04/05(火) 16:49:06.53 ID:yAOEVS+AO
老婆「もうあれから何年かしら」

お婆さんは僕らに椅子と紅茶を薦めると自分も椅子に座った。

「八年ですね」

僕が言うとお婆さんは深く深く息を吐いた。

「あの人がいなくなって、もうそんなになるのねぇ」

その視線の先には一つの写真立て。

その中では一組の夫婦が幸せそうに並んでいた。
47 :>>1 :2011/04/05(火) 16:49:34.22 ID:yAOEVS+AO
老婆「早いわねぇ」

「早いですね」

老婆「私の足も、すっかりいうことをきかなくなったわ」

膝をさする。

「町としては何も変わらないんですけどね」

誰かが生まれても。

誰かが死んでも。

町はただ、変化を飲み込んでいつも通りに廻っていく。
48 :>>1 :2011/04/05(火) 16:51:13.25 ID:yAOEVS+AO
老婆「人間は変わるのよ」

柔らかい笑みで僕を見る。

老婆「わたしもあの時から随分と老けたわ」

「………」

「………」

僕とパートナーは黙り込む。

あ、いやパートナーはそもそも何も言ってないけど。

八年か。

いつの間にかにそんなにたっていたんだ。
49 :>>1 :2011/04/05(火) 16:51:40.50 ID:yAOEVS+AO
僕たちは置いていかれていく。

この人に。

町に。

時代に。

それを悲しいとは思わない。

それを虚しいとは思わない。

それは仕方ないことだから。

ただ確かに時間は僕らを避けて進んでいくのだ。
50 :>>1 :2011/04/05(火) 16:52:07.99 ID:yAOEVS+AO
「僕は、何が変わったんでしょう」

ぼそりと呟いてみる。

「僕」が生まれたあの日から。

パートナーと出会ったあの日から。

あの写真立ての中で笑っている、男の人を迎えに来たあの日から。

今まで何かは変わっているのだろうか。

身体も何も変わらない僕でも、何かは変わっただろうか。
51 :>>1 :2011/04/05(火) 16:52:33.73 ID:yAOEVS+AO
「……」

パートナーが無言で紅茶を口に運ぶ。

こっそり砂糖を入れているのを見たのは秘密。

老婆「あなた達はどうなのかしらね」

ことりとカップを置いてお婆さんは指を組んだ。

指を組むのは「彼」もしていた気がする。うろ覚えだけど。

その事を言うとお婆さんは嬉しそうに笑った。

わたしのなかにあの人が居るのね、と。
52 :>>1 :2011/04/05(火) 16:53:38.74 ID:yAOEVS+AO
老婆「進む人もいなくちゃいけないけど」

背もたれにゆったりと身体を預けて話始めた。

老婆「止まっている人もいていいと思うのよ」

「止まっている人…」

それは僕らを示しているのだろうか。

老婆「そう。何も進むだけがこの世界じゃないのよ」

「…よく分かりません」

頭がこんがらがった。

老婆「いつか、分かるわ」
53 :>>1 :2011/04/05(火) 16:54:05.98 ID:yAOEVS+AO
お婆さんは首をかしげる僕からパートナーに目を向ける。

老婆「ねえあなた」

「……」

カップから視線をあげて、パートナーはお婆さんを見つめかえした。

どうやら紅茶を頑張って冷ましていたらしい。猫舌なんだろうか。

老婆「少し明るい服装にしたのね」

「……そう思いますか」

あ、珍しく返事した。
54 :>>1 :2011/04/05(火) 16:54:31.49 ID:yAOEVS+AO
改めてパートナーの服装を眺める。

黒いカーディガンに黒ジーパン。確かブーツも黒かったはず。

あと黒髪だから、頭の先から爪先まで真っ黒。

パッと見、明るい印象はないんだけどな。

彼女も“変わった”のだろうか。

知らず知らずに。
55 :>>1 :2011/04/05(火) 16:54:57.88 ID:yAOEVS+AO
お婆さんはパートナーのことをそれ以上は言わなかった。

老婆「お花がこのまま枯れていくのは悲しいわ」

窓の外を見て残念そうにため息をつく。

窓の外には色様々な花が鮮やかに咲いていた。

庭からも家からも花が見えるのか。なんかいいな。

老婆「誰か、育ててくれると良いんだけれど」

呟いて、眠たげに目を閉じた。

「……」

その様子を見てパートナーが静かにカップを置いた。
56 :>>1 :2011/04/05(火) 16:55:40.69 ID:yAOEVS+AO
「…覚えていますか。あの時の約束」

パートナーがそっと立ち上がった。

老婆「あらいけない。忘れるところだった」

お婆さんは再びまぶたを開いて、いたずらっ子のように肩を竦めてみせた。

えっと、僕だけがついていけてないみたいだ。

すぅっとパートナーが手を振るといつの間にか大きな鎌がその手に握られていた。

重たげな鎌を軽々と持ち上げているのは些か恐怖を感じるが。
57 :>>1 :2011/04/05(火) 16:56:09.07 ID:yAOEVS+AO
老婆「綺麗ね」

お婆さんは美しいものを見るように目を細めた。

「そうですか」

パートナーも自分の鎌を見やる。

鈍い色の刃が光を反射していた。さすがに鏡みたいに物を映したりはしない。

老婆「見れて良かったわ」

そして。

予定通りに彼女は息を引き取った。



僕らは体温を無くしつつある彼女に紅茶の礼を言って家から出ていった。
58 :>>1 :2011/04/05(火) 16:56:43.45 ID:yAOEVS+AO
第三章終わりです
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/05(火) 17:36:56.15 ID:2j4uZAA2o
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/05(火) 22:25:41.64 ID:MaJoBVrko
61 :>>1 :2011/04/08(金) 13:13:45.75 ID:UnwKwIjAO
――ごめんね。

思い出したのは、ひたすらに贖罪する声。

――ごめんねごめんねごめんね。

それは誰に向けた贖罪なのか。

――ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんね。

なぜそこまで謝り続けるのか。

なぜ謝ってまでも『それ』をし続けるのか。
62 :>>1 :2011/04/08(金) 13:14:52.94 ID:UnwKwIjAO
――ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんね。

理解ができない。

理由が分からない。

頭がひどく痛む。

――ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんね。

まるで誰かに強く殴られたように。

額がやけに生暖かい。

…もしや、殴られたのか?
63 :>>1 :2011/04/08(金) 13:19:03.86 ID:UnwKwIjAO
――ごめんね……

そういえば。

今、わたしは何をされているのだろう。

――……………!

わたしは何を言われているのだろう。

――あんたが!

――あんたが[ピーーー]ば!

突然怒鳴られる。

――さっさと捧げられなさい!

ぼやけた意識の中、なんとなく理解した。

そうか。

わたしは、殺されるのか。
64 :>>1 :2011/04/08(金) 13:19:31.25 ID:UnwKwIjAO
叫びは続く。

狂ったように続く。

――村を助けるためにはそれしかないのよ!

村。

わたしの住んでいる村のことだろうか。

――[ピーーー][ピーーー][ピーーー]!!

次第に胸が重くなって。

次第に息が苦しくなって。

わたしは大して未練もなく意識を手放した。



65 :>>1 :2011/04/08(金) 13:20:03.88 ID:UnwKwIjAO




「もしもーし!」

「!」

「はぁ、やっと起きた。大丈夫?」

目の前いっぱいに、私とペアを組んでいる少年がいた。

二三回瞬きをして、うたた寝をしていたことに気づく。

公園のベンチに座ったところまでは覚えている。

が、その後いつの間にか寝ていたらしい。

66 :>>1 :2011/04/08(金) 13:33:07.71 ID:UnwKwIjAO
手櫛で髪を大雑把にだが整える。

額にふつふつと汗が浮き出ていて気持ちが悪い。

「……仕事は…」

寝坊したので仕事遅れましたなんて言ってられない。

上司は甘すぎる為怒らないだろうが、おちょくられるのは目に見えている。

「まだ時間あるよ」

彼はいつもより控えめに答えた。

その言葉に安心する。

がくりとベンチの背もたれに体重を預けて空を仰ぎ見た。

空は、相変わらず青い。
67 :>>1 :2011/04/08(金) 13:39:51.62 ID:UnwKwIjAO
ぼうっと雲の流れる様を見ていると彼が軽く笑った。

視線(だけ)を向けると、「ごめんごめん」と謝る。

先ほどの光景が浮かび、ずきりと頭が痛んだ。

謝り、次第に狂いだす誰かの声。

だがそのことよりも彼の話のほうが大事だ。多分。

「君にも表情があるんだなって」

表情?

「しかめっ面だよ、今」

顔をなぞってみる。確かに眉間に皺が寄っていた。

皺を指でほぐしてみる。

そこではたりと気がついた。
68 :>>1 :2011/04/08(金) 14:14:55.68 ID:UnwKwIjAO
……私は普段どんな顔をしているんだっけ。

口角は上げても下げてもいないはずだ。

頬も。目も。

表情というのはなかなか難しい。

ベンチから立ち上がり軽めに伸びをする。

「あなたは」

話しかけると、彼はかなり驚いた顔をした。

「記憶、戻ってきた?」

「…いや。まだだよ」

次の瞬間にはどこか悲しげな表情。

随分とコロコロ表情を変えるなと感想を持った。

「そう」

「そっちはどう?」

「……」

無視しても良いだろう問い。

でもそれをわたしは許さなかった。

「死んでる途中のなら」

69 :>>1 :2011/04/08(金) 14:24:14.47 ID:UnwKwIjAO
「そっか」

それ以上は突っ込んでこない。優しさというものか。

誰かに殺された最期。

重い重い記憶。

私はそれに押し潰されていくのだろうか。

「もし、鎌が重かったなら言ってよ」

彼が何でもない調子で言った。

「僕が半分もつから」




彼と共に押し潰されていくのなら。

それも、構わない気がする。
70 :>>1 :2011/04/08(金) 14:24:42.35 ID:UnwKwIjAO
第三.五章

私の祈りは価値のないものですが、
優しく寛大にしてください。
71 :>>1 [sage]:2011/04/08(金) 14:25:24.30 ID:UnwKwIjAO
第三.五章終わりです。
サブタイを入れ忘れたなんて言えない。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2011/04/08(金) 20:13:19.85 ID:dfqlMugDO

目欄にsagaで死ねや殺すの変換すり抜け可能ですよ
sageじゃないよ!
73 :>>1 [sage]:2011/04/08(金) 20:58:13.15 ID:UnwKwIjAO
ありがとう
次回からサガるね
74 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:18:24.76 ID:pmVwRWHAO
始まるよ。
鬱というか、モヤモヤな出来になりました。
75 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:18:52.90 ID:pmVwRWHAO
第四章

主よ、永遠の死から私をお救いください
76 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:19:20.15 ID:pmVwRWHAO
僕とパートナーはとある裏路地に来ていた。

悪臭が漂っていて、衛生上あまり良くない環境だ。

そしてここで一人、ぺたりと座ってガタガタ震える青年がいた。

年は19かそのぐらい。

青年「死にたくない」

傷だらけの口をどうにか動かして言葉を絞り出す。

金髪に染めた髪は着ている服と同じく血や泥で汚れていた。
77 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:19:49.20 ID:pmVwRWHAO
「ふぅん」

その言葉を聞いて、僕はどんな顔をしているのだろう。

パートナーは相変わらずの無表情だ。

「それ、君が言えるセリフなのかな」

一段と震えだす青年。

「強盗に強姦に殺人にリンチ…だっけ」

指折りながら経歴をあげていく。

よくもまあ、この年でそこまでやったもんだ。
78 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:20:46.98 ID:pmVwRWHAO
青年「あれは…あれは仕方なかったんだ」

「へえ」

ついでにここまで僕と彼は目を合わせていない。

目を合わせるのも会話の一部なんだなぁ。ちょっと話しづらい。

パートナーとの時はそこまで話しづらくないんだけどな。

あ、そもそも会話成立してなかったや。

青年「逆らったら俺まで殺されるんだ!」

「ふーん」

青年「そうだ、仕方なかったんだ!」

あははは、と彼は狂ったように笑いだした。

…言っていることがやけに小物っぽいのは気のせいか。
79 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:21:14.83 ID:pmVwRWHAO
散々笑ったあと、ふらりと突然青年が顔を上げる。

その虚ろな目が僕たちの姿を捉えた。

青年「…あれ?」

かさかさの声で疑問を発した。

青年「お前らは…お前らは、どこかで……」

「ああ、覚えていてくれたんだね」

どうもと軽く頭を下げる。

一見すると記憶力悪そうなのに。

流石にそれは言い過ぎか。
80 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:22:22.57 ID:pmVwRWHAO
青年「おま、お前は…なんなんだ?」

今更存在に気づいたというように、頬がひきつり始める。

じゃあ今まで誰と話していたつもりだったんだか。

「なんていうのかなぁ」

上手い例えが思い浮かばない。

ここはいっそ、パートナーの言葉を借りてみるか。

いやそれはパートナーが言うからこそ意味があるんであって。

それに勝手に使ったら大変なことになりそう。
81 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:23:10.49 ID:pmVwRWHAO
「んー…傍観者かな」

お、思ったよりぴったりだ。

これに得体のしれないイタさが滲み出てなければ満点だ。

「ずっと見てたよ。君のこと」

この言い方じゃまるでストーカーみたいだな。

「どうだい?人殺しは楽しかった?」

一時期、仕事先に必ず青年がいた時があった。

いわゆる加害者として。

その時期の事件の全てに彼が関わっていると見ていいだろう。

どう考えても。
82 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:24:33.05 ID:pmVwRWHAO
「どうみても脅されてやってるようには見えなかったけどね」

愉快げに愉悦げに。

あれが演技なら大したものだ。

「死んで楽になれるなんて考えないでね」

罪を並べて死を恐れさす。

それがあの人達の最期の願いだったから。

せめてもの慰めと、『同類』が増えることの予防だ。

青年「……。だからなんだ」

妙にひらけた顔をする青年。

あっちゃあ、どうも開き直ってしまったようだ。
83 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:25:00.90 ID:pmVwRWHAO
青年「死んだやつらが悪かったんだよ」

青年「勝手に死んだから…」

しかもいやな方向に開き直りやがった。

ため息をつく。

あの人達には悪いけどあまり罪悪感を覚えさせることは出来なかった。

世の中なかなかうまく事を運べないものだ。

青年「そうだ…」

にへら、と彼は笑った。

青年「どうせ死ぬなら、お前らを道連れにしてやる」

なんで元気になり始めたこの人。
84 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:25:26.73 ID:pmVwRWHAO
「だって。どうする?」

パートナーに聞いてみる。

「……」

首をふるふると横にふった。

相手にするなということらしい。

「だよね」

納得して向き直る。

青年「随分余裕じゃねぇか…」

かすれた声で不満を洩らす。怖がって欲しかったみたいだ。

「余裕というか、君は僕に勝てない」
85 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:25:54.04 ID:pmVwRWHAO
青年「は?」

「不戦勝とでもいうのかな」

青年「…舐めくさりやがって!」

適当な大きさの石を僕の頭へ振りかざす。殴り付ける。

でも。

僕は怪我をすることも血を流すこともなかった。

そもそも当たってないし。

青年「な…?すり抜けた?」

「うん」

僕の胸あたりに彼の手が沈んでいた。

あまりいい気分ではない。視覚的な意味で。

「僕たちにはもう肉体というものがないんだ」
86 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:26:21.63 ID:pmVwRWHAO
「君と僕で持ち合わせてるのが違うんだ」

青年「う、嘘だろ?」

「いいや、ほんとさ」

そんなやり取りを交わして青年は石をボトリと落とした。

なんかショックを受けたらしい。

再び震えだした。

青年「一体全体なにがどうなってんだ?」

青年「お前らは誰だ?」

青年「どうしていつもいたんだ?」

質問攻め。
87 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:26:47.95 ID:pmVwRWHAO
「なんで君の側に度々いたかって?」

「……魂を回収するために」

「だからいたんだ。つまり、」

「死の近い人間の場所へ私たちは現れる」

「君の手で何人死んだことやら」

「両手で数えられる?」

「誰なんだっていうのは実は僕も分からない」

「私も分からない」

「でも身分なら言えるよ」

「そう。私たちの身分」



「「死神」」



88 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:27:38.89 ID:pmVwRWHAO
青年「しに…」

言いかけたところで甲高い破裂音が響いた。

青年の頭から血飛沫がびしゃあっと舞う。

男「やれやれだ。人の女まで盗りやがって」

サングラスをかけた如何にもな男性はずかずかと僕らの側まで来た。

彼を見下ろして、致命傷を負わせたことを確認する。

そしてまたもと来た道を戻って行った。

「…色々、悪いことしすぎじゃないか」

まだ若いくせに。
89 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:28:05.04 ID:pmVwRWHAO
パートナーはそっと倒れ付した彼の元に膝をつき、耳元に囁いた。

「…伝言」

「『それでも愛してる』」

青年は一度大きく目を開けて、そのままボロボロと涙を落とした。

パートナーが立ち上がり、鎌を構えた。

「ハッピーエンドかバッドエンドかどっちだろう」

「……」

「そうだね。様々な意味でのバッドだ」

頷いて、パートナーは鎌を振った。
90 :>>1 [saga]:2011/04/11(月) 23:29:04.15 ID:pmVwRWHAO
第四章終わりです。
話がどうしても明後日の方向に行く…。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/12(火) 09:41:23.00 ID:hg85bHKvo
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/12(火) 21:03:11.20 ID:mEie2atSO
93 :>>1 [sage]:2011/04/13(水) 22:31:50.20 ID:ew2L1JeAO
ヘタレとツンデレは相性が悪いと思うんです。
では始めます。
94 :>>1 [saga]:2011/04/13(水) 22:32:29.43 ID:ew2L1JeAO
第五章 前半

裁きをもたらす正しき審判者よ
95 :>>1 [saga]:2011/04/13(水) 22:32:58.65 ID:ew2L1JeAO
終電を過ぎた駅のホーム。

電灯を消されて辺りは暗いけど僕らにはそんなに関係ない。

「600m」

パートナーがぼそりと呟く。

彼女の目は精神統一のためか閉じられている。

そしてその手にはお馴染みの大鎌が握られていた。

「500m」

数十秒もたたないうちに100m進んでいた。

かなり早いスピードで近づいてきている。
96 :>>1 [saga]:2011/04/13(水) 22:35:22.53 ID:ew2L1JeAO
「…あ、近いね」

僕もやっと感じることができた。

ならもう準備をしておかないといけない。

久しぶりに自分の大鎌を取り出す。

うん、馴染みの重さだ。早めに感覚取り戻さないと。

「400m」

この鎌は魂と肉体を分断するためだけのものではない。

別の用途としての意味合いもある。

「300m」

そろそろか。

パートナーと背中合わせになるように立つ。
97 :>>1 [saga]:2011/04/13(水) 22:36:32.24 ID:ew2L1JeAO
「200m」

鎌を構えて気配に耳をすます。

一直線にこちらへ向かっているみたいだ。

だからこそパートナーも距離を測れるんだろうけど。

「100m」

一直線…か。自信満々みたいだな、相手。

やだな、好戦的な人は苦手だ。容赦ないもん。

じりりと足を踏みしめる。

「50m」

気配は分かるけど――どこだ?

どこから来ている?
98 :>>1 [saga]:2011/04/13(水) 22:36:58.52 ID:ew2L1JeAO
「40m」

「30m」

少しずつ早くなる間隔。

緊張がぴりぴりとあたりに漂う。

「20m」

「10m」

「5m……上!」

言われた瞬間に前へ飛び出していた。

後ろからものすごい轟音と共に砂ぼこりが暗闇に舞う。

目眩ましか?堂々と来てまであこぎな真似をしたのか?

いや、違う。


……これは、宣戦布告だ。

99 :>>1 [saga]:2011/04/13(水) 22:39:16.98 ID:ew2L1JeAO
僕とパートナーが居た場所は今や瓦礫の山と化していた。

危なかった。パートナーの指示がなかったらぺっちゃんこだ。

こっちの位置はバレバレだったってことか。

隠す気はなかったけど。

「ん、避けたか」

瓦礫から立ち上がったのは二十代後半あたりの男。

その向こう側にパートナーが見えた。大丈夫そうだ。

あっ、やばいな。離ればなれになってしまった。

後々に合流しないとパートナーはともかく僕がキツイ。
100 :>>1 [saga]:2011/04/13(水) 22:41:00.69 ID:ew2L1JeAO
「105285号」

パートナーが酷く冷たい声で番号を並べる。

よく噛まないな。

「ん?なんだよお嬢ちゃん。あと番号で呼ぶなよ」

「逃亡の件」

「ああ、もう話伝わってたのか」

さすが速いなと男はウソぶいた。

「貴方を見つけたら捕縛しろと指令されてまして」

少し前、上司に仕事報告の際にそんなことを言われた。

その時は気にも留めなかったんだけど。流し聞きしてた。

まさか担当地区に来るとは思いもしなかったから…。
101 :>>1 [saga]:2011/04/13(水) 22:42:57.99 ID:ew2L1JeAO
言葉の半分がダルさで出来ている僕と正反対に

「そーかそーか」

にっこにっこと爽やかな笑みをお届けする男。

もちろんクーリングオフだ。

「おお、今日は月夜が綺麗だな」

自分で開けた穴を見上げながらそんなことをほざいた。

明日、原因不明の器物破損で何人が首を捻ることやら。

てか、物体を壊せるのかこの人。なかなか厄介だ。
102 :>>1 [saga]:2011/04/13(水) 22:43:52.64 ID:ew2L1JeAO
「んで、」

にゃあ、とは思わなかった。絶対にだ。

「おみゃーさん達は俺様ちゃんを捕まえるってことでいいな?」

「はい。場合によっては『処刑』コースもありますが」

ぶっちゃけ、パートナーがやりかねない。

問答無用で。

「そりゃ最高だ」

肩を解すように回しながら再び男は微笑んだ。

戦闘は避けられないか。

「返り討ちにしちゃってもいいよね?」

売り言葉に

「…罪深き魂が。いつでも来なさい」

買い言葉。

やっぱこの子やっちゃうつもりだ。

103 :>>1 [sage]:2011/04/13(水) 22:45:09.44 ID:ew2L1JeAO
第五章 前半 終わりです。
やけに長いです。
次回は戦闘パートです。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/14(木) 01:41:45.09 ID:38aiRSzSO
戦闘wwktk
105 :>>1 :2011/04/16(土) 12:13:52.28 ID:GOTPD4JAO
最近買った電子辞書にレクイエム曲が入ってた。
わけがわからないよ。

始まるよ。
106 :>>1 [saga]:2011/04/16(土) 12:14:19.62 ID:GOTPD4JAO
第五章 中編

裁きの日の前に
107 :>>1 [saga]:2011/04/16(土) 12:15:01.10 ID:GOTPD4JAO
男は元ホームの屋根だった破片を拾い上げた。

ついでにトントンと地面を蹴って困ったように首をかしげる。

「足場が少し悪いな。瓦礫のせいで」

お前がそれを言うな。

男は破片をニ三回手の平の中で弄んだ後、空へと放りあげる。

くるくると回転しながら破片は宙を舞った。

そしてそれが地面に落ちて――。

かつん。

その音でパートナーは鎌を男は拳を振り上げた。

…あれ?僕、置いてきぼり?
108 :>>1 [saga]:2011/04/16(土) 12:15:32.14 ID:GOTPD4JAO
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うぉぉおおおおお!!」

パートナーと男は絶叫しながら互いの距離を一気に縮める。

今更走り出した僕が二人の元につく前に勝負が決まりそうな勢いだ。

「「……ッ」」

余計な言葉は両方発しない。

パートナーは男の首をかっ切らんとして。

男はパートナーの顔を潰さんとする。

時間が止まった気がした。

そして。
109 :>>1 [saga]:2011/04/16(土) 12:15:59.49 ID:GOTPD4JAO
「…っく…」

二人の間に割って入り、僕はとっさに鎌の柄を利用して拳の動きを止めた。

柄が折れないか心配だったけど大丈夫みたいだ。

…間に合ったか。頑張った甲斐があった。

なんとかパートナーの顔面をぶん殴られることは阻止できた。

だってこの子、防御とか滅多にしないんだもん。
110 :>>1 [saga]:2011/04/16(土) 12:16:29.05 ID:GOTPD4JAO
けど、くそ、なんて馬鹿力だ。

しかも、更にパートナーの鎌をもう片方の手で押さえているときた。

化物か。

「その姉ちゃんが余程大事なんだな」

「余計な、お世話です…」

答えている間にもぎりぎりと拳が僕へ迫ってくる。

あ、更に迫ってきた。

…今度は僕の顔面が破壊されそうだ。
111 :>>1 [saga]:2011/04/16(土) 12:16:56.99 ID:GOTPD4JAO
ぎりぎりと睨みあっていると、がしりと首根っこを掴まれた。

その次にいつのまにか5m程男から離れていた。

パートナーがやってくれたんだろう。

ただ他に肩を掴むとか選択肢はなかっただろうか。

「……ありがと」

ぼそりとパートナーが言った。

「え、うん」

素直にお礼を言われて戸惑う。槍でも降るんじゃないか。

そんなこと言ったら真っ先に僕から倒されるけど。
112 :>>1 [saga]:2011/04/16(土) 12:17:28.77 ID:GOTPD4JAO
「援護を」

「分かった」

短く言葉を交わす。

二人で息を合わせた後、僕から飛びかかる。

真っ直ぐに。

ホームはベンチや自販機以外障害物がなくて走りやすい。

「どおりゃあああああああ!!」

「今度は坊っちゃんか!」

ジャンプして男へ勢い良く頭上へ鎌を振るう。

避けられた。

でも、そんなの計算済みだ。
113 :>>1 [saga]:2011/04/16(土) 12:17:55.83 ID:GOTPD4JAO
僕から向かったのも、

僕が声を出したのも、

僕がジャンプしたのも、

僕の攻撃を避けられたのも、

全てが計算内。

目的はパートナーに意識を向けさせないこと。

パートナーは無言で姿勢を低く保ちながら男へと向かう。

避けた直後は体制を整えるため隙ができる。

その一瞬の隙を狙ってパートナーは相手に全体重をのせた鎌を叩き込んだ。
114 :>>1 [saga]:2011/04/16(土) 12:18:22.87 ID:GOTPD4JAO
勝ったと思った。

甘かった。

あそこから逃げ出すなんて、並みの力じゃできるわけない。

男がなんの罪を犯したかは知らないけれど、余程の事をしたに違いない。

これだけは言える。

こんな奴、どうして逃がしたんだよ。

パートナーの鎌が迫る寸前、男は笑った。




 「ゲームアウトだよ、嬢ちゃん」




二人を中心に爆発が起こった。
115 :>>1 [sage]:2011/04/16(土) 12:19:00.86 ID:GOTPD4JAO
第五章 中編 終わりです。
どこが戦闘だとかは言わないでください。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/16(土) 23:00:14.77 ID:IxaYXfVSO
117 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:15:30.17 ID:K/+EclgAO
第五章 後編

ゆるしの恩寵をお与えください
118 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:15:57.32 ID:K/+EclgAO
爆発と共に再び視界が砂ぼこりに閉ざされる。

これじゃホームはぐちゃぐちゃだ。ここを使う人はご愁傷様。

もう少し視界が晴れないと二人の行方が分からない。

でもそんな悠長に待ってられない。

ぶんと重たい鎌を横へ振ると一気に視界が晴れた。

………………。

現状を簡潔にまとめると、パートナーが首を絞められていた。
119 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:16:39.51 ID:K/+EclgAO
地面に押し付けられているのではなく、宙吊り状態だった。

地面についていない足がぶらつく。ゆらゆら。

「ひよっこ以上ベテラン以下ってとこか」

返事の代わりにカラリと軽い音を立てパートナーの鎌が落ちた。消えた。

「…… 、  」

何かを言おうとするように口を動かすパートナー。

そこで我に返る。

こうしてる場合じゃなかった。
120 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:18:03.98 ID:K/+EclgAO
彼女を吊るしている腕をまず狙う。そしたら次は、

「にぎゃ」

男の空いているほうの腕が僕の腹を強打した。

たまらず吹き飛び柱にぶつかり滑り落ちる。

…ちょっと、浅はかすぎたかな。

ちょっとどころじゃない気もするけど。

「…いっけぇ!」

やけくそで男へ鎌をブーメランのように投げつけた。

当たったらごめんと心でパートナーに謝りながら。

当たったら…まあ、うんごめん。
121 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:18:52.85 ID:K/+EclgAO
僕が何かを投げるとまでは相手も考えなかったらしい。

ぶっ飛んできた凶器に男は思わず止めるように手をかざした。空いてるほうの。

すぐにジャギッと肉を切断するような生々しい音が届いた。

「…がっ」

小さな悲鳴。

見れば男の肘のあたりが切断されていた。

血は出ない。代わりに黒っぽい砂のようなものが溢れている。

とにかくよかった、パートナーには当たらなかったみたいだ。
122 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:21:39.11 ID:K/+EclgAO
痛みなのか驚いたのか、男が彼女から手を離す。

即座にやつから何歩か距離をとったパートナーに駆け寄った。

「動ける?」

脇腹を押さえたまま、彼女は軽く首を振った。

……脇腹?

疑問に思いパートナーの腹部を見る。

ああ。

どうして僕はここまで気付けなかったんだ。馬鹿なのか。

細い鉄の棒が彼女の脇腹を貫いていた。

まるで串刺しのように。

そして男と同じように黒っぽい砂のようなものが溢れて流れていた。
123 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:22:22.88 ID:K/+EclgAO
先ほどの爆発かなんかで刺さったみたいだ。

「これ、なんだろ…」

砂っぽいものを思わず押さえようと手を伸ばす。

だけど僕の手首をおさえてパートナーは触ることを拒絶した。

そうしたあとに危なっかしく彼女はフラフラと男に向き直った。

「……」

「…しつこい嬢ちゃんは嫌われるぜ?」

睨み付けるパートナーに、我儘な子供を諭すように男は答えた。

切口からは依然として砂らしきものが流れている。

「関係ない」

やっぱりやる気なんだね。
124 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:23:56.26 ID:K/+EclgAO
「はーぁ。やめとけよ嬢ちゃん」

「……」

まるで聞く耳持たず。

こうなってはもう止められない。

鎌まで出してスタンバイオッケーなパートナー。

あと数秒後には再び――

「次回までにはもっと手応えのあるやつらを用意するからさ」

聞き捨てならないセリフが飛び出して来やがった。

さすがのパートナーも静止する。

「なっ…、まだいると?」

「おいおい、俺様の番号を忘れたのか?」

実は忘れた。
125 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:25:40.33 ID:K/+EclgAO
「まだまだたくさんいるんだよ」

うじゃうじゃと。

「脱走しようとしてるやつがさ」

叩いても叩いても飛びでるもぐらたたきが脳裏に浮かんだ。

いつまで続くかも分からないもぐらたたきだ。

「……」

鎌を握ったまま、パートナーはどんな顔をしているのだろう。

「このことそっちの上司にでも伝えといてくれよ?」

だからか。

だから伝えさせるために、僕らにとどめをささないのか。

満身創痍の僕らを捻り潰すなど雑作もないはずなのに。
126 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:27:38.87 ID:K/+EclgAO
見逃された。そんなとこか。

随分と余裕じゃないか。

「死神に喧嘩を売るなど、どうかしてますね」

「だろう?」

軽口を叩き、足元に落ちた腕に目を落とした。

足で軽く触れるとぴきり、と腕にヒビが入りそのまま弾けた。

「あーあ。片腕が」

未だに流れる砂を不愉快げに見ながら男は僕と目を合わせた。

「しかし坊っちゃん、生気のない目だな」

何を今更。

「もう死んでますから」
127 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:28:08.65 ID:K/+EclgAO
そうかと最初のような爽やかな笑みを浮かべた。

「じゃまたな、忠実なわんこ達」

言い残して消えた。

……忠実なわんこか。

一般家庭のわん「…う」

うめき声をあげ、がくんとパートナーが足を折ってへたりこんだ。

言わんこっちゃない、無理しすぎだ。

「ちょっと、大丈夫?」

支えようとして、指先が砂のようなものに軽く触れた。

――ごめんね

――あんたなんか

――ごめ

「ぐぁ!?」

頭の中に何かが雪崩れ込んできた。
128 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:29:44.94 ID:K/+EclgAO
なんだこれ。

胸の圧迫感と頭に響く甲高い声。泥に浸されたような感覚。

頭が突然痛くなり出した。

まさかこれは戦った後遺症なのか?

など考えていたらすっとパートナーが自分の体から僕の手を離した。

すべてがピタリと止んだ。

「あれ……ねえ、今のは…」

「……」

パートナーは何も答えない。口を固く閉ざすだけ。

…今は早く帰るのが先決か。

言葉を探す。身近なものに落ち着いた。

「…行こうか」

僕らはそこから去った。

ボロボロのホームを置いて。
129 :>>1 [saga]:2011/04/18(月) 23:30:49.82 ID:K/+EclgAO
第五章 後半 終わりです。
補足すると、男は生前に罪を犯したやつです。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/18(月) 23:33:02.61 ID:Wj2VONASO


中々アツいな
131 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 22:30:52.02 ID:Uyp3mSrAO
第六章

神よ、この者をお許しください。
132 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 22:35:22.02 ID:Uyp3mSrAO
目の前の扉を叩いた。

と、バタバタといきなり向こう側が騒がしくなる。

…またか。また寝てたな。

何かが落ちる音や引きずられる音がしばらく続いた。

かなりの荒れ具合だと推測する。

暇を弄びながら待つこと数分。

ぴたりと音が止む。

「い、いいよー」

「…失礼します」

ノブを押して扉を開けた。
133 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 22:42:13.69 ID:Uyp3mSrAO
「……、…」

開けてびっくり玉手箱とはこういうときに使うのだろうか。

思わず絶句した。

部屋が汚いとかそういう次元ぶっとんでいた。

「……庶務室に布団ひかないで下さい」

堂々と布団、しかも羽毛が部屋の中心を陣取っていた。

さっきまで一体何を片付けていたんだか。

まず布団を片付けろ。
134 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 22:47:46.19 ID:Uyp3mSrAO
「…あ、なんだあの子いないのか」

この庶務室と布団の持ち主は頭を掻きつつ安堵の息を漏らした。

茶色かかった長い髪をゆるめに結んでいる。

彼女こそが僕とパートナーの上司だ。

どうしようもない駄目人間だけど。

「寝てました?」

「いいや、シエスタさ」

「しえすた?」

なんだそれ。

でも何を言っても事実はねじ曲げられない。
135 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 22:52:57.95 ID:Uyp3mSrAO
どこぞのホラー映画のように布団をゆっくりめくる。

「…みぃつけたぁ」

これに不気味な笑みがつけば僕なら三流ホラー程度だろう。

布団の中にはうさぎのぬいぐるみ。

上司はこれがないと寝れないらしい。てか睡眠要らないはずなんだけど。

僕らが服を除いた私物を持つことはあまりない。

けど、たまにいるのだ。

「あっこのエッチヘンタイスケベ!」

こんな自由人が。
136 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 22:57:34.73 ID:Uyp3mSrAO
「何度仕事中寝るなと言えばいいんでしょうか」

「最近あの子に似てきたね。その軽蔑の目とか」

「そらそうでしょう。何年彼女といると思ってんですか」

「億千万」

「あの、それ、ボケで処理していいんですよね?」

くだらない話をしつつ布団を片付ける。

なんで僕がやるはめになったのかはなはだ疑問だけど。
137 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 23:02:04.25 ID:Uyp3mSrAO
一息ついて尋ねる。

「で、呼びつけた理由は?」

「先日の件だ」

上司はたちまちきりっとした引き締まった顔になる。

「あれ?確か話しましたよね」

「あれらの正体についてまだ余り説明してなかったから」

「はぁ」

長い話になりそうだ。
138 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 23:08:03.76 ID:Uyp3mSrAO
「そうだな、死神になる人はどんな人だと思う?」

二三瞬答えを考える。

「強い未練がある人、ですよね」

だとすると僕もパートナーも上司もみんな強い未練があることになる。

その未練を捜すのが大きな目的だとか聞いた。

「うん。じゃあさ、今回のあれらは何だと思う?」
139 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 23:13:45.49 ID:Uyp3mSrAO
「分かりません」

「即答かよ」

即答でツッコまれた。

考えるのは苦手だ。めんどくさいから。

案外僕も駄目人間の部類に入るのかもしれない。

「正解は【憎悪】だよ」

わけがわからないよ。

「憎悪?でもあの人たち、罪を犯しているんでしょう?」

むしろ被害者が憎悪を抱くもんじゃないのか。
140 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 23:20:07.60 ID:Uyp3mSrAO
「正確に言えば【生前に向けられた強い憎悪】だね」

「強い憎悪、ですか」

例えば被害者や関係者が殺人犯に向ける恨みみたいなものか。

強い憎悪に強い未練か。

厄介なんだな、僕らって。

「そう」

前髪をかきあげる上司。

そのしぐさはパートナーに似ている。パートナーが似ているのか。

じゃあいつかはパートナーも布団を…それはないな。

「その憎悪と向き合い、すべて消化するまでは解放されない」
141 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 23:24:10.63 ID:Uyp3mSrAO
「初耳です」

「うん、ごめん。初口です」

なんだそれ。

謝ったことから考えると早めに言うべきだったことらしい。

こんな上司で大丈夫か。

「きっと嫌気がさしたんだろうな」

「そりゃ憎悪を向けられて気持ちいい人はいませんよ」

それが自業自得であろうがなんであろうが。

だから逃げ出したのだろう。
142 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 23:27:33.79 ID:Uyp3mSrAO
「で、ああいう人達が逃げまくるとどうなるんですか?」

「予定されていない死が多くなる」

「………」

予定された死と予定されていない死。

どちらが一体いいんだろう。

パートナーはこういうことを考えるのだろうか。

「いっきに人が死んだりね」

「僕たちの敵ですね」

「ああ」
143 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 23:32:36.77 ID:Uyp3mSrAO
「そんなところだ」

「そして再び寝るんですね」

「そうそ…騙された!」

分かりきってますよ、と吐き捨てて庶務室を後にする。

誰もいない廊下は若干優越感を出してくれる。

先ほどの話を反芻する。

未練を持った僕。

憎悪を向けられる男。

どちらも重い重い鎖に繋がれて存在し続ける。

似てるようで非。

「…気分転換にお見舞いでもいこうかな」

パートナーのもとに。
144 :>>1 [saga]:2011/04/19(火) 23:36:54.18 ID:Uyp3mSrAO
「元気してる?」

「……」

「あ」

パートナーの着替えをみるというお約束の展開。

鎌を首元に押し付けられたためじわじわと後退して急いでカーテンを閉める。

いやまさか、こんなことになるとは思わなかった。

正直びっくりだ。

本の中の出来事だと思っていたんだけどな。

今日分かったこと。

上司布団持参。

あの男とその他のこと。

パートナーの胸が結構大きいこと。
145 :>>1 [sage]:2011/04/19(火) 23:38:15.31 ID:Uyp3mSrAO
第六章終わりです。
強い女の子はさらしがいい。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/04/20(水) 00:58:17.17 ID:PqmkFsUSO
つまり、普段さらしを巻いているけど実はきょぬー

でおk?
147 :>>1 :2011/05/13(金) 14:48:22.68 ID:bkGAcbXAO
第七章

その日は怒りの日、
災いと不幸の日
大いなる嘆きの日。
148 :>>1 :2011/05/13(金) 14:48:54.21 ID:bkGAcbXAO
セミが命を振り絞って鳴いていた。

その合唱の嵐に少し顔をしかめつつ、僕は歩く。

?「こんにちは、死神さん」

後ろから声がかかった。足を止め、声の主を確認するべく振り向く。

視界の先には、一人の涼しげな格好をした少女が立っていた。

ただし、その身体は半透明で後ろの景色がぼんやりと見える。

彼女も僕と同じく『存在していない』のだろう。
149 :>>1 :2011/05/13(金) 14:49:27.50 ID:bkGAcbXAO
僕ら死神は魂の回収を完璧に全部回収出来ているわけではない。

あまりにも急な死というのは、対処しきれないときがある。

器から零れ落ちた、と表現するべきか。

そしてその魂が、思い出の地に残留しているのは珍しくない。

彼女もその例だろう。

「死神に声をかけるなんて酔狂だね」

少女「あはは。暑さで頭がやられたのかもしれませんね」

ころころと笑う。

その声帯も頭も肉体もなにもかも今は土の下だけど。お互いに。
150 :>>1 :2011/05/13(金) 14:49:54.09 ID:bkGAcbXAO
少女「死神さん」

急に少女は真面目な顔になった。

「なにかな」

少女「死んだ人はもうここにいちゃいけないんですか?」

「そうだね」

肉体の終わりと共に、その魂も浄化されるはずだから。

少女「…やっぱりですか」

哀しげに頷いた。

何を考えて、何を思って聞いてきたんだろうか。

「それは僕にも言えることだけどね」

“死神”という特例とはいえ。

本当はいてはいけないのはこの少女と同じだ。
151 :>>1 :2011/05/13(金) 14:51:20.10 ID:bkGAcbXAO
「よかったね、君。死神なんかにならなくて」

少女「? なにかあるんですか?」

「死んでも働くんだぜ。ろーどーきじゅんほー違反だよ」

生きてるとき働いていたかは分からないけど。

少女は笑った。

そっか、彼女まだ幽霊になってから日が浅いのか。

だから感情を素直に出せるのか。
152 :>>1 :2011/05/13(金) 14:51:53.60 ID:bkGAcbXAO
「それで、僕に声をかけた理由は?」

少女「……」

彼女は俯いて何かを考えていたが、決心したのか顔を上げた。

僕を真っ直ぐに見据えて。




少女「私を、消してくれませんか」




153 :>>1 :2011/05/13(金) 14:55:04.77 ID:bkGAcbXAO
セミの鳴き声が一瞬止まった。ような気がした。

「……そう。理由とかあるのかな?」

僕の質問に、少女は淡々と答えた。

少女「友達、作っちゃったんです」

友達は生きている。

自分は死んでいる。

友達は年を取っていく。

自分はずっとそのまま。

少女「寂しくなったんです。取り残されるのが」

少女「わたし、このままあの子といると」

そこまで言ってぶるっと肩を震わせた。

自分がしてしまうかもしれないことに恐怖を抱いたのか。

少女「連れていっちゃうかも」
154 :>>1 :2011/05/13(金) 14:56:36.61 ID:bkGAcbXAO
「そっか」

そこまで葛藤していたなら、本人の望みを叶えるべきだろう。

「いいの?最後に一目見なくて」

少女「…いいんです」

それだけ言って、少女は目を閉じた。

未練なんてないというように。

僕は鎌を取り出して、降り下ろす。

直前に、小さく彼女は呟いた。

少女「ありがとう」

それが誰に向けての言葉なのかは分からなかった。

友達宛だろうか。
155 :>>1 :2011/05/13(金) 14:57:05.41 ID:bkGAcbXAO
セミの鳴き声がこだまのようにずっとずっと響いている。

彼女を送る鎮魂歌にしてはけたたましかったなあ、なんて。

さて、そろそろパートナーのお見舞いにでもいくか。

そう思ってその場から立ち去ろうとしたところで気付いた。

小さな四つ葉の髪どめが落ちていた。

ちょっと考えて、

「……ああ」

そういえば、あの少女がつけていたということを思い出した。

156 :>>1 :2011/05/13(金) 14:57:31.21 ID:bkGAcbXAO
どうしようか。ほっとくのも悪いし。

頭を悩ませていると前から駆けてくる少女がいた。

少女「千夏!」

セミの鳴き声に負けないように声を張り上げながら叫んだ。

少女「千夏!いるんでしょ!」

きょろきょろと辺りを見回しながら誰かを探している。

ああ、もしかしたらこの子があの少女の友達なのかもしれない。

なんとなく。

「これ、その千夏ちゃんのじゃない?」

拾った髪どめ少女の前に差し出す。
157 :>>1 :2011/05/13(金) 14:58:11.70 ID:bkGAcbXAO
少女「どこなのよ!もう!」

無視された。

……。

…………。

あ、今の状態じゃ他の人に見えないのか。幽霊と同じように。

最近は見えている人が多かったから忘れてた。

仕方がないから、髪どめを少女の足元にわざと落とす。

からんっと軽い音。

ぴたりと少女の声が止み、何が落ちたのか地面に視線を落とす。

少女「あ……」

それを見るなりがくんと座り込んで、震える手でつまみ上げる。
158 :>>1 :2011/05/13(金) 14:58:37.17 ID:bkGAcbXAO
少女「嘘…でしょ…」

それが示すのは消滅。

ポタポタと涙がアスファルトに吸い込まれていく。

声にならないうめき声をあげ、少女は泣いていた。

「ありがとうだって」

聞こえてないだろうけども。

「自分が消えるのを望むぐらい、君のこと大切だったんだよ」

未来のある少女は、未来を失った少女のために泣き続けた。

セミの鳴き声は相も変わらず騒がしい。
159 :>>1 :2011/05/13(金) 15:00:25.43 ID:bkGAcbXAO
七章終わりです。
名前が出たの初めてかもしれない。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/13(金) 15:59:19.84 ID:D5NayBjSO
なんかこういう話好きだ
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/13(金) 19:47:38.03 ID:aHPgOycUo
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/05/13(金) 20:05:12.17 ID:qGSt+xvro
いいねぇ

163 :>>1 :2011/05/23(月) 00:27:39.95 ID:817DyerAO
第八章

終末の時をおはからいください。
164 :>>1 :2011/05/23(月) 00:28:08.84 ID:817DyerAO
「君たちには学校に行ってもらいます」

上司はさらりと爆弾発言した。

爆弾なんてもんじゃない。かくみさいるとかいうもの並みだ。

「はい?」

「………」

思わず変な声で聞き返していた。

最近復活したばかりのパートナーも目を少し大きくした。

全く言っている意味が分からない。

「どういう経緯で学校に行くことに?」

「うん。今から順を追って説明するよ」

ギシ、と上司は椅子から立ち上がった。

165 :>>1 :2011/05/23(月) 00:28:34.40 ID:817DyerAO
「ついこの前、君らがバトった奴らいるじゃない」

「…………」

「…はい」

パートナーが一瞬だけ苦い顔をした。

あの時の敗北感みたいなものを思い出したのだろう。

僕は――見てるだけで、何も出来なかった。

「あれがね、仮に【囚人】と名付けるか。宣戦布告してきた」

「宣戦布告?死神に?」

「そう。この世界を乱れに乱れさせるってね」

子供みたいな宣言だが、実際にやられると笑えない。

話はそれで終わらなかった。

「そして、わたしたち死神を全て残らず始末すると」
166 :>>1 :2011/05/23(月) 00:29:04.30 ID:817DyerAO
死神を全滅させる。

「………っ」

パートナーが唇を強く噛んだ。

残念ながら死神のいない世界を僕は想像できないけど、やばいのは確かだ。

何もかもめちゃくちゃな世界にするということか。

いや、連中は案外なにも考えてないかもしれない。

愉快犯みたいな。

「…………で、それが学校となんの関係が?」

まさかそれに備えて勉強しとけとかじゃないよな。

戦闘に数式とか関係ないよね?
167 :>>1 :2011/05/23(月) 00:29:41.75 ID:817DyerAO
「やっと本題に入るよ」

上司は自分の腰に手を当てた。

真面目な話になるんだな。

「小手調べにとある学校の生徒を全滅させる、と言われてね」

全滅。自分たちの力を見せつけるつもりか。

脅威を。狂気を。恐怖を。

「最近やけに不穏な学校があってね……そこじゃないかと検討つけているんだ」

「だから、監視するべく潜入調査をしろと?」

「そう。そして未然に防いでほしい」

「……【囚人】とかち合ったら?」

パートナーが静かな声で聞いた。

ああ、この子オーラがヤル気まんまんじゃないか…。
168 :>>1 :2011/05/23(月) 00:30:32.32 ID:817DyerAO
上司はいい質問だと言った。

「消してくれ。聞き出せるだけ聞き出して」

きっと、もう更生の余地なしと判断したのだろう。

これでどちらも目的は『相手を始末』になった。

血で血を洗う戦闘になりそうだ。

「…………分かりました」

パートナーはそれだけ聞くと引き下がった。

…まさかリベンジマッチ狙ってんじゃないだろうな。

本当に、あの時のあの人とパートナーが二度と会わないことを祈る。

二人が会うと物が壊れてくんだもん。
169 :>>1 :2011/05/23(月) 00:31:10.06 ID:817DyerAO
「潜入ってことで、君たちの仮の戸籍を作っておいた」

「念入りですね」

「尻尾を出すまで泳がせたいからね」

小さな手帳を渡された。

生徒手帳というものらしい。

開くと、いつ撮ったのか僕の顔写真と

「神無月、大地?」

知らない単語だった。

「仮の名前だよ。名前がないと不便どころか怪しまれるだろうから」

そうか。

まだ僕は名前がない、というか思い出してないんだ。

パートナーも同様に。
170 :>>1 :2011/05/23(月) 00:31:55.60 ID:817DyerAO
「君はなんだった?」

パートナーは生徒手帳を僕に見せた。

無表情なパートナーの顔写真。

…本当にこの写真いつとったんだろう。

「神無月海か」

大地に海か。

「あれ、つまり兄弟設定ですか?」

「いや、従兄弟設定」

ややこしいな。

高校二学年、か。身体の年齢的にも違和感はないだろう。

果たして勉強についていけるか不明だけど。

「あとは助っ人を二人呼んでる」

「助っ人?」

「仮の名は神谷空と神谷陸。ぜひ接触してくれ」

「双子設定ですか?」

「うん双子設定」
171 :>>1 :2011/05/23(月) 00:32:54.69 ID:817DyerAO
設定設定飛び交う会話の後、上司が紙袋を手渡してきた。

訳が分からず受け取る。

覗き込んでみると黒い布が詰まっていた。

取り出して確認する。

「あ、制服ですね」

背丈あってるのかな。

あとねくたいの絞めかたが分からないや。

「それを来て最低二週間行ってほしい」

「本来の仕事はどうします?」

「別の人に任せる」

「分かりました」

最低ってことは最高どのくらいになることやら。

長期戦かな。
172 :>>1 :2011/05/23(月) 00:33:22.22 ID:817DyerAO
「じゃあ、行ってらっしゃい」

上司がひらひらっと手を振った。

大変な任務になりそうだな、と嘆息する。

なんせ学校にいった記憶ないし。

「間違っても人の前で鎌出さないでね!」

「……」

だめ押しのような上司の言葉。

パートナーはそれに軽く会釈した。本当に理解しただろうか。

ちょっと不安なんだけれど。

「ま、気をつけて行こうか…」

「ええ」

「おーい、行ってらっしゃいって言われたら?」

「「……いってきます」」

慣れない挨拶を上司に返した。
173 :>>1 :2011/05/23(月) 00:34:55.05 ID:817DyerAO
“神無月 大地”として。

“神無月 海”として。

僕らは一時だけ人の世に身を滑らした。
174 :>>1 :2011/05/23(月) 00:36:29.09 ID:817DyerAO
八章終わりです。
そんなわけで学園生活パートがスタート。
(鎌が)ぽろりもあるよ!多分
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/23(月) 01:03:41.33 ID:9/DIu4xSO
神無月 海
って

かんなづき うみ
でおk?
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/23(月) 01:10:35.01 ID:817DyerAO
そういえば呼び名がややこしいんだった…
『かんなづき うみ(だいち)』
『かみや そら(りく)』
です
177 :>>1 :2011/05/29(日) 00:54:54.71 ID:fQu93PiAO
第八章 (学校編)

彼らが主の聖寵の助けによって
刑罰の宣告をまぬがれ、
永遠の光明の幸福を楽しむにいたらんことを。
178 :>>1 :2011/05/29(日) 00:55:50.01 ID:fQu93PiAO
転校初日。

妙な緊張感を覚えながら、僕らは学校を見上げていた。

ずいぶん立派な造りだ。

「行こうか」

そういって学校の校門に足を踏み入れる。

同時に何かピリッとしたものが肌を走った。

「気をつけて」

パートナーが珍しく僕に話しかけた。しかも警告。

目前の建造物を睨み付けながら、いつも通りの事務的な口調で。

「――すでに、ここは奴等の巣」

「そこまで入り込んでるのか……厄介だね」

となると、あまり派手な真似はできない。
179 :>>1 :2011/05/29(日) 00:56:39.09 ID:fQu93PiAO
「【囚人】の数は?」

「まだ分からない。どういう手に出るかも不明」

いざ戦うときは行き当たりばったりになるか。

不意打ちを食らう可能性もあるから気を付けなくては。

それと。

今回、一番難しいのが『普通の生徒として振る舞え』というもの。

何度もうざったいほど繰り返すが、僕らは既に生きていない。

生身の人間とたまに話すけど、それは短時間だけだからボロが出ないのであって。

最低二週間ボロが出ないように過ごせと。

どんな無茶なゲームなんだっていう。
180 :>>1 :2011/05/29(日) 00:57:11.12 ID:fQu93PiAO
「はぁ……色々不安あるね」

ピリピリとした不快感を我慢して、校舎へと歩いていく。

まだ時間帯が早いからか生徒はまばらにしか登校していない。

「………私たち、クラス別々だから」

「本当に!?」

思わず叫んでしまった。慌てて口を抑えるが遅い。

前を歩いていた生徒はチラッとこっちをみただけでまた前を向いて歩く。

……無関心に救われた。

「ほ、本当に?まさかそれ【囚人】の罠?」

「……転校生二人が同じクラスなわけない」

あ、そうか。他に比べて生徒が足りないクラスに転校生を迎えるんだっけ。

じゃあバラバラになるのも仕方ないけど……。
181 :>>1 :2011/05/29(日) 00:57:42.93 ID:fQu93PiAO
パートナーは一人で大丈夫なんだろうか。

ちゃんと人とコミュニケーション取れるのかな。

最近はよく喋るようになったとはいえ、興味とか関心が極端に薄いから。

素っ気ない態度で反感を買わないか心配。

いや、僕もあんまり人のこと言えないんだけどね。

とかなんとか考えているうちに学校玄関に到着した。

ガラス張りのドアを開けるとすぐに事務室が目に入った。

「すいません。今日転入してきた、神無月大地と海です」

慣れない名前にちょっと戸惑いながら事務員と思われる人に声をかける。
182 :>>1 :2011/05/29(日) 00:58:45.97 ID:fQu93PiAO
事務員の人は僕らぬ眠たげな笑顔を向け、

事務員「お待ちしてました。じゃあちょっとそこで待ってて」

そういってパタパタと事務員さんが奥に引っ込んでしまう。

誰かを呼びにいったのだろう。

その間に靴から上履きへと履き替えた。

「いつ会えるかな?」

この一文だけだとまるで遠距離恋愛してる男女みたいだ。

「昼休みに」

「分かった。その時に神…谷?野?さん見つけよう」

記憶力があまり良くないので、いまいち名前が覚えられない。

名字に「神」がついてる人なんて滅多にいないだろうから平気だとはおもうけど。
183 :>>1 :2011/05/29(日) 00:59:11.69 ID:fQu93PiAO
パタパタと足音が聞こえてきたのでそちらへ顔を向ける。

事務員「お待たせ。神無月さんたちの担任の先生お呼びしたよ」

「ありがとうございます」

白衣教師「やだ美形!あと十年若かったら襲ってた!」

危ないことをいいながら僕に抱き付かんばかりの勢いに少し引いてしまう。

僕のピンチだというのにパートナーは微動だにしない。鬼か。

眼鏡教師「やめて下さい木下先生。えと、神無月大地君の担任です」

眼鏡の人が軽く手をあげた。担任…ってことはクラス担任か。うん。
184 :>>1 :2011/05/29(日) 00:59:45.17 ID:fQu93PiAO
いくらか白衣のひとよりかはまともそうで安心した。

…ご愁傷様、パートナー。

眼鏡教師「じゃ、早いけどクラスに行こうか」

「はい」

眼鏡の担任の人の後をついていく。

すれ違った時、僕らは言葉を交わした。

「またあとでね、“海ちゃん”」

「羽目を外さないように。“大地君”」

分かっているさ。
185 :>>1 :2011/05/29(日) 01:00:12.77 ID:fQu93PiAO
眼鏡教師「どう?慣れそう?」

「まだなんとも……。人付き合いは苦手で」

眼鏡教師「ありゃりゃ。でも大丈夫」

【囚人】に狙われた学校の教師は笑う。

眼鏡教師「この学校はあなたのことを受け入れてくれるよ」

「……はい。そうだと、いいんですが」

受け入れてくれるのだろうか、こんな僕を。

そして受け止められるのだろうか、僕は。

眼鏡の担任は僕が不安がっているように見えたらしい。

ぽん、と頭に手を乗せられてびっくりする暇もなくわしわしされた。

眼鏡教師「みんな優しいから大丈夫だよ」
186 :>>1 :2011/05/29(日) 01:00:44.24 ID:fQu93PiAO
「どうも、ありがとうございます」

口角を無理矢理つり上げて笑う。

感情の出しかたが最近分からなくなってきている。

どんどん人間とは離れていくんだなぁと実感してしまった。

眼鏡教師「あれぇ、まだ誰もいないや」

どうやら教室についたらしい。

困ったように教室を覗きながら担任はため息をついた。

眼鏡教師「ごめんね。一番後ろの席にいてくれる?」

「あ、はい」

眼鏡教師「ちょっと職員室から物持ってくるよ」

「え」

そういって担任は僕をひとり教室に残して行ってしまった。
187 :>>1 :2011/05/29(日) 01:01:16.68 ID:fQu93PiAO
ええと。

パートナーでも探しにいくか?でも迷うと嫌だし。

あんまりベタベタしすぎるのも変だな。

となると、ここで大人しく待ってるしかないか。

そう思い、ちょこんと自分の席になった椅子に座る。

ガラリと前のドアが開いた。

目つきの悪い男の子が入ってきた。

青年「一番のり…じゃなかったか」

「ども、初めまして」

ぺこりと頭を下げる。

青年「転校生?」

「そう。今は待機中」

青年「ふぅん。名前は?」

「神無月大地」

青年「俺は神名零一」

あれっ、早速見つけられたかもしれない。
188 :>>1 :2011/05/29(日) 01:02:14.67 ID:fQu93PiAO
第八章終わりです。
死神君が盛大な間違えをして次回へ。
神名君はお借りした子です。
189 :>>1 [sage]:2011/05/29(日) 01:04:31.30 ID:fQu93PiAO
うわっ、間違えた九章だ。
すいません、脳内変換して下さい。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/29(日) 06:41:14.38 ID:Va+dQSzSO
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/05/30(月) 20:38:57.70 ID:Anlhezq0o
乙ロリコン
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/03(金) 08:04:40.40 ID:WePQl/YHo
乙。続き気になるなー。読みたいなー。
193 :>>1 :2011/06/10(金) 17:24:25.09 ID:nczDjrBAO
第十章

盗賊の願いをもお聞き入れになった主は
私にも希望を与えられました。

194 :>>1 :2011/06/10(金) 17:26:40.69 ID:nczDjrBAO
妙な硬直状態が続いた。

えっと、まず最初になんて言えば良いんだろう。

だから人間関係はめんどくさいんだ。

神名くん「……?」

訝しげな顔をする神名くん。

あれ?なんかおかしいな。

もしかして僕たちのことを知らされていないのだろうか。

でも上司の口振りからして相手も知ってると思ったんだけど。

……。

ちょっと、軽く聞いてみるか。


「あのさ、魂の存在って信じてる?」

神名くん「……宗教の勧誘か?」

ドン引かれた。

それはもう、清々しく清々しいぐらいに。
195 :>>1 :2011/06/10(金) 17:27:46.91 ID:nczDjrBAO
「宗教なんて入ってないけど……まさか君違うの?」

神名くん「まさかといわれてもわかんねぇよ」


「そうだよね…」

もしかして:一般人?

でも試されてるって場合もあるし。なんか頭脳戦得意気な顔してるもん。

どうしよう助けてパートナー。

神名くん「あ、もしかして緊張してんのか?」

「そう…みたい」

そうか、これが緊張……違う、困ってんだな僕。

僕は緊張してこんなこと口走るやつと友人になりたくないぞ。
196 :>>1 :2011/06/10(金) 17:30:17.71 ID:nczDjrBAO
そっと周りに目を走らせた。

クラスにはまだ僕と神名くんしかいない。

あの担任も戻ってこない。どこまでいったんだろう。

今なら鎌を出せる。

同業者なら一発で分かるだろう。

一般人だったら…ごめんなさいしよう。

「ちょっと待ってて」

神名くん「お、おお」

手の先に意識を集中させて――。

「何をするつもり」

冷たい淡々とした、聞きなれた声。

いつの間にかパートナーが僕らの間に立っていた。
197 :>>1 :2011/06/10(金) 17:35:12.41 ID:nczDjrBAO
「うゎあぁあああああ!?」

びっくりした!びっくりした!!

思わずのけ反ってしまった。

神名くん「うわっ!?」

僕の叫び声に驚いて神名くんが声をあげる。

いや、普通パートナーの出現に驚かないのか彼。

「……うるさい」

最後にパートナーの不機嫌そうな声で騒ぎは終着した。

どうやってクラス抜け出してきたんだろうこの子。

「ごめんなさい。彼、ちょっとおかしいから」

神名くん「あ、はぁ」

ひでぇ。でも確かに今の僕は変な人だった。
198 :>>1 :2011/06/10(金) 17:39:53.39 ID:nczDjrBAO
ぐいっとパートナーは僕の二の腕を掴んでつかつかと廊下へ歩いていく。

当然僕も引っ張られていく。

「少し、校内散歩を」

一回だけパートナーは振り返って教室に残された彼にいった。

聞かれてないけど。

言われた本人はどう反応していいのか分からない反応をしていた。

「ま、また後で」

あははーと笑顔をへばりつかせながら僕らは廊下へと出る。

すでに転校初日の朝から色々と失敗した気がする。
199 :>>1 :2011/06/10(金) 17:44:12.92 ID:nczDjrBAO
「彼に何を」

パートナーは二の腕を離してくれない。

食い込む指は地味に痛かった。

「同業者かと」

「名前は?」

「神名くんだけど」

「間違い。同業者は、神谷空と陸」

ああ神谷かぁ。なんだスッキリ。

あっ。つまり。

ごく普通の人に、僕は………。

「どうしよどうしますどうすれば!?明らかに変人じゃん僕!」

「自業自得」

パートナーは冷たかった。
200 :>>1 :2011/06/10(金) 18:02:11.83 ID:nczDjrBAO
続きは夜に
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/06/10(金) 18:08:04.60 ID:gEjlHmXZo
なん・・・だと?
待つしかないのかよぅ。
202 :>>1 :2011/06/10(金) 19:16:53.29 ID:nczDjrBAO
そんな冷たいパートナーに連れられてきたのは屋上へ続く階段だった。

机が通せんぼするようにズラリとならび、立ち入り禁止という紙が貼ってある。

それをあっさりパートナーは無視した。もちろん僕も無視する。

先客が二人いた。

なるほど、ここならめったにバレない。

「おはようございます。神無月大地さん」

そこにいたショートカットの少女はにこりと笑った。

「……えっと、」

「こちらでは神谷空と名乗っています」
203 :>>1 :2011/06/10(金) 19:22:34.33 ID:nczDjrBAO
「じゃあそちらは陸さん?」

「おう。あと、呼び捨てでいい」

笑顔でいながらも二人の表情にはやっぱり影がある。

彼らは記憶を、未練を思い出して来ているのだろうか。

と、スピーカーからチャイムの音が流れ出た。

「朝は時間がないな…放課後にまたここでいいな?」

「あ、はい」

「………」

パートナーはただ首を振っただけだった。

同業者だから少しは喋るだろうと考えていたのが甘かったみたいだ。
204 :>>1 :2011/06/10(金) 19:31:14.11 ID:nczDjrBAO
慌ててフォローする。

「すいません、彼女これが普段通りなんです」

相手が気を悪くして、いざというとき共闘してくれなかったらどうすればいいんだ。

だけど、返答は予想もしないものだった。

「大丈夫、知っていますよ」

少女――空さんは言った。

『知っている』と。

「へ?」

「わたし、彼女の元パートナーでしたから」

パートナーが横で頷いた。

僕とペアを組んだのがだいたい20年ぐらい前。

パートナーは……何十年さ迷っているんだ?
205 :>>1 :2011/06/10(金) 19:36:28.11 ID:nczDjrBAO
「つもる話はまた後で、だ。ショートホームルームがはじまっちまう」

陸さんが急かすように呼び掛けた。

「ショート……なんだって?」

「朝の会だよ。ほら行ってこい転校生」

背中を押されるようにして、屋上への階段から降りた。

廊下にたくさん生徒がいて、みんな教室に吸い込まれるように入っていく。

大変だ、急がないと。

半ば走るようにしてパートナーと教室へ向かう。

「じゃあ」

そう言って彼女は僕のクラスより少し離れた教室へ入っていった。

その背中を少し見送る。

206 :>>1 :2011/06/10(金) 19:56:29.58 ID:nczDjrBAO
さてと。

あの担任の人は困っているんだろうな。

レッテルばかりが増えていく…。

「あれ」

誰かがこっちに駆けてきた。

女顔の男の子。なんだかトラブルに巻き込まれそうな顔。

青年「うぎゅおっ!」

そんな彼が僕の前で突然転けた。

「………え」

青年「あ、転校生さんだよね?迷ってなかった?」

まるで何事も無かったかのように起き上がる男の子。

人間なのかこの人。

青年「先生にお迎え頼まれちゃって」

えへへ、と使いっぱしりにされていることを公言した。
207 :>>1 :2011/06/10(金) 20:08:20.52 ID:nczDjrBAO
「ごめんなさい」

一応謝っておく。

青年「いやいいよ。ここ迷路みたいな造りしてるからさ」

そう言ってスタスタとクラスに向かう男の子。

その後を僕もついていく。

青年「先生、いましたよ」

眼鏡教師「あっ、もうびっくりしたじゃない」

唇を尖らせながら担任が出迎えた。

既に机には生徒達が着席していた。どこから沸いてきたんだ。

神名くんと目があって、お互いに苦笑した。僕は冷や汗もトッピングして。

眼鏡教師「じゃ、自己紹介を頼みます」

「神無月大地…です。よろしくお願いします」

よろしくーっとクラスの所々から声があがる。

そんな明るい、朗らかなクラスの雰囲気が。

今まで路地裏のごとく暗い場所で過ごしていた僕にとって。


とても、怖かった。

208 :>>1 :2011/06/10(金) 20:10:02.81 ID:nczDjrBAO
第十章 終わりです。

パートナーの元パートナーって早口でいうと言いにくい。
209 :>>1 [sage]:2011/06/10(金) 20:20:40.22 ID:nczDjrBAO
駆音くん(青年)の名字どうしよう
あとキャラクターの詳しめの紹介書いた方がいいのかな
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [sage]:2011/06/11(土) 22:47:58.96 ID:iJom8Hd6o
是非とも書いてくれ
211 :>>1 :2011/06/15(水) 17:52:12.45 ID:aGJv6m6AO
第十一章

主よ、全ての死せる信者の霊魂を
ことごとく罪のほだしより解いてください。
212 :>>1 :2011/06/15(水) 17:52:46.87 ID:aGJv6m6AO
時は飛んで、放課後。

例の朝の立ち入り禁止場所へ僕ら死神の四人は揃った。

「何も変わったことは?」

「いいえ、ないですね。そちらは?」

「………」

首を横に振るパートナー。

「………」

僕も同じように首を振る。

「神無月くん、ずいぶん疲れたみたいですね」

同業者さんが苦笑いしながら声をかけてきた。

僕も苦笑いしつつ答える。

「人と何時間も話すなんて、久びさですから…」

これが気疲れというものか。
213 :>>1 :2011/06/15(水) 17:54:09.25 ID:aGJv6m6AO
「相手に投げられた言葉を正確に返さなきゃいけないのは苦手で……」

いくら普段喋ってるといっても相手は無口のパートナーだし。

それってほぼ独り言だよねといわれても反論できないな。

だから、今回は疲れた。

次に相手からどんな反応がくるか予測しなくちゃいけないし。

「……いや、そんな事務的にこなさなくてもいいと思うが」

「もっと気楽に考えた方がいいですよ……」

そういうものなのか。

「君は?何かなかった?」

「特に」
214 :>>1 :2011/06/15(水) 17:54:58.68 ID:aGJv6m6AO
「なんか他の子と話しした?」

僕はテレビの話題は、それはもう全力ではぐらかした。

なんだよそのかめんらいだーって。

「小説――ライトノベルについて話した」

まさかのパートナーが万人受けする話題を持っていた……。

時たま仕事の合間に寄る本屋で何してんだろうと思ってたら。

ちゃっかり立ち読みして今の文化吸収していたんだね。

いやそのライトノベルって万人受けしてるんだろうか。

「本屋通いは相変わらずなんですね」

「そう」

やはり元パートナーとあってか、態度は幾分柔らかい。

しかし、ふぅん……相変わらずだったのか。
215 :>>1 :2011/06/15(水) 17:56:25.62 ID:aGJv6m6AO
「ずいぶん脱線したが、本題に行こうぜ」

同業者くんがピンと人差し指を伸ばしながら言った。

視線が彼へと一斉に移る。

特別照れた様子もなく、彼は続けた。

「ええと…【囚人】だっけか?そいつらのことだ」

一気に空気が緊張に染まった。

というか、いつの間にかにそのネーミングで定着しているな。

上司が必死で広めたのだろうか。…ありそうだ。

あの人ならやりかねないと思うところが悲しい。

「何か手かがりがあったんですか……?」

不安げに同業者さんが聞く。どうやら僕ら同様、初めて聞くようだ。

そうか、クラスが違うんだよなこの二人も。
216 :>>1 :2011/06/15(水) 17:57:26.45 ID:aGJv6m6AO
「今日、昨日よりも事故がかなり多い。保健室が満員だった」

いったいどこで調べたんだ、という言葉は飲み込んでおく。

「怪我人が多かったってこと?」

「ああ。だが問題は怪我じゃない。怪我をした場所とかだ」

彼はすらすらと場所と原因をあげていった。

階段。窓。グラウンド。家庭科料理室。

落下したり、体育で使っていたバッドが頭に当たったり、包丁が突然落ちたり。

そんな、偶然が積みかさなったような現象と現状。

打ち所や怪我によって生死を分けてしまうような事故が続いているという。
217 :>>1 :2011/06/15(水) 18:03:07.24 ID:aGJv6m6AO
だからなんだか教師が慌ただしかったのか。廊下突っ走ってたし。

暇さえあれば緊急会議してるみたいだから。

「一応聞くけど、“ただの偶然の一致”ってことは?」

「気になるところだよな。結果は“全て意図的”だった」

「何故、意図的と思う?」

あ、パートナーが質問した。槍が降りそうだ。

説明不足だったな、と同業者くんが補足する。

「たまたま俺のクラスでも事故があったんだけどな――」

たまたま、ということはランダムに起こっていたってことか。

「――怪我したやつの周りを『黒い影』が漂っていた」

218 :>>1 :2011/06/15(水) 18:14:21.95 ID:aGJv6m6AO
「黒い影?」

僕が首を傾げながら周りをみるも、他二人は神妙な面持ちだ。

……知らないの僕だけかよ。

「教えてくれないかな…」

「使い魔のようなもの」

質問サービスは終わりだとばかりに言葉が切れた。

いやそれだけ言われても。

すかさず同業者さんがフォローを入れてくれた。

「【囚人】が、自分の魂を千切り取って操る……らしい、と聞いています」

「え。下手すると消えちゃうんじゃ」

「奴らには関係ないんだよ。自分達が楽しめればそれでいい」

そうなのか。
219 :>>1 :2011/06/15(水) 18:25:02.17 ID:aGJv6m6AO
楽しめればいい、か。

全く……なんて迷惑なやつらなんだろう。

パートナーがすぐに消しにかかるのも分かる気がする。

「ではまた明日も、放課後にここでいいでしょうか?」

気がつくとけっこう時間が過ぎていたようだ。

夕日が廊下を赤く染めている。

「そうですね。またここに」

「……」

そして解散の流れとなって。




「んだよー、もう解散なのか?」

「ヒント与えるからもうちょい遊ぼうぜぇ?」





同業者さん達ともパートナーとも違う声が、僕の横から聞こえた。

人を嘲るような、口調。
220 :>>1 :2011/06/15(水) 18:40:41.90 ID:aGJv6m6AO
覚えてる、この声を。

そしていつだったか、僕が片腕を切り落とした男。

「………105286号!」

思わず叫ぶ。

「残念、105285号だな。微妙なとこ間違えんなよ?」

真っ先に反応したのはパートナーだった。

「彼から離れろ」

鎌を男に向け、威嚇。

なんか僕まで斬られそうな勢いなんだけど。

しかし男はケラケラと笑うのみだった。

「今日は何もしねぇさ。今回ばかりは静観を決めつけているからな」

「なら、なぜわたしたちと接触をするんですか?」

「おおっと、まあ落ち着いてくれよ、飼い犬ちゃん達」
221 :>>1 :2011/06/15(水) 18:46:23.65 ID:aGJv6m6AO
「ちょっと大暴れしたいやつらを数人ここに投下してみた」

昨晩はカレーだったというような軽い言葉。

「まあ、遊んでやってくれよ」

「分からない。何故、そんなことを」

「好奇心は結果として身を滅ぼすぜ、お嬢ちゃん」

「――――」

「そうだなぁ。言うなれば『いらない』んだよな」

「……仲間が、いらない?」

「俺には仲間なんてねーさ。ただの利用できる駒だ」

それは。

あんまりにも酷い宣告だった。

「……そんな…」

同業者さんが呟いた。
222 :>>1 :2011/06/15(水) 18:52:46.04 ID:aGJv6m6AO
彼女は少しばかり、優しいのだろう。

死神としたら優しすぎるぐらいだ。

同業者くんはそうでもないみたいだけど。ただ目前の敵をだまって見据えている。

「ここが宣言通り全滅しても、おみゃーさんたちが相討ちで倒れても」

どっちに転んだとしても。

「俺は楽しめるからな。ヒントはこれだけさ。せいぜい足掻けよ?」

そういって、フッと消えた。

「…………くそっ」

思わず手近な壁を殴ってしまう。

パートナーが何かを言うかのような視線を送ってきたが気にしない。

静観だ?駒だ?楽しむだ?足掻くだ?

久びさに感情を認知した気がする。

――ムカつく。

223 :>>1 :2011/06/15(水) 18:53:23.00 ID:aGJv6m6AO
第十一章 終わりです。
『僕』が壁殴り代行サービスを始めたようです。
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/15(水) 19:00:03.42 ID:Fl/GShpSO
他のスレでのイチャイチャを見てたら壁を殴りたくなったけど壁が無かった

「僕」頼んだ
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/15(水) 19:07:19.50 ID:q3JsIUmZo
オレからのお願いする。
殺ってくれ。
もしくは神名君の全力右ストレート。
226 :>>1 [sage]:2011/06/15(水) 19:22:09.60 ID:aGJv6m6AO
なんでさっそく壁殴り代行の依頼が来たんだww


>>225

パートナー「………」シャキン

僕「待って!?本気にして鎌を出さないでよ!?」
227 :>>1 :2011/06/15(水) 20:06:46.27 ID:aGJv6m6AO
紹介文。また書き直すかも

○僕(神無月 大地)
死神。回収担当。
少し跳ねている短髪。平均的な身長。
自虐的に話をする癖がある。
表情をころころ変えるが、少しずつ感情が消えていっている模様。
未練が強すぎたためか魂が傷ついている。


○パートナー(神無月 海)
死神。回収担当。
腰まで届く長髪。『僕』より少し低めの身長。
常に無表情。最近は喋るようになったが基本無口。
とにかくケンカっ早い。
何十年も死神としてさ迷い続けている。


○上司
死神。デスクワーク担当。
真っ黒な髪をポニーテールにして結わいている。
死神には必要ないが、うさちゃんのぬいぐるみと寝るのが好き。
『僕』たち二人を見守るお母さんポジション。

228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/15(水) 22:19:49.12 ID:iKAKDp+Yo
229 :>>1 [sage]:2011/06/30(木) 23:31:48.28 ID:pk8yOB+AO
しばらくお休みします
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/30(木) 23:54:09.63 ID:GMMusTeUo
把握
231 :>>1 [sage]:2011/07/01(金) 13:03:35.56 ID:jHHDKabAO
いいのが見つかったんで。
屋上への階段
232 :>>1 :2011/07/10(日) 22:57:46.92 ID:XFylpkNAO
第十二章

彼らが暗黒に落ちぬように。
233 :>>1 :2011/07/10(日) 22:58:21.64 ID:XFylpkNAO
突然だけど、窮地に追い込まれていた。

僕自身も何を言ってるか分からない。

パートナー、同業者さんたちとバラバラにされてしまったのは確かだ。

おのれ、分裂作戦とは。

少女「どーしたよぉ死神さぁん!?」

「っ」

仕掛けてくる攻撃を鎌で斬り払う。

今は相手を直接叩き潰すことができない。

相手が、【囚人】がこの学校の誰かの肉体を乗っ取っているから。

攻撃なんかしたら誰かの魂まで巻き添えにしてしまう可能性があるわけだ。

簡単に言えば人質。
234 :>>1 :2011/07/10(日) 22:59:35.66 ID:XFylpkNAO
「……参ったなあ」

本当に参った。

ちょっとだけ回想。

転校して二週間経過した今日、いつも通りに授業を受けていた。

そして騒ぎが起こったのだ。

どっかのクラスの男子が刃物を振り回すという騒ぎが。

それが【囚人】の仕業と判明して同業者さん(大地のほう)がそれを止めにいった。

もう一人の同業者さんは別の騒ぎに巻き込まれて、パートナーは不明。

彼女のクラスが空なのを見ると多分体育の授業なのだろう。

まあパートナーは強いから放っても大丈夫だろう。
235 :>>1 :2011/07/10(日) 23:00:09.62 ID:XFylpkNAO
問題は僕だ。

パートナーを探すか迷っている時にクラスの女子に「付いてきて欲しい」と言わた。

で、疑問に思いながらノコノコと付いてきてしまった。

それで今に至る。

回想終わり。

なんで気づかなかったんだろうか。馬鹿だろう僕。

もしかしたら誘導させるときは軽く操っていただけかもしれない。

まあ、どちらにしろ。

あっさり敵の手に落ちちゃったわけだけどな!

「……はぁ。ねぇ、彼女から出てくれない?正々堂々と戦おうよ」

少女「きゃはははっ、やだぁ!」
236 :>>1 :2011/07/10(日) 23:08:26.25 ID:XFylpkNAO
拒否された。まあそうか。

その身体でいるかぎり、攻撃されないもんな。

少女「正々堂々?なにそれぇ、おいしいのっ?」

「食べたことないから分かんないね」

少女「…………」

ふっと女子がつまらなそうな顔をした。

ああ、挑発に乗らないから苛立っているのかな。

感情としては全てを失ったような僕らより、【囚人】のほうが豊かかもしれない。

少女「もういい、あんた飽きた」

静かな声で女子は言った。

飽きられたんだけど、僕。まあこんな面白味のないおもちゃは飽きるわな。

少女「消してやる」

何か大きい力が僕をぶっ叩いた。
237 :>>1 [sage]:2011/07/10(日) 23:09:52.28 ID:XFylpkNAO
短いですがここまでです。
どっかの誰かやらクラスの女子やら統一がありませんね…すいません
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/13(水) 08:57:20.85 ID:PbvrNOkSO
239 :>>1 :2011/08/05(金) 22:41:25.30 ID:msgeeGxAO
今の僕の身体はそれなりに人間らしいつくりをしている。

万一触られたりした時のために。すりぬけたらやばいじゃん。

そのため、痛みもそれなりに感じるわけで。

「っ……! ぐぁ」

間抜けな声を空中に分散させながら地面をバウンドした。

痛いなこれは。

なぜ痛覚を入れたし上司。

少女「こんなんじゃ消えないか」

次に見えない透明な痛みが全身を切り刻む。

ああ、制服がボロボロだ。
240 :>>1 :2011/08/05(金) 22:45:56.46 ID:msgeeGxAO
上司になんて言われることやら。

今はそういう問題じゃないんだけどどうしても気になってしまう。

なかなか動きやすくて良かったのに。

パートナーになんて言われ…ないな、きっと。

さけずむような視線で終わりかな。

……パートナーは僕の弱さに幻滅するだろうか。

いや、いつかの戦闘で幻滅させたかもしれない。

何回もあの時を思い出す。

そして彼女に大部分の戦闘を任せていたことを後悔をする。

「……」

僕は彼女がベテランだからって、頼りきっていた。
241 :>>1 :2011/08/05(金) 22:56:35.77 ID:msgeeGxAO
「甘ったれてたんだよなぁ、僕はさ」

パートナーがなんとかしてくれるといつも思っていた。

今ここにパートナーはいない。

なら、あの哀れな少女と戦うのは僕しかいない。

鎌を支えに起き上がる。

「一人で生きれるよアピールでもしておくか」

既に僕は死んでるけどね。
242 :>>1 :2011/08/05(金) 23:07:00.11 ID:msgeeGxAO
少女「いきなりなーに? 不思議な力でも目覚めたぁ?」

「うーん…目覚めたらよかったんだけどね」

現実はそうもいかない。

厳しいものだ。そんな展開あったらいいのに。

「でも別の意味では目覚めたかも」

君のパートナーとして恥じない戦いをしたいよ。

守られてるだけのプリンセスからは引退だ。

「覚悟しろよ、【囚人】」

悪いが僕は負けてもあがき続けるぞ。
243 :>>1 :2011/08/05(金) 23:21:17.57 ID:msgeeGxAO
少女「…あはっ。馬鹿みたい。いきなりなに?」

爛々と少女が目を輝かせる。

つまらなくて捨てようとした玩具が動き出したのといっしょだ。

いい暇つぶしぐらいにはなるだろう、とか思ってるんだろうな。

「悪いけど、消すからね。君の魂」

少女「消えるのはどっちが先かなぁ?」

卵が先か鶏が先か。

今はちょっとだけ前向きになってみよう。

もし力及ばず消えてしまうときは巻き添えにしてやる。

…後ろをガン見しての前向きだな。なおんないかな、この癖。
244 :>>1 :2011/08/05(金) 23:31:34.42 ID:msgeeGxAO
目的は【囚人】の魂のみ斬ること。

だけど、女子と【囚人】を分離させるにはどうすればいいか。

先ほど怪我した手から流れる、血ではない砂のようなものに目をやる。

パートナーがいつか流していたものと同じだ。

この砂は生前の思い出じゃないかと僕は睨んでいるわけだけど。

賭けだ。

あまり生前を思い出していないので効くかどうか。

あとは、

少女「そっちから行かないならこっちから行くよぉっ!」

「一か八か、だよね」

迎え撃つために鎌をいつでも振りかぶれる位置に待機させる。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/07(日) 01:54:29.98 ID:Pzg/NX/30
乙でした
いつもみてるよ!
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/09(火) 22:46:38.64 ID:+QJ+iUySO
247 :>>1 :2011/08/12(金) 09:07:40.27 ID:77Z2OUCAO
黒い霧が女子の手に集まり、中世の剣のような形をとった。

なんてこったい、武器としても応用可能だったのかよ。

予想はしていたけど。

鎌と剣がぶつかり合って鋭い金属音が屋上に響き渡る。

果たしてこれが聞こえた人はいるのだろうか。

「っ」

衝撃で手が痺れる。だけど今離したら、全て終わる。
248 :>>1 :2011/08/12(金) 09:08:06.03 ID:77Z2OUCAO
少女「頑張るねぇ? 死神さん」

互いに凶器を押し合ったギリギリの状態で会話をする。

「そりゃあそうさ…仕事だし」

少女「仕事じゃなかったらどうしてたの?」

あー。考えたことなかった。

仕事じゃなかったら、まるっきり無関係だったらどうしただろう。

「うーん…。見て見ぬフリだろうね」

無償でここまでボコボコにされるのはご遠慮頂きたいよね。

少女「死神のくせに?」

「死神は正義の味方じゃないよ」
249 :>>1 :2011/08/12(金) 09:08:34.37 ID:77Z2OUCAO
僕らは誰の味方でもない。

まあ、僕が昔会った他の死神によると「神の味方」らしいけど。

一度その神に見捨てられちゃってるようなものだし。

少女「ねえ」

至近距離で女子が笑った。

少女「こっち来ない?」

「ははっ、そいつは素敵な勧誘だ」

誰が行くか馬鹿。

僕は罪を犯したのではなく未練を残したのであって。

少女「本当にそう言える?」
250 :>>1 :2011/08/12(金) 09:09:06.03 ID:77Z2OUCAO
「少なくとも、今の状態じゃよく分からないよ」

相変わらずの至近距離。

手を伸ばせば頬に触れられそうな距離。

「だから」

今の状況を打破するたった一つの方法。

「君が見て判断して。僕が罪人だったどうかをさ」

僕は傷口を、流れ出る砂を彼女に押し当てた。

仮に何かの間違えで死神になった【囚人】だったらパートナーに斬って貰おう。

そう思いながら。
251 :>>1 :2011/08/12(金) 09:10:04.99 ID:77Z2OUCAO
少女「あ」

女子の顔が驚きで歪む。

次には苦痛の表情と変わっていた。

少女「いやぁあああああああああああああああああ!!??」

武器を落とし、頭を抱える。

でも僕は彼女から手を離さない。

君が、抜けるまで、触れるのを、止めない。

少女「アツイアツイアツイアツイ!!痛い!!あああああああっ!!」

熱い、か。

なんか思い出してないことが彼女に入り込んでるみたいだ。

「なら、身体の持ち主からさっさと出ろよ」

少女「出るっ!出るからぁぁぁぁ!!熱い熱い!!あああぁぁぁ!!」
252 :>>1 :2011/08/12(金) 09:11:55.00 ID:77Z2OUCAO
こてりと女子の身体が倒れた。

あ、息してる。うん、良かった。

一歩下がって前を見ると彼女とは全然違う少女が立っていた。

彼女は本体か。

その顔は憎しみにまみれている。

「できるだけ早急に消えてくれない?」

「それは無理なお願いだ」

ははは、怒らせてしまったらしい。

変わらずピンチじゃん。

「…セカンドステージ開幕ってとこかな」

サードステージまで残っているかな、僕。
253 :>>1 :2011/08/12(金) 09:13:31.83 ID:77Z2OUCAO
十二章終わりです。

「僕」がドSっぽくなった気がしますが気のせいです。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/12(金) 17:20:48.31 ID:PRCDR91SO
僕の渇いた感じがいい
255 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:18:12.85 ID:FcuP1CRAO
第十二.五話

慈悲の泉よ、私をお救いください。
256 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:18:38.46 ID:FcuP1CRAO
事が起こったのは突然だった。

今、私の周りにはクラスメイト達と教師が倒れている。

少し遅れてグラウンドに来たらこの有り様だ。さすがに最初は戸惑った。

そして、この事態を巻き起こしたらしき人物は数メートル先にいる一人の男子生徒。

不快な笑みを浮かべながら私を見ていた。

少年「どうしたよ、死神。死体ならいつも見てんだろ?」
257 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:20:12.13 ID:FcuP1CRAO
なるほど。私達死神がいるという情報を相手は持っていたらしい。

こちらが【囚人】がいるという情報を持っていると同じように。

少年「おい?」

今まで見つけられなかったのは、隠れていたからだろうか。

これまでぼんやりとした気配しか感じられなかったから。

それにしても何故今頃になってこんな真似をやらかしたのだろう。

少年「ちょっとこっち見ろよ」

ああ、そういえば数人【囚人】がいるんだ。

となるとバラバラにさせた上でそれぞれで戦うという作戦か。
258 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:20:51.85 ID:FcuP1CRAO
まあ、バラバラに別れさせられようが私には大差ない。

ペアを組んでいる相手は苦戦しそうな気がするが。

少年「あのー」

さて。まずは乗っ取っている肉体から離れさせなければ。

そのまま斬ったほうが楽だが、その後の始末が面倒なことは目に見えている。

説得に応じるならこんなことにはなってないだろうし、どうしたものか。

少年「話を聞けよ!」

男子生徒が漂う黒い霧から矢を作り出し、私を狙い射つ。

鎌で弾いた。
259 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:21:43.15 ID:FcuP1CRAO
「話なら聞いてる」

少年「嘘だ!まるっきり聞き流してただろ!」

「返答が必要な問いだとは思えなかったから」

それに、答える価値があるようには思えなかったから。

そこまで親切に言ってやる義理はないので黙っておく。

少年「ちっ…、俺のことないがしろにした罰が必要だなぁ!」

ペアを組む彼の言葉を借りれば『お前が言うな』だ。

生前散々罪を犯してきて、死後も罪を犯そうとするとは。

随分元気だ。
260 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:22:26.46 ID:FcuP1CRAO
「降参するなら早めに。こちらは本気だから」

少年「なら命乞いも早めにしてくれよ?いやあ楽しみだな、その顔が恐怖に歪むの!ま、止めるかはわかぐおっ!?」

なんとなく頭に来たので殴りかかってみた。

ぎりぎりで避けられたので頬を殴り付ける形になった。

力を殺せずそのまま地面へ倒れる。歩みより胸の上へ足を置く。

そして体重をかけた。

少年「いたたたっ!おい、これ人間の身体なんだぞ!?」

もっと言えばクラスメイトの身体。

「知っているけど。それが何か?」

261 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:23:03.97 ID:FcuP1CRAO
踵を左右にぐりぐり回しながらねじ込む。

少年「バッ…こい、こいつがどうなるか分かって、」

「最悪死ぬ」

このまま位置をずらして肋骨を折れば内臓に突き刺さって死ぬだろう。

痛みで肉体の本来の持ち主が目覚めるかもしれない。

少年「血も涙もないのか、死神にはっ!」

ここまで来て何を聞いているのか。

「とうの昔に無くした」

そこで足を一度離し、高く掲げる。

胸を押し潰すために。

少年「くそ――」

すっと男子生徒の身体から力が抜けて目を閉じた。
262 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:26:22.54 ID:FcuP1CRAO
「ようやくその気になった?」

「ああ、ぶち殺してやるこのアマが」

大量の矢が彼の苛立ちと呼応するかのように一斉に射たれる。

薙ぎ払って、弾いて、何本かかすったが気にしない。

こんなに近い距離なのに遠距離用の武器を使うなんて。威力はあるけど。

その内の一本を拾い上げてから彼の元へ走り込む。

最後の一歩で跳躍し、胸へ矢を突き刺した。

「な、え……?」

刺さった部分から黒っぽい砂が溢れだす。よろめいた。

隙を与えず鎌を振りかぶって左肩から右脇腹まで斬る。

黒っぽい砂が斬られた箇所から大量に噴き出した。
263 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:27:02.38 ID:FcuP1CRAO
「……はは。…終わりかよ、これで………」

自嘲気味に笑いながらそのまま消滅した。

後に残った砂はふいに吹いてきた風がさらってしまった。

へえ。こうやって消えるのか。

見送った後、先ほどまで憑依されていた男子生徒の口に手をやる。

息をしていた。

一応そばの最初から倒れていた人たちも確認してみたが全員生きていた。

死んでるとか言っていたのは単なるハッタリだったようだ。

「………」

あたりに意識があるものが誰もいないことを確認してからため息をついた。
264 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:27:57.75 ID:FcuP1CRAO
今回何が良かったと言えば、誰もこれを見ていなかったからだ。

何をしても気遣わなくて済む。

現在ペアを組んでいる彼に言わせれば、容赦がないという。

それを聞いて妙に納得した記憶がある。

一時期ペアを組んでいた、そして今回共闘することになったあの少女。

彼女は死神にしては優しすぎる性格だ。

真逆だったのだ。折り合うはずもない。

でもパートナーを解消するとき、惜しいとも思っていた。

話が合うのはそれまでで彼女ぐらいだったので。
265 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:29:14.73 ID:FcuP1CRAO
そう考えると現在の彼とは合うのか合わないのか。

一緒にいてうざったくないので合うことは合うのだろう。

必要以上にべたつかないし。

彼はどうだか分からないが。

……ああ、そうだ。

よく考えれば他も私と同じように戦っているはずで。

彼に不安要素がないわけじゃないので、少し見に行こう。

呼吸を妨げる寝方をしている人がいないか見てから、その場を離れた。
266 :>>1 [saga]:2011/08/16(火) 01:30:25.58 ID:FcuP1CRAO
十二.五章 終わりです。

パートナー無双でした。
何十年も死神してるから。
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/16(火) 09:23:22.22 ID:eJ8pCF/SO
268 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 14:10:22.26 ID:iQk69yXAO
第十三章

祝福された者たちとともに私をお呼びください。
269 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 14:11:55.63 ID:iQk69yXAO
打ちっぱなしのコンクリートがひび割れて。

落下防止のフェンスがその意味をなさなくなって。

屋上に張り巡らされた銀色の水道管が破裂していて。

そして僕が叩きのめされていて。

どれだけ過酷なセカンドステージかお分かり頂けただろうか。

……。

いや、過酷すぎるだろ。心が折れそうだ。
270 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 14:22:09.11 ID:iQk69yXAO
相手が元々強かった上に、本気出させたからこうなるのは仕方ないけどさ。

こうしてても埒があかないので立ち上がる。

この動作ももう何度目なのか。

しかもズキズキと頭痛がし始めて意識をどうにも集中させにくい。

止めてくれ。今は、記憶なんかにすがる暇はないんだ。

今までも思い出さなかったんだ。なにも焦ることないじゃないか。
271 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 14:35:48.74 ID:iQk69yXAO
少女が僕の無様な姿を笑った。

自分だってこの状況は笑えてしかたない。

ふと彼女が何かを思い付いたように口を開いた。

「ねぇ、うちってどんなことしちゃったか分かる?」

分かるかよ。

『私の名前なんだか分かる?』ぐらいにどうでもいい。

「家族を皆殺し! センセーショナルでしょ? ね?」

「あー、センセーショナルだねー」

…なんだろう。せんせーしょなるって。

とにかく、そういうことをしたからあんな所に送り込まれたんだな。

「調子に乗ってビルの上から落ちて死んじゃったけどねぇ」

「そうかい、それは大変だったね」
272 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 14:56:43.72 ID:iQk69yXAO
さっぱり同情する気にならない。

というか全然反省を促せてないじゃん。

なにしてんだあの施設の連中は。怖いから関わりたくないけど。

ああもう、頭痛も酷くなる一方だ。

中から外から攻撃して挟み撃ちか。ぺちゃんこにしたいのか。

終わらせよう。これ以上戦うのは限界だ。

鎌を握り直す。

「まだやるの? へこたれないねぇ、死神さん」

「そうだね。君を倒してからへこたれることにするよ」

適当に返事をして、再び彼女に迫る。
273 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 15:00:16.91 ID:iQk69yXAO
少女の胴体を上下真っ二つにしようと鎌の位置を調整する。

あとは降るだけだ。これで上手くいけば致命的な傷を負わせられる。

なのに。

――お兄ちゃん

「!?」

頭に何かが突き刺さったような鋭い痛み。

そのせいで攻撃が一瞬止まり、そのせいで反撃を加えられた。

コンクリートに打ち付けられても依然として誰かは喋り続ける。

――お兄ちゃん、逃げて

誰だ。

誰が、誰の、兄なんだ。
274 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 15:07:41.57 ID:iQk69yXAO
視界は真っ黒だ。何も見えない。

皮膚がとけるように熱い。

さっき、少女が叫んだ「熱い」はこのことだろうか。

――おに ゃん

遠くから聞こえる霞みがかった声は未だに誰かを呼ぶ。

ゴオッと正体不明の音ともに視界は黒から橙色に染められた。

「………っ!」

突然声が聞こえてきたように、突然こちらへ戻ってきた。

…さっきよりまた更にボロボロになっている。

記憶が戻っている最中は全く動けないというのは本当らしい。

動かないのをいいことに、好きに攻撃されまくったようだ。
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/21(日) 21:53:43.25 ID:F/mycRLDO
つづきがきになるぜ
276 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 23:05:07.97 ID:iQk69yXAO
身を起こして辺りを見回す。

変わったことは……悲しいかな、何もないや。

女子が平和に寝たままなのは救いだけど。

「あ、起きたぁ?」

「…どうやらボーナスタイムを存分に楽しんで頂けたようで」

「あんまり楽しくなかったけど。あんた動かないから」

「さいでか」

力を振り絞って立ち上がる。

何度も倒されては起き上がるって、僕はダルマかよ。

鎌を手元に現させて握りしめる。
277 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 23:26:46.09 ID:iQk69yXAO
「君から来なよ。僕はもう動けない」

傷もそうだけど疲労もすごい。

泥沼を歩くような、そんな重い感覚だ。

「へぇ、いいの? じゃあお構い無く!」

先ほどの中世を模した剣を再び取り出して僕へと駆けてくる。

さっきまでは主に僕が彼女へ近寄るパターンだったからこの形は始めてだ。

だけど、だいたいするであろう動きは分かっていた。

一直線に向かってくる。ジャンプは多分しないだろう。

これを逃したらもう後はない。

右手に持った剣の切っ先がひらりと僕を向いた。

今か。

彼女が僕の元へとたどり着く直前に立っていた場所から身を引く。

代わりに鎌の刃を丁度彼女の首もとに当たるところへ。

「―――え?」

勢いを保ったまま、彼女自らギロチンへと飛び込んだ。
278 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 23:29:51.86 ID:iQk69yXAO



罪を犯した少女の首が、宙を舞った。


そう長くは空中に舞わず、ごとりと地面に落ちる。


首、そして残された胴体共に砂となって形を崩した。


――あっけない終わりだった。

279 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 23:35:36.56 ID:iQk69yXAO
「……ああ」

意味のないつぶやきを洩らしてその場に膝をついた。

鎌が役目を終えたと言わんばかりに消える。

身体の震えが止まらない。

「向かうよりもこっちに来られた方が戦いやすいのかな…」

パートナーが特攻するタイプの戦い方だったからそれを真似してたけど。

僕には僕なりの戦い方があったというわけだ。

それだけでも大きな進歩だといえよう。かなり手こずったけど。

地面にそのまま倒れ込んでぼんやりと空を見る。

「……終わっ、た……」

やっと安心感を得たと同時に、僕の意識は切れた。
280 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 23:44:30.03 ID:iQk69yXAO
………。

…………あ、寝てたのか。

「………」

パートナーが立ったままこちらを見下ろしていた。

びっくりした。

まさか、意識戻るまでこうしていたわけじゃないよな?

もしそうだったら起こす努力ぐらいはしてほしいものだ。

「…やぁ」

手を軽くあげて挨拶をする。

見た感じパートナーに傷ついた様子はない。

瞬殺だったんだろうな。

「お疲れ様」

そう言ってスタスタと女子のほうへ行ってしまった。

…え? 今、パートナーが労いませんでしたか?

世界が滅びるのか? もしかしたらあれがパートナーじゃない可能性も…。
281 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 23:49:57.63 ID:iQk69yXAO
「なにしてるの。早く行きましょう」

女子を背負ってパートナーが冷たく言いはなった。

あ、いつものパートナーだ。この状態の僕見てそういうのは彼女しかいない。

精神的にはだいぶ回復して、肉体的にはそうでもない身体を引きずって屋上から降りる。

その途中で神名君にばったり会った。

まじまじと僕を頭から爪先まで見て、何か言葉を選んだ後口を開いた。

神名君「……そのファッションは流行らないと思う」

「僕だって頼まれても着たくないよこんなの」

神名君「そもそも何してきたんだよ。どっかで誰か暴れてたのか?」
282 :>>1 [saga]:2011/08/21(日) 23:55:05.33 ID:iQk69yXAO
「そうだ、もう誰か暴れてたりしてない?」

これ以上戦うとか勘弁してくれ。

過労で死んでしまう。死んでるけど。

神名君「ああ、もう落ち着いているな」

「そう。じゃあこの子を保健室に連れてって」

有無を言わせず女子を押しつけるパートナー。

流石だ。そこに痺れる憧れる。

「貧血で倒れちゃったみたいでさ…僕らまだ用事あるから頼む」

神名君「むしろお前が保健室だろ!?」

彼からのツッコミは無視した。

まさか血じゃなく砂が溢れてますとか言えない。
283 :>>1 [saga]:2011/08/22(月) 00:02:02.47 ID:8sgjJUsAO
今の時間、人がいない昇降口に行く。

そこで待っていたらしい同業者さん達が心配げに僕らを見た。

「…派手にやられたな」

「うん。屋上も派手に壊したよ…」

「下手すると報告書ですよ?」

「今は精神攻撃止めて」

適当な柱に背をつけてズルズルと下へ滑り落ちる。

座り込んだ僕の横で、パートナーが辺りを見回した後に話し始めた。

「殲滅はできたかと思う」

「そうですね。まだわたしたちは残りますが、あなた方は報告を」

「分かった。今日はこのまま帰らせてもらう――彼も見て貰わなければ」

あれ? いまちょっと気遣われた?
284 :>>1 [saga]:2011/08/22(月) 00:12:48.29 ID:8sgjJUsAO
そんなに僕がボッロボロということなんだろうか。

事実、制服が制服じゃなくなっているけど。

というか、怪我らしい怪我ひとつしてない皆がおかしいんだと思う。

あっても手の甲に軽い切傷だったり。

僕が弱すぎたのか相手が強すぎたのかは分からない。

「このまま上司の元へ」

「うん。では、後は任せたんで」

バッバーイと手を振りあい(パートナーは不参加)、それから昇降口を抜けた。

285 :>>1 :2011/08/22(月) 00:31:50.10 ID:8sgjJUsAO
---

上司の部屋をノックもそこそこに開ける。

そこには上司と、たまに見かける別の上司さんの二人が居た。

「ぎゃあ幽霊」

上司が僕を見るなりそうほざく。

誰のせいでこうなったと。

「【囚人】の殲滅を終えました」

パートナーが淡々と、短く報告をする。

「うん、お疲れ。今は隠蔽とかで何人かあっちいったよ」

「隠蔽?」

「そ。全く、屋上をぶっ壊したのはどこの誰だっけなぁ♪」

「僕か! 僕のせいなのか!」

「とりあえず君は医務室行きなさい。お見舞いに始末書持ってくから」
286 :>>1 :2011/08/22(月) 00:41:22.28 ID:8sgjJUsAO
ありがたくないお言葉をもらってしまった。

逃げるように庶務室から出た。

長い廊下を歩きながらふと気になったことを聞いてみる。

「あの上司さんってよく見るけどさ、どこの地区の担当なんだろうね」

「あの人の仕事は死神じゃない」

「へ?」

「【囚人】達のいる施設の職員」

「あ、そうなんだ……」

よく考えればそういう人もいるんだよな。

何しに来たのかは知らないけど、話し合うのだろうかあの上司達。

そんなことを思いつつ医務室の扉をくぐる。

処置中の痛さに悲鳴をあげのは数分後のことだった。
287 :>>1 :2011/08/22(月) 01:32:19.40 ID:8sgjJUsAO
---

「【囚人】を一人、外に出す?」

「そ。だいぶ落ち着いてる子だし、見張りもつけるけどさ」

「【囚人】に【囚人】を討たせると?」

「うん。ああ――大丈夫、同類だからって躊躇はしないみたいだから」

「強いね…で、なんだっけ? その子が彼女達たちの地区にしばらく住むと?」

「そうそう、だからちょっと君らの部下に言っといて。間違えて切らないようにってさ」

「そうするけど…そっちも大変そうだね。無理はするなよ?」

「どうも。でも、この事態を引き起こしたのは私たちだからさ」

「……ま、お互い頑張ろうよ」

「うん」
288 :>>1 :2011/08/22(月) 01:33:14.77 ID:8sgjJUsAO
第十三章 終わりです。

スクール編も次回あたりで終わります。
舞台が学校なだけだった。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/25(木) 09:59:47.33 ID:NSZ4rRESO
290 :>>1 :2011/08/29(月) 21:15:26.46 ID:sbgRfQaAO
第十三.五章

奇しきラッパの響きが
各地の墓から
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/08(木) 00:13:48.59 ID:qpcRI4sSO
始まらねぇwwwwwwwwwwww
292 :>>1 :2011/09/08(木) 22:55:35.68 ID:50fW80XAO
「失礼します」

カチャリと庶務室のドアを開ける。

三人目となる新しい上司は、私に気づいて軽く手をあげた。

この人とは二度ほど顔を合わしていて、すでに自己紹介も済んでいる。

「早速だけどお願いしたいことがあるんだ」

その内容は、言われる前からなんとなく分かっていた。

理由は上司の隣にぼんやり座る少年がいたから。

「彼の面倒を見てほしい」

やっぱり。
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/09/08(木) 23:29:38.20 ID:50fW80XAO
「そういうのは他に適任がいるのではないでしょうか」

目覚めたばかりの魂をなぜ私に預ける。

自分で言ってなんだが、私が問題児なことは自覚できている。

目覚めたばかりの魂は影響されやすいと知っているだろうに。

手のかかる死神をもう一つ作りたいというなら話は別だが。

「いやいや」

上司は首を振って私の意見を否定した。

「君と彼はきっと仲良くできるよ」

……つまりあれか。私の新しいパートナー候補なのか。この少年は。
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/09/08(木) 23:35:24.80 ID:50fW80XAO
「……彼の性格がマイナス方面に針を振っても責任は取りません」

「大丈夫大丈夫、すでにマイナス方面突っ走ってるみたいだから」

それはまた、どんな最期でもすごしたのだろうか。

ぼんやり私を見る彼には一切の感情が伺えない。こっちも同じような顔だろう。

「記憶をすっかり無くしてるみたいでね。死神として長くなりそうだ」

ぽむぽむと少年の頭を叩きながら上司は言った。

大抵はわずかながら記憶を持っているが、あまりにもショックを感じると記憶を喪失してしまうらしい。

かくいう私も記憶を全て失って死神になった一人だが。

…同類ってことか。
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/09/08(木) 23:40:58.17 ID:50fW80XAO
「ま、ちょっと二人でそこらへん歩いてきてみたら?」

「はい」

「ほら、君も。あのお姉さんについていって」

背中を押され少年がのろのろと立ち上がった。

お姉さんなどと言われたが生前の肉体年齢としては同い年ぐらいか。

「よろしくお願いします」

「よろしく」

空虚にあいさつをして、部屋から出ようとする。

ふと不審に感じて後ろを振り向くと少年はその場に突っ立ったままだ。

…まだ自分で何がしたいなどという思考も働いていないのか。

手首を掴み、引っ張って今度こそ二人で部屋を出た。
296 :>>1 [sage]:2011/09/09(金) 12:40:02.07 ID:lV+EaanAO
しばらくして。

「――それで、ここは休憩室」

ようやく最後の説明(といえるのだろうか)を終えて少年を振り返る。

「質問は」

横に頭を振る少年。ここまで一言も発していない。

言葉も忘れてしまったのだろうか。まあそれは上司の仕事だから私には関係ない。

することもないので元来た道を逆から歩いて庶務室に戻ることにした。

「……君は」

後ろを歩いていた少年が初めて口を開いた。

『君』というのは多分上司のを真似したのだろう。

「死神になってから、どのくらいたつのですか」
297 :>>1 :2011/09/09(金) 22:02:57.81 ID:lV+EaanAO
「パートナーが二桁を越えて上司が三人変わった」

パートナーも上司も入れ替わったのはいわゆる記憶を取り戻して転生をしたためだ。

そして、それほど私が長くやっているという自慢にもならない事実。

二桁を越えたのは私の性格の問題もあるらしいが。

――今更、性格を変えたところで何になるというのか。

「そうですか」

彼はあっさり引き下がった。

庶務室の前に立ち、少年を促す。

「私はこの後仕事があるから」

「一人でですか」

「ええ」
298 :>>1 :2011/09/09(金) 22:12:48.01 ID:lV+EaanAO
「どうして」

「私のパートナーになりたがる人はそうそういないから」

「そういうものですか」

「ええ」

庶務室の扉をノックして、返事を待たずに開けた。

「じゃあ」

「またお会いしましょう」

彼の予想外の言葉に、私はどんな顔をしたんだろう。

そのときの彼の顔は、確かに初めて笑顔をとった。

――そして本当にその言葉通りになる。

それはある程度予想していたけれど。

「でもここまでお喋りになってるとは思わなかった」

「ん? 何か言った?」

「いいえ」
299 :>>1 :2011/09/09(金) 22:13:31.60 ID:lV+EaanAO
第十三.五章 終わりです。
二人のなれ初めみたいな。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/09(金) 23:52:32.22 ID:ukiUMWwSO
301 :>>1 :2011/09/17(土) 03:27:10.82 ID:MIMZ2stAO
第十四章

書物がさしだされるでしょう。
すべてが書きしるされた
この世裁く書物が。
302 :>>1 :2011/09/17(土) 03:31:31.49 ID:MIMZ2stAO
ファーストフード店で、僕は必死に戦っていた。

パートナーに時おり助けを求めるも、あっさりと拒否されてしまう。

僕がこいつを相手に一人で戦えるわけないだろ。

始末書と。

前回ちょっと破壊しすぎたために上司にプレゼントされたものだった。

提出日が迫っていて夏休み終了寸前の小学生よろしく焦っているわけだ。

なんで提出日とかあるんだろう。ある意味僕らの時間は無限なのに。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/22(木) 00:59:12.51 ID:NH+n1tCSO
モチベがあがらんか?
304 :1 :2011/09/25(日) 12:33:34.34 ID:eNE9NYwAO
「こんなのできるわけないじゃないですかー! やだー!」

突っ伏そうとしたらそのままテーブルに額をぶつけて悶える。

周りから視線を感じるけど気にするか。

「………」

先ほどからひたすら無表情のパートナーがスッと書類に指を置いた。

まさか手伝ってくれるのだろうかと期待に胸を膨らませる。

「送り仮名が間違えてる」

それだけ言うとまた黙ってしまった。

…分かってはいたけどね。うん。
305 :1 :2011/09/25(日) 12:41:02.30 ID:eNE9NYwAO
消しゴムでごしごしと文字を消しつつこっそりパートナーを伺ってみる。

ストローを口に含んで紙コップの内容物をすすっていた。

視線の先は窓の外。恐らく意識的に物を見てはいない。

「…………」

最近パートナーはぼんやりすることが増えた。

理由を訊ねてみても返されるのは沈黙のみ。

むしろペラペラ喋ったらパートナーじゃないんだけど。

あとパートナーワールドは難解だから聞かされたところで理解出来ないだろう。

306 :1 :2011/09/25(日) 12:46:56.50 ID:eNE9NYwAO
パートナーから再び書類に目を向ける。

やっと仕上げの段階だ。

「今後はこのようなことは一切起こさないことを……」

今後も起こす可能性ありありなんだけど良いよね。大丈夫だよね。

ええと、ちかいますってどういう字だ?

警?ちょっとおしいかもしれない。

「ちかうってどんな字か分かる?」

パートナーに聞いてみることにした。
307 :1 :2011/09/25(日) 12:52:25.04 ID:eNE9NYwAO
今回は何も起こらなかったけど、彼女も今まで色々壊してきたらしい。

想像できない話じゃないのが恐ろしい。

なので慣れてるはずなのだ。報告書とか反省書とか。

…まさか、その技術力で助けてくれとお願いしたのが悪かったんだろうか。

まさに後の祭。

「………こう」

サラサラと宣伝広告紙の白いスペースに書き込むパートナー。

それぐらいなら素直に教えてくれるのか。言ったら斬られそうだから言わないけれど。
308 :1 :2011/09/25(日) 12:58:30.53 ID:eNE9NYwAO
パートナーが手を退けたあとには綺麗な字で「誓」と書いてあった。

あ、ちょっと近かった。

「ありがとう」

誓いますっと。全然心のこもらない誓いだなーははは。

にっくき書類を片付けて慎重にしまい込みようやく僕も飲み物に手をつける。

仕事終えたあとのジュースは旨いぜなんて居酒屋のおじさんぽく振る舞う。

嘘だけど。そんなことしたらパートナーが席立って何処かいってしまう。
309 :1 :2011/09/25(日) 19:54:05.39 ID:eNE9NYwAO
「書き終わった?」

しばらくしてトレイの上を片付けながらパートナーが聞いてきた。

やはりぼんやりとして、気づいたら終わってたようなので声を掛けたって感じだ。

それにしても彼女から話しかけてくるのは珍しい。何か起こるぞこれは。

「うん」

僕も最後の一口を飲み干して立ち上がる。

「この後何かあるっけ?」

トレイの上に乗せてあるものをゴミ箱に突っ込みながら聞く。

無言で店内を去るパートナー。

「……ふうん」

確かに何か起きるようだ。

騒がしい店内を後に僕も彼女の後を追った。
310 :1 :2011/09/25(日) 20:06:34.91 ID:eNE9NYwAO
ふたり、並んで歩く。

僕が右でパートナーが左。

ずっと前からこの形が崩れたことはなかった。

「やけに今日は考え事してるけどどうしたの?」
これから起こることに関連があるのだろうか。

「止める方法を」

「え?」

「止める方法を考えていた」

「止める……?」

息を?…もう息する必要なかったよ僕ら。

そっと覗きこんだパートナーの表情は相も変わらず動かない。

仮面みたいに。

しばらく『何を止めるのか』ということに考えを巡らす。

311 :1 :2011/09/25(日) 20:16:30.17 ID:eNE9NYwAO
僕らは死神。

死神は魂を回収する。

魂が身体から抜け出たとき、人間は死ぬ。

個人の終焉。

『止める方法』

あれ? つまりは、どういうことだ?

「ねえ」

まさかとは思ったけど、パートナーに聞く。

「もしかして君はさ」

彼女は果たしてそんなことをするタイプだっただろうか。

それにその予想が当たりだったなら、それは今更な気もするのに。


「誰かの死を止めたいの?」


彼女は予定された死を書き換えるつもりか?
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/09/25(日) 20:29:07.74 ID:eNE9NYwAO
「そうね」

弁解するでもなく彼女は肯定した。

「でも、君は初めて一緒に仕事をするとき言ったじゃないか」

「覚えているし、分かっている。抗えないものだとも知っている」

続けてあの時と同じようにパートナーは言った。


「決められた死は避けられない――」


「そうそれ」

神ってついているけど僕らは神じゃない。

因縁を背負って未だにここにしがみついている魂だ。

そんな僕らには人の命ひとつ自由になんかできやしないのだ。
313 :1 :2011/09/25(日) 20:35:38.74 ID:eNE9NYwAO
軽く額を押さえつつ彼女は呟く。

「嫌なのよ」

本当に嫌そうに顔をしかめた。

気持ち悪そうでも合っているだろうか。

そんな複雑な表情を最近彼女はしただろうか。

「どうしたのさ。今日の君は君らしくない」

普段のドライでクールで冷たい視線を投げ掛けてくるパートナーじゃない。

ほんと、今日は口に出したらエンド迎えるようなことばっか考えてるな。

「今日、これから私たちの新入りが生まれるかもしれない」

「えっ?」

僕たちの新入り?

ということは新しい死神ってことか。
314 :1 [sage]:2011/09/25(日) 20:38:33.33 ID:eNE9NYwAO
全然筆が乗りませんね。
ほんとすいません。
続きはまた次回。
そして久々に鬱展開。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/09/25(日) 20:48:46.50 ID:zJxWrX6Xo
>>314
いつまでも待つからたくさん悩んでいい作品書いて下さい
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/26(月) 07:54:05.19 ID:N2bsdNHSO
317 :1 :2011/09/26(月) 20:40:12.16 ID:MnAiWFrAO
「……えっ?」

意味を反芻して再び単語が飛び出る。

新しい死神。

僕らの仕事内容。

ここまでヒントを出されれば頭の鈍い僕でも分かる。

「…そんなに今回は酷いの?」


――誰かが凄惨な死を迎える、ということか。


恐らくこの世に未練を残してしまうほど悲惨な。

パートナーはこくりと頷いた。

それを死神の誕生を阻止したいというのだろうか?

「でもどうして……」
318 :1 :2011/09/26(月) 20:49:04.06 ID:MnAiWFrAO
どうしてそれを止めようとするんだろう。

僕、または彼女のパートナーになるわけでもあるまい。

…いや、僕と離れるぐらいでそんな無謀なことは言わない。

「私はパートナーが二桁を越えるほど入れ替わった」

「うん」

それは彼女と初めて会ったときに聞いたことがある。

「私が嫌で離れた人、記憶が戻り転生した人」

一拍置く。

あえて僕も口を挟まない。

「記憶があまりにも酷すぎて発狂した人」

それは、初めて聞いた事だった。
319 :1 :2011/09/26(月) 20:59:43.45 ID:MnAiWFrAO
「発狂? なんでまた」

呆れたような目でパートナーが僕を見る。

性的な意味でぞくぞくした。

もちろん嘘だ。

「未練を抱くぐらいの死、それも自分の事よ?」

「ああ……辛いね」

記憶を断片的にしか思い出していない僕にはピンとこない話だけど。

身体を燃やされていた、というのはかろうじて分かるんだけどなぁ。

初めの頃にこういうこと知っていたら確かに発狂していたかもしれない。

死を見ることに慣れたというのか。

あんまりありがたいことじゃないんだけどね。
320 :1 :2011/09/26(月) 22:09:41.66 ID:MnAiWFrAO
「もう見たくない。あんなもの」

感情を剥き出しにしたパートナーは初めてかもしれない。

それだけ今回は切羽詰まっているのか、どうなのか。

「だからと言っては何だけど、死神はこれ以上増やさない方がいいと思う」

「うん」

それには僕も賛成だ。

今は多すぎもせず少なすぎもしない均等な状態だ。

それに、増えてメリットなどありゃしない。

「じゃあ出来る限りのことをしようよ」

投げられたサイコロは何処へ転がるのか。

足掻きは通用するのか、やはり変えられないのか。

やれることはしてみようって前向きに思った。
321 :1 :2011/09/26(月) 22:17:34.24 ID:MnAiWFrAO
―――――

それでも世界は変わらなかった。

神様ってやつは僕らの無様な足掻きを一蹴しやがったのだ。

僕の目の前には大人二人子供二人が血まみれで横たわっている。

最悪な惨状だ。

男「はぁっ…はっ……」

壁に寄りかかるようにして座る赤いプールの製作者。

パートナーが何度か話しかけたんだけどうまくはいかなかった。

彼女に止められるとか滅多にないのに、どうして止めなかったんだ。馬鹿か。

少女「…るさ…許さ…」

唯一まだ息をしている女の子がズルズルと男へ手を伸ばす。
322 :1 :2011/09/26(月) 22:24:52.81 ID:MnAiWFrAO
男「うわぁっ」

手にしていた包丁で女の子の手のひらを床に縫い付けてしまう。

それでも彼女の動きは止まることがない。

少女「痛い……よ…ねぇ、教えて…」

ズル、ズル。

少女「どうして、……」

「無理をしちゃ駄目だ。動いたら死んでしまう」

宥めようと女の子の肩に置いた手はあっさりと通過する。

声も聞こえていないだろう。

なんて、無力なんだ。

少女「…返して……」

グググ、と何かを掴むように伸ばした腕。

しかしそれは空すらも掴まずに力を失い床へ落ちる。
323 :1 :2011/09/26(月) 22:31:32.97 ID:MnAiWFrAO
「……駄目だった」

パートナーが感情の無い声音で呟く。

彼女の手に乗るのは傷だらけの光の球。

現世にすぐ転生できないほど弱ってしまった魂。

「そっか……」

あとの三人は即死だったのか綺麗なものだ。

…仮に生き残っても辛い道を歩くことになっていたのか。

さて、残る問題は。

「金品欲しさに殺しちゃった感じですか?」

男「だ、誰だお前らは!?」

「直に分かるわ」

「すいませんね、パートナー今すごく機嫌悪くて」

あなたのせいだけど。

「お金の抜き取り忘れと指紋の拭き取り忘れにご注意下さい」

なんて、ははは。
324 :1 :2011/09/26(月) 22:39:15.17 ID:MnAiWFrAO
「さっさと逃げればいいじゃないですか」

少しイライラしているからそのとばっちりを食らいたくなければ。

男「ででで、出来るわけ無いだろう!」

「へえ?」

男「お前らを、お前らを殺さないと!」

「ふぅん」

女の子の手から包丁を引き抜いて、僕の脳天に突き刺そうとする。

それもまた通過して。

刺すものを刺せず、勢いのままに血のプールで足を滑らす。

男「あ――――」

倒れた衝撃か何かで、脇腹に包丁が突き刺さった。

「出来すぎた偶然は怖いですね。まあ、必然なんですが」

死にたくないと散々もがいたあげく、彼も死んだ。
325 :1 :2011/09/26(月) 22:46:06.73 ID:MnAiWFrAO
これで全部か。

「これは【囚人】だな。しかるべきとこに渡さないと」

どす黒く染まった魂を観察する。うん、黒い。

やだなぁ、あそこの連中めちゃくちゃ怖いんだよ。得体知れなくて。

「結末は変えられないってことか、結局は」

「そうだね」

「…死神になるのもまた決まっていたら?」

それは――

「それは、考えては駄目だよ。もしそうだったら恐ろしい」

どんな管理社会なんだっていう。

考え始めたら眠れなくなってしまうじゃないですかー、やだー。

だから僕たちは眠らねえよとセルフツッコミ入れる。
326 :1 :2011/09/26(月) 22:59:27.78 ID:MnAiWFrAO
五つの魂を抱えて玄関を出る。

さぁ上司のところに行くかというときに、横から誰かが現れた。

フードを鼻の部分まですっぽりと被り、表情が見えない。

「……その魂。お引き取りします」

どす黒いそれを指差して、女性の声で言った。

フード付きマントということはあの施設の連中に違いないんだけれど。

どうにも違和感が。

「持って」

パートナーが僕に魂を預けて、次の瞬間にはフードの彼女を付き倒していた。

早いよ。早すぎるよ。

「あなた……【囚人】じゃないの?」

更には鎌を突きつけた。拷問だ、誰がなんと言おうと拷問だ。
327 :1 :2011/09/26(月) 23:04:54.59 ID:MnAiWFrAO
「あれっ、聞いてませんか!? 違います! わたしあなた達の味方です!」

「……」

無言のまま鎌でフードを剥ぎ取るパートナー。

ついでに今まで話題にして来なかったが、それは両刃だ。

僕らより年上らしき女性の顔が露になった。

ひくひくと頬がひきつっている。

「き、聞いてないみたいですね…あなた達の上司さんから」

「全く」

「にゃあああああ!」

絶望的な悲鳴をあげる。

「何かあるなら早く言いなよ。多分この人苦しめずに終わらしてくれるよ」

「どっちにしろ斬られるじゃないですかー! やだー!」
328 :1 :2011/09/26(月) 23:13:25.23 ID:MnAiWFrAO
「じゃ」

「待ってください話せば分かる!」

「問答無用」

「うぎゃあああああ!!」

何かちょっと違う気がしてパートナーを制しようとする。

と。

「はいはい失礼」

いつか見た別のところの上司さんが現れた。

【囚人】を収監する施設の職員。

この人がずば抜けて感情が豊かだと言っておこうか。

「奴め、話してないのか…この子の言うことは本当。ボランティアだ」

「ボランティア、ですか? いやいや、えっ?」

だって確かに【囚人】の気配が……。

「特例でね。また君らの上司に聞けば分かるけど…」

はーぁとため息をつかれた。
329 :1 :2011/09/26(月) 23:18:57.69 ID:MnAiWFrAO
僕らの上司がまた何かを伝え忘れていたらしい。困ったもんだ。

またパートナーが灸を据えるのか。なんとかして退室願おう。

いくらか怪しみながら、魂を彼女達に渡す。

「お疲れさま」

そういうとフードを目深にかぶって女性と共に姿を消した。

「………」

「………」

「……色々あったけどさ。まずは、上司に問い詰めようか」

パートナーが縦に首を振った。

いつもの彼女が戻ってきたようで嬉しくなる。

死神候補を抱えて、僕らもまたそこから立ち去った。
330 :1 :2011/09/26(月) 23:19:43.71 ID:MnAiWFrAO
第十四章 終わりです。

長すぎる。どうしてこうなった。
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/09/26(月) 23:53:45.62 ID:9anFT507o
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/26(月) 23:57:00.97 ID:N2bsdNHSO
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/08(土) 08:41:07.49 ID:JBEFkSnF0
乙!
334 :1 :2011/10/08(土) 23:04:52.66 ID:65gx/BPAO
第十五章

天と地はあなたの栄光に満ちています。
335 :1 :2011/10/08(土) 23:11:37.59 ID:65gx/BPAO
少女「そこ退いてよ。渡れないじゃない」

上から不満げな声が降ってきて、その方向に顔を向ける。

お嬢様みたいな少女が月夜を背中に立っていた。

暗がりでいまいち表情が分からないが、多分口をへの字にしているのだろう。

「とは言っても、僕らが先客なんだけど」

少女「嘘よ。だってわたしが来たときにはあなた達いなかったもの」

「いたのにいないと認識していたからじゃないかな?」

少女「なによそれ」

むくれたような声色。
336 :1 :2011/10/08(土) 23:19:34.19 ID:65gx/BPAO
「しかし君も酔狂だね。夜に一人で散歩なんて。下手すると怪しまれるよ」

少女「悪い? 男女二人、夜道でコソコソしてるほうが怪しいわ」

じと目で見下ろしてくる。

街灯の光によって澱んだ瞳が照らされている。

「現代版ロミオとジュリエットなものでね」

きつくパートナーに頬をつねられた。しかも捻るときた。

うまい切り返しだと思ったのに。
337 :1 :2011/10/08(土) 23:29:09.69 ID:65gx/BPAO
ふうん、と少女が呟く。

少女「あなた達もそうなの?」

「例え話だよ。恋愛関係になっていない」

友好関係すら築けているかどうか。

いや、そのぐらいにはなっているよね? ね?

自分で言っててなんか不安になってきた。

周りからの目が気になる人がいるけど、あれ今なら分かる気がする。

少女「なーんだ。つまんないの」

「君は現代版ロミジュリなのかい?」

少女「なんで略したのよ」

「最近はなんでも略す世の中だから流行に乗ってみた」

乗るしかない、このビッグウェーブに。
338 :1 :2011/10/08(土) 23:45:50.24 ID:65gx/BPAO
少女「正直その理由はジジ臭い」

はい死んだ! 僕の何か大切なものが今死んだよ!

ぱりーんって音をたてて割れ散ったよ!

でも肉体的には既に死んでいるんだけどな!

ふと横から視線を感じた。

見るとパートナーまでもが冷めた目でこちらを見ている。

『フォローできないわね』って感じで。

「に、二面楚歌だ……」

たまには良いじゃないか、流行とかいう言葉使っても…。

これじゃまるで若作りしようとして滑った中年のおばさんみたいじゃないか。

少女「まだあと二面逃げ道あるじゃない」

そういう問題じゃない。
339 :1 :2011/10/09(日) 00:05:05.29 ID:PyKWI/nAO
「はあ…。話を戻すよ」

どこで話の脱線事故が起きたし。

「『あなた達“も”』ってことは君はロミジュリみないなことになってるの?」

少女「……」

無言のままくるりと少女が回って、スカートがふわりと浮いた。

こんな狭いところでよく回れるなと変な感心をしてしまった。

少女「そうかもね」

月を仰ぎ見ながら独り言のように言った。

少女「お父様は彼の一家が大嫌いだし、彼の父親はわたしの一家が大嫌い」

「そうなんだ」

現代にもあるんだな、そういうの。
340 :1 :2011/10/09(日) 00:13:22.95 ID:PyKWI/nAO
少女「わたしと彼は到底結ばれないのよ。それに、許嫁もいるし」

「へぇ」

少女「でもあんなのと結婚するならば死ぬ方が良いわ」

可哀想だな許嫁。

「だから君は今、死のうとしているんだね」

欄干の上で。

平均台の上を歩くような感覚でずっと往復を続けてきた。

そのままバランスを崩せば川にまっ逆さまに落ちて、死ぬ。

少女「そうよ。でも進みたいのにあなた達が寄っ掛かっているもんだから進めない」

「こうでもしないと立ち止まって話を聞いてくれないだろう?」

少女「あら、わたしが目的だったの?」
341 :1 :2011/10/09(日) 00:25:40.95 ID:PyKWI/nAO
「そう。目的としては君を発見することかな」

少女「もしかしてお父様に頼まれて探しに来たの?」

警戒の色が濃くなった。

許嫁といいお父様といい、ずいぶん毛嫌っているんだな。

「まさか。赤の他人を夜に必死こいて探すほど善人じゃないし」

そう考えると探偵ってすごいよな。

他人の猫を必死に探すんだもの。僕にはできない。

少女「……じゃあ、何しに?」

「言ったじゃないか。君を見つけることだって」

少女「どこかでお会いしました?」

「いいや。むしろ初めましてだね」
342 :1 :2011/10/09(日) 00:33:44.19 ID:PyKWI/nAO
困惑が少女の顔に広がった。

そりゃあそうだよな。分からんでもない。

馴れ馴れしく初対面の人間が話しかけてきて、しかも自分を見つけに来たとか。

どう考えたって危ない人だ。関わりたくない。

少女「一体あなた達はどうして…」

「直に分かるわ」

遮ったのは凛とした声。

パートナーが今日初めてに喋った。

それまでずっと沈黙を保ち続けていたのだ。どれだけ無口なんだよ。

少女「はぁ…」

その反応は至って普通だろう。

どうしてこうパートナーは決め台詞みたいなことしかいわないんだ。
343 :1 :2011/10/09(日) 00:54:12.72 ID:PyKWI/nAO
「自殺なんかやめたら?」

少女「それを言いに?」

「どうだろうね。ぶっちゃけ、自殺をするかどうかは本人次第だし」

止めてくれる人がいるかいないかもあるけれど。

少女はふふっと笑いを洩らした。

少女「変な人」

「そりゃどうも」

少女「でもね、彼は死んだの。だからわたしはもう生きる理由はない」

死んでしまったのか。

彼女と同い年ぐらいの人や同じ話をしていた人はいなかったから担当地区外だろう。

「それで後追い自殺か」

少女「ええ」
344 :1 :2011/10/09(日) 01:02:14.83 ID:PyKWI/nAO
ああ、意思の強い目をしているな。

雲の覆いがとれた月の光で、澄んだ瞳が照らされた。

誰も彼女の自殺を止められない。

誰も彼女を現世に留められない。

「おや」

エンジン音がしてそちらに目をやる。

キキッと橋の真ん中で突然車が停まった。

中から上品なお坊っちゃんみたいな少年が出てきた。

あれが許嫁だろうか。

少年「何をしているんだ!? 早くそこから降りてくれ!」

少女「……」

無言で少年を一瞥しただけだった。
345 :1 :2011/10/09(日) 01:11:34.26 ID:PyKWI/nAO
少年「そんなことはしてはいけない!」

少女「……」

少年「さあ――帰ろう、ね?」

なだめるように少年はいうが、彼女はまるで無反応だ。

その言葉が届かないのか、それとも拒否をしているのか。

少女にしか知らない。

少女「あなた達はまるで、人の死期に来る死神みたいね」

そんなことを僕らに向けて言った。

少女「死神なら、生まれ変わらせて。来世はきっと彼と――」

そこで言葉を切って、なんてねとはにかんで見せた。

後ろから少年が近寄ってくる。少女はそれを迷惑そうに見る。

それから星を掴むように手をあげた。
346 :1 [sage]:2011/10/09(日) 07:57:45.94 ID:PyKWI/nAO



少女「さようなら」


後ろ向きに倒れるようにして、落ちた。


頭から。


どうなったかは言うまでもない。


347 :1 :2011/10/09(日) 13:33:45.44 ID:PyKWI/nAO
少年「ああっ!!」

欄干から身を乗りだし少女の落下地点を覗き込む。

もう全てが遅い。

現実をじわじわと理解している途中、僕らに気付いて少年はこちらを睨みつける。

少年「ずっとそこにいたのか!?」

「うん」

少年「じゃあなぜ彼女を止めなかった!」

胸ぐらを掴まれて揺さぶられる。

スッとパートナーが横から出てきで彼の手を叩き落とした。

さすがパートナー、おいしいところを取っていく。

「止めたさ。君は?」

少年「もちろん止めた!」
348 :1 :2011/10/09(日) 13:48:47.90 ID:PyKWI/nAO
「結果は?」

少年「結果、は……」

止めたけれど少女は死んでしまいました。

少年「彼女は…ぼくを見てくれなかったというのか?」

「それは考えすぎだろうけど」

いや実際その通りなんだけど。

柔らかい言い方とか思いやりって大切じゃん。

少年「あんなやつのどこが良かったんだ…!」

叫びながら欄干の上に登る。

お付きのものが制止するけど先ほどの彼女のように何も聞かない。

少年「死して君と結ばれよう!」

そう言って足から落ちた。
349 :1 :2011/10/09(日) 13:53:50.73 ID:PyKWI/nAO
骨が盛大に折れる音と悲鳴が川に響いた。

やがてはその悲鳴も薄れ、ぷつりと聞こえなくなる。

「……馬鹿だなぁ」

愛に狂ったというか、なんというか。

本人達には悲劇だが、観客からは喜劇だとか耳にした覚えがある。

「回収、しようか」

コクリとパートナーが頷いた。

350 :1 :2011/10/09(日) 13:59:25.45 ID:PyKWI/nAO
騒ぎになりはじめた橋から離れる。僕らを見える人がいたら面倒なので。

さて魂を届けに行こうかとした時、パートナーが小さく唄い始めた。

「夜のろうそくは燃え尽きた」

「うれしげにはしゃぐ朝の光が、もやに烟る山の頂で爪先立ちしている」
「行って生きのびるか、とどまって死ぬか」

月夜に照らされた黒髪がきらきらと反射していて思わず見惚れた。

じゃなくて。

「なに、それ」

「ロミオとジュリエットの一節」

「ふぅん」

暗唱とか僕はできない。
351 :1 :2011/10/09(日) 14:22:26.25 ID:PyKWI/nAO
それ以前にどこで読んだのだろう。

学校か本屋か。

本屋ってそういうのまだ置いてあるのかな。分からないや。

パートナーの腕のなかに収まっている魂を見やる。

「次こそは堂々と恋愛できるといいね」

呼び掛けてみるけどまるで無反応。眠っているんだな。

さてと、行きますか。


352 :1 [sage]:2011/10/09(日) 14:43:56.53 ID:PyKWI/nAO
第十五章 終わりです。

ハッピーエンド書いてたつもりがバッドになっていた
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/09(日) 17:48:14.67 ID:kqwWFqaSO
それこそロミオとジュリエット
354 :1 [sage]:2011/10/10(月) 23:25:09.14 ID:+qpLIlMAO
第十六章

怒りの日、その日は
355 :1 :2011/10/11(火) 00:13:20.88 ID:PIE+xVtAO
「うあー」

休憩室の椅子に座り、意味のない呟きを洩らす。

休憩室といっても、空いているスペースに椅子と机を雑多に並べたものだけど。

雑談したり情報交換するのにはいいところだ。

パートナーはここにはいない。上司の上司に呼び出されているのだ。

来るのは一人だけでいいと言われたので僕がお留守番係りとなった。

記憶力ないので何か重要なこといわれてもすぐ忘れられる自信がある。

自慢にもならないな。

356 :1 :2011/10/11(火) 00:20:50.22 ID:PIE+xVtAO
そんなわけで今、僕は一人の時間をどう使うか悩んでいる最中だ。

独り言を喋りまくるわけにもいかないし。どんな怪しい奴だよ。

ちらほらと同業者はいるけれど完全に避けられている。

まさに、僕は友達が少ない。

「死神デビュー、ミスったもんなぁ」

初めて仕事をする時、いざ出掛けようとしたら他の同業者に声をかけられた。

『お前可哀想だなー、そんな奴とペアなんて』

そんなこと言われたので、

『あなたのペアよりはマシですよ』

とか返した結果がこれだ。
357 :1 :2011/10/11(火) 00:29:39.52 ID:PIE+xVtAO
パートナーは貶されても顔色一つ変えなかった。

僕の返答にも一切表情を動かさなかったのでどう思っていたかは不明だ。

そしてその人が怒って、僕の印象を最低ランクに落としてくださったのだ。

無愛想でつまらないやら関わらない方がいいやら触れ回って。

全く、迷惑な話である。

そりゃ思ったことをそのまま言った僕も悪かったけれど。

そこは先輩なんだから受け流すべきだろうとも思う。今更だが。
358 :1 :2011/10/11(火) 00:38:26.81 ID:PIE+xVtAO
そんなこんなで、今僕が一人暇を持て余していても誰も話しかけてこない。

……一人ぼっちってなんか悲しいというか虚しいな。

疎外感をひしひしと感じて居心地が悪い。

パートナーよくこういうのに持つな。

僕とペアになる前はしばらく彼女一人で行動してたらしいから。

ちょっとした自己嫌悪というなの反省会が始まりかけたとき、

「よう、神無月」

久しぶりの偽名で呼ばれて振り向いた。
359 :1 :2011/10/11(火) 00:43:29.96 ID:PIE+xVtAO
「神谷くん。久しぶり」

以前、訳あって学校に潜入したときにしばらく行動を共にした同業者さんだった。

もう一人の子はいない。彼女も呼び出されているとかかな。

「なんだよこんなところでボーッとして」

言いながら近くの椅子をひいて座った。

「パートナーが今呼び出されてて暇なんだ」

「あ、うちのも。うっかり猫助けちゃってお叱り中」

「へぇ」

そうか、同業者さんのパートナーはかなり優しいタイプだったか。

というより。
360 :1 :2011/10/11(火) 00:50:50.01 ID:PIE+xVtAO
「いいの?」

「何が?」

「や、僕と話してて。変な人認定されるよ」

現にひそひそ言われてるし。

「あー。まあ俺も相方のことで色々言われてるから気にならん」

「そうなんだ」

彼の相方は死神としては優しすぎる。

優しすぎるが故に、回収ほっぽいて他の困っている人を助けに行ってしまうぐらいだ。

死神失格という烙印が影で押されている、らしい。

「お前だけならまだ話せるし。あいつは苦手なんだよな」

ちょっと嬉しかった。
361 :1 :2011/10/11(火) 00:56:47.93 ID:PIE+xVtAO
「あの子は何考えてるか分からないもんね」

本人に聞かれたら思いっきり睨まれそうだ。

「それもあるが、威圧感っていうの? それが怖い」

威圧感か。

確かに人を寄せ付けないオーラは出しているけど。

殺意のオーラとか半端なく怖い。

【囚人】と会ったときはすごかった。バシバシ出していたもん。

その時は殺意オーラ怖い云々言ってられる状況ではなかったが。

「多分、俺あいつに睨まれたりしたら消滅していたかも」

「二週間もよく一緒にいられたね…」
362 :1 :2011/10/11(火) 01:07:01.08 ID:PIE+xVtAO
「だから必死に目を合わせないようにしてた」

「気づかなかったよ…。あとあの子はメデューサじゃないんだから」

新事実が発覚した時、ふと横に気配を感じた。

パートナーかと思ったが違う。

嫌な予感を覚えながらもそちらへ首を回した。

「……」

ああ、嫌な予感的中。

例の僕の印象をバリバリに悪くしてくれた人だった。

「…どうも。何か」

「いや? 面白いのが揃ってんなって思っただけだが?」

どうせ面白いですよ悪かったな。
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/11(火) 23:02:25.53 ID:TgOYyReIO
一気読みした
続きを楽しみに待ってます
364 :1 :2011/10/12(水) 00:01:24.97 ID:btCSdQqAO
「まだあいつのペアなんだって?」

「そうだね」

僕は座っていて、相手は立っているために見下ろされている感が半端ない。

彼の性格から考えてみると、狙ってやってるんだろう。

いっそ立ち上がろうかとも思ったけど流石にそれは大人げないので止める。

「よくあんな変な女といれるよな? すっげー不思議」

「相性が良いんじゃないかな」

じゃなきゃここまで長くやっていけないし。

たまたまお互いのパズルピースがぴたりと嵌まったのだろう。

それか、パートナーのピースに僕が嵌まるように姿を変えたのか。
365 :1 :2011/10/12(水) 00:09:15.33 ID:btCSdQqAO
死神として生まれてずっとパートナーと一緒なのであながち違わないかも。

僕の世界は彼女と上司で出来上がったと言っても過言ではない。

「それで、どうしたの? パートナー批判なら他所でやってくれ」

「批判じゃねえよ? ただ意見しに来ただけだ」

意見と批判は紙一重なんだよバーロー。

「死神失格と、なんだろうなあいつは。死神劣等でいいか」

聞くともなんとも言っていないのに話始めた。

あとなんか即席でパートナーの別名考えられたようなんだけど。
366 :1 :2011/10/12(水) 00:15:37.13 ID:btCSdQqAO
「死神失格のペア。お前、正直迷惑だろ?」

「は?」

同業者さんが眉間にシワを寄せて聞き返す。

「だからさ、魂ほっといてどっか行くペア。どうなのよ?」

「どうって」

何言ってんだコイツと言う顔をしながらも同業者さんは答える。

「彼女は困っているものを見過ごせないだけだ。回収なら俺がぱっぱと終わらせるし」

「ふーん」

つまらなそうな反応。

これで彼がペア批判なんかしたら絶好のエサだったろうな。

…なるほど。新しい特ダネでも欲しがっていると見た。
367 :1 :2011/10/12(水) 00:21:08.17 ID:btCSdQqAO
「まあ確かに、死神失格のほうはまだ人付き合いはあるがな――」

あ、こっち来るぞ。

「死神劣等は人付き合い最悪だよな?」

やっぱり。

今はあんまり関係ないけど“死神劣等”ってネーミングセンス悪いな。

指摘したら面倒だからわざわざ口には出さないけど。

「そうだね。それは肯定するしかない」

「おい」

同業者さんが呆れたようにツッコミを入れてきた。

だってそれ事実だし。

「ただ、それ以上パートナーの悪口を言わないでくれないかな」
368 :1 :2011/10/12(水) 00:27:40.28 ID:btCSdQqAO
彼女とペアにすらなったことのないやつに、彼女の悪口を言われてたまるか。

本当の彼女を知らないからそんなことを言えるんだ。

「へぇ? 大切なパートナーちゃんなんですか?」

「…そのぐらいにしろ」

同業者さんが唸るようにしてストップをかける。

が、効いた風も聞いた風もない。

「あんな性悪女を援護する理由がわかんねーよ」

「おい、もう止めろ」

「無口で冷たくて? あ、分かった。お前突き放されるの好きなタイプだろ」

「――神無月?」

「どうしてさっさと消えないんだろうな? いらないだろあんな――」
369 :1 :2011/10/12(水) 00:28:13.73 ID:btCSdQqAO




「黙れ。それ以上パートナーを馬鹿にするな」



370 :1 :2011/10/12(水) 00:35:48.09 ID:btCSdQqAO
勢いよく立ち上がったせいで椅子がひっくり返った。

気にしない。

同業者さんが何かを言っている。

気にしない。

聞き齧った話だけで他人を貶すとは、まあずいぶんと偉いもんだ。

左手で相手の胸ぐらを掴んだ。

「な、なんだよ…」

「君は知らないよね。最近僕ら死神と【囚人】の間であったこととかさ」

「【囚人】って、あれか――知らねぇよ、それと何が」

「君が散々馬鹿にしている死神失格と死神劣等は、戦ったんだよ」

「神無月……」

「分かる? 【囚人】は殆ど手加減ないんだよ?」
371 :1 :2011/10/12(水) 00:44:47.10 ID:btCSdQqAO
「落ち着け神無月」

「消滅するかもしれないんだよ? 傷つくかもしれないんだよ?」

「―――」

「彼女達が君にいちいち批判される覚えはないんだよ」

「………」

「………」

「安全圏でベラベラと――一度痛い目に遭ってみる?」

「神無月っ!」

右手で拳をつくり、真っ直ぐに相手の顔へ叩きこもうとして、

出来なかった。

「落ち着きなさい」

パートナーが静かに言った。

しっかりと僕の腕を止めていて、ぴくりとも動かない。

どういう原理で止めてんだこの子。
372 :1 :2011/10/12(水) 00:50:08.01 ID:btCSdQqAO
「えっと、あの…」

パートナーの影から死神失格こともう一人の同業者さんが顔を出した。

「その人はわたし達に任せて、あなたは彼を」

パートナーは頷くと胸ぐらを掴んでた手を剥ぎ取る。

それからズルズルと僕を引きずっていった。

無言のまま、ずいぶんと歩く。

「……あれ、ねえ。怒ってる?」

問題起こしたから当たり前っちゃ当たり前か。

「……」

何も言わない。視線もよこさない。ただ歩くのみ。

あっちゃあ、本気で怒ったなこれは。
373 :1 :2011/10/12(水) 00:54:34.89 ID:btCSdQqAO
「私と彼女の弁護」

「へ?」

「聞いた」

「えっ」

頭に血がのぼっていたから気づかなかったけど、近くでみていたらしい。

ヤベェ、恥ずかしすぎる。

今思い返したら奇声あげて床を転がりたいレベルだし。

「な、なんかお気に障りました…?」

そこで初めてパートナーが振り返り、ため息をついた。

「感情のまま動くのはあなたの悪い癖」

「う」

「だけど」

顔を元通り前に向けてしまったので表情が分からなくなる。


「嬉しかった。ありがとう」

374 :1 :2011/10/12(水) 00:58:02.27 ID:btCSdQqAO
「………」

「………」

「わ、わんもわぷりーず!」

とんでもなく大変すごいものを聞いたかもしれない。

何も言わずスタスタとパートナーが歩き始めてしまった。

あわててその後ろを追いかける。

「今、今なんていったの?」

「……」

「ああ! 録音しとくんだった!」

「うるさい」

375 :1 :2011/10/12(水) 00:58:43.83 ID:btCSdQqAO
第十六章 終わりです。

「僕」はパートナーが大好きなようです。
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/12(水) 07:37:46.27 ID:0Ua9nebIO
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/12(水) 07:55:03.23 ID:2vMtLv/SO
ハイパーニヤニヤタイム

ちょっと僕に代わって腐れ死神殴ってくる
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/10/14(金) 18:07:42.91 ID:2aL2uiAv0

デレきたー!
379 :1 :2011/10/14(金) 21:00:59.88 ID:pLqPBNwAO
第十七章

私の祈りをお聞き届けください
380 :1 :2011/10/14(金) 21:14:22.09 ID:pLqPBNwAO
真ん丸な月の下、少女は歩いている。

少女「〜♪」

機嫌良さげに鼻歌なんか歌いながら。

包丁を光らせて。

僕とパートナーはその後ろを距離を置いて付いていく。

彼女が僕らに気づいている様子はない。

もし気づいていたらなんらかのアクションを取るだろう。

立ち止まって振り向くとかいきなり走り出すとか。

それか手にしている包丁で刺してくる、とか。

だけどきっと、彼女は僕らに気づかないだろう。

一つのことで頭がいっぱいだろうから。

381 :1 :2011/10/14(金) 21:49:22.95 ID:pLqPBNwAO
「しかしさ、未成年に包丁やナイフなんかは売るべきじゃないよね」

隣のパートナーに話しかける。

「彫刻刀ならまだ許せる範囲だけど」

考えてみたらあれもあれで危ないんじゃなかろうか。

「普通は子供がナイフなんか持ってどうするんだ? って思わない?」

「……」

「そりゃ学校で見せびらかすような馬鹿もいるだろうけどさ」

「……」

「まずそういうのは稀だと思うんだ」

「……」
382 :1 :2011/10/14(金) 22:38:41.87 ID:pLqPBNwAO
「包丁作るひとって怖くないのかな」

何故、というように視線をこちらに向けるパートナー。

「だってさ、分からないんだよ? 自分の手から離れた包丁がどう使われるか」

魚や肉を捌くのか、はたまた人肉を捌くのか。

そんなこといちいち気にしてたらやってらんねぇって感じだけど。

そもそも使った人間に責任があるとしてもだ。

そうだとしても気にならないのだろうか。

刺したのはよもや自分の作るった刃物じゃあるまいか、と。
383 :1 :2011/10/14(金) 23:15:40.93 ID:pLqPBNwAO
「気にしないほうが幸せなこともある」

短い文章であっさりと切り捨てた。

流石はパートナーだ。

正論すぎて後につなげる言葉が見つからない。

まあ、僕もそろそろ喋りすぎて飽きてきたところだったので口を閉ざす。

少女「〜♪」

少女の鼻歌だけは途切れることなく続いていた。

彼女は今にもスキップをしそうな足取りで歩き続ける。

月が雲に隠れた。
384 :1 :2011/10/15(土) 10:17:27.98 ID:yq/aCaoAO
公園にたどり着く。

少女「……」

鼻歌はふっつりと切れた。

迷いなく少女は入り、僕らも続いて入っていく。

公園にはブランコにアーチ型のうんてい、それに鉄棒がぽつぽつと置かれている。

滑り台は数年前に事故があって撤去されてしまった。

あの時大怪我を負った少年は元気…だったな、そういや。死にかけてはいたけど。


話を戻そう。

少女が公園に入ってすぐに、初めてその歩みを止めた。

視線の先には男女ふたり。共にまだ少女の存在には気づいていない。

385 :1 :2011/10/15(土) 10:33:42.98 ID:yq/aCaoAO
最も、今更気づいたところで全てが遅いんだけれど。

少女はわざと足音を消してベンチに座る男女に後ろから近寄る。

近寄る。

近寄る。

距離にして二メートルの時点で何事か話していた男は振り向いて


――ちょうどその時雲が途切れて月が再び現れた。


少女「うふ」

月光に煌めく包丁で喉元を突き刺した。

そして骨にかつんと切っ先が当たる音が微かに聞こえた。

少女はそれ以上刃物が潜り込まないことに不思議そうな顔をしたがまあいいやという風に抜いた。
386 :1 :2011/10/15(土) 10:44:11.74 ID:yq/aCaoAO
女性はすぐ横で何が起こったのか分からなかったようだ。

キョトンとした顔で崩れる彼を見て、

抜かれた包丁に従うように飛び散った血が頬についてようやく理解した。

女「ひっ…」

少女「黙って」

恐怖で開かれた口に躊躇いなく包丁を突っ込んで貫通させる。

「エグいなぁ」

流石にここまで来ると引かざるをえない。

包丁はそのまま放っておいて、きょろきょろと何かを探し始めた。
387 :1 :2011/10/15(土) 12:10:55.02 ID:yq/aCaoAO
目にとめたのはプラスチック製のスコップ。

おおかた小さい子が忘れていってしまったのだろう。

それを持って公園の隅の土を弄り始めた。

「何してるんだい?」

少女「お墓作り」

意識の外から掛けられた声にすんなりと返答する。

「誰の?」

少女「アイツの」

おもちゃのスコップで人一人埋められる穴は作れるとは思えないけど。

「彼のは?」

少女「……」

手を止めてふたつの死体を振り返った。

「お兄ちゃんはわたしとずっと一緒なの」

「へぇ」
388 :1 :2011/10/15(土) 12:20:56.13 ID:yq/aCaoAO
死体と寄り添い続けて何が楽しいのだろう。

少女「もうお兄ちゃんはどこにも行かない」

肉体はね。魂はもうパートナーの腕の中だ。

彼の存在がそばにあるだけでいいってことなのかな。

喋りも動きもしないものに添い続けるというのは僕は理解できないけれど。

少女「もうお兄ちゃんはわたしから離れない」

恍惚とした表情で土を掘り続ける。

月は傾き始めていた。夜明けはそう遠くはないだろう。
389 :1 :2011/10/15(土) 12:41:42.40 ID:yq/aCaoAO
一人土と格闘する少女をそこに残し、僕とパートナーは公園を出た。

「どう思う? 彼女の思い通りにいくかな?」

僕の問いにパートナーは首を振った。

「だよね」

一晩でうまくこなすには少女はあまりにも未熟で。

偶々通りがかった人がその惨状を目にして、通報するだろう。

そしたら当然警察がやってくる。

少女とお兄ちゃんと呼ばれていた彼は離されて。

彼女の理想とは正反対の未来が来るのだろう。

390 :1 :2011/10/15(土) 13:07:40.23 ID:yq/aCaoAO
僕は少女の行き先は知らないし、興味もない。

今後会うことはあるのだろうか。会っても話すことなんてないけど。

次の目的地にてくてくと歩いていると夜が明けてきた。

白々と明るくなっていく空を眺める。

今日も晴れみたいです。

「あー。そういえばあのスコップさ、」

原色を使ったプラスチック製のスコップを思い出した。

「持ち主もまさか死体埋めるために使われているとは思わないだろうね」

「気にしないほうが幸せ」

「だよね」

391 :1 [sage]:2011/10/15(土) 13:08:33.72 ID:yq/aCaoAO
第十七章 終わりです。

あれっヤンデレかこれ?
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/15(土) 22:17:20.85 ID:Rl6ggp/SO
ヤンデレだ

393 :1 [sage]:2011/10/15(土) 23:23:31.26 ID:yq/aCaoAO
なんとなく思い付いたのでまた投下
上司とパートナーちゃんのガールズトーク?
394 :1 [sage]:2011/10/15(土) 23:25:26.05 ID:yq/aCaoAO
第十七.五章

いと高きところにホザンナ。
395 :1 :2011/10/15(土) 23:36:52.46 ID:yq/aCaoAO
「君はさ、」

退屈そうに資料をまとめていた上司がふと口を開いた。

「彼のことをどう思っているんだい?」

「……はい?」

彼とは私の現在ペアを組んでいるパートナーのことだろう。

今ここにはいないけど。ああ、だからこそ聞いたのか。

「おっ、なんか新鮮だねぇその反応。おじさん嬉しいよ」

「あなたの性別は女でしょう。この場合、おばさんのほうが適切かと」

「真面目に返しちゃうかそこ!?」

上司はショックを受けたように何枚か書類を落とした。
396 :1 :2011/10/15(土) 23:43:49.32 ID:yq/aCaoAO
「何をしているんですか。また順番通りに並べることになりますよ」

手にしていたファイルを棚に押し込んでから落ちた書類を回収する。

書類に軽く目を通すと細かい字がびっしりと並んでいた。

こんなのを数百ページも読むと想像するだけでうんざりする。

デスクワーク担当と回収担当、その他もろもろの担当はどう決まるのだろう。

やはりその人の特性によって振り分けたりしているのだろうか。

「だってボケてもないのにツッコむんだもん! 驚いちゃったよ!」

「そうですか。はい、これ番号順にお願いします」
397 :1 :2011/10/16(日) 00:01:10.71 ID:nqOc0uMAO
「相変わらず冷たいなぁ君は…」

書類を適当に紙の束に入れながらため息をつかれた。

そんなことしたらあとで怒られるだろうに。

「で、どうなの?」

「彼をどのように思っているか、ですか」

「そう」

「皮肉、自嘲癖、それから突発的な感情で動く、――」

「それ悪口だよ。悪口大会開催中だよ」

ダメ出しされた。

「というか突発的な感情で動くのは君も同じだろうに」

「ああ。【囚人】がいるとどうも反射的に動いてしまいますね」

「特に君は初っぱなから痛い目にあわされたからね」
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/10/16(日) 00:12:07.51 ID:nqOc0uMAO
「厳しいことを言いますね」

「あ、そんなつもりはなかった。ごめん」

「いえ」

誰がなんと言おうとあれは私の負けだ。

正直彼がいなかったら消滅していただろう。

「彼の良いところを述べたほうが良かったですか?」

「ううん…こう、もっとさ…なんというか若さを感じるようなことをだね」

「私はあなたより長いことここにいるので、若いというならあなたの方が――」

「ちゃうねーーん!!」

髪を振り乱して上司が叫んだ。

ついでにばさばさと書類の山が崩れた。
399 :1 :2011/10/16(日) 00:30:37.13 ID:nqOc0uMAO
「君の! 推定年齢は! 十六から八だ! 彼も同じぐらい!」

「そうらしいですね」

何故テンションが上がっているのだろう。

不思議だ。

「十代後半の男女が何年も一緒でなにかイベント起こらないのかー!」

「……」

どうしようか、この状況。

この場を穏便に押さえつける彼がいない以上、私がやるしかないな。

だけど、とても面倒くさいのは目にみえている。

先ほどから交わしていた会話を繋げて、彼女が暴れた原因と言いたいことを思考する。
400 :1 :2011/10/16(日) 00:39:10.43 ID:nqOc0uMAO
彼をどう思っているのかという問い。

それでいて性格のことではないようで。

何か年齢の話を持ち出してきたし。

学校に潜り込んでいた時のことも参考としながら考える。

あ、もしかして。

「私が彼を恋愛対象として見ているのかどうかということですか?」

「……もうちょっと恥じらいを持って言おうよ」

「すみません。感情を表に出すのはまだ苦手で」

逆に上司は感情が豊かすぎる気がするが。

最近はなんというか、絡まれるとめんどくさいというのがある。

駅前の酔っ払いではあるまいし。
401 :1 :2011/10/16(日) 02:32:23.66 ID:nqOc0uMAO
「まあ、そういうことだよ。そこでこの質問だ」
せこせこと崩れた書類の山を再建しつつ言う。

「君は彼をどう思っている?」

「よく分かりません」

「ずこー」

口で擬音を出しながらずっこけた。

「分からないって…二十年近くいるんだろう?」

「今まで私は彼をそのような感情でみたことはありませんし」

傍にいるのが当たり前という自分の認識には驚いたが。

そもそも恋愛感情とはなんだろう。

私がよく読む(立ち読み)文庫はだいたいが恋愛を主軸に書かれている。

バトルをするための火点け石なのか、物語の滑りを良くするためのワックスなのか。

そこら辺はよく分からないけど、恋愛は身近なテーマなのは理解している。
402 :1 :2011/10/16(日) 02:41:47.20 ID:nqOc0uMAO
だが私の身の回りで恋愛話が繰り広げられているかといわれればそうでもない。

死神にもそういうのあるのだろうかは不明だ。

私が積極的にコミュニケーションとらないせいでもあるのだが。

…まだ私は最初の頃のことを引きずっているんだな。

「ところで、これはアンケートか何かですか?」

「いいや、ただのわたしの興味本意だよ。――ああっ順番ミスってる!」

興味本意のせいで書類が大変なことになったのか。

なんというか、残念ですねしか言えない。書類を溜めた時点で自業自得だ。
403 :1 :2011/10/16(日) 02:46:53.68 ID:nqOc0uMAO
用は一通り終わったので書類と格闘する上司を置いて部屋を出ようとする。

「そういえばさ」

まだ話足りないらしく、背中から上司が話しかけてくる。

お喋りなのは彼女から彼にきっちりと伝染したようだ。

「最近よく喋ってくれるようになったね」

「そうですか。自覚はしていませんが」

「そうだよ。最初は『はい』『いいえ』だけだったもん」

そこまで言語のバリエーションは低くなかったはずだが。
404 :1 :2011/10/16(日) 12:47:13.53 ID:nqOc0uMAO
私だって、なんとなく時を過ごしてきたわけじゃない。

それなりに成長もする。

「彼が来てから変わったよ」

へぇ、そうだろうか。

服装のセンスは変わったとかいつか言われたりした。

「なんかないのーお姉さん仕事仕事で疲れたー」

ポニーテールをぶんぶん回しながらただをこねる子供のように机に突っ伏した。

これ以上関わっていたら非常にだるいことになるだろう。

ここらで撤退だ。

「彼が私より先に消えないで欲しい、とは最近思いますよ」

「え?」

一礼をして部屋を出た。
405 :1 :2011/10/16(日) 12:53:12.97 ID:nqOc0uMAO
----

ドアが閉まり、一人きりの空間になる。

上司は小さく呟いた。

「それって恋なのかなんなのか、反応に困るな……」

当然のことながら返事をするものはいない。
406 :1 :2011/10/16(日) 12:54:44.88 ID:nqOc0uMAO
第十七.五章 終わりです。

上司は無視するとうるさいので仕方なく喋るかんじ。
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/16(日) 13:53:09.43 ID:3s+/6B+SO
パートナーが変わりつつあるな

408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) :2011/10/16(日) 22:08:11.24 ID:45AftX7AO
乙!
オリジナルもいいなぁと改めて実感しました!
409 :1 :2011/10/18(火) 01:16:20.72 ID:6fAzzDbAO
――行間

410 :1 :2011/10/18(火) 01:24:34.72 ID:6fAzzDbAO
ここら辺の地域では一番高いマンションの屋上。

立ち入り禁止のはずであるそこに、ひとつの影があった。

「……」

片手でフェンスを掴み、ぽつぽつとした町の灯りを眺めている。

もう片方の手は、ない。

しばらく無表情に夜景を見たあとにふいに後ろを振り向いた。

いつの間に現れたのか、フードを被った人影が佇んでいた。

「舐められたもんだなぁ。一人でなんとかなると思ったかい?」

問いにフードは頭を横に振る。

「いいえ」
411 :1 :2011/10/18(火) 01:36:02.65 ID:6fAzzDbAO
フードをゆっくりと片手で取る。

布の下からは二十歳前後の女の顔が表れた。

「105285号。あなたは何をやりたいのですか」

厳しい表情と口調で目の前の男に詰問する。

「よもや死神に喧嘩を売るなんて。無謀にも程があります」

「まあ落ち着こうぜ、106775号ちゃん」

フェンスに背中をもたれ掛かせながらひらひらと片手を振った。

「そっちこそどういう心変わりだ? よりによって死神の味方なんて」

「……これ以上、人に害はなしたくないからです」
412 :1 :2011/10/18(火) 01:44:45.87 ID:6fAzzDbAO
男は失笑した。

「よく言う。村人を全員斬り殺したのに」

女は男の言葉に一瞬つまり、うつむいた。

かすれるように呟く。

「……。だからこそ、これは罪滅ぼしなんです」

ふぅん、と男は頷く。

貶すでも罵倒するでも褒めるでも感動するでもない。

全くの感情なしに無意識に頷いただけ。

「ま、理由や動機なんてどうでもいい」


ぞわりと男の周りの何かが動いた。

蛇のようだ。そう彼女は思った。

「お前はこっちの敵になったのは変わりないんだから」
413 :1 [sage]:2011/10/18(火) 07:09:35.06 ID:6fAzzDbAO
「ですが、わたしはあなたに敵になってもらいたくはありません」

「俺様ちゃんも、お前には敵になってもらいたくないな」

錯綜する二人の意見。

交差する二人の視線。

「帰りましょうよ」

「ビーカー暮らしはごめんだよ」

「……ならば強制送還しかないですね」

言うなり自ら作り出した刀を二つ、手にした。


ひとつは日本刀。ひとつは小刀。

「……深層心理っていうのかねぇ。よりによって日本刀か」
414 :1 :2011/10/18(火) 19:10:36.65 ID:6fAzzDbAO
皮肉げに感想を言われ、女は少しだけ刀を掲げて見せた。

「ええ、刀は使い慣れている武器ですから」

「全く――虫も殺さないような顔しているのに」

人は見かけで判断できないよな、と苦笑した。

その間に男の欠けていた右腕に影が巻き付き、手の形をとる。

義手と表現したほうがいいか。

「…確か、わたしを誘ったときは両手があったはずですよね」

「油断したら死神に斬られた」

「………その死神は?」

「逃がした。じゃなかったら今頃こんな騒いでないだろ」

「それもそうですね」
415 :1 :2011/10/18(火) 19:23:07.01 ID:6fAzzDbAO
動くかどうか確かめるように指を曲げ、女に向き直る。

小さく風が吹き、二人の間を冷ややかに通り抜けていった。

「一人でなんとかなると思っているかい? こっちは強いぜ、一応」

再びの問いに女は最初と同じように頭を横に振った。

「いいえ。思いませんが――やってみないと分からないでしょう?」

「いいねその諦めない感じ。惜しいことしたなぁ」

本当に残念そうに頭をかいた。

「やっぱりお前を引きずってでも脱走させるべきだった」

「そこまで惜しまれると、悪い気はしませんね」

遥か下で車のクラクションが鳴った。

それを合図に、死んだ人間の殺しあいが幕を開ける。
416 :1 :2011/10/18(火) 19:44:43.21 ID:6fAzzDbAO
フェンスを千切りコンクリートに突き刺し出入り口の扉を吹き飛ばし。

そんな激しい戦闘結果だけをいえば、男が圧倒的だった。

コンクリートの上で息を切らす女に近寄っていく。

「遠慮しすぎだよお前。消すつもりでかかってないだろ」

「……っつ」

「いつかの死神はペアの奴を気にしながら戦ってたから本気出しきれてなかったが、あれは攻撃的だった」

義手の部分がざわめいて太い針の形に姿を変えた。

それをぴたりと女の眉間に当てた。

「ここで消えるか、こっち入るか。どっちがいい?」
417 :1 :2011/10/18(火) 19:59:52.80 ID:6fAzzDbAO
「わたし、は……」

「そこまでにしたら?」

いつの間にか後ろに誰かいたようだ。

なんとなくあの時の死神だと思ったが声が違う。若い男の声だ。

なら、もしかしたらあの時のもう一人。

「その人から手を離して」

その言葉を無視して目の前の女を刺したりしたら後ろから攻撃を加えられるだろう。

仕方なく女の額から手を引いてゆっくり振り返る。

「…ああ、久しぶりじゃんか坊っちゃん」

「嬉しくないけどね」

頬をひきつらせ、冷ややかさを纏った口調で少年が言う。
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/10/18(火) 23:03:06.94 ID:6fAzzDbAO
「ああ、そうだ。パートナーは今日はいないよ」

「そいつぁ残念だ。再戦とかしたかったのに」

「再戦は、させない」

少年はかつんと鎌の柄の底で地面を叩いた。

どうも先ほどからイラついているようだ。顔つきも険しい。

女はどうしたものかと二人を見比べる。

「…今日のところはどこか行ってくれないか。君の顔見てると吐き気を催す」

「そんなこと言ったら自分が攻撃されるとか思わないのか…」

怒りよりも呆れが出た。

しかし邪魔が入ったりで興は冷めてしまったらしく義手を元通り影に戻す。
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/10/18(火) 23:04:08.81 ID:6fAzzDbAO
「ああ、そうだ。パートナーは今日はいないよ」

「そいつぁ残念だ。再戦とかしたかったのに」

「再戦は、させない」

少年はかつんと鎌の柄の底で地面を叩いた。

どうも先ほどからイラついているようだ。顔つきも険しい。

女はどうしたものかと二人を見比べる。

「…今日のところはどこか行ってくれないか。君の顔見てると吐き気を催す」

「そんなこと言ったら自分が攻撃されるとか思わないのか…」

怒りよりも呆れが出た。

しかし邪魔が入ったりで興は冷めてしまったらしく義手を元通り影に戻す。
420 :1 二重投稿なんて、あるわけない :2011/10/18(火) 23:20:06.28 ID:6fAzzDbAO
「ま、絶対会う日が来ると思うからそれまで」

「なにそれやめて」

少年の抗議の途中で男は居なくなった。

あとに残されたのは、女と少年。あとボロボロの屋上。

虚空を見ていた少年が気がついたように女に寄る。

「どうも。いつかはすいませんでした」

「あ…あの時の」

ちょっとした手違いでこの少年と相方の少女に消されかけたことがある。

そのことを思い出すと背筋が凍るようだ。特に少女の方は一切容赦がなかった。
421 :1 :2011/10/18(火) 23:26:58.27 ID:6fAzzDbAO
「散歩に来たらこれですよもう。まいっちんぐ」

「……」

ネタが古い。

「で、なにやら話し込んでいたみたいだけど、ナンパされてたの?」

「ナンパ…まあ、そういうものです」

「良かったね、今日パートナーいなくて。話聞かずに二人揃って斬られてたよ」

「………」

話聞かないのは分かっていたが。

恐ろしすぎて泣きそうだ。二度とその少女と会いたくない。

「さて、帰りますか。報告もしなきゃいけないし」

「…そう、ですね」

「……報告書の量…覚悟しなよ?」

「…えっ!?」
422 :1 [sage]:2011/10/18(火) 23:29:01.20 ID:6fAzzDbAO
行間終わり。

何がしたかったか分からないですが、まあ。
あと微妙にシゴフミの主人公とパートナーが設定被りしてる…orz
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) :2011/10/19(水) 00:32:54.69 ID:hSagPPHAO
マダー(・∀・)?
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/19(水) 06:48:48.42 ID:PGIK9bySO
425 :1 [sage]:2011/10/23(日) 23:49:47.56 ID:dlI0GQhAO
第十八章

罪を逃れるものはありません。
426 :1 [sage]:2011/10/24(月) 00:06:10.17 ID:P6DsOUKAO
酸素マスクをつけた女性が眠るベッドの横に、僕らは立っていた。

端から見るとまるで死神だろう。

死神なんだけど。

胸に付けられた線を追うと、テレビのような機械に繋がっていた。

ピッピッという電子音と共に、モニターの中の直線がはね上がる。

この機械は心拍数を示すのだそうだ。

一体どういう仕組みなんだか理解できない。発展てすごいな。

「こんな機械で人間の生死が分かる時代なんだね」

なんだかなぁ。機械に管理されてる感じでちょっとやだな、僕は。
427 :1 [saga]:2011/10/24(月) 00:15:43.38 ID:P6DsOUKAO
「でも流石に、意識があるかどうかまでは分からないか」

僕の声が聞こえているのかすらも不明。

一週間前ここに担ぎ込まれて手術して、それから一度たりとも目を開けない。

食事も当然できないので点滴で栄養を補給している。

そして酸素マスクをつけて、生き長らえているといった状況だ。

今、彼女の心拍数は弱まりかけている。

この人は、このまま死にたいのだろうか。

それとも、生きたいのだろうか。

分からない。

答えを知っている本人は目覚めないから。
428 :1 [saga]:2011/10/24(月) 00:28:42.07 ID:P6DsOUKAO
ピッピッ。

ピッピッ。

乱雑に扉をあけて男性が入ってきた。

茶髪でピアスに厳つい顔と、どう見ても普通の人には見えない。

見えたら眼科に行くべきだ。

「いけないなあ。病院では静かにって教えられなかった?」

男「ちっ、まだ生きてやがんのか」

この人には僕たちが見えも聞こえもないのか。

いや、そんなことより今さらりと酷い言葉吐いたんだけど。

この一週間、この女性の親族や友人は来たけど一度も見たことがない顔だ。

彼氏かな?

にしては、この二人絶対に釣り合わなそう。顔的に。
429 :1 [sage]:2011/10/24(月) 16:15:15.78 ID:P6DsOUKAO
僕たちの視線なんか関係なしに彼はブツブツと呟き続ける。

男「邪魔なんだよ――死んでくれないと困るんだよ」

女性は反応しない。

抵抗も反論もせずにそのまま眠り続けたまま。

男「死ぬ様子がないからわざわざ轢いたのによ…まだすがり付くか」

点滴チューブを引きちぎった。

ぽたぽたと血管に入るはずの点滴液は床に落ちる。

点滴に中身があるから看護師が交換にくるのはまだ先だろう。

「[ピーーー]つもりだね」

「………」
430 :1 :2011/10/24(月) 16:22:55.70 ID:P6DsOUKAO
この女の人もついていないなぁ。

殺されかけて、[ピーーー]なくて、また殺されそうで。

眠ったまま何も感じずに[ピーーー]るというのもきっと幸せだろう。

けど、

「“そっち”の思い通りにはいかせない」

「………」

黒い霧のようなものが男性の全身に巻き付いて、操り糸のように彼の身体を動かす。

でも男性は気づいていないだろう。自分の意思で動いていると思っている。

その言葉には一切の嘘偽りはないんだろうけど。
431 :訂正 [saga]:2011/10/24(月) 16:24:22.65 ID:P6DsOUKAO
この女の人もついていないなぁ。

殺されかけて、死ねなくて、また殺されそうで。

眠ったまま何も感じずに死ねるというのもきっと幸せだろう。

けど、

「“そっち”の思い通りにはいかせない」

「………」

黒い霧のようなものが男性の全身に巻き付いて、操り糸のように彼の身体を動かす。

でも男性は気づいていないだろう。自分の意思で動いていると思っている。

その言葉には一切の嘘偽りはないんだろうけど。
432 :1 [sage]:2011/10/24(月) 16:25:07.27 ID:P6DsOUKAO
……脳内補足お願いします
さがさがさが…
433 :1 [sage]:2011/10/24(月) 21:07:18.76 ID:P6DsOUKAO
男性が酸素マスクに手を伸ばしかけたところで、隣にいたパートナーが消えた。

次の瞬間には男性の手を捻りあげるという女の子らしさの片鱗すら感じられないことをしていた。

「……ということは、もう僕たちのこと見えてるのかな」

一時的に普通の人にも見える触れる状態になったようだ。

いちいち上に申請しないといけないから面倒くさいんだよな。これ。

男「な、なんだよ!? いつのまに!」

「……」

説明役は僕がやれと。

「まだ彼女は死んではいけないんですよ」
434 :1 [sage]:2011/10/24(月) 21:14:53.34 ID:P6DsOUKAO
端から見るとすっげー変な人だろうな、僕ら。

「だから君が予定外のことをしようとしたので止めました、まる」

ざざざっと何か言いたげに霧が移動してきて僕の周りを漂う。

あーはいはい、すみませんねせっかくの獲物とっちゃって。

霧は僕の首に絡まり絞めてき…えっ、絞めてきたんですけど!?

パートナーは足払いで男性を床に倒し、ずるりと残りの霧を引き離して、斬った。

それらは霧だけに霧散して…おいおい、こっちはマジで絞めにかかったぜこれ。

「あ、あの…できれば僕も助けてくれると嬉しい…」

435 :1 [sage]:2011/10/24(月) 21:24:58.26 ID:P6DsOUKAO
「………」

ベッド越しに鎌の刃を僕に振る。

あっぶ、あっぶねぇ!完全に斬られるところだった!

結果的に霧は無くなったから良かったけども!僕もいなくなりそうだった!

「終わり」

そう言ってパートナーは近くのナースボタンを押した。

それからまだ倒れている男性を踏んづけて病室を出ていく。僕もあとを追いかける。

「あ、そうだ。駄目だよ人なんか轢いちゃ」

言い残して病室のドアを閉める。

急いだ様子で走る看護師さんとすれ違った。少しぶつかって、たたらを踏む。

看護師「あっ、すいません」

「いえ」

会釈してまた歩く。もう少しこの状態続くみたいだな。
436 :1 [sage]:2011/10/24(月) 21:31:02.78 ID:P6DsOUKAO
外に出て、次の場所まで徒歩で移動する。

お昼時のピークは過ぎてしまったのか人通りは少ない。

「しかし、【囚人】がとうとう本格的に人に取り付いてきたね」

まさか人で人に手をかけるとは。

「……」

「下手すると予期しない死が増えていくのか…長い戦いになりそうだ」

その戦いに巻き込まれにいくんだろうなぁ、パートナーは。

僕が望まなくても、止めても。

「……もし」

「ん?」

「もし私が、本来の形以外で消えてしまったら、私のことを全て忘れていい」
437 :1 [sage]:2011/10/24(月) 21:37:05.70 ID:P6DsOUKAO
訳が分からない。

本来の形って、成仏のことか。

それ以外の形で消えたら、何だって? 忘れろ?

「それはどういう……」

「いいから」

「まさか奴等との戦いで負けるとか思ってるの? ……君らしくもない」

本当に、パートナーらしくない。

相変わらずの無表情で感情も思考も汲み取れない。

「それもあり得ない話ではない。それに、今回のことが更に……」

気になるところで言葉を切ってしまった。聞いても答えてくれない。

僅かな不安を抱えて、いつも通り僕らは死神の仕事をこなす。
438 :1 :2011/10/24(月) 21:38:02.59 ID:P6DsOUKAO
第十八章 終わりです。

何が何やら…
500あたりで彼らに何かが起きる予定です
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/24(月) 21:43:01.17 ID:STOZXR6SO
第500章か……先は長いな
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/10/24(月) 22:10:56.43 ID:v6NzuX4Po
あと483章か
今から楽しみだな
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/10/24(月) 22:12:56.61 ID:v6NzuX4Po
482章だったorz
スレ汚してすんませんでした
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2011/10/24(月) 22:16:26.13 ID:kHoYQ2EYo
乙です。
何が起こってもいいが、パートナーは不滅でないと俺が納得できない
そういう方向でよろしくね(ハート
443 :1 [saga]:2011/10/26(水) 23:13:23.13 ID:nEBW7JpAO
第十九章

私を探してあなたは疲れ、腰をおろされた
444 :1 [saga]:2011/10/26(水) 23:25:39.72 ID:nEBW7JpAO
熱い。

顔が、手が、足が、溶けるように熱い。

真っ黒に塗り潰された空とは対照的な、明るすぎる地上。

火があちこちで燃え盛っていた。

どうして僕はここにいるんだろう。

逃げなきゃ。このままでは燃えてしまう。

なのに体は動かない。

腕にかかえていた何かが僕に話しかけてきた。

「  ちゃ  逃げ  」

一体、何を言っているのか。

今息絶えようとする君は誰だ?

いや、君を看取ろうとしているぼくは誰だ?

ぼくは、僕は、

頭が割れそうなほどに痛い。

あと少しなのに芯までたどり着けない。

「       !!」

ぼくは、何を叫んだんだ?
445 :1 [saga]:2011/10/26(水) 23:33:16.22 ID:nEBW7JpAO

「……っはぁ」

少しぼんやりしていたらこれだ。

僕はズキズキと痛む頭を押さえてうずくまった。

記憶の個人上映会が突然始まっていた。

ところ構わず上映会しやがって、無理矢理見させられる観客の身にもなれ。

とはいえ、死神をしている理由でもあるので渋々付き合っていくしかないのだ。

…しかし、こんなに長い上映会も初めてだ。

なんというか総集編みたいな感じだったけど。手抜きか。
446 :1 [sage]:2011/10/27(木) 07:06:54.17 ID:jSusD93AO
「つーか、なんで燃えてるんだよ、僕…」

毎度記憶が甦るごとに思うのだが、どうして周りがあんな燃えているのか。

しかも自分も焼けてるようだし。

まさかバーベキューしていたわけではあるまい。

…どんな大規模なバーベキューだよ。人肉とか食えねぇよ。

「……」

頭痛だけでも隅にやろうと頭を振る。

あまり効果はなかった。

痛みが去っても去らなくても、まずはここから離れよう。
447 :1 [sage]:2011/10/27(木) 10:51:48.70 ID:jSusD93AO
それとパートナー探さなきゃ。

最近の事から考えるに何がおこるか分かったもんじゃない。

一人じゃ絶対に対処できるわけないのだ。

僕が公園のベンチでぼんやりしている間に彼女は仕事に行ってしまったらしい。

無理矢理引っ張っていっても良かったのに。あ、それが面倒だから一人で行ったのか。

時刻をみれば仕事はだいたい五分前に終わったところだ。

移動時間のことも考えるともうじきここに来るだろう。

…そのまま単独行動をとろうとしなければ、だけど。
448 :1 [sage]:2011/10/27(木) 13:33:17.22 ID:jSusD93AO
「……あり得ない話ではないな」

過去に何度か僕を放置した前科があるので否定できない。

――今は、あの時ほど平和ではないのに。

僕はともかく、パートナーがばったり奴等と会ったらどうしよう。

いくら彼女が強いからといっても、もし大勢でこられたら敵わないだろう。

いやまあ、僕がいたところで何の役に立つのかとかは置いといて。

「……はぁ」

少なくとも僕は彼女にいてほしかった。

チンピラ「おいにーちゃん、金とか持ってねえ?」

こんな奴に絡まれることもないし。
449 :1 :2011/10/31(月) 10:40:18.33 ID:ivm6sawAO
厄介事を増やすのは嫌なのでなんとか逃げ出した。

というか、あの人見えるんだ。もしかして今までも幽霊相手に恐喝していたりして。

それから僕は行くはずだった目的地に向かうことにした。

もしもパートナーが公園へ戻ってくるとしたら、途中で会えるだろうと思ったのだ。

「ええっと…どこだったっけな」

彼女の頭には地図が叩き込まれているが、あいにく僕は細かく地理を覚えていない。

そもそも、住所聞いただけで迷わずそこにいけるんだよなぁ、あの子。

ただ単に僕が一向に覚えようとしないからかもしれないんだけど。
450 :1 :2011/10/31(月) 10:47:58.96 ID:ivm6sawAO
目の前には二つに別れた道。

「うーん……」

どちらかをパートナー通ったのは確かなんだけど。

当然、『こっち通りました』という目印はない。

「よし」

手近に落ちていた枝を拾って分かれ道の真ん中に立てる。

手を離した。

支えを無くした不安定な枝はそれほど時間をかけず、あっけなく倒れた。

歩いてきた方向に。

「……ええー」

戻れと。大人しく待ってろというのか。

信憑性があまりない(じゃあなんでやったんだという話だが)ので従っていいものか。
451 :1 :2011/10/31(月) 11:00:41.47 ID:ivm6sawAO
ここでいつまでもうろうろしてるのもなぁ。

ここは大人しく待つか。

夫の帰りを待つ妻みたいに。違うな。主人の帰りを待つ犬みたいに。

ああ、しっくりくるのが悲しい。

役に立ったのか立たなかったのか分からない枝を隅によせて踵を返す。

「何しているの」

数歩もしないうちに後ろから声をかけられた。

なんだ。心配せずとも、戻ってきてくれたんじゃないか。

振り向くと、猫をかかえたパートナーが立っていた。

「君を探しにいってたんだ」

「そう」

恥ずかしがる顔も驚く顔もせず、普段通りの無表情。

「ありがとう」

いつも通りの無言……え?
452 :1 :2011/10/31(月) 11:30:28.16 ID:ivm6sawAO
「い、今何て言った!?」

「何を?」

「いやほら今さ! ぼそって言ったよね?」

「空耳の類いかと」

空耳…そうかもしれないな。うん。

これ以上の言及をするとパートナーがキレる可能性があるために深追いはしない。

一瞬忘れかけていたけど、もう一つ気になることがあったんだった。

「その猫は?」

パートナーに抱かれた黒猫。さっきからピクリとも動く様子がない。

彼女の扱いが上手いのか、それとも。

「死んでる」

そうですか。
453 :1 :2011/10/31(月) 20:02:53.12 ID:ivm6sawAO
結局公園に舞い戻り、今は木の根本を掘り起こしている途中だ。

ちなみに、数ヶ月にとある少女が人を埋めようと穴を掘ったところでもある。

その少女は逮捕された。

それからどうなったのかは興味がないから知らない。

話を戻そう。

作っているのは、お墓。

猫のお墓。

パートナーが猫を抱きながらガリガリと枝で地面を掘る。

その横で僕も大きめの石で地面を掘る。

黙々と、地面に穴をあける作業をしている僕らは変だろうなぁ。

454 :1 :2011/10/31(月) 20:09:53.85 ID:ivm6sawAO
「ねぇ、君はどうしてまた猫の墓なんかを?」

「……」

ぐりぐりと地面を痛めつけるパートナー。

ボコボコと地面をいじめつける僕。

「回収先で頼まれたの?」

パートナーが頷いた。

「そっか」

意外だと思われるだろうが、彼女は大抵の頼みは聞いてそして実行してやるのだ。

理由は知らない。興味はあるけど、知らない。

世話好きだからなんだろうな、多分。

僕の時も文字とか面倒臭そうにしながらも教えてくれたから。

気づくと、猫一匹は入りそうな穴が出来ていた。
455 :1 :2011/10/31(月) 20:16:37.10 ID:ivm6sawAO
そっと彼女は穴に猫を横たえる。

ニ、三秒その顔を見つめた後に土をかける。僕も手伝う。

「あ、そうだ。仕事には無理矢理にでも僕を引っ張っていこうよ」

「めんどくさい」

「言うと思ったよ……」

掘ったときの半分位の時間で穴は埋まった。

少し地面が盛り上がっているが、これはしょうがないか。

適当な枝を側に突き立ててささやかな墓の出来上がりだ。

立ち上がって軽く手を合わせる。

「行きましょう」

「うん」

パートナーも僕も、一度も振り返ることなく立ち去った。
456 :1 :2011/10/31(月) 20:17:47.72 ID:ivm6sawAO
第十九章 終わりです。

五〇〇章とかこれこそ死神が迎えに来るよ!
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/01(火) 14:26:29.52 ID:U6+vmFuSO


サーバを移転しました@荒巻 旧サーバ:http://vs302.vip2ch.com/
458 :1 :2011/11/04(金) 22:17:36.41 ID:q3vPAiCAO
第二〇章

その日に私を滅ぼさないでください。
459 :1 :2011/11/04(金) 22:18:11.67 ID:q3vPAiCAO
第二〇章

その日に私を滅ぼさないでください。
460 :1 :2011/11/04(金) 22:27:03.34 ID:q3vPAiCAO
少年「お兄さんたちも仮装パーティーいくの?」

「へ?」

仕事が一件終わり、気が抜けていたのがいけなかった。

とんがり帽子を被った少年が僕を不思議そうに見上げている。

僕の手には、鎌。

「……あー」

しまい忘れた。

「………」

パートナーが小さく睨んできた。怖い。

少年「大きい鎌だね。どこに売ってたの?」

「ええっとね…」

461 :1 :2011/11/04(金) 22:32:32.78 ID:q3vPAiCAO
無視して立ち去ってもいいんだろうけど。

こういう子は答えるまで追いかけてくるタイプだろうな。

疑問を解決するまで聞き続けるみたいな感じに。

それこそ、次の仕事まで付いてこられたら堪ったものじゃない。

僕たちは基本的に徒歩なのでその気になれば付けられる。

もちろんどこかでパートナーが気づくとは思うが。

少年「鎌だけなの? マントとか着ないの?」

「自然体が一番なんだよ」

少年「でも、お兄さんは死神をイメージしてるんでしょ?」

鎌=死神なのか。間違えてないが。

462 :1 :2011/11/04(金) 22:37:26.54 ID:q3vPAiCAO
少年「死神はもっと、骸骨みたいなカッコとか黒いマント羽織ったりしないと雰囲気でないよ?」

すみません、僕らは本物の死神なんです。

骸骨のカッコもしてないし、服装は自由です。

なんて言えるわけもなく、言うほど義理もないので適当に相づちを打つ。

パートナーは普段通り無表情で少年を見ていた。

少年よ、すぐ側に恐ろしい死神のお姉さんがいるよ。分かるだろ、オーラ的に。

なんて口に出したらパートナーに斬られるな。止めておこう。
463 :1 :2011/11/08(火) 22:57:40.88 ID:EUuQnJIAO
「そもそも、仮装パーティーには用ないよ」

少年「じゃあその鎌は?」

ますます不思議そうな少年。

ちょっとマズいな。

彼が納得してくれるような良い言い訳が思い付かない。

こうなったら幻覚だって言ってしまおうか。いや、もう認めちゃったしなあ。

「私たちは、本物だから」

子供に対してもやはり冷たい口調でパートナーが口をはさんだ。

……あれ。

今とんでもないこといいませんでしたか、君。
464 :1 :2011/11/08(火) 23:04:43.54 ID:EUuQnJIAO
少年「死神さん…なの?」

こくりと頷くパートナー。

いやいや、何してんのこの子は。

死神だーって騒ぎ立てられてもまず普通の人には見えないからいいけども。

面倒事を起こしそうな種は蒔かないほうがいいんじゃないのか。

「人の魂を回収する。それが、私たち死神」

少年「……」

無表情のままのパートナーとあっけにとられる少年。

その対比が少しだけ可笑しかった。

少年「設定、凝ってるんだね…?」

設定扱いかよ。

痛い子認定されたぞパートナー。
465 :1 :2011/11/08(火) 23:19:01.71 ID:EUuQnJIAO
「でも事実」

更にいたいけな少年を迷宮に押し込む。鬼畜か。

少年はますます首をひねった。帽子が少しずれた。

死神なんて『いない』存在なんだから、理解し難いのは当たり前だ。

少年「ハロウィンって、そこまで役を演じなきゃいけないの?」

「ええ」

おいちょっと待てパートナー。

子供に変な嘘を教えているんじゃない。

少年「……変な人ー」

だよな。

少年「あ、時間だ。じゃあね、死神のお姉さんとお兄さん」

強烈な皮肉を残して少年は走り去った。

捕まえて殴りたい衝動にかられたがここは我慢だ、我慢。
466 :1 :2011/11/08(火) 23:24:05.28 ID:EUuQnJIAO
「………あのさ」

「……」

「職業柄、僕らって恨まれること多いじゃん」

端から見れば一方的に命を奪い取っているわけで。

だから、

「下手すりゃ死神なんて消えろとか罵倒されてもおかしくなかったよ?」

「……」

罵倒されたところで痛くも痒くもないが、苛つくっちゃ苛つく。

「なんでいきなりそんな冒険的なことを…」

「最初に鎌を出しっぱなしにしたのは誰」

「うっ」

やばい、これは怒ってらっしゃる。
467 :1 :2011/11/08(火) 23:34:03.08 ID:EUuQnJIAO
「……信じないとは思っていた」

「そうなの?」

「仮装は、いるはずのないものを模しているから」

「……?」

「あの年ぐらいになると、それぐらい分かるでしょう」

「あ、そっか」

仮装する魔女もミイラ男もみんないるはずもない想像上のものたち。

少年もそれを承知でいたとしたら、「本物の死神です」は当然疑う。

だって死神なんて『いない』はずなのだから。

まあだから――なりきりだと勘違いしたってことなんだろうか。

痛いレッテルが貼られた気もするが。
468 :1 :2011/11/08(火) 23:40:31.99 ID:EUuQnJIAO
「ともあれ、危なかったね。フォローありがとう」

「……」

ぼそりと、何かが吐き出された。

さながら呪いのように。

「え?」

聞かなきゃいいのに思わず聞き返してしまう。

「……今度また、こんなことあったら……」

一瞬だけ僕を睨んで、さっさと歩き出してしまった。

えっちょっと、何があるというんでしょうか。

あれですか、斬られてしまうんですか僕。

とにかく出しっぱなしだった鎌をしまって彼女の後を追う。

はるか後ろで子供達の声が聞こえた。

   「トリックオアトリート!!」
469 :1 [sage]:2011/11/08(火) 23:41:57.59 ID:EUuQnJIAO
第二〇章 終わりです。

またぐだぐだした。
たまに死神を始末しようとする人がいるので基本いつもは隠しています。
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/08(火) 23:53:06.97 ID:86oFUqXSO
471 :1 :2011/11/11(金) 23:20:16.89 ID:ZruEMOCAO
繁華街の裏路地。

ところどころで酔っ払って寝ているオッサンを避けながら進んでいた時だった。

男「お嬢さん、占っていかないかい?」

小さな机を前に座る男
に声をかけられた。パートナーが。

占い師と書いてあるから占い師なんだろう。間違えても医者なんかじゃないはずだ。

手相が描かれた紙が雰囲気作りのためか張られている。

一回千円。それが高いのか安いのかは僕には分からない。

胡散臭いのに千円払うならもっと別のに使うものだと思うけどな。人それぞれか。
472 :1 :2011/11/11(金) 23:24:43.72 ID:ZruEMOCAO
呼び掛けられたパートナーは冷たい目で相手を見据える。

明らかに興味を持っていない、これ。

時間を無駄に使わせないでくれない?という感じだな。

男「…怪しんでるねぇ」

占い師がたじろいた。

どのくらいやっているかは不明だが、まあここまで無表情な人はいないだろうな。

男「もしかして、機嫌悪いのかな?」

さっきは存在をスルーされていたけど、困り果てたらしく僕に話しかけてくる。

「いつもこうだよ」
473 :1 :2011/11/11(金) 23:29:37.06 ID:ZruEMOCAO
僕まで無視したらいよいよ可哀想なので返事をする。

読み取れない表情に見つめ続けられていると不安を感じる。

「ああ、ナンパ目的なら他を当たってよ」

パートナーは相手にしないだろうけど、僕は許せない。なんとなく。


男「いやいや…まあ、そこ座りなよ。金取らないからさ」

信じていいものか迷うけど、面倒になったら逃げればいいか。

ふたつあるうちのひとつの丸イスに座り、彼女に隣に座るよう空いているイスを叩く。

何か考えていたようだが、そう長くは悩まずに大人しく隣に座った。
474 :1 訂正 :2011/11/11(金) 23:30:29.90 ID:ZruEMOCAO
僕まで無視したらいよいよ可哀想なので返事をする。

読み取れない表情に見つめ続けられていると不安を感じるからね。

「ああ、ナンパ目的なら他を当たってよ」

パートナーは相手にしないだろうけど、僕は許せない。なんとなく。


男「いやいや…まあ、そこ座りなよ。金取らないからさ」

信じていいものか迷うけど、面倒になったら逃げればいいか。

ふたつあるうちのひとつの丸イスに座り、彼女に隣に座るよう空いているイスを叩く。

何か考えていたようだが、そう長くは悩まずに大人しく隣に座った。
475 :1 :2011/11/12(土) 23:18:11.21 ID:8JcwyB/AO
男「無難にタロットでもやろうか」

「東洋じゃなくて西洋かい」

思わず突っ込みを入れる。

てっきり割り箸っぽいのをじゃらじゃらするんだと思ってた。

タロットカードなんて全く場にそぐわない。

そんなことお構い無しと言わんばかりにカードをきり始める。

男「じゃあ――貴女が今、占ってもらいたいことは?」
476 :1 :2011/11/12(土) 23:23:54.18 ID:8JcwyB/AO
やはりパートナーに話しかける。

あー、きっとこの人は女性が好きなんだろうな。

女の子と話せるから占い師になったとかありそうだ。

「……」

何か迷ったように、珍しく彼女の瞳が揺れる。

健康も金運も恋すらもはや遠い昔に置き去りにしてしまったから。

聞いたところで意味がない。

だから、何を言えばいいのか思い付かないのだろう。

「私は、」

机の上に散らばったカードを見ながらパートナーは口を開く。
477 :1 :2011/11/12(土) 23:29:44.46 ID:8JcwyB/AO
「未来を」

これには驚かざるを得なかった。

てっきり過去とか言うかと思ったんだけど。

未来、か。

生産性のない仕事の果て。

パートナーの口にした『未来』にはどんな意味がこもっているんだろう。

希望なのか、絶望なのか。

聞いたところで教えてくれないんだろうけど。
478 :1 :2011/11/12(土) 23:32:58.20 ID:8JcwyB/AO
男「未来ねー、ちょっと待ってて」

軽い調子でカードをかき混ぜる占い師。

しばらくすると、カードを九枚抜き出して三枚ずつ三つにまとめた。

そして、一番上から並べていく。

洋風の絵が描かれていた。

ふむ、よく分からん。

占い師は一枚一枚の意味を覚えないといけないのかな。

だったら僕にはかなり不向きだ。忘れっぽいし。
479 :1 :2011/11/12(土) 23:36:56.26 ID:8JcwyB/AO
「……」

パートナーは真剣、まではいかないけど一応真面目に見ていた。

カードの意味とか分かっているのかな。

彼女はほぼ反応がないので人の話聞いていない印象がある。

けど、案外ちゃんと真面目に見たり聞いたりしてるのだ。

こういうのをつんでれと言うんだっけ。

…まあ、彼女につんでれだね!なんて言った暁には現世とさよならバイバイだけどな。

とか考えているうちに結果が出たらしい。
480 :1 :2011/11/12(土) 23:44:08.49 ID:8JcwyB/AO
男「ずいぶん奇抜な未来だね」

君の顔も負けてないよと言いかけた。危ない危ない。

「……」

男「恋人の正位置、正義の逆位置、愚者の正位置、教皇の逆位置、それから戦車の逆位置と……」

さっぱり分からん。

正位置とか逆位置とかなんたらかんたら。

無理だな、頼まれても占い師なんかならない。なれない。

パートナーは理解してるのかしてないのか、ただ黙って聞いている。
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(愛知県) :2011/11/12(土) 23:45:06.96 ID:fjwCRwuN0
中二乙^^
482 :1 :2011/11/12(土) 23:52:12.81 ID:8JcwyB/AO
男「二つの決断に迫られて、愚かな方を取ってしまうみたいだね」

「……」

「ふむふむ」

男「で、それで行きすぎた行為をする。勝つけど報われない」

「……」

「マジすか」

パートナーが愚かな判断なんて全然想像できない。

未来で一体何するんだ。

当たってるかないかで言われれば、ないの方が比率が高いからなんともいえないけど。

男「最後に、死神の正位置」

「……」

「……」

描かれていたのは鎌持ったがいこつ。

イメージ的にはこんなんだよな。
483 :1 :2011/11/12(土) 23:54:13.18 ID:8JcwyB/AO
ミスった。
男「最後に、死神の逆位置」
です
484 :1 :2011/11/13(日) 00:00:38.84 ID:WE/NBaPAO
男「希望が戻る…だね」

「なんじゃそりゃ」

結構な勢いで踏んだり蹴ったりだったのに、最後に希望か。

占い師は不思議そうに首をひねった。

男「面白い未来だね」

君の顔も面白いよと言いかけた。危ない危ない。

「……そう」

驚きも期待も何も感じられない、いつもどおり乾いた口調。

すくっとパートナーは立ち上がった。

「ありがとう」

男「あ、良かったらこの後お茶でも」

やっぱそれか。あと今は夜だ。

「僕ら忙しいんで、じゃ」
485 :1 :2011/11/13(日) 00:06:30.23 ID:WE/NBaPAO
そそくさと占い師を置いていく。

パートナーに追いついて、並んだ。

「占いって信じる?」

「……」

あいまいに首を振った。

「占い師に嫌な記憶がある」

ぽつりと彼女が洩らす。

それは過去の、生前の記憶のことだろう。

そういえば何処まで思い出したのかな。個人のことだから追求はしないけれど。

「だから信じられない。でも、当たってそうな気もする」

「ふぅん?」
486 :1 :2011/11/13(日) 00:11:37.24 ID:WE/NBaPAO
愚かな方を取る選択をして、なんやかんや大変なことになるだろうと。

彼女は先のことをある程度予測して行動するからそんなことあり得なさそうなのに。

あ、いや、突拍子もないことはいきなりするな。

見かけたら即座に【囚人】に斬りかかるし。

思うところはあるのかな。

未来のことは未来になるまで不明なままだということで、思考を切った。

時間を食われたが、次の仕事だ。
487 :1 :2011/11/13(日) 00:12:31.70 ID:WE/NBaPAO
第二一章 終わりです。

初めのやつ忘れた。
タロットの手順とか意味は適当です。
488 :1 [sage]:2011/11/13(日) 00:14:36.45 ID:WE/NBaPAO
予定を早めます。
次に色々起こるかもです

>>481
そういわれるとちょっと嬉しい
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(静岡県) :2011/11/13(日) 00:32:21.06 ID:4XYbXEs7o
乙です。

死神のリバースは「再生」「転生」ですね。

私が習ったのは正位置が「終焉と再生」、リバースが「抜け出せない悪い状態」だった
のですが、最近では正逆の意味がちょっと違っているようです
490 :1 [sage]:2011/11/13(日) 00:34:24.27 ID:WE/NBaPAO
あばばっばばばっばば
うろ覚えすみません恥ずかしい
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/13(日) 01:41:36.77 ID:b0juPiVSO
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都) [sage]:2011/11/14(月) 14:25:01.37 ID:kuTUQNj60
おつおつ!
493 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:05:49.92 ID:6Db2MHhAO
第二十二章

賛美の生け贄と祈りを
主よ、あなたに私たちは捧げます。
494 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:06:17.57 ID:6Db2MHhAO
冬の季節になり暗くなる時間が早くなってきていた。

電灯で仄かに照らされた道を二人で無言のままに歩く。

「……」

パートナーが、突然足を止めた。

数歩先に進んでから僕はそれに気づいて振り返る。

「どうしたの?」

彼女にしては珍しく、手のひらで僕を制して空を見上げる。

異常事態だと察したので黙る。そしてつられて空を仰ぐ。

今日は曇天だ。雨は降るのだろうか。

パートナーは何か探すように辺りを見回した後、目を細めて手を下ろした。

「駅前に行く」

「え? うん、今日はもう仕事ないからいいけど」
495 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:06:46.27 ID:6Db2MHhAO
ここから駅前まではそう距離はない。

彼女はいつもより早足で駅へ向かう。

僕はというと置いていかれないように歩調を合わせながら聞く。

「どうしたの?」

「【囚人】の気配が」

どうしてパートナーは気配をキャッチ出来るんだろう。

僕は「何か変だな?」ぐらいの感覚なんだけど。

角を曲がると人通りが多い道に入った。

駅もバスターミナルもあるから人が多いのは当然だが。

「あ、…あ?」

僕もやっと気配を察知した。
496 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:07:13.77 ID:6Db2MHhAO
それにしても変な感覚だ。

まがまがしいというか、首を絞められるような苦しさ。

雨は降っていないのに鬱々とした気分になるような空気。

「…なんだこれ? ねえ、これは―――」

「あっ、二人とも来てたんですね!」

ぱたぱたと少女と少年が近寄ってきた。

学校潜入時のあのふたりだった。

「久しぶり。どうしたの? ここにいるなんて」
497 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:08:01.04 ID:6Db2MHhAO
彼女たちは別の地区を担当しているから、ここにはあまりこないはずなんだけれど。

よく見ると他にもちらほらと同業者がいた。

「あれ…? こんなにいるなんて」

ここまで同業者が集まるなんてめったにない。

本当に異常事態なんだな。

「やはり、おかしいと」

「そうなんです。原因だけでも分かればと思ったんですが…」

「どうも、原因調べるだけじゃ終われなさそうなんだよな」

焦るように髪をがしがしと掻く同業者くん。

何が起こるか、それすらも分からないから下手に動けないという。

「上からは何か言われたりした?」

「いいや。あっちもバタバタしてるっぽくて連絡がつかない」

じゃあ僕のとこの上司も同じ感じにバタバタしてるんだろう。

あの人だけ余裕があるとかは考えられない。現実逃避に寝てはいそうだが。
498 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:08:42.08 ID:6Db2MHhAO
上司の意見を聞きたかったけど、仕方がないか。

無い物ねだりはしてもあるわけじゃないから与えられないし。

「僕らはどうする? 周辺を見回りに行く?」

「一度集まる」

「集まる?」

「ああ、情報交換ですね?」

同業者さんが聞いて、パートナーが頷く。

「分かった。じゃあ俺らが集めてくるよ、待ってろ」

「悪いね」

見送ってから彼女に向き直る。

「……まさか、そこまでヤバいの?」

普段関わり合いを持とうとしない彼女が招集なんて。

ましてや情報交換。いつもなら自分で全てやってしまう。

基本的に万能なのだ、彼女は。

「……」

パートナーは否定せずに目を伏せる。

僕はどう声をかけたものか迷ってしまう。

黙っていたほうが良いのだろうが、このままだと何か崩れる気がして。

「集まったぞ」

ちょうどいい感じに同業者くん達が帰ってきた。

六人の死神を引き連れて。

ここにこんなにいたのか。
499 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:09:08.44 ID:6Db2MHhAO
「ここは…お前らの担当地区なんだっけか?」

どことなく嫌そうに、六人のうちの一人が言った。

まあ、当然の反応だ。

パートナー(と僕)はそこまで彼らに好まれていないから。

「うん。みんなは大丈夫なの? 自分の地区ほっといちゃって」

「あまり良くないわよ。片付けなきゃいけない仕事がまだあるのに」

噛みつくような口調で六人のうちの一人に言われる。

ええと…ここまで嫌われているとはな。

こちらから何かした覚えはないはずなのに。
500 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:09:35.51 ID:6Db2MHhAO
気にした様子もなくパートナーが全員の顔を見回した。

「情報が欲しい」

やはり淡々と冷めた声で提案をする。

数人はかなり驚いていた。まさか声聞くのはじめてか。

「何か異常は」

逆らってはいけないような雰囲気になったんだけど。なにこれ怖い。

「……あたしたちは黒い霧がちらついてたのが見えて追ってきたの」
「こっちもだ。あちこちにはい回ってる」
「捕まえようとしても逃げる。なんだアレは」

落ち着いて一人ずつ話せと思ったが、パートナーはちゃんと理解できているようだ。

ほんとなんなんだこの子。
501 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:10:25.91 ID:6Db2MHhAO
「共通点は黒い霧、か…。やだなぁ…」

やっぱ【囚人】か。

しかも活発に活動してるようだ。

「知っているの? あたし、あんなの今までに見たこと無いんだけど」

「【囚人】の一部です」

同業者さんが答える。

「【囚人】…あ、聞いたことある。そいつらの仕業なんだ?」

「原因が解ってるなら話は早いじゃない」

まるですぐに解決すると言わんばかりだ。

同業者くんと同業者さんはなんとも微妙な顔をした。多分僕も。

見たことがないから、戦ったことがないから仕方がないとはいえ。

そんな楽勝に勝てる相手じゃないんだよなあ。

と、前回ぼっこぼこにされた僕がぼやきます。
502 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:11:14.30 ID:6Db2MHhAO
「目的とかは分かるわけ?」

先ほど噛みつくような口調で話してた人が、やはりキツめの口調で質問する。

「さっぱり」

肩をすくめて見せた。

役に立たたないわねと言わんばかりにため息をつかれた。

…この人のことあんまり知らないけど、多分恨み辛みで殺されたんじゃないかなぁ。

「ようするに悪さをする前に倒せばいいんだろ? 」

もぐらたたきみたいなジェスチャー付きで提案される。

「……えーとね、まあそうなんだけど」

今の今まで姿形が見えないというのにどう阻止すりゃいいってんだ。

あっちからノコノコくるとは考えにくいし。

あれ?

「…なんか、気配が近くに来てない?」

「本当ですね…わたしたちの存在に気づいたのでしょうか?」

「それにしてはノーリアクションだな。罠でもあるのか?」

ノコノコ来てる…のか?

大人数で辺りをきょろきょろしている姿は見える人には不気味だろうな。

学生の集まりに見えなくもないけど。

「ん?」

パートナーが何かを見つけたようだ。僕の肩を叩いて、視線を指先で誘導する。

指差す先は改札へ向かう階段。

帰宅ラッシュというのか、大勢が階段を降り、大勢が階段を登っている。
503 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:11:41.08 ID:6Db2MHhAO
「何かあった?」

「そこの灰色のパーカーを着た三十代の男性」

不思議に思いながらもその方向に目を凝らして探す。

いた。灰色のパーカーを着た、やつれた男性。

ふらふらと歩いているから嫌でも目につく。時折ぶつかられてはよろめく。

「!」

ぞわりと男性の口から黒い霧みたいなものが吐き出される。

それは辺りをさ迷い、空気に溶け込む。

間違いない、彼は【囚人】に憑かれている。
504 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:12:10.93 ID:6Db2MHhAO
「どうしようか?」

「接触する」

するのか。

目を丸くする一同を置いてパートナーはさっさと彼に近寄る。

僕も一人じゃ(彼女が何をしでかすか)不安なので、ついていく。

そばに行くと彼が大きめの鞄を持っていることに気づいた。

どこか泊まりにでもいくのかな。

「……あなた、」

パートナーが顔をしかめて男性に話しかける。

「それをどうするつもり?」

男性は答えない。聞こえないのか聞いていないのか。

外部からの刺激を無視しているみたいだな。

彼の目には光が宿っていなかった。

505 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:12:59.28 ID:6Db2MHhAO
「この人、なんか変だよ」

「憑かれているから」

そりゃあそうなんだけど。

なんで憑いているはずの【囚人】がこちらに攻撃を仕掛けてこないんだ?

僕は【囚人】に女の子の身体を人質にボコボコにされたことがある。

だから、今回も同じように人質として使うと思ったのだが――。

「もう一度問う。どうするつもり」

パートナーの様子を見るかぎり違うようだし。

「その人、鞄の中に何入れているの?」

「爆弾」

「へえ、爆弾か。それはヤバ……は?」

ヤバいなんてもんじゃない。
506 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:14:11.42 ID:6Db2MHhAO
それにどうして爆弾だと気づいた。

今はそんなことはどうでもよくて。

まさかここで爆発させる気か?いや、そうするために持ってきたんだろう。

「……仕事、確か今日のやつは終わっているはずだよね?」

パートナーが頷く。

今日――今から魂を回収する予定なんて、ない。

ゆえに、この爆弾が今作動したら。

予定外の死を規模によってはたくさんの人が迎えることになるだろう。

マジかよ。

「……というか、取り上げれば完結じゃないか」

で、どっか海にでも投げればめでたしめでたしだ。

そう思い、鞄に触れようとする。

「―――馬鹿!」

「え?」

罵声が聞こえた瞬間に、見えない何かに強く投げ飛ばされた。

そのまま同業者くん達の元まで吹っ飛ぶ。

「神無月!? コントやってる場合じゃないぞ!?」

「分かってるさ! 好きで吹き飛ばされたわけじゃないよ!」

それよりまだ神無月と呼ぶのかい。

パートナーが静かに舞い戻ってきた。心なしか僕を睨んでいる。

「迂闊に触れない罠が施されていた。やはり何か考えているよう」

そうだったのか。僕、さっぱりわからなかったよ。
507 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:14:37.52 ID:6Db2MHhAO
「えっ、あいつら強いの?」

「やばいじゃない…」

六人ががやがやと言い合っているが今はどうでもいい。

「…止める術はないんでしょうか」

同業者さんのひとりごとにパートナーは「ある」と、答えた。

良かった、まだ道はあったんだ。

男性はぼんやりと突っ立ったまま。

早めに手を打たなければ。いつ行動を始めるか不明なのだから。

「どんな方法? 僕も手伝うよ」

「……」

表情の無い顔を僕に向けて、彼女は口を開く。
508 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:15:44.78 ID:6Db2MHhAO
「止められない暴走するトロッコがある。分岐点があり、右には一人、左には五人の人間がいる」

「?」

突然なぞなぞを始めた。

「右にトロッコがいかせれば一人死に、左なら引けば五人死ぬ」

ずいぶんシビアななぞなぞ…なぞなぞなのか、これ。

「あなたは、どっちにトロッコを走らせる?」

「どっちって」

「私がするのはそんなこと」

彼女の肩越しに男性が屈んで鞄のチャックをあけた。

中に手を突っ込む。あれは、爆発させる気だ。早く――

パートナーは鎌を取り出して、勢い良く僕の鳩尾に柄の部分で殴り付けた。

「ぐお!?」

堪らずに転がる。
509 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:16:25.10 ID:6Db2MHhAO
「何してんだ!?」

「私一人でするから。彼を押さえていて」

同業者くんに意味深長な言葉を残し、パートナーは男性の元へ走る。

なんとか身を起こした僕は、彼女がこれからすることに気づいてしまった。


――愚かな方を選択


まさか。

まさか、彼女は。

510 :1 [saga]:2011/11/15(火) 23:16:51.99 ID:6Db2MHhAO
「止めろおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

僕はどっちに叫んだのか。

しかし虚しくもそれは二人に伝わらない。

まさにスイッチが押されるとき、

パートナーは男性の魂ごと【囚人】を叩き斬った。

スイッチは押されず。

男性は、地に倒れた。



死ぬ予定ではない魂を、斬ってしまった。



511 :1 [sage]:2011/11/15(火) 23:17:18.19 ID:6Db2MHhAO
長いのでここで切る
また
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(千葉県) [sage]:2011/11/15(火) 23:31:56.07 ID:By6lr3dAo
おぉう・・・ここで切るかぁ

続き待ってる
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(静岡県) :2011/11/15(火) 23:46:17.55 ID:T98td+ipo
パートナー萌えの俺はパートナーがN2爆弾に特攻したのかとヒヤッとした

これは続きが気になる
514 :1 :2011/11/17(木) 19:07:02.74 ID:14QKT9cAO
誰も何も言わなかった。言えなかった。

ただ呆然としながら事の成り行きを見ていた。

パートナーは鎌をしまって、倒れ伏す男性から二三歩離れる。

「……」

それから物言わず、じっと彼女は死体を見下ろす。

今、どんな顔をしているのだろう。

こちらに背を向けたままなので判断のしようがない。

いつも通りの無表情なのか、それとも。

側を歩いていた通行人が男性に気づき声をかける。

が、当然死んでいるために返事はない。
515 :1 :2011/11/17(木) 19:07:40.19 ID:14QKT9cAO
通行人「誰か警察を!」

ざわりと辺りが騒がしくなり、男性を中心に人だかりが出来た。

心臓マッサージを試みる人、携帯を取り出す人、鞄の中身を見て驚愕する人。

パートナーは人だかりから離れるように更に後ろへ移動する。

それでも僕らとの距離はまだある。

「……どうして、」君はこっちにこないんだ?

言いかけたところで同業者くんが僕の肩を掴んだ。

同業者くんに文句を言おうかと思ったが、その顔を見て思わず黙った。

苦悶に満ちた表情だったから。
516 :1 :2011/11/17(木) 19:08:42.79 ID:14QKT9cAO
「お前……何をしたか分かっているのか」

「……」

「どうなるか分かってんのかよ。お前なら『前例』ぐらい知ってるだろうが!」

吠える同業者くんを宥める同業者さん。

前例とかなんとかついていけないのだが――多分、僕が目覚める前の話だろう。

「知っている」

振り向かず、こちらに聞こえるぐらいの音量で答える。

依然として振り返らずに。

彼女は何かを待っているように見えた。

待ち望んでいるような。

逆に、すぐこの場から立ち去りたがっているような。

今まで以上に、意図を汲み取れない。
517 :1 :2011/11/17(木) 19:09:16.31 ID:14QKT9cAO
長い沈黙の後。

「私は―――」

僕はとうとう、この時彼女が何を言いたかったのか知ることはなかった。

突如ふわりとパートナーを囲んで白い光が現れ、一瞬後には人の形をとっていた。

八人。隙間なく、パートナーの周りを固める。

そこだけ違う雰囲気が作られる。

男性の死体の周りに集まっていた人たちが無意識にどいた。

あの連中だ。収監された【囚人】を見張る看守のような役割の人たち。

全員フードを目深に被り、表情を見せない。

「規律違反です」

リーダー格らしき一人が言った。

「あなたはまだ死ぬ時を迎えていない魂を消滅させました」

「ええ」

あっさりと肯定するパートナー。
518 :1 :2011/11/17(木) 19:10:29.11 ID:14QKT9cAO
「だって、それは仕方のないことで……!」

僕が思わず口出しをするが、連中は耳を貸さない。

「事情聴取や処罰はあちらで決めます」

フード集団の間から細く見えるパートナーの態度はまるで変わらない。

それより処罰ってなんだよ。

「待てよ、じゃあ君らは大勢が死んでも良かったというのか?」

近寄ろうとするが、同業者くんががっちり肩を掴んでいて動けない。

指が強く深く肩に食い込んでいる。

どうして止めるんだ。

これは僕とパートナーと連中の話なのに。
519 :1 :2011/11/17(木) 19:11:06.78 ID:14QKT9cAO
リーダーがやはり淡々と、始めてこちらに向けて言葉を返した。

「規律は規律です」

「だから、それじゃあ大勢死ぬのを見てろって意味じゃないか!」

こんなに人がいて、誰も僕らの存在には気づかない。

ただ何人か、不思議そうに耳に手を当てたりしている。聞こえる人はいるのだろう。

聞こえてても構わない。

僕は言いたいことを言う。

「君らはどうして動かなかった! 察知とかしていなかったのか!」

「していました」

「……つまり静観していたというのか」

同業者くんがとうとう暴れる僕を羽交い締めにしながら質問する。
520 :1 [sage]:2011/11/17(木) 19:31:27.32 ID:14QKT9cAO
すいません、用事が
11時ごろにまた来ます
521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/17(木) 19:52:52.67 ID:aH027ihSO
ううむ
522 :1 再開 :2011/11/17(木) 23:11:22.47 ID:14QKT9cAO
「はい」

淀みのない返事。

「例え爆発したとしても巻き込まれ死ぬ人数は十人強程でした」

「……」

「百人単位なら止めますが――この程度は残念ですが犠牲になってもらうしかありません」

ひどい話だ、と誰かが呟いた。

「なぜ?」

「そのぐらいなら人口や子孫の数などに大きく影響がないからです」

ああそうだった。

こいつらは根本的に考えが違う。

結局は人間を数――もっと悪く言えばモノとしてしか見ていない。

一体、連中の正体は何なのか。

「一人が死ぬか、十人が死ぬかだよ…彼女は一人の死に抑えたんだ」

「ですが、規則は規則ですから」
523 :1 :2011/11/17(木) 23:14:12.77 ID:14QKT9cAO
「…本当に、考えることが堅物だな……!」

パートナーのしたことを褒めているわけではない。

爆弾を作るほど捻れた人間ではあったが、未来を奪ってしまったのだから。

でも、彼女のしたことがあの時の最善の手でもあった。

規律規律って、どうして裏事情を見ないのか。

冷血にも程があるだろ。彼女よりも、はるかに。

「君から、何か言うことは無いのか!?」

パートナーに叫ぶ。

「【囚人】を倒した! ここで起こったであろう惨劇を回避した! なのに、こんなの――」
524 :1 :2011/11/17(木) 23:16:08.96 ID:14QKT9cAO
それまで僕らに背を向けていたが、呼び掛けに反応してか彼女は静かに振り返った。

「あ……」

不満や不服をもっと言おうとしたが、その表情で全て消え去ってしまった。

ズルい。

君は本当に、ズルい。

こんな時に、そんな顔なんてされたら。

何もできなくなってしまうじゃないか。

やめてくれよ。

そんな表情、最後の餞別みたいじゃないか。

525 :1 :2011/11/17(木) 23:16:37.19 ID:14QKT9cAO



パートナーは儚げな微笑を浮かべてて。

「ばいばい」

別れ言葉を告げた。


気づいたときには、フード集団も、パートナーも、消えていた。


526 :1 :2011/11/17(木) 23:20:04.40 ID:14QKT9cAO
「なんで…ですか……あの人たちは…」

同業者さんが泣き崩れた。

元彼女のパートナーだったのだから、ショックが大きいのだろう。

「……っ」

僕は唇を強く噛む。

血は流れない。当然だ、死んでいるのだから。

でも死んでいても感じるこの喪失感はなんなんだ。

こんなにあっさりと、パートナーが消えてしまうなんて。

僕の側から。

「――あぁあああぁぁ!!」

感情のぶつけ先が解らなくて、叫んだ。

そしてぼくは、なにもわからなくなった。
527 :1 :2011/11/17(木) 23:22:16.12 ID:14QKT9cAO
――――

「マジか」

駅ビルの屋上。

一部始終を見ていた片腕の男が呆けたように呟いた。

「どうしましたか」

その斜め後ろに、つり目の女が立っていた。

「連行されちまったよ、お嬢ちゃん」

「……そのようですね」

どこか不機嫌そうに顔をしかめる女。

気にせず男は続ける。

「本当に予想外だな…坊っちゃん壊れるんじゃねえの?」

「どこまで予測をしていたのですか?」

「まずアイツが調子こいて人間と同化するところから、死神が出てきて斬るとこまで」

「ああ…彼は残念でしたね」
528 :1 :2011/11/17(木) 23:34:00.02 ID:14QKT9cAO
同情が混じった女の言葉に素っ気なく男は「別に」と答える。

「いらねぇよ、あんなの。いるだけ邪魔だ」

「はぁ……仲間に対してずいぶん非情ですね」

仲間ね、とつまらなそうに男は口の中で反芻した。

「しっかし、やけに物々しくしょっぴいたな」

「我らを易々と逃がしてしまったので挽回を狙っているのでしょう」

実際にはそこまで易々とは行かなかったが。

過去のことを今思い返せば何事も簡単に思えてしまう。

「だとしたらとんだとばっちりじゃねーか…」

「運がなかったんでしょうね」

「この後お嬢ちゃんとドンパチしたかったんだけどな…お預けか」

「そろそろここから退きましょう。あの連中、いつこちらに気づくか分かりません」

「そうだな」

そして二人はいなくなった。
529 :1 :2011/11/17(木) 23:35:42.84 ID:14QKT9cAO
第二十二章 終わりです。

長すぎた。
そしてこの展開に自分もびっくりした
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(静岡県) :2011/11/17(木) 23:37:20.19 ID:ay/aZyEWo
え?

ここで終わり?待ってくれよ・・・・・
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/17(木) 23:40:21.45 ID:aH027ihSO
本当に500位で事件が起こったよ……
532 :1 [saga]:2011/11/20(日) 23:24:00.36 ID:0xZumrvAO
第二十三章


533 :1 [saga]:2011/11/20(日) 23:30:28.09 ID:0xZumrvAO
死神は睡眠がいらないから眠りは必要ない。

けど、例えば上司のように眠ろうと思えば眠れる。

夢もどうやら見ることができるそうだ。

だから、寝てみることにした。

もしかしたら目覚めたとき、彼女が側にいてくれるかもしれないから。

あんな悪夢みたいな出来事が、本当にただの悪夢であるかもしれないから。

起こったことが全て夢であるように、祈り眠った。

534 :1 [saga]:2011/11/20(日) 23:33:29.81 ID:0xZumrvAO
「……」

だから、起きたときの落胆はひどかった。

上司専用の庶務室の天井が目に入って、思わずため息をつく。

夢じゃなかった。

現実だった。

借りていた上司の布団を身体から剥ぎ取って起き上がる。

上司はいないみたいだ。会議かなにかかな。

ぼんやりとそのまま時間を過ごして、仕事を思い出す。
535 :1 [saga]:2011/11/20(日) 23:40:59.54 ID:0xZumrvAO
サボるわけにはいかないので軽く身だしなみを整えてから部屋を出る。

布団は一応畳んでおいた。

通路を歩く。休憩所の前を通る。

すれ違う同業者たちがちらちらとこっちを見ているのを感じる。

その視線の意味は、哀れみか。

それともざまぁみろといった感情か。

何を思われてても、どうでもいいんだけれど。

そんな視線にいちいち答えようとも彼女はすぐに帰ってこないのだから。
536 :1 [saga]:2011/11/20(日) 23:46:26.90 ID:0xZumrvAO
パートナーがいなくなって一ヶ月たっていた。

あれから一ヶ月たっている、ということにもなるのか。

上司の話によると彼女はしばらく閉じ込められるそうだ。

【囚人】を収監するところに。

……本当に、皮肉な話だと思う。

なんだかんだで彼女は【囚人】による被害を食い止めてきたのに。

【囚人】と同じところにいれられてしまうなんて。

皮肉以外のなにものでもない。
537 :1 [saga]:2011/11/20(日) 23:56:32.16 ID:0xZumrvAO
「……」

今日は、お婆さんとまだ若い男の人の魂を回収する。

まずはお婆さん。

たしか、家はここら辺のはずだったんだけど。

ああここか。迷ったかと思った。

そっと部屋に入ると、家族と医者が横たわるお婆さんを見つめていた。

誰もこちらには気づかないみたいだ。このまま邪魔しないでおく。

しばらくたって。

医者「……ご臨終です」

その言葉を聞いて、鎌を振るい魂の回収をする。

家族のすすり泣きを背中に聞きながら、そこを後にする。
538 :1 [saga]:2011/11/21(月) 00:04:36.06 ID:Iq0PicfAO
若い男の人はそこから比較的近いところだった。

「……」

信号機のそばで彼が来るのを待つ。

来た。かなりのスピードをあげてバイクで走っている。

そのまま、角を曲がろうとして、スリップして派手に転けた。

あたりにバイクと肉体が叩きつけられる音が響いた。

コンコンと足元になにか転がってきたので見ると、ヘルメットだった。

さすがに頭はついていない。

ヘルメットを持ち見るも無惨な姿となった男の人の側による。

即死だったのがせめてもの救いか。

頭の横にヘルメットを置いてから、魂を回収した。
539 :1 [saga]:2011/11/21(月) 00:10:53.12 ID:Iq0PicfAO
仕事を終えたので再び庶務室に行く。

上司は戻ってきていた。寝てはいない。

「おかえり」

頭を下げる。

「前にも言ったけど、しばらくは一人で行動することになるよ」

頷く。

そのほうがいいのかもしれない。

まだ、一人にさせてほしいから。

「……君、大丈夫かい? かなり口数減っているけど」

そうだろうか。あまり自覚はないのだが。

「大丈夫ですよ、ぼくは」

彼女がいなくなっても世界は変わらずに回り続ける。

だけど。

きっとぼくだけは、何かが変わってしまったんだと思う。
540 :1 [sage]:2011/11/21(月) 00:12:27.91 ID:Iq0PicfAO
第二十三章 終わりです。

めちゃくちゃ短い。
そしてパートナー依存症。
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/21(月) 00:34:30.78 ID:Viikovfeo
おつんつん
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/21(月) 00:40:50.46 ID:8tXjlbXSO
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(千葉県) [sage]:2011/11/21(月) 01:31:57.48 ID:KI2eVdZ2o


第二十三章のタイトルは?
鎮魂歌を引用したタイトル雰囲気が出てて楽しみにしてるんだから忘れないでくれ
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/21(月) 08:05:22.26 ID:hUeXP+nIO
乙乙。

俺も間違いなくパートナー依存症だわ
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(長屋) [sage]:2011/11/24(木) 10:39:21.18 ID:cEPvC+3do
おつー
546 :1 [saga]:2011/11/27(日) 23:41:08.42 ID:uwawhBTAO
第二十四章

彼らの魂を獅子の口からお救いください
547 :1 [saga]:2011/11/27(日) 23:49:00.56 ID:uwawhBTAO
少年「ひとごろし」

ぼくの目の前に立つ少年は苦々しくそう言い捨てた。

ええと。

この様子、言動だと彼とは初対面じゃなさそうだ。

少し考えて、確か昨日あたりに見た顔だと思い出す。

お爺さんの魂を回収しにいったときに、ベッドを囲んでいた親族の中にいた、はず。

いちいち覚えていられるほどぼくの記憶力は優秀じゃない。

彼女は、

……いや、やめよう。いつまでも引っ張るようなものじゃない。

とりあえず話でも聞いてみるか。

「なんで?」

少年「だって、おまえがころしたんだもん」
548 :1 [saga]:2011/11/27(日) 23:58:30.89 ID:uwawhBTAO
『だって』と言われても情報が無さすぎて困る。

あとぼくが誰を殺したんだ。

仕事が仕事なので傍目から見ていたらそう思うのも無理はないと思うんだけど。

勝手に自己完結しないでほしい。

おいてきぼりって寂しいんだぜ。

少年「なんでじいちゃんをころした」

やっと手かがりが出た。

じいちゃん…やはりあのお爺さんか。となると彼は孫だろう。

「魂を回収しただけだよ」

少年「……」

回収とか彼にとってはまだ分かりにくかっただろうか。

ここはマイルドに『魂を天に連れていきました』でも良かった気がする。
549 :1 [saga]:2011/11/28(月) 00:08:19.38 ID:nbXBey+AO
そうなると、まるで天使の仕事みたいなことになるな。

天使と死神。

字面だけ並べるとどうしても死神のほうが悪者に見えてしまう。

天の使いと死の神だしな。

ぼくは神様でもなんでもない。名前詐欺だ。

少年「なんで、そのかいしゅうをしたんだ」

一応意味は伝わったらしい。

「君のおじいちゃんは死んだから。肉体と魂は別れたってことだ」

人差し指と人差し指をくっつけて、割り箸を割るように離れさせる。

なんで分かりやすく説明しているんだろう。

「肉体から離れた魂を迷わないように天まで連れていくのが、ぼくの仕事だから」
550 :1 [saga]:2011/11/28(月) 00:15:21.16 ID:nbXBey+AO
少年「な…なんで…」

ぶわっと少年の目に液体が溜まった。

少年「なんでじいちゃんのたましいを持ってっちゃったんだよぉ!!」

「仕事だから」

我ながら冷たい言葉だ。

少年「このおにっ! あくまっ!」

「何とでもいいなよ」

でもぼくは鬼でも悪魔でもない。

泣けばいい。泣いて泣いて、無様に泣き叫んで。

それでも死んだ人間は帰ってこないと痛感して、そうして成長して。

そうして別れと出会いを繰り返して大きくなっていく。

なんて。
551 :1 [saga]:2011/11/28(月) 00:22:28.24 ID:nbXBey+AO
まるで、この少年はぼくみたいじゃないか。

身近な人がいなくなって。

無様に叫んで。

もがいてのたうち回って果ては夢だと現実逃避して。

――それでもパートナーは帰ってこない。

彼女の姿は視界から完全に消え去っていて、ぼくは一人ぼっちだ。

「君は何歳?」

少年「…九歳」

「そっか」

まだ若い。

十年後、彼は今感じている痛みを思い出すことが出来るだろうか。

別れの悲しさは不思議と胸に残らない。

そういう風に出来ているんだろう。

また誰かに出会うために、別れの痛さはいらない。
552 :1 [saga]:2011/11/28(月) 00:29:27.63 ID:nbXBey+AO
でも、ぼくは。

完全に立ち止まっているのではないか?

パートナーがいなくなって、ぼくは少しでも前進したか?

答えは否。

むしろ後退している気がなくもない。

最近はあんまり、同業者と接触することもないし。あ、以前からか。

相手も相手で変によそよそしい。あ、以前からか。

最近無気力に毎日を過ごしているような気がする。

いかんなあ、怠惰だ。引きこもりになっちまうぞ。

どこに引きこもればいいんだ。上司の庶務室か。
553 :1 [saga]:2011/11/28(月) 00:51:21.77 ID:nbXBey+AO
なんか小言いわれそうだ。

少年「じいちゃんは…もうここにはどこにもいない?」

「いないね」

上がすごく頑張っていれば、一年以内にはまた転生するんだろうけど。

のんびり屋さんが多いらしいからな。いつになるかはさっぱりだ。

少年「もう…会えないのか…」

「……」

もう一度ぼくは会えるのかな。

なんだ、結局さっきからパートナーのことばっかり考えている。

辛くなるだけなのに。
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/28(月) 08:05:11.82 ID:BneSa0ESO
555 :1 :2011/12/05(月) 20:59:21.92 ID:Z88NyVOAO
全く――いつまで彼女にしがみついて行くつもりなんだ、僕は。

こんなこと知られたら、彼女は鬱陶しそうな空気を醸しそうだ。

少年「みんないつか死んじゃうんだろ?」

「そうだね。生きていればいずれ死ぬ」

それが僕ら生物のさだめ。

死にたくないなら、生まれてこなければいい。

別れたくないなら、会わなければいい。

少年「オレも?」

「君も」

少年「そしたら、おまえがころしにくるのか」

だから殺してねえってば。
556 :1 :2011/12/05(月) 21:05:53.69 ID:Z88NyVOAO
「分からない」

少年「なんで」

「その時までぼくがまだここに存在していたら迎えに行くけど」

すごく嫌そうな顔された。

少年「……おまえも、しぬのか?」

「まあね」

ぼくの場合、生き返る。

まあ、意味合いとしては同じようなものか。結局消えるんだし。

少年「……もう会いたくないんだけど」

「そうかい」

それ以上、会話は無かった。

ぼくは彼を横切り、次の仕事へと向かう。

少年「……おまえは」

後ろから声をかけられた。
557 :1 :2011/12/05(月) 21:10:04.19 ID:Z88NyVOAO
少年「だれかだいじな人をなくしたことはないのか」

同じような思いをしたことがないのか、と聞かれている気がした。

誰かがいなくなって、悲しくないのか。

誰かがいなくかって、苦しくないのか。

「あるよ」

振り返らずに即答した。

パートナー、笑わないでくれ。

もうしばらく、それが記憶であろうと君に依存してしまいそうだ。

「完全に無くしてはないけどね――取り戻しに行きたいぐらい、大事な人だ」

558 :1 :2011/12/05(月) 21:10:59.93 ID:Z88NyVOAO
第二十四章 終わりです。

見直すと依存しすぎ笑えねえ
559 :1 :2011/12/05(月) 21:12:17.79 ID:Z88NyVOAO
>>557ミス

×誰かがいなくかって

○誰かがいなくなって
560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(熊本県) [sage]:2011/12/05(月) 21:44:49.56 ID:U7LZZQDro
乙んつん
561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/05(月) 21:59:59.49 ID:wEpHMSsSO
562 :1 :2011/12/25(日) 07:52:11.26 ID:P1d08oaAO
第二十五章

ことごとく罪のほだしより解いてください。
563 :1 :2011/12/25(日) 07:57:43.08 ID:P1d08oaAO
「……すいません、もう一度お願いします」

まさに寝耳に水。

最近驚いたランキング堂々の一位を獲得したのではないだろうか。

「だからね」

上司が積み重なった書類の間からなんとかしてぼくと視線を合わせようとしている。

というか、なんだこの書類の山は。エベレストか。万里の長城か。

上司は非常に整理整頓が下手だ。

「しばらくこの子のパートナーをしてもらいたいんだ」

この子、というのは近くのソファに腰かけている女の子のことだろう。
564 :1 :2011/12/25(日) 08:10:54.83 ID:P1d08oaAO
「君の気持ちも分からなくはないけどね――本当は単独行動は良くないんだ」

しかも今、色々とあれたがら。上司はそう付け加えた。

ぼくもいずれは別のパートナーと組むんだろうとは思っていたけど。

でも、これはいささか荷が重いんじゃないか?

女の子に聞こえない、そして上司に聞こえる会話をするために上司に近寄る。

……書類がすごく邪魔だ。

「あの子……結構程度は軽いんじゃないですか?」

「うん、比較的傷は浅いからね。名前と、若干の記憶が抜け落ちているぐらい」

「……ぼくの影響が後々まで残っていたりしたらどうするんですか」

後々残ったりするようなものなのか分からないけども。

565 :1 :2011/12/25(日) 09:35:13.81 ID:P1d08oaAO
「君は彼女になにかするつもりなのかい?」

「そういうわけではないです」

例えるなら、たまごを初めて触った赤ん坊。

加減が分からなくて押し潰してしまう。落として割ってしまう。

それは経験がないから。

ぼくも同じように経験がないのだ。

ぼくはパートナーとしかペアを組んだことがない。

それも彼女はいわば先輩だ。後輩となんてどうすればいいのか。

「男は度胸だよ。なんでもやってみなくちゃ」

「それはそうですが…」

「全く、さすがわたしと彼女の影響だと言われるだけあるよ」
566 :1 [sage]:2011/12/29(木) 10:16:28.09 ID:08mI0TeAO
どういう意味なんだそれは。

あと、それもう耳にたこができるほど聞いた。

誇りに思っているのかけなしているのか未だに判断がつかない。

――しかしまあ、やってみないと分からない、か。確かに。

影響云々だってもう出たら出たで仕方ないし。

でもなぁ…極端に無口になったりマイナス思考するようになったらどうすりゃいいんだ。

いやまず彼女の性格が掴めていないわけだけど。

「分かりました。やれるだけやってみましょう」

「頼むよ」

その直後、上司は書類の山に文字通り埋もれました。
567 :1 [sage]:2011/12/29(木) 10:22:47.56 ID:08mI0TeAO
---

仕事の時間が来る前にちゃちゃっと自己紹介をする流れになった。

「始めましてっ! あたしはちーちゃんって呼ばれてました!」

びしぃと敬礼のポーズをとった。

「ああ…そうなんだ」

「趣味はお花つみです!」

「トイレ行くのが趣味なんてすごいね」

目指せ全国のトイレ制覇とかしていたりして。ないか。

「違います! 咲いているお花をぶちぶち引きちぎることですよ!」

「メルヘンのかけらもないね」

ダメだ、テンションについていけそうもない。

こんなテンションの人相手にしたことがないから、なおさら。

非常に疲れる。
568 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 18:23:01.31 ID:dKUmde22o
ちーちゃんかわいいな
569 :1 :2011/12/31(土) 09:08:37.44 ID:2HeD9paAO
それにしても、あだ名は覚えているようだな。

『ちひろ』だとか『ちあき』だとかそこらへんか。

「あなたのお名前は?」

「ぼくは…まだ何も」

「吾が輩は猫である、名前はまだないってやつですか?」

何か違う気がする。

「じゃあ先輩って呼びますね先輩! よろしくお願いします先輩!」

「う、うん!」

名前がないとかで普通はしんみりとか気まずい雰囲気になるものだけど。

そういうのを吹っ飛ばして自分のテンションに飲み込んできやがった。

なんだこの子。

もしかして僕はとんでもない子を預かったんじゃないだろうか。
570 :1 :2011/12/31(土) 09:12:50.15 ID:2HeD9paAO
「……あ、そろそろ時間だ」

場所は三丁目。ここから十分程度だな。

「仕事の内容については、説明いる?」

本当は説明下手だからやりたくないんだけど。

「いえ! ジョージさんが教えてくれましたので!」

誰だよジョージ。

ジョージ…ジョーシ…上司?もしかして上司?

間違えた風に覚えてしまったのか…。

いいや、面白いからしばらくこのままにしておこう。

571 :1 :2011/12/31(土) 09:23:05.26 ID:2HeD9paAO
「じゃあ行こうか」

「はい!」

元気に挨拶。良いことだ。

さて、と―――問題はここから。

時折、ぼくたち死神の仕事に拒否反応を起こしてしまう人がいるようで。

そういう人たちはどこでなにしてるのかはぼくは知らない。

とにかく、無理矢理やらせると魂に負担がかかる。らしい。

だから彼女ももし拒否反応を起こしたならすぐに上司と相談しなくてはいけない。

そんなわけで、彼女は平気なのかしっかり見極めないといけないのだ。

観察力がまるでないのにな、ぼく。大丈夫なんだろうか。
572 :1 :2011/12/31(土) 09:32:51.68 ID:2HeD9paAO
「そうそう、君は鎌の出し方――」

「君というよりかは、ちーちゃんと呼んで欲しいです」

「……」

「ちーちゃんです」

上司はなんて呼んでいたんだろう。

ノリがいいからな、ちーちゃんちーちゃん言っていそうだ。

「……ちーは、鎌の出し方分かる?」

苦肉の策だった。『ちゃん』はなんか恥ずかしい。

「むむ…それでいいです。出し方分かりますよ」

許可を貰った。なんとも手間がかかる後輩だこと…。

後輩より子育てしている感覚のが近い気がする。子育て経験ないけど。

573 :1 :2011/12/31(土) 10:00:56.00 ID:2HeD9paAO
自覚はしていないだけで、ぼくも最初はこうだったのかな。

彼女は一体なにを思ってぼくと接してきたのだろう。

…一旦、これはどこか隅にでも置いておこう。

一人になったときにまた考えればいい。

これから先、考える時間はうんざりするほどあるだろうから。

今はこの女の子の、いや、ちーの面倒をみなくては。

「先輩、こっちですかー?」

振り返って、道が違うと言おうとした。

あれ?振り返って?

だってさっきまで並んで歩いていたというのに、どうして彼女は後ろに…。

「…なんでまた来た道戻っているんだ!?」

「え? すいませんうっかりしてました!」

……やっていけるかな、ぼく。
574 :1 [sage]:2011/12/31(土) 10:02:07.35 ID:2HeD9paAO
第二十五章 終わりです。

ちーちゃんは元気っ娘。
575 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 10:40:18.24 ID:z0V+NVTSO
中々新しいな
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/01/19(木) 22:55:26.48 ID:+zuLnA+go



そろそろ来る気がする
577 :1 [sage]:2012/01/21(土) 23:57:29.39 ID:h4gZMD/AO
第二十五.五章

我らに平和をお与えください
578 :1 [sage]:2012/01/22(日) 00:06:45.02 ID:0e86j7bAO
かつかつと、踵と床がぶつかり合う音が通路に響く。

その音の主は、彼らの上司。

「上手くやれているといいんだけどな、あの二人」

自分にも聞こえるか聞こえないかぐらいの独り言。

気にかかるのはパートナーを突然失い喪失感に囚われる少年と、死神になりたての少女だ。

上手くやれているだろうか。

帰ってきたらそれとなく聞いてみようと思う。

――あの子とはまるで正反対だから、戸惑っているだろうな。

振り回されている図を考えると少しだけ気が紛れた。
579 :1 :2012/01/22(日) 00:22:12.33 ID:0e86j7bAO
これからやろうとしていることは、聞くだけなら大した事はない。

様子を見るだけ。

だが、そこに行くまでの過程が――むしろ様子を見る行為そのものが、疲れる。

本当なら、そんなことをしなくてもいいのだが。

「でもそれじゃあわたしの気持ちが収まらないんだよ――」

それは上司として、やるべきことではないのかと彼女は思う。

彼女がああいうことをしてしまったのはおそらく自分のせいだから。

考えごとをしているうちに、ゲートにたどり着き門番に止められた。
580 :1 :2012/01/22(日) 00:33:12.75 ID:0e86j7bAO
セキュリティ検査というのか、何やら妙な物であちこちを探られる。

空港の金属検査よりも厳重だ。

というか、何を検査しているのだろう。死神かどうかなんてどう調べるのか。

長年居てもいっこうに分からない、ちょっと気になる所だったりする。

それから簡単な質問。何回もここを通過しているために慣れたものだ。

終わって、通行の許可を得て思わず嘆息。疲れた。

【囚人】を脱走させてしまうという失態を犯してしまったためピリピリしているのだろう。

しかしながら、いくら厳重にしても奴等は力ずくで突破するのではないだろうか。

そんなことを思いながら固い床を踏み進んでいく。
581 :1 :2012/01/22(日) 00:45:13.09 ID:0e86j7bAO
目の前には頑丈そうな扉。

近くにある窪みに手を当てて一つ目のキーを解除。

それから、

「――No.43332」

ナンバーを扉の穴にささやく。

二つ目のキーが解除された。

【囚人】にも死神にも、番号は振られている。

誰も彼も数字では言いにくい、もしくは嫌だということでナンバーで呼ばれることは滅多にない。

生前の名前の記憶があればそれを使うし、なければ勝手につけたあだ名を使う。

「わたしの場合、あだ名が上司になりつつある気が…」

開かれた扉の向こうを見て、再び息を吐いて中へ入る。
582 :1 :2012/01/22(日) 00:54:12.05 ID:0e86j7bAO
中は異様な光景だった。

通路を挟んで左右に、青い液体で満たされた透明な筒が所狭しと並べられている。

言うなればビーカーがたくさん並んであるような。

一見すれば巨大な標本室に迷い込んだようだ。

液体の中で漂っているのは生前、罪を犯した魂達。

強制的に意識の中に閉じ込め、自分がしてきた罪を延々と見させる。

そして犯した罪の一つ一つに後悔をし、反省をしたら晴れて生き返れる――そうだ。

詳しくは知らない。

嫌いな映画をずっと見せられている感覚だろうか、と上司は考える。
583 :1 :2012/01/22(日) 01:02:50.08 ID:0e86j7bAO
意識の中に閉じ込めるので、外から見れば眠っているようだ。

エンドレスリピートな上映会に付き合わされる【囚人】達の表情は酷い。

怒りや悲しみにくれた顔をしたり――喜悦に満ちた顔をしている。

後者の魂は快楽殺人でもしたのだろう。

それではこれは娯楽程度にしかならないのではないか。

「ああいうのの対策もしとかないといけないと思うんだけどな」

担当者じゃないので思うだけ。

長い長い通路を歩いていく。
584 :1 :2012/01/22(日) 01:11:04.75 ID:0e86j7bAO
ふと、目を半分開けた誰かと視線がかち合う。

時折こうして意識が一時的に戻るときがあるそうだ。

しばらく視線を反らせずにしたが、相手は再び目を閉じた。

知らず知らずに力んでいた肩が脱力する。

どうしようもなく気まずかった。

とりあえずまたこんなことにならないようにと歩調を早める。

そして。

「―――やっぱり寝ている、か」

ここに来た目的である少女を見つけた。
585 :1 :2012/01/22(日) 01:24:30.19 ID:0e86j7bAO
とある少年にパートナーとして慕われていた少女。

少し前に、最善で最悪な行為をしてここに入れられた少女。

無口で無表情で一番手のかかるベテランの死神。

そんな彼女は上司が側に立っても固く瞼を閉じたままだ。

やはりというか、無表情。そんなところは変わらない。

黒く長い髪をたゆらせ、真っ白な裸体を晒した姿は美しいと感じる半面、居心地が悪い。

彼女が特別なわけではなく、ここに収監されているものみんな全裸だ。

理由は知らない。なんか色々とあるのだろうが、興味ない。
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(熊本県) [sage]:2012/01/22(日) 03:10:41.68 ID:sMPe29CRo
うむん
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/22(日) 09:38:32.99 ID:sS9jhXLSO
ふむ


裸のパートナーペロペロ
588 :1 :2012/01/22(日) 14:12:55.73 ID:0e86j7bAO
「変わりは、ないみたいだね」

声が短く反響し、すぐに冷たい静寂が訪れる。

彼女にまでこの言葉は届いているのだろうか。

「彼のことなら心配ないよ。他の子とペアを組んでいる」

身動ぎもない。構わず進める。

「君がわたしに頼んだこと、まだ彼には言っていないよ」

この少女の処分が決まる会議が始まる直前。

ほんの一時、話すことが許されたときに託されたこと。

「――言うつもりもないよ」
589 :1 :2012/01/22(日) 14:19:52.63 ID:0e86j7bAO
『彼に、私を忘れるように言ってくれませんか』

『私の存在が彼を縛らないか少し気にかかるので』
590 :1 :2012/01/22(日) 14:46:56.04 ID:0e86j7bAO
「……忘れられるなら、忘れているよ」

それをそっくり彼に言ったとして効果はないだろう。

パートナーの存在が忘れられないぐらいに刻み込まれているから。

自分も彼も彼女を止められなかった罪悪感を抱えている。

その罪悪感すら消せないというのに、ましてや存在なんて。

「難しいこと言うよねぇ…」

無茶ぶりをふるのが好きなのだろうか。

部屋片付けろだとか、職務放棄をするなだとか。

「……あ、これは正論だったりするのか…」
591 :1 :2012/01/22(日) 14:57:05.27 ID:0e86j7bAO
部屋掃除しないとなぁと頭をかいていると後ろに気配を感じた。

振り返るとフードを目元まで被った誰かが立っていた。

「……」

監視か、と上司は眉をあげた。

「…ちょっと今君たちには嫌悪感を抱いているんだ」

「……」

「八つ当たりされたくないなら、去ると良いよ」

相手からしたら迷惑もいいところだ。

黙ったまま去るか、居座るかのどちらかだろうと予想した。

だが。

「……すいません」

謝罪の言葉と共にフードが下ろされる。
592 :1 :2012/01/22(日) 15:05:44.71 ID:0e86j7bAO
二十前後の女。上司よりは顔の造りが幼い。

晒された顔には見覚えがあった。会ったことがある。

といってもほんのわずか、顔合わせ程度だったが。

【囚人】から、脱走した【囚人】を捕らえる役割へとランクアップした子。

裏切りの可能性が低いということでそうなったようだ。

……本当の理由は、死神に被害がかからないようにとか、そんな薄暗いものだろうが。

「私が一刻も早く現場に行ってこの人を止めていれば良かったのですが…」

「……終わったことはどうにもならないよ」

無言。
593 :1 :2012/01/22(日) 15:14:12.59 ID:0e86j7bAO
「…あの。ここへ来て、何をしていたんですか?」

「なんにも」

「なんにもって――」

「こんなところにいるのは寂しいだろうから、意識が戻ったとき見知った顔さえあれば安心するかなって」

まあ、彼女は寂しいと感じなさそうだが。

何もできなかった自分の罪悪感を減らすための自己満足。

実際のところ何回か足を運んでいるが、彼女は未だ意識を戻していない。

もしかしたら居ないときに目を覚ましたりしているのだろうが。

「優しいんですね」

「まあね。優しい人になりたかったからさ」

「それは、生前からの記憶ですか?」
594 :1 :2012/01/22(日) 15:22:31.92 ID:0e86j7bAO
思わぬ問いに驚く。

「生前の記憶?」

「え? あ、いえ、生前から優しい人になりたいと思っていたのかなと」

「ああ……どうなんだろ」

全てを思い出しているわけではないので良く分からない。

モザイクがけの記憶を探るが、細かい感情は捕らえられず。

「…そう、かもね」

小さく嘆息した。

やはりここは疲れる。

「わたしはもう帰ることにするよ。そろそろ彼らが帰ってくるだろうし」

「はい」

一度、少女に目を向けた後にかつかつと足音を立てて二人の距離は遠ざかる。
595 :1 :2012/01/22(日) 15:30:48.46 ID:0e86j7bAO
やがてその背中が見えなくなって、フードの女は肩を落とした。

緊張した。

それから、目の前で液体の中で漂う一糸纏わぬ少女を見上げる。

計算して造られたように美しい。

その姿が眩く、思わず目を細める。

「そんな姿じゃ彼はここには来させられませんよね…」

すごくシュールというかカオスなことになりそうだ。

フードを目元まで被り直して、誰ともなく呟いた。

「…お姉ちゃんは昔からずっと優しいんだよ?」
596 :1 [sage]:2012/01/22(日) 15:33:18.36 ID:0e86j7bAO
第二十五.五章 終わりです。

上司は多分『僕』をつれていかない。
597 :1 [sage]:2012/01/22(日) 15:34:24.94 ID:0e86j7bAO
おまけ

「この子…胸でかいのね」

「早くシリアスな空気に戻しましょう!」
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/22(日) 15:36:12.58 ID:sS9jhXLSO
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/01/23(月) 20:06:22.41 ID:JykvlV3Vo
>>576だが
俺の感が当たったのか>>1が答えてくれたのか

そんな事より乙
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/24(金) 13:48:47.14 ID:HzAs9vRSO
まだかね
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/02(金) 09:03:34.74 ID:92zRQQ1IO





そろそろ来る気がする
602 :1 [sage]:2012/03/03(土) 16:17:41.65 ID:Z/44jg0AO
来たよ!
しかしながら用事が積み重なって書けません
もう少しお待ちください
603 :>>601 [sage]:2012/03/03(土) 19:19:48.27 ID:/p369WBno
焦らせたならすまん
いつまでも待つから書ける時に思うように書いてくれ
604 :1 :2012/03/05(月) 20:36:37.32 ID:pe5HIn6AO
第二十六章

天使があなたを楽園へと導きますように。
605 :1 :2012/03/05(月) 20:42:00.67 ID:pe5HIn6AO
「せんぱいせんぱい」

現パートナーのちーがぼくの袖を引っ張る。

「あれは何ですか?」

好奇心旺盛、と言えばいいのだろうか。

分からないこと(忘れてしまったことも含む)はとにかく聞いてくる。

「あのチンピラ二人が殴りあっているやつ?大丈夫、今怖いお兄さんに連れていかれたから」

「違います!あのケーキ屋さん、いつもより賑やかです」
606 :1 :2012/03/05(月) 20:48:40.49 ID:pe5HIn6AO
見ればなるほど、人がケーキ屋に集まりあたりはざわめいている。

ピンク一色。男子が近寄れる雰囲気ではない。

「あれは雛祭りだよ。女の子の行事」

「雛祭り……あ、確かジョージさんも言ってました!」

まだ上司のことをジョージと呼んでいるのか。

「確か三人官女が姫の座を狙って醜い争いを繰り広げ」

「雛祭りはそんなにドロドロで血生臭くないはずだよ」

何教えやがったあの上司。
607 :1 :2012/03/05(月) 20:55:01.27 ID:pe5HIn6AO
ちーみたいな子には面白がって変な知識植え付けるからな。

支障はそこまでないとはいえ、今度少し注意しとくか。

「菱形のケーキもあります」

興味深げに店頭に鎮座するケーキを観察する。

鮮やかな色だし、女の子の目を引き付けやすいのだろう。

「菱餅にでも似せたんだろうね」

「雛祭りってなんのための行事なんですか?ケーキ食べるんですか?」

「それはクリスマスだよ」

「クリスマスって、バトルロワイヤルして生き残ったおじさんが返り血で」

「違う」

……帰ったら即お説教だな、上司。
608 :1 :2012/03/05(月) 21:03:12.48 ID:pe5HIn6AO
よだれを垂らさんばかりに見ているものだから、食べさせてあげようかと考える。

ここんところ平和だからお金の使用許可の申請もすぐ通るだろう。

平和であることと仕事のスピードは比例する。逆もしかり。

ああ、でもそろそろ仕事なんだよな。

今回は場合によっては酷いことになるから、きっと食べたがらないだろう。

「せんぱい、また考えごとですか?」

気づくとちーがぼくを見上げていた。
609 :1 :2012/03/05(月) 21:06:20.27 ID:pe5HIn6AO
「今日だけでケーキ屋はいくら儲かるか計算していたんだ」

「嘘ですね。せんぱいはそんな頭脳持ち合わせていません」

「なんだろう、今世界が滅亡してもどうでもいいような気分になった」

いつのまに口減らずへと進化を遂げたんだ。

「あたしより前に、別のパートナーさんがいたんでしょう?」

「……誰から聞いた?」

「色んな人たちからです」
610 :1 :2012/03/05(月) 21:09:46.44 ID:pe5HIn6AO
まったく。

未だにパートナーの話題はぼくの心(あるかどうかは不明だが)を抉ると知っているだろうに。

意地悪な先輩・同僚・後輩を持ってしまったものだ。

色んな意味でショックを与えたようだしな、彼女は。

【囚人】にフードを被った看守に。

一時期はちょっとしたパニックになっていたことを思い出す。

まだちーが目覚めていない頃の話だ。
611 :1 :2012/03/05(月) 21:14:27.76 ID:pe5HIn6AO
「仲がすごい良かったと聞いています」

「きっとそいつは目が節穴だったんだね」

「むむぅ、せんぱいはパートナーさんの話題をだすと素直じゃないです!」

だって考えたくないし。

――彼女は罪を一人で背負っていった。

ぼくは見ているだけだった。

それを思うだけで、辛い。

「でも、あたしせんぱいがパートナーさんのこと考えているとき分かりますよ?」

「なんで?」

「だって優しそうな顔してますもん」
612 :1 :2012/03/05(月) 21:17:06.41 ID:pe5HIn6AO
「………ぼくが?」

「その他に誰がいると」

「…そうなんだ」

優しそうな顔、ねぇ。悲嘆に暮れている顔かと思っていた。

何を意味するのだろう、僕の表情は。

「…ちー」

「なんですか、せんぱい」

「なんかケーキ食べる?」

「うぅん、仕事終わってから決めます」

「そうだね」
613 :1 :2012/03/05(月) 21:22:50.46 ID:pe5HIn6AO
ケーキ屋の前に立ったまま、ぼくらは時間を過ごす。

見えない、というより存在していないので不審がられることはない。

「まあ、現パートナーも大事だよ。ぼくは」

「えー、本当ですか?」

「だったらケーキ買うかとか聞かないよ」

「なるなる。急にデレますねせんぱい」

「なんのこっちゃ」

会話が一時切れた。

その会話を縫うようなタイミングで、悲鳴が後ろから聞こえた。
614 :1 :2012/03/05(月) 21:25:49.72 ID:pe5HIn6AO
後ろは道路だ。

甲高い悲鳴。

大きな車が急ブレーキする音。

柔らかい何かが硬い何かにぶつかった音。

柔らかい何かが地面に落ちた音。

一拍、静寂。

そして増えた悲鳴。

「回収する魂の、肉体のデータは分かりますか?」

「うん。女の子、五歳」
615 :1 :2012/03/05(月) 21:29:29.16 ID:pe5HIn6AO
「……」

「……」

「雛祭りは、どういう女の子の行事ですか?」

「しあわせを祈る行事だよ」

「そうですか」

騒ぎは大きくなっていく。

場違いとなった雛祭りの歌は虚しく響いていた。

「…ケーキ、買うような雰囲気じゃないですね」

「食べたかったの?」

「彼女の魂のしあわせを願って」

「優しいね、きみは」

僕は鎌を取り出した。
616 :1 :2012/03/05(月) 21:30:36.14 ID:pe5HIn6AO
第二十六章 終わりです。

あげて落とすをやってみたかった。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/05(月) 21:34:02.70 ID:X0zOWUVdo
おつ
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/05(月) 21:37:20.29 ID:FzWn7uLSO
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/03/05(月) 21:43:19.12 ID:ShOJirb6o


上げて落とすの次は寄せて上げるに挑戦だ
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2012/03/05(月) 21:48:25.63 ID:Mf8+ZGjgo
乙乙

もうパートナーは復活しないのかなあ・・・・
621 :1 [sage]:2012/03/28(水) 20:47:32.23 ID:rf7RyFTAO
第二十七章

死も自然も驚くでしょう。
622 :1 [sage]:2012/03/28(水) 20:52:08.27 ID:rf7RyFTAO
「大変なことに気づいたんだ」

「なんですかせんぱい!」

「ぼく、そこまで戦闘力ない」

「な、なんだってーー!」

愉快な会話を繰り広げた直後に繰り出される攻撃。

とっさにちーを抱いて横に跳ねる。

「あれが噂の【囚人】ですか!?」

「そう。しばらく大人しかったから油断してた――っと!」

次に足元へと攻撃。

足をもつれさせないように気を付けながら避ける。
623 :1 :2012/03/28(水) 20:59:01.88 ID:rf7RyFTAO
「ちーちゃん、まだ死神としてでもひよっこですし戦えませんよ!」

「謎の能力が覚醒するとかはありそう?」

「ありませんよ、そんな展開」

それは残念だ。

この状況、かなり不利なのに。

パートナーがいた時はほぼ彼女に任せていたし、学校の時は一人だったから戦えた。

だけど、今はちーがいる。

先ほど見ていたが、彼女一人じゃ逃げきれるかも怪しい。

さすがに後輩見捨てて戦闘いくのもな。何が起きるか分からないから。
624 :1 :2012/03/28(水) 21:04:06.23 ID:rf7RyFTAO
鎌で攻撃をはね飛ばす。あ、ヒットだ。

「というかズルいよね。なんであいつらだけ遠距離攻撃できるんだろ」

「ちーちゃんたちも本気出せば出来るんじゃないですか?」

「やってみる?」

「はい」

攻撃が止んだ隙に彼女を下ろす。

すぐさまかめかめはぁーと良く分からない気合いの声とともに両手首をつけ、手のひらから何かを出す仕草をした。

しかし何も起こらなかった。

「不平等です!これは不平等ですよせんぱい!」
625 :1 :2012/03/28(水) 21:11:03.11 ID:rf7RyFTAO
涙目でちーは言った。まぁ、予想はしていた。

「でも確かあいつら、自分の魂を犠牲にするはずだから攻撃を無駄にはできないはず」

「じゃあそろそろ接近戦をしかけてくるんじゃ……」

言った矢先、予想を裏切らず接近戦を仕掛けてきやがった。

一旦遠くまで下がり、ちーをおろす。

「そこにいて」

さっきも言ったが、彼女をここに置いておくのは些か不安がある。

ぼくよりちーに狙いを定めてしまう可能性だってあるし。
626 :1 :2012/03/28(水) 21:16:41.26 ID:rf7RyFTAO
狙いが分からない以上、軽率な行為は避けた方がいいのは分かっているが。

抱っこしたままやりあうほどぼく器用じゃないし。

「……いったい何の用かな。弱いものいじめ?」

じりじりと間合いを詰められながら、虚勢をはる。詰めているのではない、詰められている。

「……」

「ボスに似合わずだんまりか…」

「交渉」

あ、しゃべった。

「交渉。必要。お前」

「? 悪いけどぼく口下手でね。他の人に回してくれないかな」

627 :1 :2012/03/28(水) 21:23:38.90 ID:rf7RyFTAO
「違う」

「え?」

話が噛み合っていない、というより情報が少ない。

ちゃんと接続詞を使ってほしい。

「せんぱい…」

背後のちーが神妙な声色で話しかけてくる。

「もしかして、その人が言いたいのって……」


詰められていく間合い。

どうしてゆっくりと虫を捕まえようとする動きしてるんだ。

「せんぱいが…なんらかの交渉に必要だってことなんじゃ」

「……ははっ、まさか」

間髪入れずに相手は言った。

「お前。欲しい」

ちーの想像は大当たりだった。
628 :1 :2012/03/28(水) 21:57:18.48 ID:rf7RyFTAO
「モテますねせんぱい。お相手は男の方ですが」

「そういう問題じゃないよ、どうしていきなり冷静になるの!?」

狙いが自分だと知り慌てるぼくとは対象に、後輩はどうでもいい意見を出してきた。

ちーの手をひいて【囚人】の後ろへ跳び跳ねる。

「だいたい、なんでぼくなんかを交渉に使うのか――」

「あの。死神。仲間」

「……翻訳頼む」

「ごめんなさい、無理です」

もう少し聞きたいところだが、引き延ばしすぎるのも良くない。

早めに決着をつけよう。
629 :1 [sage]:2012/03/28(水) 22:05:14.65 ID:rf7RyFTAO
体力に限界がきたのでここで切ります

パートナーはいつになるかは分かりませんがまた出てきます
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/03/28(水) 22:19:19.42 ID:Qx9Ma32+o
何時の間にこの囚人登場したんだ?
631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/29(木) 01:40:42.12 ID:gVb1bk2SO
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/04/13(金) 08:19:41.88 ID:Gl2ZsUwoo
にやけ
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/06(日) 00:54:24.74 ID:teRRZEoSO
まだかね
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/06(日) 02:08:12.09 ID:Wh6nYFfCo
まだかね?
635 :1 [sage]:2012/05/07(月) 15:54:31.34 ID:U9/q25vAO
鎌を取り出す。

「言いたいことがあるなら今のうちに言ってよ。後からは困るから」

「……。……」

武器を持った敵同士の間に“待った”がないぐらい分かっているはずだろう。

ちーにも鎌を出しておくよう指示してから、向かい合う。

「じゃあ――始めようか」

パン、と後ろでちーが手を打った。

それを合図にし、ぼくは相手に突っ込んでいく。
636 :1 :2012/05/11(金) 20:37:09.85 ID:KfMYhTUAO
まずは相手の頭から足元へ串刺しにするように鎌を真っ直ぐ落とした。

一撃でやられるほど馬鹿ではないらしく、素早い動作で後ろに避けられる。

だが、これは予想内のことだ。

鎌が地面に突き刺さった威力を利用してくるりと縦回転。

「ふっ」

踵落としを食らわせる。
637 :1 :2012/05/11(金) 20:44:13.39 ID:KfMYhTUAO
しっかりとダメージを与えられたらしく、相手はたたらを踏んだ。

すかさずしゃがんで足払いをかけた。

二三秒ほど宙に浮かんだが、その無防備な瞬間を狙い、腹に鎌を今度こそ突き刺した。

「ガああああああ!?」

絶叫。

死神の鎌は人間は傷つけられないが、同族なら傷つけられる。

「だからちゃんと鎌の扱いは習得しとかないとね、ちー」

パートナーとなる人を傷つけてしまうから。
638 :1 :2012/05/11(金) 20:53:53.67 ID:KfMYhTUAO
パートナー。

多分彼女ならこんな奴、顔色一つ変えずに瞬殺していただろう。

あくまでも戦闘中なのに、そんなことをふと考えてしまったのがいけなかった。

一瞬の気の緩みは逆転の危険性をはらむというのに。

「――せんぱい!」

「!」

【囚人】は隙を見たといわんばかりに、ぼくへ攻撃をしかけてきた。

「ぐふっ」

皮肉にも腹へクリティカルヒット。

たまらず吹っ飛ばされる。
639 :1 :2012/05/11(金) 21:09:42.00 ID:KfMYhTUAO
「せんぱいっ!」

「ちー!ぼくを見るなそいつを見ろ!」

位置関係を言っておくと、ぼく、【囚人】、ちー。

つまるところ、彼はどちらにでも攻撃できるのだ。

「お前。邪魔」

彼はそう言って壊れかけたロボットのようにぎこちない動きでちーを見やる。

「うわ、わわわ、――」

ちーが鎌を振り上げて静止させた。

互いが互いに攻撃するタイミングを測っている。
640 :1 :2012/05/11(金) 21:14:41.81 ID:KfMYhTUAO
どこからか現出されたどす黒い光が【囚人】の周りに現れて、まさにちーへと踊りかかろうとしたとき

「うわああぁぁぁぁぁあ!!」

目を瞑ったちーの鎌が、防御を一時的に忘れていた【囚人】の頭にめり込む。

「ガッ」

短い悲鳴と共にその光は霞んで消えてしまった。

さらさらと砂になり消えていく。

ぺたりと彼女は地に腰を落とした。

「大丈夫?ごめん、ぼくが気を抜かなければ……」

「せんぱい…せんぱい、あたし…」

ぼくに抱きついてちーは泣く。
641 :1 :2012/05/11(金) 21:26:23.64 ID:KfMYhTUAO
刺激が強すぎたのか?

ともあれ、ぼくは人を慰めるという行為が非常に苦手なのでどうするか手を迷わせる。

そしてよく母親が子供をあやす時にやるように頭を撫でてやった。

「……あたし、思い出しました」

「生前の記憶を?」

「まだ、一部ですが…」

それでもぼくに比べれば早いほうだ。

何かが記憶のスイッチを入れたのだろう。

「大きなものが」

「……」

「なにか大きなものが、あたしにあたって、あたしが――」
642 :1 :2012/05/11(金) 21:28:01.75 ID:KfMYhTUAO


「はじけました」


そうしてちーは再び泣いた。

なんにもできないぼくはただ彼女の頭を撫で続けるだけだった。
643 :1 [sage]:2012/05/11(金) 23:36:07.88 ID:KfMYhTUAO
第二十七章 終わりです

話というか、彼の語りは突然始まるので囚人は語りのちょっと前からいた感じです
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/12(土) 00:39:31.42 ID:1eQyYWxSO
645 :1 :2012/05/13(日) 22:00:18.32 ID:lhNVKQuAO
第二十八章

私は灰のように砕かれた心で
646 :1 :2012/05/13(日) 22:15:54.66 ID:lhNVKQuAO
「そう」

我らが上司は天井を見上げながら言った。

「そう、思い出しはじめたの。あの子は」

【囚人】の襲撃とちーの記憶を報告したあとのことだった。

上司はなんとなくだるそうな面持ちで先ほどから書類を何枚か落としている。

「…その本人、ちーちゃんは?」

「別のひとに慰めてもらっています」

ショックが大きかったみたいで、彼女はずっと泣いている。

ここに来るまでにたまたま同業者くんたちと会ってしばらく預かってくれることになった。

なんか言い方が託児所っぽいな。
647 :1 :2012/05/13(日) 22:25:54.33 ID:lhNVKQuAO
「まあ、君が慰めるなんて想像つかないしねぇ」

言いやがった。

「失礼な。本気を出せば一人ぐらいはいけますよ」

「本気を出して一人ってどうなの?」

何も言えない。目を逸らすことで精一杯だった。
しかし、あんな天真爛漫な子があそこまで沈んでしまうなんて。

それだけ死の直前の記憶は恐ろしいものなのだ。

壊れるひとも時にはいるそうだし。

ぼくとかどんな内容なんだろうな。怖いな。
648 :1 :2012/05/13(日) 22:32:36.13 ID:lhNVKQuAO
他人の死は客観的にしか見ないが、自分の死はどうなんだろう。

客観的に見るのだろうか。

主観的に見るのだろうか。

…主観的に見ざるを得ないんだろうな。

誰でもないぼく自身の記憶なのだから。

映画みたいに一歩引いては見られないに違いない。

その時、ぼくは壊れずに済むだろうか。

「ところで」

思考の深みにはまっていくぼくを上司は急に引っ張りあげる。
649 :1 :2012/05/13(日) 22:36:34.77 ID:lhNVKQuAO
「【囚人】のことなんだけどさ」

「はい」

「交渉…とか言っていたんだっけ」

「そうですね。単語だけでしたから非常に分かりにくかったです」

ちーがいなかったら『また襲われましたよまいったなー』程度で終わってた。

意味深なことを言っていたから聞き逃していたらこちらの損失が大きかった。

まさにちー大活躍回。

あとで誉めてあげよう。本気を出して。

650 :1 :2012/05/13(日) 23:04:40.56 ID:lhNVKQuAO
「ふーむ……」

顎に手をやる上司。

そういえば今日は寝ていないな。

「すごくいやーな予感がする」

「どんなですか?」

「んん…まだ秘密。あちらさんが動く前になんとかしなきゃなぁ」

ぶつぶつと一人で何やら呟き始める上司。

完全に置いていかれている。

と、小さく呻いて頭を押さえた。眉間に皺まで寄せている。

「どうしたんですか?」

「実はわたしも、」

「ええっ、そんなことがっ」

「まだ何もいってない!」
651 :1 :2012/05/13(日) 23:11:25.24 ID:lhNVKQuAO
でぇいっと書類の束を投げられた。

いつも通りだ。というより投げるなそんなもん。

集めるの大変なんだから。

「……実はわたしも記憶が戻ってきていてね」

「そうなんですか」

「なんか投げおとされてた」

「……」

それは…どうフォローすればいいのか。
652 :1 :2012/05/13(日) 23:17:11.85 ID:lhNVKQuAO
「探偵に追い詰められて落ちたのかな」

妙にドラマチックだな。

「ドラマの犯人ですか。それに、それだったらあなた死神じゃないでしょう」

「冗談だよ」

ひらひらと手をふるが、その笑顔は弱々しい。

「みんなまず自分が死んだ記憶から戻るんですね」

「インパクトが強いからじゃないのかな。みんながみんなそうじゃないよ」

確かに“自分の死”はインパクト強い出来事だが。

そうか、ぼくが最初に思い出したのは死の少し前ぐらいの記憶だ。
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/23(水) 08:35:13.67 ID:BxisWSdSO
654 :1 :2012/05/27(日) 20:49:58.22 ID:WnT4ebTAO
ぼくは炎に巻かれていた。

そこから考えるとおおかた焼死したんだろう。

どうして苦しい死に方をしたのかまではまだ分からない。

「あ……会話がころころ変わって申し訳ないんですが」

「ん?なんだい?」

「彼女に会うことは出来ますか」

ずるっと上司が椅子から滑り落ちた。

「な、な、なにをいっとるんだい君は」

「こっちの台詞ですよ…なにを慌てているんですかあなたは」
655 :1 :2012/05/27(日) 20:54:57.28 ID:WnT4ebTAO
「慌ててなんかいないよ…彼女って、あの子?」

「はい。神無月海の偽名を持つ彼女です」

名前がないとなかなか厄介だな。

かといって振り分けられた番号で呼ばれるのも嫌だ。長いから。

「まだ、会えないよ。彼女とは、君は」

なんで片言なのか。

「どうしてですか?外部と関わってはいけないとか」

「いやぁ……うーん…あのさ」
656 :1 :2012/05/27(日) 20:59:37.45 ID:WnT4ebTAO
視線を泳がせながら上司は口ごもる。

「なんですか」


ちなみにぼくはたまに上司がコソコソとどこかに出掛けているということを知っている。

だから行き先はパートナーのところじゃないかと睨んだわけだが。

「彼女が全裸で液体に浸されたビーカーに浮いてたらどう思う?」

「は?」

何を言い出すんだこの人。

「二回も繰り返さないよ。どう思う?」

「どう思うって……」

ちょっと思い浮かべてみた。

駄目だ、なんかパートナーがビーカー突き破って殴りかかってきそうだ。
657 :1 :2012/05/27(日) 21:04:14.60 ID:WnT4ebTAO
「なんとなくぼくの存在がやばそうですね」

「だろ?」

上司は椅子に座り直した。

「まさか寄りによってそんなことになってませんよね」

どっかに監禁はされてそうだが。

体育座りか正座かどちらかの姿勢で隅っこにいそう。

「う…うん!ないよ!そんなこと!」

「そうですよね。実際にそんなことになってたら襲撃してしまいますよ」

パートナーになんつー扱いしてくれとんじゃって言いながら。

「物騒だなぁ、ハハハ」

「冗談ですよ、あははは」

「冗談はよしんこちゃん」
658 :1 :2012/05/27(日) 21:07:10.44 ID:WnT4ebTAO
お互いに乾いた笑い声をあげる。

「じゃあ、ぼく、ちーの様子を見てきます」

「おお、お疲れ。わたしはこれから上に報告するよ」

毎回思うのだが、上って誰がいるんだろう。見たことないや。

そんなことを考えながらぼくは部屋を出た。


それにしても。

どうして上司は手を強く握っていたのだろうか?
659 :1 [sage]:2012/05/27(日) 21:08:31.70 ID:WnT4ebTAO
第二十八章 終わりです

そろそろ話動かさないとな…
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/27(日) 21:13:36.54 ID:DlzVAkcJo
パートナーの復活を待ち続けてもう6ヶ月
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 07:57:40.18 ID:yEi2n6ySO
662 :1 :2012/06/03(日) 02:46:01.91 ID:XAHwMkOAO
間章


663 :1 :2012/06/03(日) 02:51:49.21 ID:XAHwMkOAO
【囚人】が自らの中に捕らえられる場所。

その場所に、片手のない男はいた。

とある死神はビーカーと言った装置の中で浮いている、ヒトの形をした魂。

それらを横目にみつつ男は早足で通路を抜けていく。

「相も変わらずつまらないとこだな」

いっそ破壊していってやろうかとも考えたが、面倒事しか起きないので堪えた。

今は派手に動く時期ではない。
664 :1 :2012/06/03(日) 02:59:06.98 ID:XAHwMkOAO
まだ力は温存させておくべきだ。

カードももう少し伏せておくほうがいい。

それに、

「面白くさせてくれる奴がいなけりゃ、楽しめないしな」

足が止まった。

そして男は、すぐ目の前にある、探していたガラスの筒を見上げる。

そこには全裸の少女が収められていた。

長い黒髪がゆらゆらと揺れるのみで本人は一切動かない。

液体の中だが口から泡はでない。

それはそうだ、彼女はすでに生きていない存在なのだから。
665 :1 :2012/06/03(日) 03:04:08.08 ID:XAHwMkOAO
「じゃなかったら“死神”じゃねーしな」

鎌を持ち、死した人間から魂を刈り取るもの。

それが死神。

少女だって、ほんの数ヶ月前まではそうだった。

なのに今は、こんなところに押し込められている。

「報われないねぇ、嬢ちゃん」

そう呟いた時だった。

少女の固く閉ざされていた目蓋が、ゆっくりと開いた。
666 :1 :2012/06/03(日) 03:08:24.08 ID:XAHwMkOAO
「おや……起きたか」

『……』

黒い瞳が男の姿を捉える。

そして、それを疑問に思うかのように少しだけ目を細めた。

「ああ、俺様がなんでいるかって?ガード甘いからあっさり入れたんだよ」

『……』

聞こえているのかいないのか、少女は言葉を発しない。

――いや、元々無口だったか。

しばらく会わなかったために忘れていた。
667 :1 :2012/06/03(日) 03:12:38.63 ID:XAHwMkOAO
「すっげー暇だろ、そこ」

『……』

「経験者は語るってやつだな。少なくともこっちはクソつまらなかった」

『……』

「だから面白い話を持ってきてやったよ」

一方通行に続く会話。

それを気にもせず男は彼女としっかり目を合わせて言った。

「こちら側につかねーか、嬢ちゃん?」

668 :1 :2012/06/03(日) 03:18:27.04 ID:XAHwMkOAO
静かな空間にその言葉は嫌に反響して、消えた。

待ってみても彼女から反応はない。

まだ微睡みの中なのかもしれないと男が結論づけた時だった。

『……確かに面白い話』

少女が突然口を開いた。

声はくぐもってはいるが聞き取れないことはない。

「お、おお…喋った」

『だけど断る』

「まあ予想通りだが…まさか喋るとは…」

何に驚いているんだといわんばかりに少女は男を睨む。
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/04(月) 09:15:18.53 ID:rRM0b2VSO
一応意識はあるんだな
670 :1 [sage]:2012/06/13(水) 22:00:51.83 ID:URpf+yCAO
なんというか、タイミングが良すぎる。

意識がここまではっきりしている時にこれるとは思わなかった。

しばらく無言のまま数分。

『笑いに来たの』

抑揚のない声で問う。

「まあな。お嬢ちゃんはまさかの上に裏切られたんだからよ」

決められた通りのことしか出来ないであろう彼女達死神の上を想像し笑った。

『……』

少女には動揺の類いは一切浮かばなかった。
671 :1 [sage]:2012/06/13(水) 22:04:42.89 ID:URpf+yCAO
「お嬢ちゃんはさぁ、不満はないのか?」

『……』

「上から半ば見捨てられたようなもんだぜ。分かってるのか?」

『ええ』

「いつ出れるんだ、そこから」

さぁ、と言う風に首を小さく傾げた。

「じゃあいますぐ出ようぜ」

握手するように手を差しのべた。

二人の間には材質不明の透明な筒のみ。

「お嬢ちゃんならそれぐらい突き破れんだろ?」
672 :1 [sage]:2012/06/13(水) 22:08:09.41 ID:URpf+yCAO
『……』

化物かよ、といった顔をされた。

確かに無理かもしれない。

「だったらこっちから割ってやんよ。今はだいぶ力が戻ってんだ」

『なら、出た瞬間私はあなたを倒す』

交換条件のような宣誓布告。

少女のほうが圧倒的に不利な状況にも関わらず。

「ははっ。いいねぇ、やっぱり死神ん中では一番好きだよ」
673 :1 [sage]:2012/06/13(水) 22:13:30.92 ID:URpf+yCAO
『……』

「でも諦めねぇよ。お、そろそろ奴等も気づいたか」

遠くからバタバタと物音がする。

「じゃ、もう一度言うか?お嬢ちゃん、こっち側につけよ」

『もう一度言う。断る』

両者譲らず。

「じゃあ無理してでもはいって貰うまでだな――人質でも使ってよ」

ほんの一瞬少女の目か大きくなったことを確認すると、男は満足げな顔をして走り去った。

『……まさか』

白いフードを被ったなにかが目の前を通っても少女は興味を示さず、ただ虚空を見つめていた。

最悪の事態を考えているように。
674 :1 [sage]:2012/06/13(水) 22:14:17.03 ID:URpf+yCAO
そろそろパートナーも参戦しなくちゃね
…いつになるかな…
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/04(水) 23:11:29.89 ID:YoPkKGwNo
まだかなー
676 :1 :2012/07/06(金) 23:52:01.89 ID:WRAvYm2AO
第二十九章

天使があなたを楽園へと導きますように。
677 :1 :2012/07/07(土) 00:00:00.33 ID:MSdw/i1AO
少女「あなた達はだれ?」

ボールを手に、ツインテールの少女が首を傾げた。

馴染みの公園に馴染みない人が座っているのが不思議なのだろう。

しかもこんな夕方に。

「直に分かるよ」

ぼくはそれだけ言って茜色に染まる空を仰いだ。

少女「引っ越してきたばかり?転入生なの?」

わくわくとした顔で聞いてくる彼女に罪悪感が沸いた。

実は死神なんだよとか言えない。というより、言わないけど。

「そうだよ。こっちがね」

ポンポンと傍らのちーの頭を叩いた。
678 :1 :2012/07/07(土) 00:05:12.93 ID:MSdw/i1AO
ちーはちらりとぼくを見上げた。

一瞬、「なに嘘ついてるんですかせんぱい」という表情が浮かんだ。

嘘は方便というじゃないか。

それにどうせ、ぼくらの場合――本当のことを話したほうが悲しまれる。

仕方がない。

そういうお仕事なのだから。

アイコンタクトを交わした後、ちーは少女にうなずく。

「よろしくね」

少女「うん、同じクラスだといいね!」

輝かんばかりの笑顔にちくりと痛みを感じる。

多分、ちーも同じだろう。
679 :1 :2012/07/07(土) 00:10:13.03 ID:MSdw/i1AO
少女「二人は兄妹なの?」

全然似ていないぼくとちーを見比べながら少女は質問を重ねる。

似ていないというか、血のつながりないんだけどね。

それどころか身体なんて残ってないよ。焼かれたか埋められたかされたよ。

「そうだよ。お兄ちゃんなの」

ちーが言った。

慌ててその顔を見るが、彼女はいたって普通そうだった。

こんなこというなんて意外だな。

てっきり「は?せんぱいの妹とかふざけないでください」というかと。
680 :1 :2012/07/07(土) 00:15:32.86 ID:MSdw/i1AO
うん、よく考えたらちーはそこまで酷い子じゃないな。

これじゃいきなり反抗期迎えてるじゃないか。

というより、どこまで自己評価低いんだよぼく。

「まだお家帰らないの?」

少女「お母さんたちが帰ってこないからつまんないの」

ぽん、と少女がボールをバウンドさせる。

あ、ちょっとウズウズしてるな、ちー。

生きてたときは遊びたい盛りだったろうから、強く惹き付けられるのだろう。

ぼく?もうおじいちゃんだから乾いちゃったよはははは。

…長くとどまりすぎるのもよくない。
681 :1 :2012/07/07(土) 00:19:25.47 ID:MSdw/i1AO
現世にいつまでも縛り付けられてはいけないのだ。

ぼくたちの様なものがいてはならない。

そして【囚人】もいてはならない。

つまるところ、

「…共食いか」

「え?」

少女「なに?」

「あ、いやなんでもないよ」

慌てて手を振り、気にしないでと言う。

こう時間場所を考えず独り言をいう癖は何とかした方がいいかもな。
682 :1 :2012/07/07(土) 00:25:25.86 ID:MSdw/i1AO
少女「ふーん。まあ、いいけど」

なんとなく納得がいなかいようだったが、少女はいい子だった。

それ以上追求はしてこない。どうやら『気の迷いだろう』で処理したらしい。

共食いとか呟き出したお兄さん(ぼく)に警戒心を抱いたほうがいいと思うが。

少女「ねぇ!」

少女がちーに微笑む。

少女「暇ならさ、ボール遊びしてよ!」

「えっと……」

「行っておいで。たまにはさ」

その手に持つものは、鎌なんかじゃなくてボールであるべきなんだ。

なんの因果か死神なんてのになっちゃったからしょうがないことなんだけどさ。
683 :1 :2012/07/07(土) 00:30:35.81 ID:MSdw/i1AO
声を潜めて、ちーだけに聞こえるようにする。

「触ろうと思えば触れる。ぼくたちが座ってるようにね」

普段ぼくらは幽霊当然。

触ろうと思えば触れるが、普通は通り抜けてしまう。

逆に肉体化は人間としてなんら変わらないことをできる。一定時間だけ。

「分かりました」

なにか緊張したように少女の元へと歩いていく。

…そうか。

同い年か近い年の子と話すのはめったにないんだなよな。

じゃあ、もしかしたら今内心喜んでいるはず。
684 :1 :2012/07/07(土) 10:15:27.06 ID:MSdw/i1AO
それがぼくをどんより重い気分にさせる。

せっかく、同等に話せる子に会えたのに。

ちーはどこで覚えたかいつでも敬語だ。

死神には上下関係なんてないに等しい。

若く見えても何年もさ迷い続けているとかざらなのだ。

それに慣れない言葉を使うのは、疲れるだろう。

じゃれる二人を見ながらぼくはベンチにもたれ掛かる。

「……」

ぽつぽつと灯りはじめた街灯が一人だけ影をつくる。

少女は気づかない。
685 :1 :2012/07/07(土) 10:24:49.59 ID:MSdw/i1AO
少女「あなたの名前はなんていうの?」

少女が聞く。

投げられたボールを取りつつ、ちーは自然に答えた。

「あたしは、早月ちとせ」

言ってから、ハッとしたようにぼくを見る。

その様子から今紡がれた名前は、偽名でもなんでもなく。

「自分の名前、思い出したんだ」

戸惑っているのが分かる。

ぼくとしても、自己の存在の核心部がこうもあっさり出てくるもんだとは知らなかった。

いや、ちーはまだ生前に受けた傷が浅いからかもだけど。
686 :1 :2012/07/07(土) 10:31:56.22 ID:MSdw/i1AO
少女「ちとせちゃんっていうんだ。私はあかり」

「あかり…ちゃん」

少女「うん、これからよろしくね、ちひろちゃん」

「…うん」

そろそろ潮時だろう。

これ以上ちーを傷つけたくはない。

ぼくは立ち上がり二人の側に行った。

「暗くなってきたよ」

少女「あ、じゃあ帰ろうかな」

公園の時計は七時前を指している。

こんな時間まで彷徨いてて親は何か――ああ、帰ってきてないのか。

少女「バイバイ、また学校でね」

彼女はボールを抱えて手をふった。笑顔で。
687 :1 :2012/07/07(土) 10:43:47.38 ID:MSdw/i1AO
「…気をつけてね!」

ちーが声を張り上げた。

少女「だいじょーぶ!」

公園から出ていく背をぼくらは見送る。

ずっと立ち尽くしたままのちーに、なんと声をかけるか迷う。

知っているのだ。

あの少女の、生の行き先を。

くだらない大人の喧嘩に巻き込まれ、死ぬことを。

未来をあっけなく閉じてしまうと。

知っているのだ。

「…あたしの嘘は、正しかったでしょうか」

「言ったもんがちだよ。誰も不幸にならない嘘だし」

688 :1 :2012/07/07(土) 11:04:02.15 ID:MSdw/i1AO
死んでいく少女に、とっておきの嘘を。

嘘も方便。

「ぼくはこれから、君をなんと呼べばいいかな」

会話の中で一つだけ本当のことだった彼女の名前。

ちとせ。

漢字にすると千歳…か。

早死にしてしまった彼女には皮肉な名前だな。

「ちーのままでいいですよ」

「そっか」

「じゃあ、行きましょう。あかりちゃんのところに」

ぼくはその横顔を見ることを躊躇った。

一時とはいえ、親しくなった子の魂を刈るのはどのような気持ちなのか。

「そうだね」

だけど、余計なことを言わない方がいいだろう。

ぼくらは鎌を取り出して、少女の背を追うようにして歩き出した。


辺りは群青色に満たされ、茜色の空ははるか遠くになっていた。
689 :1 [sage]:2012/07/07(土) 11:04:59.55 ID:MSdw/i1AO
第二十九章 終わりです。

久しぶりに仕事してるかもしれない
690 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/07(土) 15:06:42.04 ID:FHXpmjGSO
691 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/07(土) 16:20:37.99 ID:HYNZpFe8o

間があいても失踪しないし、いつも高いクオリティを維持してくれる
ありがたやありがたや
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/07(土) 16:22:08.02 ID:AxaV8yDIO
>>686
>少女「ちとせちゃんっていうんだ。私はあかり」

>「あかり…ちゃん」

>少女「うん、これからよろしくね、ちひろちゃん」


いきなり失礼だなあかりちゃん
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/07(土) 18:55:21.90 ID:8NQsJ+3IO
乙乙

とりあえずちひろは間違い、なのかな?
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/07(土) 19:29:48.51 ID:HYNZpFe8o
多分
最初の設定はちひろで書く

漢字にすると千歳で皮肉だなってのを思いついてちとせに変える

一箇所だけ直し忘れる
って流れだろ
695 :1 [sage]:2012/07/07(土) 20:35:51.27 ID:MSdw/i1AO
間違えていた恥ずかしい
「ちとせ」です
昨日の金ローに引っ張られていました
本当にすいません
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/07/08(日) 00:16:12.09 ID:xjdLyrhTo
乙でした
697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/21(土) 16:18:14.19 ID:pSPtEUzUo
面白いな
698 :1 [sage]:2012/07/23(月) 22:32:35.79 ID:h+3vHk4AO
あの、ちょっと、書きたい展開までの道のり行き詰まっためしばらく休みます
すみませぬ
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/07/24(火) 00:47:14.87 ID:qUAZxnVLo
3ヶ月以内ならいくらでも休むがいい
3ヶ月以内ならいくらでも待てるから
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/24(火) 01:02:07.12 ID:Q2sYJuTEo
そうか残念だな
701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/28(土) 08:49:16.70 ID:/NR1HfxSO
うむ
702 :1 :2012/08/16(木) 01:53:36.73 ID:AFiSOtZAO
第二十章

十字架を堪え忍び、救いをもたらされた
703 :1 :2012/08/16(木) 01:58:16.18 ID:AFiSOtZAO
今日は、あたし一人だけのお仕事です

とても緊張しています

ちーなら大丈夫とジョージさんが言ってくれましたが、それでも不安です。

死神のお仕事を全て一人でするのは始めてですから。

いつもはせんぱいに頼りっぱなしなので。

まず、相手を見つけなければいけません。

「えっと」

手渡された地図をぐるぐると回しながら歩きます。

…というより、あたしは今どこにいるのでしょう。

なんということでしょう。迷いました。
704 :1 :2012/08/16(木) 02:06:50.87 ID:AFiSOtZAO
冗談になりません。むしろ冗談であってほしいです。

ここであたしのお仕事は終了でしょうか。

いいえ、あたしはできる女。なんとしてでもやりとげてやります。

男「お嬢ちゃん、迷子?」

若い男の人に話しかけられました。なんぱというやつでしょうか。

「迷子じゃないです!どの道を行くか迷ってるだけです!」

男「……いや、それを迷子というんだけど」

乙女心がわからないようです。

男「どこまで行くか教えてくれたら、案内するけど」
705 :1 :2012/08/16(木) 02:11:38.24 ID:AFiSOtZAO
これは、まさかの。

このような非常事態にあった時どうするか、せんぱいから教わっています。

「きゃー!この人痴漢です!」

男「待って待ってここ電車じゃないしそもそも触ってないし」

「お巡りさんこっちです!」

男「やめて!前科をつけさせないで!」

まあ、あたしの叫びなどまわりに聞こえるわけもないですが。

この人がたまたま見えるだけで。

ちょっとした脅しです。

「……なにが目的ですか?」

ちょっと身体を庇うように後ずさります。
706 :1 :2012/08/16(木) 02:16:18.98 ID:AFiSOtZAO
男「おませだなぁ…」

頭をかかえました。

男「別にやましい気持ちじゃなくてさ。困ってるんだろ?」

「…う」

確かに。確かに困っています。

時間もそろそろ危ないです。

「では……お頼み申す」

男「ツッコミ放棄するね。いいね?」

なぜか頭が痛そうです。

「公園です。ここの」

男「近いね。分かった、ついてきて」

男の人が歩き出したのでついていきます。

せんぱいより高い背。不思議な気分です。

「お兄さんは、普段何をしてるんですか?」

男「え、なんで」
707 :1 :2012/08/16(木) 02:25:52.98 ID:AFiSOtZAO
「平日のお昼から街を歩いていますから」

男「…ニートだといいたいのかい?」

ニート?なんでしょうかそれは。

ふるふると頭を振ると男の人はちょっと安心した顔になりました。

男「占い師なんだ。夜が中心なんだよ」

「もうかりますか?」

男「……あまり」

どんよりしてます。

どうやらいけないことを言ったみたいですね。反省します。

「占い師は、楽しいですか?」

男「え?ああ、楽しいよ。色んな人がいる」

公園につくまで、いろんな話をしてくれました。

偉い会社の社長さんが来てびっくりしたとか。

おばあさんから肉まんをもらったとか。

とある女の子の未来が波乱万丈で、今どうしているか心配だとか。
708 :1 :2012/08/16(木) 02:28:55.45 ID:AFiSOtZAO
男「ここだね」

つきました。小さい公園です。

「ありがとうございます」

男「いや、いいよ。じゃあね、お嬢ちゃん」

「さようなら」

親切な人でした。悪い人じゃなくてよかったです。

さて。

あたしは公園に入って鼻息を荒くつきます。

それでは、相手を見つけましょう。
709 :1 [sage]:2012/08/16(木) 02:29:22.46 ID:AFiSOtZAO
また次回
しばらくすみませんでした
710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/08/16(木) 08:30:41.69 ID:SDglK9wMo
乙でした
舞ってます
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/16(木) 08:44:08.45 ID:IQaZ3ZRIO
おかえり

そして乙
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/16(木) 10:26:23.98 ID:qtv9s/ZSO
713 :1 :2012/08/16(木) 21:17:53.67 ID:AFiSOtZAO
すんなりと見つけられました。

ベンチに座る、ボロボロの服を着たおじさんです。

「こんにちは!」

元気に挨拶は基本です。

あたしが生きていた頃、誰かが教えてくれました。

せんぱいはダメです。すごくめんどくさそうに挨拶しますから。

初老「あ?」

反応がありました。

おじさんの横に座ることにします。

初老「なんだおめぇ」

「あたしは、しに」

……危ない危ない。

死神と言うところでした。

せんぱいには「あまり死神と名乗らないほうがいい」と釘を刺されていたのでした。
714 :1 :2012/08/16(木) 21:21:33.35 ID:AFiSOtZAO
なんでも死神を怖がる人や恨む人がいるからだそうです。

せんぱいは無駄なトラブルが嫌だからめったに名乗らないらしいです。

にしては、あの人はしょっちゅうトラブルに巻き込まれているような。

そういう体質なのでしょう。深くは考えません。

それで、あたしも名乗らないことにしています。

あんまり、傷つきたくないから。

初老「しに?」

「し…歯肉が元気なちとせちゃんです」

うん、われながら上手いかわし方です。

歯肉などとうの昔に燃えていますが。

715 :1 :2012/08/16(木) 21:25:24.64 ID:AFiSOtZAO
初老「……」

すごく不審げな顔をされました。

何故でしょう。

初老「……で、そのちとせチャンやらがなんのようだ」

「親好を深めるべく」

初老「大人はそれに騙されるほど優しくないぞ」

疑われました。

まあ仕方ありません。

接しない、という選択肢もありましたが、でも。

あたしは、その手段を取らなかったのですから。

だって。

初老「……何の用かは知らんが」

黙ったあたしに何を思ったのか、追求しないでくれるみたいです。
716 :1 :2012/08/16(木) 21:29:48.64 ID:AFiSOtZAO
初老「よし、じゃあ今から正直に質問に答えろ」

「?」

初老「「はい」か「いいえ」で答えるんだ。分かったか」

「はい」

初老「よし。第一問。友人と待ち合わせをしている」

「いいえ」

始めて死神になってできた友達はすぐ死にましたし。

初老「問二。ぶっちゃけ暇だからここに来た」

「いいえ」

初老「問三。家出している」

「いいえ」

初老「……問四。実は俺に用がある」

「はい」

初老「何しに来た?」

「あたし死神なので、それで―――」
717 :1 :2012/08/16(木) 21:32:35.33 ID:AFiSOtZAO
ああっ!?

しまった、ついノリで言っちゃいました!

大人は汚いです。

初老「まさか引っ掛かるとは…」

呆れた顔をするなら騙さないで下さい。

初老「死神って……死神か?」

これは……もう観念するしかなさそうです。

せんぱいなら上手くはぐらかせそうですが。残念ながらあたしは出来ません。

「死神です」

初老「そういう遊びが流行ってるのか……」

「なんなら触ってみるがいいです」

ちょっと口調が変わりましたが、まあそれはそれで。
718 :1 :2012/08/16(木) 21:44:34.54 ID:AFiSOtZAO
一瞬ためらった顔をしましたが、おそるおそるあたしの手に触れます。

そのまま、おじさんの手はあたしの手を通り過ぎました。

初老「死んで――いるのか」

「はい」

複雑そうな顔をされました。

初老「死んだら死神になるのか、みんな…」

「いえ。一部だけですよ。トラウマがどうしようもない人だけ」

初老「……」

触れるはずのないあたしの頬におじさんの腕が伸びます。

初老「なんてったってそんな大変な目にあった奴が、俺なんかのところに迎えにきたんだか」

「お迎えだと、分かりましたか」
719 :1 :2012/08/16(木) 22:01:43.75 ID:AFiSOtZAO
初老「普通に分かるわ」

「分かりましたか」

おじさんは端から見れば虚空を撫でているように見えます。

あたしの輪郭にそって手を動かしてるのですが。

初老「昔見た、姪に似てる」

「?」

初老「って言っても最後に見たのがよちよち歩きだったけどな」

その後全部捨ててこうなっちまった、とおじさんは笑います。

初老「風の噂じゃあ、兄嫁と姪が轢かれて死んで……兄貴もその後自殺したってはなしだ」

「うわぁ」

すごい壮絶な一家です。

初老「奴らんとこにも、お迎え来たのかね」
720 :1 :2012/08/16(木) 22:06:36.92 ID:AFiSOtZAO
「死神は魂を見捨てません。ちゃんと、お空に連れていったと思います」

初老「じゃあ…大丈夫だな」

「はい!」

途端に、おじさんはベンチから落ちました。

胸を押さえています。

冷や汗が浮かんで、痛そうですが――あたしは、それをなんともできません。

死神は、こういうのには無力です。

初老「最後の質問だ。なんで――俺にわざわざ話しかけた?」

切々に言葉を発します。

喋らないで、とかは言いません。言えません。

初老「別にそうしなくても、よかったんじゃないか?」
721 :1 :2012/08/16(木) 22:10:52.58 ID:AFiSOtZAO
「だって」

一度、せんぱいに聞きました。

トラブルが嫌なのに、どうして話しかけるのかと。

せんぱいは曖昧にはぐらかしていました。

でも今、なんとなくその理由が分かったかもしれません。

せんぱいは何を考えているのか分かりませんが、少なくともあたしは。

「――寂しそうだったから」

初老「……」

死ぬ直前、おじさんは小さく呟きました。

あたしはそれを聞いてから鎌を取り出して、そして振るいました。

722 :1 :2012/08/16(木) 22:14:47.58 ID:AFiSOtZAO
……

「せんぱい!」

「ああ、ちー。ちゃんと出来たみたいだね」

「えらいですからね!」

「あーはいはいよしよし」

「えへへー」

「今日は始めて一人だったけど、なんかあった?」

「そうですね…道案内されたり」

「………迷ったんだ」

「し、失礼な!あ。あと」

「うん?」

「『死神というより、天使だな』って、言われました」

「……そっか。ちーは頑張ったわけだ」

「はい!」
723 :1 :2012/08/16(木) 22:16:09.93 ID:AFiSOtZAO
第二十章 終わりです

ちとせ回でした
724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/08/16(木) 22:43:41.90 ID:H9NsUghNo
感想とか書いたらきりがないのでただ一言

725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/08/18(土) 18:12:28.55 ID:wK1oFMdWo
おお、始まったか、乙
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/18(土) 19:47:52.31 ID:R64O7c2zo
パートナーは、、、パートナーはまだか、、、
727 :1 :2012/08/20(月) 01:53:28.63 ID:f/AiJ6RAO
第××章

書物がさしだされるでしょう。
728 :1 :2012/08/20(月) 02:04:24.79 ID:f/AiJ6RAO
「例えばさ、明日世界がなくなりますなんて言われたらどうする?」

僕の問いにパートナーは一瞬目を細めた。

彼女は鎌をしまって、それから僕の顔を観察する。

「何故」

相変わらずの無表情のまま、無愛想に聞き返してきた。

「意味はないんだけどさ。強いて言うなら雑誌に載ってて」

なんだかとても頭の悪そうな雑誌だったように思う。変にごてごてしていて。

あれならまだオカルト雑誌のほうが読み応えがある。

まあ、それを読んでたときにたまたま目に入った特集に不思議と興味をそそられたのだ。
729 :1 :2012/08/20(月) 02:11:17.82 ID:f/AiJ6RAO
『家族と過ごす』『彼氏と一緒に』『友達に連絡をとる』

わりと平凡な回答が並んでいた。読者は普通の人なのだろうか。

それを見ながら僕は思ったのだ。

パートナーはどうするのだろうか、と。

「……」

無言だったが、いつもの無言ではなかった。

僕ぐらいパートナーと長くいると声が無くとも考えが分かるのだ。

良いのか悪いのかさっぱりだが。

「私たちの存在も消えるということ?」

「うん、そういう感じ」

むしろ生物死に絶えてなお残ってたら怖い。

僕ら無職じゃん。
730 :1 :2012/08/20(月) 02:16:41.37 ID:f/AiJ6RAO
そういえば、世界が終わるとき神様も消えるのだろうか。

どんな神様がいるのか、未だに僕は知らないけど。

それともただひとり、存在して新たに世界を作り直すのだろうか。

「普通に過ごすと思う」

感情なくパートナーが唇を動かす。

「足掻いてみるとかは?世界が終わらないようにさ」

あっ、今微かに軽蔑が混じった表情をしていた。

「個人が一日そこらで世界なんて変えられるわけない」

「君、世界中のそういう話好きなひとを敵にまわしたからね」
731 :1 :2012/08/20(月) 02:21:01.29 ID:f/AiJ6RAO
まあ冷静に考えればそうだが。

未知なるパワーもなにもないこの世界の住民が何か出来るわけない。

隕石なら…時間さえあればうまくいきそうだけど。

足掻かないで普段通りに生きる。

なるほど、ほどほどに諦めたような雰囲気があって非常にパートナーらしい。

「世界救わないの?もしスーパーパワーがあったらどうする?」

「……」

何言ってんだお前って顔された。

いや、まあ、それは言ってる本人も思ってるからさ。
732 :1 :2012/08/20(月) 02:26:45.66 ID:f/AiJ6RAO
「別に」

ぼそりとパートナーが呟く。

「そこまでして、存在したいとは思わない」

「そっか。そうだね」

僕らは死んでいる。

この世界に未練を抱えているから死神になったわけだけど――

でもきっと、パートナーとしては無理矢理思い出さなくてもいい未練なのだ。

思い出さないまま消えたい。

僕も、思う。

転生なんかしなくてもいいから、このまま消えていけたら。
733 :1 :2012/08/20(月) 14:02:13.18 ID:f/AiJ6RAO
「あなたは」

「僕?僕は……」

何をするんだろう。

やりたいことは特にないし。

世界滅ぶよーなんて言われても「へぇ」で終わりそう。

それともパニックになったりするのだろうか?

うーん…パニくってる自分は想像しにくい。

パートナーなら無表情突き通すだろうけど。

「僕も、普段と変わらないかな」

「そう」

そして、この話はここで終わった。
734 :1 :2012/08/20(月) 14:04:53.95 ID:f/AiJ6RAO



それはまだ彼女がいたころのこと。

その会話から数ヵ月。

無表情なパートナーは僕の側からいなくなってしまった。



735 :1 :2012/08/20(月) 14:09:32.31 ID:f/AiJ6RAO
「世界が明日終わるとしたらどうします?」

ちーが突然聞いてきた。

仰向けになった蝉を観察しながら。

「…どうしたの、いきなり」

「せんぱいからどんな答えが飛び出すかなぁと思いまして…うわっ」

わしゃわしゃ足を動かしはじめた蝉に驚いていた。

こいつ生きてたのか。

「奇抜な答えを期待してるならそれは外れだよ」

「せんぱいなら何言っても奇抜ですから問題ありません」

「なんだと」
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) [sage]:2012/08/20(月) 22:05:49.58 ID:5iFeop6No
パートナーがいた時と答えは変わらないのかな?
737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/20(月) 22:50:18.57 ID:366QMDAro
パートナーきたぁぁ!と思ったら回想シーンだったでござる(泣)

まだまだ耐えるぞ
738 :1 :2012/08/20(月) 23:30:32.01 ID:f/AiJ6RAO
どういう意味だそれは。

ぼくに構わず蝉にハンドパワーを送り始めるちー。

飛ぶに念じているのだろうか。また足の動きが弱まってきたけど。

「ちーは?どうなの?」

「うーん」

ハンドパワーのポーズを止めて、唇を尖らせる。
首を左右に傾げたあとに言った。

「自分のお墓参り、行きたいですね」

「……」

予想外だった。

「あたしが眠る場所の景色を見てみたいんです」

「そうなん、だ」

意味なんてあんまりないですけど、と彼女は笑う。
739 :1 :2012/08/20(月) 23:39:45.54 ID:f/AiJ6RAO
「……強いね。ぼくなら逃げてる」

逃げる以前に墓があるかどうか。

死体が墓地に埋まっているかも不明だ。

「いいんじゃないですか?逆にみんながみんなお墓参りなら怖いですよ」
そういうものか。

「次はせんぱいの番ですよ。えへへ、なんですか」

「ぼくはねー……」

空をあおぐ。

入道雲が真っ白に光っていた。夕立くるかな。

「普段と変わらないように過ごすかな」

「あれっ、あんまり奇抜じゃない」

「失礼な。ぼくはそんな期待されるほど奇抜じゃないぞ」
740 :1 :2012/08/20(月) 23:46:32.06 ID:f/AiJ6RAO
「そうですかねぇ…」

思案顔なのは何故だ。

不真面目ではあるけど変なことはそんなにしてないぞ。

…うん、自信がない。

「そうだな、あとは――」

「あっ、蝉が」

ハンドパワーが効いたのか、体力を回復したのか蝉が飛んだ。

特別なにをするわけでもなく。

夏の空に吸い込まれるように消えた。

「すいません、何か言いかけていましたよね」

741 :1 :2012/08/20(月) 23:50:39.06 ID:f/AiJ6RAO
「ん?ああ、いいよ。忘れちゃった」

「ええー」

ほんとは忘れたわけじゃないけど。

現パートナーを組んでいるちーには失礼だろうと思ったから言わない。

ちーがまっすぐぼくを見てくれているなら、ぼくも敬意を払うべきだ。

そう思い以前ほどちーに彼女のことを話さなくなった。

例えこのことを言っても、ちーは「そうですか」とだけ言ってくれるんだろう。

でもまあ、いつまでも引きずっていると思われたくないから。

表面だけでも、繕わせてほしい。
742 :1 :2012/08/20(月) 23:51:17.71 ID:f/AiJ6RAO



明日世界が終わるなら。

ぼくはもう一度パートナーの横に立ちたい。


743 :1 :2012/08/20(月) 23:52:06.27 ID:f/AiJ6RAO
第××章 終わりです。

久々にパートナー登場
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/08/21(火) 01:02:35.17 ID:5K16fdoFo


パートナーもいいがちーもいいもんだな
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/08/22(水) 20:20:19.58 ID:OcXfFlZ5o
おおぉ、追いついた・・・
乙乙!
746 :1 [sage]:2012/08/31(金) 23:39:50.35 ID:XcSJkxKAO
第二十一章

我らに平和をお与えください
747 :1 [sage]:2012/08/31(金) 23:44:04.64 ID:XcSJkxKAO
老婆「今日は綺麗な満月ねえ」

縁側に腰かけてお婆さんは空を見上げる。

「そうですねー。大きいです」

ブラブラと足を揺らしながらちーが答える。

満月の夜だった。

もう何度みたか分からない満月。

老婆「あの人とわたしはね、昔から星が好きだったの」

「そうなんですか」

相づちを打つのはもっぱらちーだ。

多分、年齢的にお互いちょうど良い関係なのだろう。

おばあちゃんと孫、みたいな。
748 :1 [sage]:2012/08/31(金) 23:49:04.58 ID:XcSJkxKAO
ひとり取り残されたぼくは草の間で鳴く虫の声を聞いていた。

月に虫の声は、なるほど確かに似合っている。

昔読んだ本でベタベタに月と虫の声を褒めていたから気になっていたのだ。

例え似合っていなくてもぼくは特に何もしなかったが。

あれ書いた人、月よりかは月見を口実に酒を飲む方が好きみたいだったけど。

まあそんな話は今はどうでもいいとして。
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/24(月) 00:18:32.96 ID:nS3ETiGno
ふむ
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/27(木) 00:14:54.31 ID:N4RE+aRlo
はい
751 :1 :2012/10/07(日) 02:42:44.69 ID:CxVtbtnAO
老婆「昔はね」

お婆さんは目を細める。

老婆「よく、満月の夜にうちの人と散歩していたの」

「いいですね」

「ロマンチックです!」

老婆「結婚する前から、ずぅっと……」

視線を落とし、そっと自分の右手の上に左手をのせた。

「ずっとずっと仲良しさんだったんですね」

ちーが笑う。

お婆さんも微笑み返した。

老婆「ええ」
752 :1 :2012/10/07(日) 02:48:16.60 ID:CxVtbtnAO
「…そういう関係って、憧れますね」

「えっ」

「…なんだよちー。意外そうな顔して」

「だってせんぱい、そんなこと言う顔してないですし」

「ほほお、言うようになったね」

よし、後でほっぺたこねくり回しの刑だ。

むにーっと引っ張ってやる。覚悟しとけ。

お婆さんはくすくすと笑った。

老婆「『二人を死が別つまで』とはいうけれど」

「? はい」

老婆「本当に愛し合ってたら――死ごときで離ればなれにはならないわ」
753 :1 :2012/10/07(日) 02:54:16.98 ID:CxVtbtnAO
「やっぱり、年を取ると…なんというか考えが違いますね」

老婆「いやあね、年って言葉は女性には禁句よ」

じゃあなんていえば良いんだい。

老婆「私にも孫がいたらこんな会話をしていたかしら」

「お孫さんはいないんですか?」

「ちー」

その話題は避けたほうがいい。

そう思い制止をかけようとするとお婆さんは緩やかに首をふった。

だからぼくも口出しをするのはやめた。

「…………私はね、子供を生めない身体だったの」

「そうなんですか?」
754 :1 :2012/10/07(日) 03:01:15.14 ID:CxVtbtnAO
ちーがよく分からないという顔をする。

生前もまだ幼いから深い性教育は教わってなかったのだろう。

老婆「そう。その事実を聞いて、辛くて寂しかった。けど――」

ふっと月を見上げる。

老婆「そういう時は、月を見てごらんってあの人は良く言ったわ」

「……」

老婆「下を向いていたらダメだって」

老婆「俯くより、上を向いたキミの方が何十倍も素敵だって」

「わあ」

「……」

この人の旦那さんのプロポーズがちょっと聞きたい。
755 :1 :2012/10/07(日) 03:06:54.64 ID:CxVtbtnAO
「優しい人をお嫁さんにできて、よかったですね!」

老婆「ふふ。それを言うならお婿さんよ」

ちーならいつかやらかすと思った。

老婆「…あの人が先にさっさと行って、もうずいぶん経つわね」

「どこかで待っててくれてますよ。ゆっくりと」

老婆「あら、死神もそういうこと言うの?」

驚かれても。

「なんですか、死神だってたまにはそういう粋なこと言いたいですよ」

「でもせんぱいは大体起こらせるか滑るかしますからねぇ…」

後で覚えておけよちー。
756 :1 :2012/10/07(日) 03:12:15.09 ID:CxVtbtnAO
老婆「そうね、待っててくれているかもしれない。今か今かって」

「ううん、どうでしょう?もっと遅く来てほしかったりして」

老婆「これ以上は、さすがのあの人も怒ってしまうかもね」

お婆さんが苦笑した。

そして目を閉じる。虫の声に耳を傾けながら。

老婆「充分生きたわ。なんて素敵な人生だったんでしょう」

うらやましい。

死ぬとき、そう思えるのは、とてもうらやましい。

ぼくたちは――そんな余裕もなく死んだから。

憎悪を、恨みを、公開を死に間際まで残して死んだから。

老婆「じゃあ」

にこりとお婆さんは笑いかけてきた。

ぼくも不器用な笑いを返した。

老婆「散歩、行ってこようかしら」
757 :1 :2012/10/07(日) 03:17:39.94 ID:CxVtbtnAO
仕事を終わらせ、鎌をしまう。

さっきよりも虫の音が大きくなった気もする。

それはきっと気のせいだろう。

だけど。

少ない時間の中、その張り上げて歌う旋律は綺麗に思えた。

……なんだ、月をみたからか嫌に風流なことを考えるな。

ちーがお婆さんの亡骸をゆっくりと横たえた。

「笑ってますね」

「ああ、笑ってる」

笑顔で逝った。

久しぶりに、こんな死に顔を見た。

ここのところずっと――いや、言わないでおこう。

辛いとは思わない。

思えなくなった。

「行こうか」

「はい」

758 :1 :2012/10/07(日) 03:21:55.04 ID:CxVtbtnAO
「……」

「……」

お婆さんの家を離れ、月に照らされながら無言で歩いていた。

辺りが暗いのもあってか、月光で影ができていた。

あの人達は散歩をしながらどんな話をしたのだろうとなんとなく考える。

「ちー」

「なんですか、せんぱい」

「今日はやけにおとなしいじゃないか」

「……分かりました?」

「分かるよ」

仮にもパートナーなんだから。

いつも賑やかなちーがこんなに静かなんておかしいじゃないか。

759 :1 :2012/10/07(日) 03:28:59.17 ID:CxVtbtnAO
「あの、」

ちらりとぼくを見上げながら彼女は口を開く。

言い出しにくいことなんだな。

――というより。

もう、何を話そうとしているかは分かっていた。

「うん」

気づかないふりをしてぼくは先を促す。

こういう状況に対応できない自分が恨めしい。

どんな反応をすればいいのか、全然分からない。

笑ってりゃいい問題でもないし。

「……せんぱい」

「うん」

「もうすぐで自分の魂の傷が完全に癒えます」

それはすなわち。




「そろそろ、お別れです」




760 :1 [sage]:2012/10/07(日) 03:29:46.93 ID:CxVtbtnAO
第二十一章 終わりです。

期間が空いてすいません
761 :1 [sage]:2012/10/07(日) 04:03:22.38 ID:CxVtbtnAO
オマケ
ずいぶん期間空いたので思い出しながら


・僕/ぼく
死神、回収担当。仮名は神無月大地。
かなり魂が痛んでいる。
重度のパートナー依存症。
現在はちーと行動、一人称がぼくになっている。

・パートナー
死神、回収担当。仮名は神無月海。
かなり魂が痛んでいる。無表情、無言、無愛想。
色々やらかした為に現在収容されている。
復活はいつだ

・ちー
死神、回収担当。本名は早月ちとせ。
上記二人より魂の傷はかなり浅い。
『ぼく』を見守るいい子。

・上司
死神、死神管理担当。
外見は二十歳前半ほど。姉御肌か。
サボり癖があり、必要はないが睡眠が好き。
少々パートナー依存症。

・105285号
【囚人】、そしてリーダー。
ビーカー暮らしから逃げ出したはた迷惑な男。
パートナーを狙っている。
調子に乗ってたら『僕』に片腕を斬られた。

・106775号
元【囚人】
一番改心が早かったために仮死神みたいなことをしている。
実質は死神に被害がいかないための捨て駒に近い。
パートナーに消されかけるわ片腕ない男に消されかけるわの苦労人。

762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/07(日) 10:27:01.72 ID:V2JSDJP80
763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/10/07(日) 10:42:50.96 ID:Bc2TcJiJo
764 :1 [sage]:2012/11/03(土) 20:23:39.24 ID:PxY/Y3kAO
もうちょいしたら投下しに来ます
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/03(土) 22:06:33.64 ID:Ppm/bY+Ko
全裸待機
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/11/03(土) 22:06:36.46 ID:rcB+3TZ5o
来たか
767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2012/11/28(水) 14:30:59.77 ID:3pMRAxFAO
まだかな
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/03(月) 08:44:57.69 ID:wSRwtdCIO
そろそろ全裸ネクタイは寒いぞ
まだか
769 :1 [saga]:2012/12/09(日) 11:42:43.45 ID:U0Lh/BNAO
第二十二章

罪ある者が裁きを受けるために
770 :1 [saga]:2012/12/09(日) 11:47:29.99 ID:U0Lh/BNAO
「お墓参りに行きたいんです」

今日分の仕事が終わったあと、ちーは突然そんなことを言った。

「…誰の?」

「あたしの、です」

ぼくは思わず黙り込んでしまう。

いいのだろうか。

ショックで魂に傷がついてしまったら。

いや、ちーは芯が強い子だと分かってはいるけど。

思考を巡らせる。最善の行動は残念ながら思い付かず。
771 :1 [saga]:2012/12/09(日) 11:52:27.93 ID:U0Lh/BNAO
「いきなりどうしたのさ」

「ええと」

ちーが視線を落とししばらく黙りこくる。

「……なんとなく、でしょうか。理由はありません」

申し訳なさそうに答える。

理由がなくてもぼくは怒ったりしないのだが。

そんなことはさておき。ふむ。

自分が消えるということをちーは察している。

だからその前に、自分の本体が入っている墓を見に行きたいと。
772 :1 [saga]:2012/12/09(日) 11:58:47.77 ID:U0Lh/BNAO
ぼくにはあまりその行為が理解できない。

長方形の石へ花束を添えることに意味を見いだせないともいう。

花束をあげる人はそこにいないのに。

彼女の“いる”墓地へ行く最中にそんなことを話した。

「それはせんぱいが死神だからですよ」

ちーはわりとあっさりぼくの疑問に回答する。

「魂がどこにあるかとか知っているからです」

「じゃあ、なんでちーは墓参りに行く?君はここにいるじゃないか」

同じく彼女の母親も天へ昇っているはずだ。さまよってなければ。
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/09(日) 12:22:07.69 ID:hRBGP9Pfo
来たか
774 :1 :2012/12/09(日) 21:10:30.93 ID:U0Lh/BNAO
「だからこそ、なんとなくなんですよ。人の話聞いていました?」

「はっはっはっ、言うようになったなーこやつめー」

「あぐあぐ」

頭をつかんでシェイクするように振った。

「あ、あそこです」

揺れながらちーは少し先の方を指差した。

年季の入ったお寺が近代的建造物の間に建っていた。

それと、思ったより小さい墓地。

「よく、お母さんたちとお墓参りにきたんですよ」

「そうかい」

先祖のか。
775 :1 :2012/12/09(日) 22:45:30.54 ID:U0Lh/BNAO
「えっと、ここら辺に……ありました!」

腕をブンブンと振って元気よく報告してきた。

その場所に行ってみると、確かに『早月家之墓』と彫られている。

昼間だというのに墓石が反射する光は冷たい。

死がそこに存在しているといわんばかりに。

「ふぅん、ここが」

知り合いでなければただの乱立する墓石のひとつであっただろう。

みんな似たり寄ったの色や形だ。

たまに赤色や絵柄が彫ってある洒落たものはあるが。
776 :1 :2012/12/09(日) 22:58:25.43 ID:U0Lh/BNAO
「せんぱいはお墓嫌いなんですか?」

「嫌いというかなんというか……なんだろう」

もやもやとしたものがある。

パッと脳裏にモノクロの映像が浮かび上がった。

穴。大きな、ぽっかりと空いた穴。

そこに投げ込んでいく。何を?

――いや、それは、

とたんにひどい痛みを頭に覚えた。

「…せんぱい?」

「うん?なんでもないよ」

何事もないように笑ってみせる。笑えてるかな。
777 :1 :2012/12/09(日) 23:13:48.58 ID:U0Lh/BNAO
「ちーは心配です」

本当に心配そうに彼女は言う。

「こんな人を一人世に放つなんて……」

「おい!」

そっちか!

しんみりしかけた空気を返せ!

ぼくの抗議をまるで聞こうともせずに、ちーは自分の家の墓を見上げる。

本来なら花が入れられる金属の筒の中には何もなく、空虚に口を開けているだけ。

隣の墓には活けたばかりの花があるからか、そこだけとても素っ気ない。

まるで見捨てられたような。

778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/11(火) 12:07:56.82 ID:FhRz3UEVo
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/11(火) 18:13:42.23 ID:AW9xGJkIO
780 :1 :2012/12/12(水) 21:32:51.80 ID:X4gN9/fAO
「誰も」

ちーはぽつりと呟く。

「誰も、来ないのでしょうか」

「……」

ずいぶん前に来たらしき形跡はある。

線香の粉が残っているからだ。

だがそれも雨風により固まり、線香台(というのだろうか)そこにへばりついていた。

「…親戚は素っ気ない人たちだと聞いていたので予想はしていましたが」

「ちー」

なにか耐えられなくなり、思わず抱き寄せた。
781 :1 :2012/12/12(水) 21:37:01.08 ID:X4gN9/fAO
ちーは腕の中できょとんとしていたが、

「きゃああああ!?変態!?いえセクハラです!?」

叫んだ。

思いっきり、叫んだ。

肉体があったなら道行く人が大集合するぐらい叫んだ。

「シリアスブレイカーなのかお前はっ!」

「口説きにかかるせんぱいもせんぱいです!」

「口説いてない!断じて口説いてないからね!」

頭を軽く抱き寄せたぐらいだ。ほんとに。

抱擁なんかしたあかつきには上司がぼくを退治しにくる。
782 :1 :2012/12/12(水) 21:41:48.44 ID:X4gN9/fAO
立ち読みしていた週間漫画冊子ならここで赤面してるのだろうが。

ちーはドン引きしていた。

「……悪かったよ。反省する」

「許しません!閻魔大王に舌引っこ抜かれちゃってください!」

お仕置きがキツすぎる。

「だって、すごいへこみようじゃないか…」

一瞬沈黙が降り、そしてちーが吹き出した。

「えへ…せんぱい、優しいんですね」

「そうかな」

「大丈夫ですよ。…大丈夫」

なにがなのかは聞けない。
783 :1 :2012/12/12(水) 21:59:53.30 ID:X4gN9/fAO
「あたし、あたしの存在が、居た証が消えるのが、いやなんです」

「どうして?」

「『早川ちとせ』が今まで積み上げてきたものが無くなるのが…こわい」

「そっか」

心に生きるとはいうけどそれもいつまで続くか分からないものだ。

よほど大切にしていなければ埃を被り埋もれて行く。

人の存在はあまりにも脆い。

「生きてる人は死んでる人に縛られてはダメですが…それでもやっぱり」
784 :1 :2012/12/12(水) 22:05:57.06 ID:X4gN9/fAO
そこで言葉を切り、力無さげに微笑む。

「たまには思い出してほしいものです」

「…そうだね」

ぼくを覚えてくれている人はいるのだろうか。

ある意味、この世界にいない者なんだろう。

そんなこと今ここで言うものじゃないから言わないけど。

「ちーが……」

ちーが轢かれた場所なら、もしかしたら。

花が、ちーのいた証が、あるのかもしれない。

「え?」

「なんでもない」

でもそれはいくらなんでも酷いよな。
785 :1 :2012/12/12(水) 22:15:34.87 ID:X4gN9/fAO
彼女が死んで、心残り等で死神になった原因の地だ。

よい思い出なんかあるはずもない。

そこまでして花や証を求めたいのなら話は別だが。

「…せんぱい?」

「花、欲しい?」

「花ですか?」

「ここにいれる花をさ」

言ってからしまったと思う。だがもう遅い。

ちーは頭を振った。

「いいです」

「いいの?」

墓石の横、土のある部分を指差した。

小さな白い花が咲いている。

「きれいなお花がもうあるんで」

ああ、もう。この子は。

なんてこんなに強かなのか。

「強いな、ちー」

786 :1 :2012/12/12(水) 22:17:49.03 ID:X4gN9/fAO
「えへん。もっと褒めてください」

「……」

頭を掴んで揺らした。

「あぐあぐ」

彼女の内心は不明だが、決着はついたようだ。

憑き物が落ちた顔をしている。


ぼくももっと強くならないと。

様々な事に対して。
787 :1 [sage]:2012/12/12(水) 22:18:52.41 ID:X4gN9/fAO
第二十二章 終わりです。

…お久しぶりです
788 :1 [sage]:2012/12/12(水) 22:46:32.35 ID:X4gN9/fAO
第二十二.五章

聖者たちとともに永遠に
789 :1 :2012/12/12(水) 22:52:02.18 ID:X4gN9/fAO
数十人が丸く大きな机に座り、向かい合っている。

その中に彼と彼女の上司もいた。

退屈そうに頬杖をついて。

いつもの定例会議ではない。

緊急会議。

先ほどから繰り広げられる話題は【囚人】のことだ。

最近動きが活発化してきているらしい。

人間への大きな被害は今のところないが、死神の被害は増えていっている。

彼女は視線だけで会議の参加者を見回した。
790 :1 :2012/12/12(水) 22:57:54.72 ID:X4gN9/fAO
なぜかデスクワークはそれなりに年を取った連中が多い。

死神になった理由が気になるが、とにかく早く転生でもしてほしいと上司は思う。

机上でしか物を見ない。

割りを食うのは回収係だ。同情してしまう。人のこと言えないけど。

神様もちょっとは役割分担を考えてほしいものだ。

白い集団を視界にいれるとほんの少し目を細めた。

フードつきの白い服を着た、【囚人】を管理する連中だ。

顔は誰一人としてみたことがない。

彼女には、そして彼女の部下もそれらの正体は知らない。
791 :1 :2012/12/12(水) 23:02:13.07 ID:X4gN9/fAO
自分たちと同じような、未練を残してここにきたのか、それとも。

それらに名称がつけられていることは最近知った。

彼女にとって大事な部下をとられてから調べあげた結果だ。

まあ、それ以外には大した情報は得られなかったが。

その名称を思い出し、苦い顔をする。

普通のイメージは希望に溢れた存在なんだけど、と心の中で呟いた。

進まない会議。

上司は荷物を整理しはじめた。
792 :1 :2012/12/12(水) 23:12:31.72 ID:X4gN9/fAO
「ちょっと」

隣にいた数少ない友人が小言で諌める。

謝るように肩を竦めてみせた。

そして立ち上がる。

「くだらないですね、いつまで続けるつもりですか」

上司が言い放つとあたりが一瞬で騒がしくなる。

うわぁ、と友人が頭を抱えた。

だが口元が緩んでいることは見逃さなかった。

「まとめましょう。死神ではペアが二組、それに一人が被害にあってるんですよね?」

彼らは消えた。

この世界から完全に。

「もうこれは非常事態です。戦える子を把握すべきです」

「しかし、今は元【囚人】の――」

「あの子ひとりでどうしろと?多勢に無勢ですよ。負担が大きすぎる」
793 :1 :2012/12/12(水) 23:16:30.35 ID:X4gN9/fAO
今度は首を回して辺りを見る。

他が騒ぐなか、フードの連中は依然として静かなままだ。

「悠長にしている場合ですか?違うでしょう?被害は延びていきます」

自分たちが消されるまでは自覚がないのだろうが。

「会議もいいですが動きましょう。なんのための死神ですか」

それからフード達に向き直る。

フードの下から上司をどんな目で見ているのかは検討がつかなかった。

「あの子を出してください」
794 :1 :2012/12/12(水) 23:23:00.30 ID:X4gN9/fAO
ずっと言いたかった言葉はあんがいあっさりと出てきた。

「あなたたちが収監しているあの少女のことです」

「ナゼ?」

フード達のうち、一人がしゃべった。

「【囚人】と戦えます。いえ、戦いました」

「……」

「あの事件は、元を正せばあなた方が管理をしなかったから――」

「やめろ!」

そばに座っていた年配のデスクワーク担当死神が叫んだ。

顔が青ざめている。

素直に黙った。わけもなく止めと言わんばかりに一言。

「わたしを消したいなら消しなよ。それで問題が解決するならね」
795 :1 :2012/12/12(水) 23:28:00.31 ID:X4gN9/fAO
気に入らないなら消せばいい。

それで平和に近づけるのならば。

上司はこれ以上いる意味もなくなったのでさっさと荷物を手に退却する。

次の会議は呼ばれなさそうだ。だが知ったことか。

怒号は聞こえたが特別立ち止まることもない。

「失礼します」

笑顔で言って、唖然とする人々が残された部屋を出ていった。



「“天使”に啖呵をきるなんて馬鹿か……」

年配の死神は小言で言う。

「あいつは基本馬鹿だよ」

彼女の友人はなんでもないように言った。

796 :1 :2012/12/12(水) 23:34:42.18 ID:X4gN9/fAO
「これで動いてくれるのかは疑問だけど…」

通路を歩きながら上司は独り言を洩らす。

目はしっかり前を向いたまま。

「まあ、休みはたっぷりとっただろうから」

いつも以上に早足なのは気分が高ぶっているからか。

「そろそろ寝るのに飽きてくるころじゃないかな、あの子」

にやりと笑った。
797 :1 [sage]:2012/12/12(水) 23:35:51.16 ID:X4gN9/fAO
第二十二.五章 終わりです。

ねおちに定評がある
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/12(水) 23:36:08.15 ID:zXasxM5Go
乙でした
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/13(木) 00:53:25.59 ID:ZHTdVojOo
ちーの台詞が心に響く
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/13(木) 07:57:22.30 ID:hx4YIGyIO
やっとパートナーが復活するのか
もう一年も経ってるじゃないか(驚愕)
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/13(木) 08:20:12.73 ID:8dVgHDZSo
802 :1 [saga]:2012/12/24(月) 23:43:18.25 ID:iDEaGQVAO
第二十三章

賛美の生け贄と祈りを
803 :1 [saga]:2012/12/24(月) 23:47:12.16 ID:iDEaGQVAO
世間は秋を越え、もう冬が近いらしい。

ぼくたち死んだ者には分からないのだが。

それでも季節感だけは感じる。

道行く人の服が厚手のものだとか、鍋の材料が売り出されているとか、色々。

「紅葉ですよ、せんぱい!」

黄色く染まった銀杏の下でちーがくるりと回った。

もう一週間もすれば道路は黄色に埋め尽くされるだろう。
804 :1 [saga]:2012/12/24(月) 23:50:23.52 ID:iDEaGQVAO
「そうだね。枯れてきてるね」

「夢がないです!」

いや、ぼくに夢を求められても困るのだが。

多分そういう話は上司が乗ってくれると思うんだけど。

そういえば。

「最近、上司の様子が変じゃなかった?」

「え、そうですか?」

ちーは思い出すように視線を上に向ける。

「ああー、確かにここ最近、ジョージさん変でした」

まだジョージなのか。

「だよね」
805 :1 [saga]:2012/12/24(月) 23:54:28.10 ID:iDEaGQVAO
「いきなりニヤニヤ笑ったりしてませんでした?」

「『ふふふ今頃困ってるだろうね』とか言ったり」

「ぶっちゃけ気持ち悪かったです」

ぶっちゃけすぎだ。

ど直球じゃないかそれ。

「ちー、あの人の前では言わないようにね」

釘を刺すように忠告すると、ちーがふと悲しげに微笑んだ。

「もう一度会えるかどうかも分かりませんよ、あたし」
806 :1 [saga]:2012/12/25(火) 21:56:27.69 ID:UL2DhFjAO
なんと言えば、いいんだろう。

「……」

今まで考えたこともなかったけど、ここから消えるということはすなわち

もう一度死ぬということになるのだろうか。

意識も記憶もまっさらになって、他の誰かとなる。

――死、だな。存在というものの。

「やだなぁ、せんぱい。そんな顔しないでくださいよ」

どんな顔をしていたのだろう。

ちーが慌てるように手を振った。

「ズレたところで繊細なんですね、せんぱいは」

「…らしいね」
807 :1 [saga]:2012/12/25(火) 22:07:36.57 ID:UL2DhFjAO
あまり自覚はないのだが。

「あたし達死神は、いつまでもいちゃ、ダメですから」

「そうだね」

「遅かれ早かれ、せんぱいも来るんでしょう?」

「多分ね……」

いつか分からないけど。

記憶もそんなに戻ってないし。

なにより。

なにより、彼女のことが――

「ちー、ごめんね」

せめて謝罪はしなくてはいけない。

「何がですか?」

「いや…ほら、前のパートナーにぼく、かなり依存してるみたいだから」
808 :1 [saga]:2012/12/25(火) 22:11:55.99 ID:UL2DhFjAO
「ああ」

なるほど、とちーは頷く。

「別に、なんとも思いませんでしたが」

「君のことをおざなりにした気がしてしかたがない」

「そうですかね。むしろべったりだったらイヤですが」

嘘は言っていないようでほっとする。

なんか、最初のころなんか何かにつけてパートナーだった気が…。

「うふふ、ベタ惚れだなーってこと丸分かりで面白かったですよ」

「ベタ惚れ?誰に?」

「……なんでもないです。自分で気づいてください」

呆れたようにジト目で見られる。
809 :1 [saga]:2012/12/25(火) 22:22:43.39 ID:UL2DhFjAO
「前のパートナーさんによろしくいっておいてください」

「いいけど」

かなり一方通行な挨拶になりそうだ。

「でも、一度は会いたかったなぁ。パートナーさんに」

「無口無表情無愛想だよ」

多少は解れてきていたのに。距離が縮まった気がしていたのに。

再び会うときは他人行儀な態度となっているのだろうか。

「まあ、そのぐらいの人じゃないとせんぱいとは長いことペア組めないでしょう」

おいどういうことだそれ。

「あ」

ちーが公園の前で立ち止まった。

いつか彼女と女の子が遊んだところ。
810 :1 [saga]:2012/12/25(火) 22:26:28.07 ID:UL2DhFjAO
「せんぱい」

「ん?」

「かくれんぼしませんか」

公園を見回す。

夜なのもあって人っ子一人いない。

むしろこんな時間に子供いたら心配である。

「かくれんぼったって…暗いよ?」

懐中電灯なんてあるはずもなく。

暗闇で探し当てるほどぼくエスパーじゃないし。

「いけます」

やけに気合いが入っている。

「やりましょう」
811 :1 [saga]:2012/12/25(火) 22:33:04.50 ID:UL2DhFjAO
なんかすごくやる気に満ち溢れてる。

特別反対する理由なんてない。

そんなわけで、急遽かくれんぼをやることになった。

「ルールは分かりますか?」

「そのくらい分からぁ。ぼくを舐めるなよ」

生きてたころだって流石に一回はしたことあるんだろうな。

身体にしたって病弱で外に出れませんでしたーな感じじゃないから。

「じゃんけん?」

「じゃんけんします!」
812 :1 [saga]:2012/12/25(火) 22:41:26.96 ID:UL2DhFjAO
ぼくがパーで、ちーがグーだった。

何故だか安心したように吐息をもらすと、「じゃあ」とぼくを見上げる。

「もーいいよーって言うまで振り向かないでくださいね!」

「分かった。…永久にまだだよーは無しだからね」

「さすがにそんなことしません…じゃ、どうぞ!」

ぼくは近くの木に寄って、数を数える。

「いーち」

足音。

草の擦れる音。

「にーぃ」

ふと、ぼくの脳裏にとあることが浮かんだ。

「さーん」

彼女は、遊びたくてかくれんぼを提案したわけじゃないのではないか?
813 :1 [saga]:2012/12/25(火) 22:49:57.38 ID:UL2DhFjAO
「よーん」

彼女は――無邪気なだけの少女じゃないのだ。

「ごー」

振り向いてしまおうか。

振り向いて、彼女の姿を確認してみようか。

「…ろーく」

いや。いやいや。

それは、ちーを裏切る行為となるだろう。

彼女がそれを望むなら、ぼくはそれに従うまで。

「なーな」

彼女の先輩として出来ることなら、やるべきだ。

「はーち」

背後から音が聞こえない。
814 :1 [saga]:2012/12/25(火) 22:55:57.61 ID:UL2DhFjAO
「きゅーう」

すべて数えることにためらいがなかったわけじゃない。

でももし止めたら、彼女を悲しませることになるだろう。

だからやめない。

「じゅう」

数え終えた。

次の台詞を言う前に少しだけ木から離れた。

いつでも振りかえられるように。

「もういいかい」

後ろの気配に向かって呼びかける。

「もういいよ」

すぐに返事が戻ってきた。

「まだだよ」ではなく「もういいよ」。

ぼくは振り返った。
815 :1 [saga]:2012/12/25(火) 23:00:28.06 ID:UL2DhFjAO
誰も、いなかった。

当たり前だ。かくれんぼなんだから。

ふと、少し離れた場所に枝が置かれているのを見つけた。

先ほどまで無かったものだ。

近寄ってみると、地面に文字が書かれている。

わずかな街灯がギリギリ読めるぐらいに文字を照らしていた。

「ちー」

地面から目を離して、呼ぶ。

「実はまだ居ましたーってオチなら早く出てきた方がいいよ」

返事はない。

返事は、もうないのだ。

「ちー」

自分の声が夜に紛れて消える。
816 :1 [saga]:2012/12/25(火) 23:04:32.98 ID:UL2DhFjAO
良くないなぁ。

全然良くない。

かくれんぼなんだから、見つけるまで続くと言うのに。

いつまで続ければいいんだろうね。

もう一度君を見つけるまで?ちょっと難易度高くないかそれ。

「…水くさいよ」

多分、自分が消えるところを見てほしくなかったんだろう。

何故かは知らないけど。

彼女なりの、精一杯の強がりだったのかもしれない。

ズルいじゃないか。

君の作戦はうまくいったけど、ぼくはまだ君がいるような気がしてならない。
817 :1 [saga]:2012/12/25(火) 23:11:11.91 ID:UL2DhFjAO
でも、そう思ってなのか。

それとも言い足りなかったのかどちらなのかは不明だけれど。

地面を引っ掻いて書かれたメッセージは「いるかもしれない」をあっさり否定していた。

優しく突き放すのはちーらしいとも言える。

抜けていて、ちょっと弱虫で、わりとシビアな意見を持っていて。

ぼくの初めての後輩だった。

「…また、縁があったら会おうね」

さぁ、次の仕事に行こう。

文字を跨いで、ぼくは歩き出す。
818 :1 [saga]:2012/12/25(火) 23:12:41.84 ID:UL2DhFjAO





『 ありがとう 』



819 :1 [saga]:2012/12/25(火) 23:14:37.12 ID:UL2DhFjAO
第二十三章 終わりです

ちーちゃんは「ぼく」にとって癒し係でした
それと、あと二章ほどで…(ボソ
820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/25(火) 23:17:00.86 ID:Z6fFMQWAo
ちー・・・
(´;ω;`)ブワッ
乙乙
821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/25(火) 23:21:05.51 ID:eN3CCXfNo

ちーうわあああああ
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/25(火) 23:34:06.92 ID:co7qErpco
おつ
823 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/25(火) 23:59:39.24 ID:SYDW0mtao
ちーちゃん……
あと2章で……新展開突入?
824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/26(水) 00:55:54.90 ID:aYhtg18ro
パートナーが復活するまであと二章?

待ち切れん、、、
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/26(水) 15:32:16.20 ID:4a/vt5V9o
826 :1 [saga]:2012/12/30(日) 23:48:33.55 ID:pC9p5RXAO
第二十四章

万軍の神よ、主よ
827 :1 [saga]:2012/12/30(日) 23:54:18.06 ID:pC9p5RXAO
火が迫っていた。

といっても、死神であるぼくには特に影響はないのだが。

頭痛が断続的なのはあまりよろしくないけど。

ぼくの記憶は、火がキーワードなのかな。

だとすると、焼死あたりが確定的だろう。

さすがに溺死はありえない。

いや、どうだろう。火から逃れようとして水に――とか。

……やめよう。

ぼくの気分が悪くなるだけだ。好ましくない。

頭を振って思考を切り換える。

828 :1 [saga]:2012/12/31(月) 00:00:37.19 ID:ZFfvtnTAO
ぼくが今いるのはアパートの二階だ。

隣の隣の部屋からの火災で、全焼への道を辿っている。

火災の原因を作った人の魂は既に回収済みだ。

本当はこのまま立ち去ってもよかったんだけど。

「こんなに泣かれちゃ後ろ髪ひかれるよ」

ぼくがいる部屋には生後一年にも満たない赤ん坊がいた。

父親は仕事、母親は買い物に行った。

いや、もう母親は戻ってきているか。

窓の外を見れば半狂乱でアパートを見上げる女性がいた。

周りの人たちに足どめされている。それぐらい火の回りが早いのだ。
829 :1 [saga]:2012/12/31(月) 00:05:07.29 ID:ZFfvtnTAO
「困ったね」

ぼくが見えるのか、赤ん坊はきゃっきゃと笑ってきた。

どうすればいいんだ。撫でればいいのかな。

頭にそっと触れるとさらにご機嫌になった。

「本当に困ったね」

もっとも、困るのはこの子なんだろうが。

回収リストにはこの子は載っていない。つまり死なない。

だが、死なないというだけであって、怪我をしないわけではない。

大火傷を負う可能性だってあるのだ。

「生きながらの地獄はきっと辛いよね」
830 :1 [saga]:2012/12/31(月) 00:11:00.38 ID:ZFfvtnTAO
ぼくが助ければいい話なんだろう。

でも仮の肉体を上に申請するのに時間がかかる。

今触れているのは短時間ものだし、物体を持つのには向いていない。

それに、そんなことしている間にここに火が到達してくるだろう。

ついでのようにぼくも熱い思いをしなくちゃいけないことにもなる。

それは勘弁だった。

「助けを呼べたらいいのにね」

さあ、ぼくが叫んで何人に届くのか。

一人でもいればマシかも。

小さな手がぼくの指をぎゅっと握ってくる。
831 :1 [saga]:2012/12/31(月) 00:18:27.94 ID:ZFfvtnTAO
「なんだい、サチ」

自然に言って、遅れて驚いた。

誰だ、それは。

少なくともこの子の名前じゃないのは確かだ。

この赤ん坊の名前とは違う。それになにより男の子だ。

サチ?

「…が」

待ってましたと言わんばかりに頭痛が激しくなる。

『兄ちゃん――』

幼い少年の声。

『――サチが、サチが』

啜り泣く女性の声。

やめてくれ。いったい何が起きているんだ。

その子は、もう死んでるじゃないか―――
832 :1 [saga]:2012/12/31(月) 00:22:38.34 ID:ZFfvtnTAO
意識が戻ったとき、煙がこの部屋にも入り込んでいた。

充満するまであといくらもない。

「……っ」

倒れていた。

気持ち悪い。

死んでいるが、吐きたい。

赤ん坊が意味のない言葉を発して一人でわたわたと遊んでいる。

「あ」

玄関のほうから足音がする。

もしかすると、誰かがこの子を助けに来たのかもしれない。

ぼくは立ち上がって赤ん坊を見下ろした。

ぷくぷくのほっぺた。ぼくはそっと人差し指と親指ではさむ。

「ごめん」

そして、軽くつねった。
833 :1 :2012/12/31(月) 00:27:35.99 ID:ZFfvtnTAO
とたんにすごい音量で泣き出した。

思わず後ずさる。

玄関の外が騒がしくなる。入りたいが、入れないらしい。

手伝おうか。別に、止められていることじゃないし。

鍵を回した。

いきなり開いたドアに銀色の防護服に身をつつんだ消防隊員たちは驚いていたが、

泣き声の方向にまっすぐに向かっていった。

もう大丈夫だろう。

魂をしっかり持っていることを確認して、ぼくは彼らと入れ違いに出ていった。

834 :1 :2012/12/31(月) 00:41:26.28 ID:ZFfvtnTAO
それから、数時間後。

思ったよりすごい火事だったようだ。

死者が一人なのが奇跡なぐらいに。

奇跡はないか。人死んでるわけだし。

四人分の回収を終えて、ぼくはまたアパートの前に立っていた。

あの赤ん坊は、と周りを見渡すが当然というか、いない。

病院で検査受けて、今日あたりはホテルかどこかに泊まるのかな。

ぼくには関係ないけど。

右隣を見て、誰もいないことに気づきため息をついた。

何回目だ、これ。

見たところでパートナーやちーがいるわけでもないのに。
835 :1 :2012/12/31(月) 00:47:09.83 ID:ZFfvtnTAO
二人に慣れると一人が辛いとはよく言ったものだ。

正直に言おう。

寂しい。

「……女々しいよなぁ」

このまま戻って同僚くん達と話すのもいいかもしれない。

あ、いや、やめておこう。

変に過保護なところあるから心配させるのも悪い。

上司は……寝てそうだな。

そんなことをつらつらと考えていた時だった。

視界の端になにかが横切った。

振り向くと誰もいない。が、なんとなく気配を感じる。

「……」

無視か、追いかけるか。

ぼくは後者を選んだ。
836 :1 :2012/12/31(月) 00:52:45.96 ID:ZFfvtnTAO
最初からついてこさせるつもりだったらしい。

距離は一向に縮まらなかったが、ぼくが迷いかければわざと動いて存在を主張。

どっぷりと日が暮れていたが、ぎりぎり街灯の光に当たる範囲に佇んでいたりしていた。

丁寧なナビゲーターだ。

だがこれは十割方、罠だろう。

罠なのにのこのこついていくぼくもぼくだが。

どこのどいつがぼくを呼び出しているのか見たくなったのだ。

気がつくと、橋の上に立っていた。

人がよく死ぬスポットなのか、ここで何度も魂を回収している。
837 :1 :2012/12/31(月) 00:59:02.00 ID:ZFfvtnTAO
雲が月を隠してしまったせいで、物の輪郭が暗闇にぼんやりと溶け込んでいる。

「…呼び出しときながら出てこないのは失礼じゃないかな?」

確かにそばにいる存在に向かって語りかける。

「出てこないなら帰るけど」

ズ、と後ろで気配が動いた。

慌てて振り向いて距離を取る。

欄干に立っていたそれは、歩道に降りてぼくと向かい合った。

遠くにある街灯がなんとかその人を照した。

「…まさか」

彼女はわずかに微笑んだ。

黒い長い髪がさらりと揺れる。

「ただいま」
838 :1 :2012/12/31(月) 01:05:03.30 ID:ZFfvtnTAO
ぼくは声が出ない。

こんなことが、あるのか。

まるで。まるで、思考を見透かされたようだ。

そんなに顔に出ていたのだろうか。

彼女はコツリとブーツを鳴らしてぼくに一歩近づいた。

「ごめん、待たせて」

「……いや」

ぼくは首を横に振った。

そして、鎌を取り出してこれ以上近づかないように牽制する。

「…な」

彼女はわずかに目を大きくする。

――舐められたものだ、ぼく達は。


「それで“彼女”になりきったつもりか、偽物」

自分でも驚くほど感情のない声だった。
839 :1 :2012/12/31(月) 01:06:33.53 ID:ZFfvtnTAO
第二十四章 終わりです。

なぜ彼が偽物と言ったのかは次回。偽るなら中身もしっかりと。
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/31(月) 02:15:56.26 ID:eKHeTtcio
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/15(火) 14:02:38.65 ID:M1/D2edeo
 乙乙乙乙
     乙   
    乙  
   乙   
  乙    
 乙       乙 
  乙乙乙乙乙乙 
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/02(土) 08:36:07.29 ID:NfdrYfuAO
まだか
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/22(金) 07:50:25.80 ID:Q/Kr0naIO
なんかこのまま落ちそう
844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/22(金) 08:03:22.60 ID:zHNVrltxo
2年も前から読み続けているのに
こんな所で終わられたら困る
845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/22(金) 08:51:45.95 ID:xN23vc1ro
ここってまだ三ヶ月ルールのスレだよな?
846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/22(金) 12:53:40.96 ID:zHNVrltxo
>>845
YES
847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/08(金) 15:05:29.61 ID:ALjaD/rAO
まだかね
848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/14(木) 07:53:19.83 ID:PoSP8kMNO
生きてるのかなあ
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/15(金) 16:28:32.76 ID:ln1YSXvmo
やばい。俺が焦ってきた
850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/27(水) 00:26:59.18 ID:nwY5p9RAO
まだか
851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/28(木) 19:08:01.75 ID:bW72iL0WO
「死にスレにレクイエムを」
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/29(金) 07:55:54.15 ID:DSNWkkCLo
いやまだだ
まだ終わってない
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