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さやか「あたしってバカだから、さ」 -
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1 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:38:13.22 ID:oOABIArw0
「はぁ……」
眩い日差し。
適度な陽気。
温度も湿度もちょうどいい。
「今日も空が蒼いねぇ……」
「まあ……さやかさんにしては珍しい科白ですわね」
「いや、それちょっとひどくない?」
天然か悪意か、恐らくは前者だろうが。
緑髪の少女、志筑仁美に釘を刺される。
彼女はいわゆるお嬢様で、なんというか浮世離れしているようなところがある。
そんなお嬢様と自分が仲良くしているというのもまた、妙な縁だと思うが。
「あら、そうでしたの?」
「おいおい……」
1.5 :
荒巻@管理人★
(お知らせ)
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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
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木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
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いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
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【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
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【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
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アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713089503/
2 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:38:50.01 ID:oOABIArw0
言っているうち、たたた、と足音が聞こえる。
「……待ち人来たり、ですわね」
「ん、たしかに……遅いぞまどかー!」
走り寄ってくる桃色髪の少女。
鹿目まどか。
幼馴染―――というほどではないが、小学校からの付き合いだ。
か弱い雰囲気で、思わず守ってあげたくなるタイプだ。
「ごめん、ママ起こすのに手間取っちゃって……」
「ふふ、構いませんのよ」
「そーそー、別に怒ってるわけじゃ……ん?」
はた、とまどかの髪に結われたリボンが目に付く。
3 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:39:53.79 ID:oOABIArw0
「おー、リボン変えたんだ」
「……派手じゃない?」
「いいえ、素敵ですわよ」
仁美がそう言うと、えへへ、と照れくさそうにまどかが笑った。
やはりその笑顔は愛らしい。
変な意味ではなく、純粋にただそのままの意味で。
「……さやかさん、だらしない顔になっていますわよ」
「マジで!? やっば!!」
顔を覆って、ごしごしと擦る。
「嘘だったのですけれど……まさか、自覚がおありになったんですの?」
「さやかちゃん……」
なんとなく視線が痛い。
あたしはいじられキャラですかそうですかチクショー。
4 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:40:49.83 ID:oOABIArw0
「ええい、とにかく行こ! 話し込んでちゃ遅刻しちゃうって!」
「わ、さやかちゃん待ってよー!」
「あらあら、元気ですわねー」
走り出せば、二人も付き従ってくる。
いつもの登校風景。
くだらなくて、つまらなくて。
悲しみも、苦痛もある。
けれども、喜びがある。
そんな、平凡な日常。
空は晴れても曇っても、空に変わりは無い。
大地も海も、いつだって同じ。
今日もまた、いつもと同じ一日だと感じながら、風を切って走っていった。
5 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:41:27.22 ID:oOABIArw0
「あ、それじゃあ転校生紹介しまーす」
「……のっけから非日常来たよコレ」
「え、さやかちゃんどうかしたの?」
「いや……別になんでもないよ」
別に日常に変化があるのは構わない。
けれど、いつもどおりと言った傍からイレギュラーが起こるのはどうなんだろうか。
むしろあれがフラグになったのだろうか。
教室に、新しい足音が響く。
黒く、流れるような長い髪。
きっちりと揃えられて振れる手足。
手や横顔から感じられる、肌のきめ細やかさ。
「わ……すっげぇ美人」
中々にキャラが濃い感じだなぁ、などと考える。
6 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:42:21.37 ID:oOABIArw0
まどかはどう思うか、と聞こうとすると。
「え……うそ、」
そう言って、目をぱちぱちと瞬いていた。
昔の知り合いか何かだろうか、となんとなく思い至る。
「―――暁美ほむらです、よろしくお願いします」
ほむら、と口の中でその響きを反芻する。
珍しいような、そうでないような、不思議な感覚がした。
まじまじ、とその姿を見詰める。
はた、と気付けば、交錯した。
しかし、それも一瞬。
少し逸れ、落ち着いた転校生の視線の先は。
「……え、わ、わたし?」
しっかりと、その瞳はまどかを見詰めていた。
そこに秘められた感情が何であったのか。
近くと言えど、向けられた本人でない自分にはわからなかった。
7 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:42:56.66 ID:oOABIArw0
がやがやと、先生の去った教室が一気に賑やかになった。
騒がしさの元は、勿論転校生の辺りから。
定番の質問責めにあっているのだろう。
「おーすごいすごい、人気者だね……で、まどか。知り合いだったりすんの?」
「え!? え、ええと、ね……」
口をもにょもにょと動かし、手を絡ませている。
この反応は、どう取るべきか。
深い事情があるのか、ただ恥ずかしいのか。
「―――ごめんなさい、ちょっといいかしら」
「ん、いいけど……って、え?」
なんともなしに振り向くと、渦中の転校生。
一体何の用だろうか、とそんな考えが頭をよぎる中で、まどかの方へずい、と歩み寄った。
「保健室……連れて行ってほしいのだけれど」
8 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:43:37.28 ID:oOABIArw0
「保健室、ねぇ……そういうタマには見えないけど」
まどかが流された感じで連行されていったのを見送りながら、ぼそ、と呟く。
「そういう病気もあるでしょうから……けれど、口実なのかもしれませんわね」
「口実、って?」
「保健室に行くというのは二人きりになるための建前で、実際は―――二人は愛を確かめ合っているとか」
「……はい?」
また仁美が暴走し始めた、と悟られぬよう溜息をついた。
こうなると、なかなか止まらないので厄介極まりない。
「きっとそうですわ! 幼いころ引き離されていた二人がようやく出会い、その想いを通わせあっているのですのよ!!」
「仁美ってそういうの好きだよねー、でもまあ、」
あながちハズレでもないのかね、とひとりごちた。
9 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:44:32.28 ID:oOABIArw0
あの転校生―――ほむらに見詰められる前から、まどかの様子は妙だった。
と、来れば、何らかの形で関わっているに違いない。
「仁美の言うとおり、幼馴染っていうオチかそれとも典型的な転校生パターンか……」
「典型的なパターン、ですの?」
「ホラ、漫画とかでよくある曲がり角でぶつかるタイプの……ああ、そういうのはわかんないか」
そう言えば、むす、と仁美が頬を膨らませた。
「……その言い方は、心外ですわよ?」
「あはー、ゴメンゴメン、悪かったね」
仁美は自分のように近しい人間にお嬢様扱いされたくないらしい。
対等な友達が欲しいとか、そういう思考だろう。
それもまた、日常の規範の内ではある。
平和だなあ、なんて、老人臭いことを考えながらまどかを待った。
10 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:45:13.97 ID:oOABIArw0
―――昼休み。
「っぷ、あははははははは! ちょっ……まどか、それマジ!?」
「ひどいよさやかちゃん、真面目な話なのに……」
「だって……さあ?」
「あら、いいではありませんか、ロマンティックで」
そうは言っても、出来過ぎた話だ。
夢にほむらが出てきて、そして学校に来てみれば同一人物が転校してきた。
運命の悪戯だとか、そんなことを言ってみてもおかしくない。
「あれだよ、前世からの因果ってやつ? きっと二人は太古の昔、愛を誓い合った仲なんだよ!」
「も、もう……何言ってるのさやかちゃん!」
「いーじゃんいーじゃん、文武両道才色兼備、その上まどかにご執心な様子! 嫁にもらっちゃいなよー!」
「嫁って……もう、さやかちゃんったら!」
11 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:46:09.28 ID:oOABIArw0
実際、あの転校生は妙にハイスペックだ。
授業中に当てられた問題は、まるで呼吸をするように解いていく。
体育でも華麗に優雅に、鮮やかな走り高跳びを披露してくれた。
そんな超優良物件がまどかを気にかけるのは妙だが、それもまた運命の悪戯というやつだろう。
「ほらほらー、今がチャンスだよ? 皆の誘い断って黙々とパン食べてるけど、絶対待ってるってー」
まどかは自分から誘うというのに、他のクラスメイトに対してはつれない態度。
これはまさしく、クールな自分を演じつつまどかを虜にする作戦に違いあるまい。
「善は急げって、ほらほらー!」
「え、わわ、ちょっ……!?」
ぐいぐいと、まどかの手を引き、例の転校生の眼前まで連れて行く。
仁美も楽しそうに、便乗する形で付いてきた。
「暁美さーんっ、一緒にお昼どうっすかー?」
「…………」
12 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:46:52.45 ID:oOABIArw0
黙秘。
目はこちらに向けるものの、特に返事は無い。
「ぐぬぬ……ほらまどか、出番だよ!」
「え!? ええと……」
わたわた、と焦り出すまどか。
転校生の視線も、自然とそちらに向いていた。
「ほむらちゃん……隣、いい?」
戸惑うような声で、子犬のごとく懇願する。
そうして、少し間が空いて。
ごく、と音が鳴った後。
「……別に、断りを入れなくても構わないわ」
あっさりと、了承された。
どうやら口の中身を片付けていただけらしい。
13 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:47:33.71 ID:oOABIArw0
「えー、それで暁美さんは……」
「ほむらでいいわ」
「わお、名前呼びはまどかだけじゃなくていいの?」
「……そういう縛りは無いけれど」
「あら、では私もほむらさんと呼んでも?」
「ええ、お好きにどうぞ」
ファサ、と髪をかきあげる。
どこかの劇団にでも居たのだろうか、と思うが、そうでもないらしい。
退院デビューした結果、こうなったのだろうか。
「それはそうと……まどかとは、どういった関係で?」
「……今日が初対面よ」
14 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:48:11.35 ID:oOABIArw0
「それにしちゃー、やけにまどかのこと気にしてない?」
「そうかしら……もしそうだとしたら、彼女が危なっかしいのが理由、かしらね」
「あー、わかるわかる」
「ええっ!? 二人とも、ひどいよぉ……」
確かにまどかは、傍目にも放っておけない感じがする。
しかし、会ったその日に気付くものだろうか。
まあ、それもまた前世がどう、というやつだろう。
その辺りはまあ、ガードが固そうなのでまた後日にした方が良さそうだ。
「……んー、それじゃあ親睦深めるために、帰り一緒にCDショップ寄ってかない?」
「あら、私は習い事があるのですけれど……仲間外れですの?」
「あー、まあ……ごめんね、仁美もまた誘うから!」
15 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:48:56.09 ID:oOABIArw0
そうして、仁美からほむらに向き直る。
「で、放課後空いてる?」
「そうね……」
手を口に当て、考え込む。
用事があるのなら断ってもいいのだが、考える理由などあるだろうか。
少し間が空いて、口を開いた。
「……わかったわ、付き合いましょう」
「ひゅう、やったねまどか! デートの補佐はあたしに任せてね!」
「え、で、デート!?」
「あらあら、まあまあ!」
「はぁ……」
恥ずかしがったり、楽しそうだったり、頭を押さえたり。
三者三様の反応が、なんとなく面白かった。
16 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:49:27.68 ID:oOABIArw0
―――放課後、CDショップ。
「それじゃ、二人でごゆっくり〜、あたしは探したいやつあるから!」
言い残して、いつも入り浸っているコーナーに向かう。
女子中学生が買うには珍しい、ヴァイオリンを演奏しているだけの曲。
勿論、自分が聴くのでなく、入院している彼―――恭介への、お見舞いだ。
「何かいいやつはっと……ん?」
陳列されている、CDの裏。
少し埃を被ったパッケージ。
「……あ、コレ恭介がこの前言ってた人のだ」
確か、世界的に有名なヴァイオリニストで、恭介も目標にしているのだったか。
持っていけば、きっと喜ぶに違いない。
彼はヴァイオリンのこととなると、凛々しくありながら、子供らしい一面も見せるのだ。
そんな様子を脳内でシミュレートしながら、レジの方へ向かう。
ついでに、ちら、とまどかとほむらが居るであろう方向を見る。
17 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:50:20.66 ID:oOABIArw0
それなりに仲良くやれているらしく、演歌のコーナーだろうか、そこでCDを見ていた。
とりあえず信頼できそうで良かった、と今更ながら思う。
見た目や頭、体力よりそっちが重要だろうが、後の祭りだ。
どちらにしろ結果オーライ、問題は無い。
てきぱきと動く店員のおかげで支払いはすんなりと終わった。
観察に移ろうかな、と再び二人を見ようとした、瞬間。
「―――猫?」
白い影。
視界の端に映ったそれを目で追う。
誰かのペットだろうか。
そもそも、アレは猫なのか。
ごしごし、と目を擦る。
「あれ……?」
目蓋を開いた先には、猫は見当たらなくなっていた。
「さやかちゃん、どうかしたの?」
「いや、別に……って、もういいの?」
18 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:50:50.43 ID:oOABIArw0
声に振り返れば、まどかとほむらが既に近くまで来ていた。
「うーん、それがね……わたし、今日あんまりお金持ってなくて」
「あーなるほど、まどからしいや」
言えば、しょんぼりと肩を落とす。
こういうところがあるので、まどかには弄りがいも感じる。
「少しくらいなら、貸してあげても良かったのだけど……」
「うーん、ごめんねほむらちゃん。お金の貸し借りはダメって、ママに言われてるんだ」
「そう……なら、仕方ないわね」
「ふむぅ……勿体無いなぁ、折角ほむらを誘えたっていうのに」
自動ドアの外へ踏み出せば、外気に触れる。
春の陽気で、ぽかぽかとした空気が身を包んだ。
19 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:51:35.80 ID:oOABIArw0
「……別に、誘ってくれればいつでも付き合うわ」
「お、ホント!?」
「ええ、用事の無い限りは」
「だってさまどか! 良かっ―――」
そこで、異変に気付く。
「……まどか?」
「誰……? 『来て』って、呼んでる?」
「……っ!」
ほむらがまどかの腕を掴もうとする、直前。
突如、まどかが走り出した。
20 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:52:16.96 ID:oOABIArw0
「くっ……追うわよ!」
「え、え……どういうこと!?」
「説明は後……心当たりはある、付いてきなさい!」
言って、ほむらも駆け出す。
「ちょ……ちょっと!? もう!」
一人だけ取り残されたような気になりながら、ついていく。
体力にはそこそこ自信はあるのだが、ほむらと比べればそうも言えない。
「てか……速すぎ、でしょ!」
肩で息をしながら、必死で追いすがる。
交差点を右折して、すぐの所で見つかった。
21 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:53:20.64 ID:oOABIArw0
「はぁ……はぁ……二人とも、速すぎ……」
ほむらはともかく、まどかもなかなか余裕そうなのは何故だろうか。
こういう妙な時に発揮される、火事場のなんとやらか。
「どこ……?」
一見、何の変哲も無い道路。
まどかには何かが見えているのか、聞こえているのか。
「まどか、とにかく今は―――」
ほむらの言葉を、遮るように。
空が。
大地が。
空間の有象無象が、変質していく。
「く……!」
「え、これ、何……?」
「わわっ! ど、どうなってんのさ!」
22 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:54:12.45 ID:oOABIArw0
「―――私の後ろに」
小さく、しかしはっきりとしたほむらの声が響いた。
まどかと共に無言で頷き、それに従う。
「この様子だと……使い魔、かしら」
「使い魔?」
呟かれた単語に疑問を覚えていると、さらに異変が起こる。
蠢いている、無数の物体。
綿菓子と髭と蝶を合体させたような、気味の悪い何か。
「ひ、ひぃっ……ほむら、大丈夫なの!?」
「ええ、この程度なら問題ないわ」
言いながら、ほむらがその群れへと歩み寄っていく。
23 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:55:04.73 ID:oOABIArw0
その身に、紫が纏われる。
その紫光が、装束を形成していく。
どこかの学校の制服に、アレンジを加えたようなデザインの装束。
次いで、形成されたのは盾。
不思議な意匠の施された、バックラーと呼べるであろうサイズの盾。
「わぁ……」
「おお……」
自然と、感嘆の声が漏れる。
それをただ一瞥し、ほむらは盾から銃を取り出す。
安全装置を外したのか、ガギン、と金属音が響いた。
銃口が向くのは、群れを成す異形。
―――響いた銃声は、自分達が完全な非日常に踏み入れたことを象徴していた。
24 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/18(日) 23:57:13.27 ID:oOABIArw0
今日はここまで、懲りずにまたやらかしてますよっと
今更本編時間軸とか時代遅れにもほどがあるでしょうが、まあ生温い目でどうか
更新頻度はどうなることやら、あまり間を空けず続けられればいいんだけどね
足を踏み入れたとか、踏み入ったとかが適した使い方じゃないかと今更思う最後の行
25 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
:2011/12/19(月) 00:09:16.29 ID:jijn4Omo0
乙
どうなるかわからないけど期待してる
26 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/19(月) 00:25:35.73 ID:hlx1BJOa0
乙ですたー!
ほむらがCDショップに同行するだけで、流れは大きく変わって来ると前から思ってたので、この後が楽しみっす。
27 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/19(月) 08:28:55.82 ID:aFGFYtCV0
このさやかちゃんは良いさやかちゃん
28 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/19(月) 16:31:50.55 ID:UwNji5CAO
さやかちゃん視点でかつほむほむ第一印象悪くないとか、そんなの期待するしかないじゃない!
29 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/19(月) 22:20:21.65 ID:+Dba6P0B0
落ち着いて本編の状況とか見ると、
さやほむの仲ってハッピーエンド成立にわりと重要な気がするんだよね
期待!
30 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:19:43.37 ID:z5QkT1TB0
銃弾が飛び交い、異形をなぎ倒していく。
銃声、火花、特有の臭い―――現実でなく、映画などでしか見られない光景。
少なくとも平和に暮らしてきた、さやかとまどかにとっては。
しかしながら、目の前のそれはどうしようもないほどに現実だった。
引き金を引いているのは、今日知り合ったばかりの転校生。
その容姿に似つかわしくもない、無骨な機関銃を軽々と操っている。
その現象は、確かに二人の眼前で起こっていた。
現実と相容れぬ、特異な景色の中で。
気味の悪い、異形に囲まれて。
日常とかけ離れた、危険にさらされている。
常識の範疇で捉えるべきでないということは、さやかにも、まどかにもわかっていた。
景色も、異形も、そしてほむらが纏う装束も非現実的なもの。
なによりこんな状況に今自分があるということが、彼女達の想像の外だった。
31 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:20:40.22 ID:z5QkT1TB0
ほむらの現在の戦闘スタイルは、このような防衛戦に向いているとは言えない。
敵を翻弄し、攻撃を避けながら、的確な攻め手で一気に止めを刺す。
それは確かに、敵を倒す上では有効だ。
しかし、あくまで単独で戦い抜くために編み出した方法。
一応盾も持っているし、さらにほぼ絶対の『切り札』もある。
が、今回はその二つが活躍する限りではない。
盾が守るものは、あくまで自分一人程度。
この数では、元よりその意味を為さない。
もう一つのカードは使えるものの、無闇に二人に知られるのは好ましくない。
それ以上に、必要無いと判断したのだ。
無駄に消耗せずとも、この異形―――使い魔程度ならば、片手間で事足りると。
そう、ほむらは判断した。
32 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:21:13.77 ID:z5QkT1TB0
事実、そうであるのは明らかだった。
使い魔は愚鈍であり、特殊な攻撃手段を有しているわけでもない。
弾幕、と言っても横に薙ぐように掃射するというだけのものだが、それで十分に制圧できた。
それでもやはり、かいくぐってくる個体が存在するのは確か。
数体が跳んで、跳ねて、三人の方へと向かってくる。
「―――その程度、」
想定済み、と言わんばかりに一瞥する。
ぴん、と何かが抜けるような音がした。
出所は、ほむらの口元。
咥えられているのは、金属製のピン。
それが引き抜かれた物体は片手で放られ、使い魔の眼前に飛来し―――直後。
閃光と轟音と、衝撃波を一帯にもたらす。
「……っ」
「ちょ、わわわっ!」
33 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:21:52.43 ID:z5QkT1TB0
ちら、とほむらの瞳が狼狽する二人を視界に捉えた。
「……埒が明かないわね」
残りは半数と少しくらい。
それ自体は問題無いが、二人への影響が心配になってくる。
万が一、怪我でもしてしまえば力を温存している意味も無い。
ならば、埒を明けてしまおうと。
ほむらが盾の中に収めている対戦車砲―――RPG-7に手をかけた、瞬間だった。
「なら……私が手を貸してあげる」
ぴく、と声にほむらが小さく反応する。
「え……だ、誰?」
その問いに、答えるかのごとく。
使い魔の群れの上空に、無数のマスケット銃が現出した。
34 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:22:41.36 ID:z5QkT1TB0
「な、なぁっ!?」
「……これは、」
圧巻。
それを形容するのに、最も適した単語だった。
先程までは戦力差があると言えど、使い魔は『狩る』側と言えた。
ほむらが全力を出さなかったことも理由ではあるが。
だが確実に、この空間の絶対者は交代した。
その本人―――金髪の少女は。
「悪いけれど……フィナーレといかせてもらうわね」
す、と彼女はただ、腕で示した。
自らの力の権化達に、ただ一つの命を。
放て、と。
そうして、爆風が空間を支配した。
35 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:23:29.44 ID:z5QkT1TB0
「わぉ……」
ただただ、感嘆の声を上げるさやか。
堰を切ったように、空間が急速に元通りのそれへと戻っていく。
それに目を奪われ、見回すまどかとさやか。
なんだったのだろうか、と顔を見合わせる。
知っていると思われるほむらの方に、目を向けようとすると。
「……結界に迷い込んでしまったのかしら、あなた達、怪我は無い?」
「あ、はい……あの、あなたは?」
「私は巴マミ、そこの彼女と同じ魔法少女よ」
聞き慣れない単語。
きょとん、と二人が固まった。
36 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:24:05.34 ID:z5QkT1TB0
「……魔法、」
「少女……?」
「あら、知らなかったの? てっきり……」
「……私は今日転校してきて、彼女達は偶然使い魔の結界と出くわしただけよ」
「そう……なるほど、そういうことなのね」
知らない情報を説明されないまま会話が成立しており、どうするべきかと右往左往するまどかとさやか。
聞くべきか聞かぬべきか迷っていると、意外な所から答えが返ってくる。
「―――魔法少女、さっきの使い魔や、魔女を狩る力を持った少女のことさ」
「え……えっ!?」
足元。
そこに居たのは、白い小動物のような、人語を解する存在。
37 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:24:50.47 ID:z5QkT1TB0
「もしかして……さっきの白猫っぽいやつ!」
「猫か……まあ、サイズは近いかもしれないが」
「……その声、さっきの?」
「ああ、使い魔が出たからマミを呼んでいたんだが、君にも聞こえていたみたいだね」
そういうものだろうか、とまどかはなんとなく気にかかった。
今さやかには聞こえているのに、あの時は何故自分にだけ、と。
しかし些細なことだろう、とそう意識はしなかった。
「あら、あなた達キュゥべえが見えるのね、それじゃあ……」
「ああ、鹿目まどか、美樹さやか。君達には是非ともお願いしたいことがあるんだ」
「どうして名前……って、お願い?」
「二人とも僕と契約して―――魔法少女になってよ!」
38 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:25:52.80 ID:z5QkT1TB0
かしゃん、と紅茶の注がれたカップが、各々の眼前に置かれていく。
説明のためにと、全員がマミの部屋に足を踏み入れることとなり、今に至っている。
緊張しているらしいまどかと、特に必要としていなさそうなほむらを横目に見ながらさやかが紅茶を口に含んだ。
なんとなく、どこかの上流階級気分を心中で味わう。
それに続いて、まどかもカップに口をつけた。
「さて……順を追って説明していこうかしら」
「あ、はい」
「ん、うんうん、なんでも言ってくれて構わないのだよー」
「……立場が逆よ」
さやかのボケをほむらが突っ込み、マミがにこやかに流して、説明は始まる。
「まず、そうね……魔法少女の証、ソウルジェム。普段は指輪の形態にしているんだけど、」
マミがその件の指輪に手を添えれば、丸みを帯びた宝石へと変わる。
39 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:26:45.79 ID:z5QkT1TB0
「これが私達、魔法少女の力の源よ。まあ……いわゆる変身アイテムみたいなものね」
「ほへー……綺麗なもんだ」
「これは彼……キュゥべえと契約することで生み出されるの」
「契約……って、どんな?」
そう問うと、待っていましたとばかりにキュゥべえが口を開く。
「願いをひとつ言ってくれれば、僕がそれを叶えてあげる……その代わりに、魔女と戦う使命を背負うわけだ」
「なるほどなるほど、ギブアンドテイク……願いって、どんな?」
「特に縛りは無いね。金銀財宝でも、不死の肉体でも、なんだって構わないさ」
おお、と思わず感嘆の声が漏れる。
40 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:27:22.09 ID:z5QkT1TB0
嘘くさい、といつもならば思ったのかもしれない。
しかし、さやかにとってもまどかにとっても、今日という日はあまりにも非日常だった。
そういうことがあってもおかしくないと、思ってしまうような状態にあるのだ。
「そっかぁ、うーん、願い事願い事……」
「さやかちゃん、願い事目当てでなっちゃうのはあんまり……」
「いや、そういう子は沢山居るよ。僕としては、どちらでも困らないからね」
だから気軽に考えてくれ、とでも言いたげにキュゥべえが勧める。
「―――けれど、そんなに甘いものでもないわ」
そこで、ようやくほむらが口を開いた。
さやかとまどかとしては驚きよりも、ああ、やはりそうなのか、という感想が強かった。
どこかで上手い話でありすぎると、感じていたのかもしれない。
41 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:28:04.78 ID:z5QkT1TB0
「戦う相手は今日のような雑魚ばかりでなく……アレとは比較にならないほどに、強大な魔女だっているのよ」
「うへぇ……そりゃきっついなぁ……」
「そうね……確かに、軽々しく決めるのはあまりお勧めできないわ」
何か思う所があるらしく、マミが感慨深げに視線を落とした。
「僕としては、早く決めてもらいたいんだけどね?」
「こーら、女の子を急かすんじゃありません……話せるのは、こんな所くらいかしらね」
「はい、ありがとうございました……あ、もうこんな時間」
「あ、ほんとだ……それじゃマミさん、失礼しますね」
「ええ、また時間があるとき、ゆっくり話しましょう」
42 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:28:55.48 ID:z5QkT1TB0
さやかを先頭に、まどか、ほむらと連なって外に向かう。
「―――暁美さん、少し」
いいかしら、と言う前にほむらが振り向かず、返す。
「恐らく、あなたが危惧するべき人物ではないと自覚しているけれど」
「そう……それなら一緒に戦うこともあるかしら」
「あなたがそれを望むなら、私に断る理由は無いでしょうね」
答えに満足したのか、マミが小さく微笑んだ。
「それと……二人の契約に、えらく慎重なようだけど」
「……彼女達はまだ引き返すという選択肢も取ることができる。他に道が無いわけではないから」
「まあ、そうね……」
「不満かしら?」
「いいえ……あなたのように友達を大切に思える魔法少女がこの街に居るのなら、安心よ」
友達、という言葉を、ほむらは口の中で小さく響かせた。
43 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:29:43.38 ID:z5QkT1TB0
「いやぁ……なんていうか、今日はいろいろあったねぇ」
「そうだね、わたし疲れちゃったよ……」
「まあ、そうでしょうね……それほど魔法少女が、日常から逸脱したものだということよ」
「ふぅん……」
夕日に照らされながら、歩く。
いつもと一人、違う顔ぶれで。
それもまた、非日常へ足を踏み出した証拠か。
「……ほむらにとってさ、魔法少女ってどんなもの?」
「突然ね……そうね、強いて言うなら片道切符の列車に乗せられるようなものかしら」
「それって……どういうこと?」
44 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:30:18.37 ID:z5QkT1TB0
まどかの問いに、ほむらは空に目を向けながら、答える。
茜色に、美しく染まった空。
「一度踏み入れれば戻る術は無く、別の道には進めなくなる。つまり、そういうことよ」
随分と否定的だな、とさやかは思い、まどかも感じただろう。
けれど、無理に詮索はしない。
気を遣ったのに加え、聞く勇気が無かっただけの話。
「ま、心に留めとくよ」
「そうしてくれると嬉しい……また襲われてもいけないし、送っていくわ」
「あ……ありがとう、ほむらちゃん」
「……ふふふ、頼もしい限りだよ」
非日常においても、人の心の根幹は変わらない。
さやかとまどかにとって、今日は心強い友達を得た日には違いなかった。
45 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/19(月) 23:32:40.17 ID:z5QkT1TB0
今日はここまで
このパターンはやっぱり導入部が似たような感じになるのよねっていう
そうそう、このさやかちゃんはいつもより5割増くらいで馬鹿だったりします
どういう意味かは、後々わかってくるものかと
46 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/19(月) 23:35:52.66 ID:0anh8dlIo
乙
このさやかには惚れてしまいそうな予感がする
47 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/19(月) 23:37:00.88 ID:+Dba6P0B0
乙でした
あ、あれだよね馬鹿で元気な無礼者っていうテンプレ主人公的な意味での馬鹿だよね
そうだよねそうに決まってるよねあははは……はは……
48 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/19(月) 23:43:07.57 ID:hlx1BJOa0
乙ですたー!
>このパターンはやっぱり導入部が似たような感じになるのよねっていう
でも、マミさんのほむらへの第一印象が悪くない状態からってのはあんまり見ない気がするから
コレはコレで続きが楽しみになる
次回も楽しみにさせていただきます
49 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/20(火) 08:21:15.56 ID:I6R3pIfIO
代わりにほむらは5割増し位でコミュ力が上がってるなw
50 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/20(火) 18:11:10.51 ID:SvOkNzyF0
本編でマミさんがほむらと上手くいかなかったのは、最初にマミさんにとって命の恩人であるQBを襲っていたからだものな。
あれがなければ最初やループであった通り、マミさんと共闘していた可能性は高い。
問題は魔法少女が絶望の果てに魔女化する事を、どう心中以外で解決しなくてはならないかだが、
さやかちゃんが魔女化しなければ(もしくは魔法少女にならなければ)、ワルプルギス戦までチームで戦えたかも?
51 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:27:43.44 ID:gkeLmALj0
昼休み。
「ふぅ……」
屋上の風を受けながら、溜息をつく。
「どうしたの、さやかちゃん?」
「いや……別に世界が変わったわけじゃあないんだよねー、と思って」
そう、何ら変わり無い。
昨日とまったく違わない世界が、目の前には広がっている。
「魔法少女というものは元々世界に存在していたからね。ただ、君達がそれを知ったというだけのことさ」
「まあ……それもそうか」
非日常が確かに存在することを再確認させられるのが、納得させた張本人。
キュゥべえは魔法少女の資質を持っていないと見えないらしく、こうして自然に学校に居るわけである。
ちなみに屋上に居るのも、会話が傍目には独り言でしかないからだ。
テレパシーのようなものも使えるが、慣れていないので直接の会話を選んだ。
52 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:28:26.15 ID:gkeLmALj0
「そういやさ、使い魔とか魔女とかっていうのは、一体何なの?」
「ああ、それについては説明していなかったね」
前者については、実物を見ている。
ゲームや漫画における魔物のようなものだろうか、と推測した。
「魔女は魔法少女の対極にあり、絶望を撒き散らすもの……簡潔に述べれば、人を襲うわけだ」
「やっぱり、そうなんだ……」
「……まあ、世間では原因不明の自殺や事故、殺人などとして扱われているんだけどね」
そう聞いて、思い出すのは幼馴染の顔。
彼の怪我もまた魔女が関係しているのだろうか、となんとなく思う。
「魔女は一般的に結界に身を隠している……ほむらやマミが居なければ、君達はあそこから生きて出られなかっただろうね」
53 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:28:58.85 ID:gkeLmALj0
「そっか……結構危なかったわけだね」
「まあ、そういうことだ。これからは二人と行動を共にするか、戦力を持つかするのを勧めるよ」
「うーん……でも、魔法少女って言われても実感が湧かないし」
まどかの言うとおり、きっと確かな理解はできていない。
又聞きによる知識ばかりでは、どうしようもないのだが。
「……それなら、実感してみよっか」
「え、それってどういう……?」
「キュゥべえ、マミさんにテレパシー送ってくれる? ほむらはまあ怒られそうだけど……事後承諾で、どうにか」
「……なるほど、意図はわかった。僕としてもそれが望ましいよ」
「……?」
54 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:29:35.94 ID:gkeLmALj0
「―――それで、こういう状況に至るわけ?」
こういう状況。
放課後に集まっているさやかとまどかと、ほむらとマミ。
また仁美は居ないが、事情が事情であるので仕方が無い。
そして、その目的とは。
「『魔法少女の戦いを間近で見たい』だなんて……見世物じゃないのよ?」
じろ、とほむらが発案者のさやかを睨み付ける。
昨日釘を刺したというのに、まるで学習しないというのが、少々苛立たしいのだろう。
「あはは……」
「ま、まあまあ……ちゃんと守ってあげればいいじゃない?」
「……物理的に守ることに限れば、それでもいいのだけれど」
実際、ただ魔女から守るだけならばそれほど悪い行動ではないかもしれない。
知らない所で魔女に襲われるということはなく、手元に置いておけるのだから。
55 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:30:25.18 ID:gkeLmALj0
どちらかというと気にしているのは、精神面の話。
魔法少女を単純な正義の味方と捉え、それに憧れてしまうこと。
それを防ぐために、ほむらは今、ここに居るというのに。
ほむらとしてはできるだけ、魔法少女という事柄に関わってほしくないのだ。
しかし。
「ごめんね、ほむらちゃん……でも、わたしも魔法少女のこと、ちゃんと知っておきたいから」
こうなれば、どうあっても引かないのだろうとほむらは感じていた。
はぁ、と仕方無さそうに溜息を一つ。
「……条件が、ひとつ」
「あら、何かしら……」
ぴ、と人差し指を突き出し、提示する。
56 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:30:55.92 ID:gkeLmALj0
「私は護衛に専念させてもらうわ。わざわざ危険な結界に乗り込んでいくのだから、ね」
「それは私からもお願いしたいぐらいよ……よろしく頼めるかしら」
「ええ、勿論」
ひとまず了承、という形。
しかし。
「…………」
なんとなく、冷たい視線を送られるさやか。
事後承諾だから余計に怒っているんだろうな、と考えながら、ただ苦笑いをする。
そうだとしてもやはり事後は事後。
既に決まったことを覆すのは、無謀な話であった。
57 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:31:38.70 ID:gkeLmALj0
「魔女を探すのには、ソウルジェムの反応を頼りにするの」
マミの示したソウルジェムは、黄色の光をたたえている。
だが、それ自体は先日と変わり無い。
ここから変化が起こると、魔女や使い魔が近くに居るということなのだろう。
「……まあ、それだけでは足りないから、事故や事件の起こった現場を見回ったりするわね」
魔女の呪いは事故や自殺として現実に具現する。
多発している箇所があれば、間違いなく黒幕がいる、という推論。
「それと、生命力の弱い人が集まる場所……病院なんかに魔女が取り憑くと、多くの犠牲者が生まれかねないわね」
「病院……」
そう聞いて、さやかの脳裏に浮かぶのは幼馴染の顔。
他人事ではないな、と改めて心に刻む。
58 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:32:19.99 ID:gkeLmALj0
突如、ソウルジェムの輝きが眩いものへと変わった。
「これは……近いわね、こっちよ!」
駆け出すマミに連なり、目的の地点へと向かっていく。
暗い路地に入り。
まどかが野良猫に興味を惹かれながらも、そのまま突き進んで。
「廃ビル……なるほど、此処ね」
「―――皆、あれ!!」
切羽詰ったさやかの指差す先には、屋上でふらふらと、今にも飛び降りようとする女性。
当然、彼女達がそこに到達するには時間が足りず。
ぐら、と。
一切の躊躇も無く、心からそれを望んでいるかのごとく、落下する。
さやかとまどかが、思わず目を瞑った。
59 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:32:52.65 ID:gkeLmALj0
「安心して―――やらせないわ!」
マミの全身が瞬時に黄色を纏い、装束を形成する。
さらに続いて生み出されるは、リボン。
と言っても、魔力によって生み出されるそれは、並みの刃では傷も付かないのだが。
それを束ね、クッションのように女性の真下に配置し衝撃を和らげる。
ふわり、と優しく、ゆっくりと地面に横たえられる。
「これは……」
「大丈夫、気絶しているだけよ……」
言いながら、女性の首筋を探るマミ。
そうして、特異な刻印を見つけ出す。
「やはり、魔女のくちづけね」
「くちづけ……?」
「魔女の呪いの証よ……詳しい説明は後、行くわよ!」
60 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:33:30.11 ID:gkeLmALj0
廃ビルの内部。
結界はまさに見てくれ、と言わんばかりに煌々とその存在を主張していた。
常人は恐らく、気付かないのだろうが。
マミが先導し、入っていく。
さやかとまどかは、少し躊躇した。
「恐いのなら、帰ってもいいのよ?」
「そ、そういうわけじゃない! 武者震いがしただけだい!」
言って、さやかはまどかの手を引いて入っていく。
「……世話が焼けるわね」
溜息をつき、戦闘のための装束を纏う。
手馴れた様子で躊躇せず、ほむらも結界に入っていった。
61 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:34:03.48 ID:gkeLmALj0
「うわぉ……」
洋風の建物の造りなのかもしれないが、どう見ても異界でしかなかった。
その世界を舞う、蝶に余計なパーツを付けた使い魔。
「それじゃあ、暁美さん」
「ええ、後ろは任せて存分にやりなさい」
ジャコ、と重厚感たっぷりの音が響く。
音源はほむらの手にする、物騒な長銃。
「……それにしても、随分無骨じゃないかしら?」
「利には適っているわよ?」
「でも、それって魔法少女なのかしら……」
複雑な顔をしながら、歩みを進めるマミ。
彼女の持つ魔法少女のイメージとほむらのそれは、食い違っているらしい。
62 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:34:41.02 ID:gkeLmALj0
マミがその手に持つのは、火打ち式のマスケット銃。
ただし、その弾丸、銃身全てが魔力によって生み出されたもの。
くるくる、と優雅にそれを回し、狙いをつける。
銃弾が放たれ、使い魔へと打ち込まれる。
それだけでその肉体と言えるものは、弾け飛ぶ。
「おぉ……」
「……感心している場合ではないわよ」
「え……ああっ!?」
別方向から、使い魔が三人の方へ飛来してくる。
おどおどと未契約の二人がうろたえるも、さやかが思い切って前に立った。
「く、来るなら来い! さやかちゃんが相手になってやらーっ!」
シュッシュッと拳を突き出すも、威嚇にはなりえない。
そのまま異形の蝶は、さやかに向かって突き進んだ。
63 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:35:10.87 ID:gkeLmALj0
「……まったく、何のための護衛だと思っているの」
空気が爆ぜ、衝撃波が生まれる。
ほむらの長銃―――否、散弾銃が至近距離で使い魔に発射されたのだ。
たまらず弾け飛び、ミンチ状になって地面に転がる使い魔。
「勇敢なのは構わないけれど、自分の役割くらい把握してもらえないかしら」
「おー、ありがとほむら、かっこいいぞー! まどかもそう思うっしょー?」
「あ……う、うん!」
「……聞いていないわね」
そうは言っても、口元が少し緩むほむら。
無意識であったのだろうが、気付かれていたならどう反応したか。
何にせよその表情はすぐに消え、感覚を鋭敏に研ぎ澄ます。
64 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:35:46.81 ID:gkeLmALj0
銃声と、衝撃。
使い捨てられる際、霧散していくマスケット銃。
リロードのたび、地面に転がる薬莢。
そして生み出されるは、使い魔の残骸。
4人が進む道の景色は、そういうものだった。
戦いというより、制圧。
互いの総力戦でなく、一方的な制圧戦。
蹂躙に近いそれであったが、強力な魔法少女が二人も存在しているからこそ。
凡百の魔法少女であれば、こう鮮やかにはいかない。
「この先ね……」
辿り着いた先に在ったのは、扉。
最後の、ささやかな防壁だったのだろうか。
「行くわよ!」
それは開かれ、景色は加速し―――幾多の扉が開かれていく。
そして、その先に現れるもの。
65 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:36:27.31 ID:gkeLmALj0
それは、なんと形容すべきか。
「うぷっ……」
薔薇園。
ただし異形のそれであって、現実と異なるもの。
その中央に、鎮座するソレは頭部がゲル状の形態を取り、不恰好な胴に不似合いな蝶の羽根を付けて。
「あ……あんなのと戦うんですか!?」
思わずまどかがそう漏らすのも当然ではある。
同じ異形でも、今まで見てきたものとはケタが違う。
「大丈夫よ、それじゃあ……任せるわね?」
「ええ、好きなだけやるといいわ」
くす、とマミが微笑んで、薔薇園へと飛び入る。
「悪いけれど、後輩達の前だから……遠慮はナシよ?」
66 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:37:06.36 ID:gkeLmALj0
たん、と床に降り立ち、魔女と相対するマミ。
侵入者への警戒か、睨み付けるように魔女が反応する。
庭園の主への敬意を示すように、マミはスカートの裾を広げる。
内側からマスケット銃が出現し、地面に突き刺さった。
その銃口を、魔女に向ける。
ズドン、と激しい音と共に放たれる。
しかし意外にも俊敏な動きで魔女はそれを回避する。
2発、3発と銃弾が貫くのは壁だけ。
そして、魔女もただ回避するだけではない。
外敵の排除のために、攻め手を講じる。
「……マミさんっ!」
67 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:37:33.90 ID:gkeLmALj0
さやかの叫びにマミが周囲を見れば、白い蝶が群を為し、一つの形態を取る。
標的を拘束するための、ロープのような。
別に動きを封じられたところで、どうこうされるような相手でもない。
しかし、わざわざされるがままになる必要も無い。
そう、マミは判断した。
「……パッソ」
ぼそ、と呟けばただの一歩で瞬時に蝶の射程圏外へと抜け出す。
そうして再び生み出した銃でもって、打ち抜くことで蝶を散らす。
「残念だったわね、縛られるのは―――貴女の方よ?」
ぱちん、と指を鳴らせばリボンが飛び出す。
外れた弾丸、否、わざと外した弾丸から。
68 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:38:10.51 ID:gkeLmALj0
瞬時に魔女を絡め取り、ぎちぎちと締め付ける。
いくらもがこうと、その拘束が解けることは無い。
「終わりね……」
たん、と地を蹴り、空中でくるくると回転しながら、右手に魔力を収束させる。
そして、魔女のまさに眼前。
零距離で生み出されるのは、極大の砲身。
マミにとって最高で、絶対の必殺の一撃。
ただ純粋に、膨大な魔力の奔流を叩き込む。
しかし、それゆえに強力である技の名は。
「ティロ―――フィナーレッ!!」
名の示す通り、最終射撃。
魔女は回避も防御も反撃も許されず、ただ消え去るのみ。
69 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:38:42.73 ID:gkeLmALj0
「……すっご」
ぽかん、とまどかとさやかがそれにただ感嘆する。
圧倒、というのがそれを形容するに相応しい。
「彼女がああなるまでは、数年の歳月を要した」
つまり、マミの強さは経験から来るものだということ。
生来のセンスだとか、才能ではないと。
そう、ほむらは補足した。
「けれど魔女と戦っていくには……あのくらいでないと、厳しいでしょうね」
マミの上空から紅茶の入ったカップが出現する。
それを右手と左手のソーサーで受け止め、口をつける。
飲み干した後、三人に向かって満面の笑みで振り向いた。
70 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:39:16.37 ID:gkeLmALj0
その、少し後。
近くの病院の、ある病室。
「……すごい、さやかは本当に珍しいものを見つけてくるね!」
「え、えへ……そう?」
恭介が、子供のような笑みを向けてくる。
なんだか照れくさくて、目をそらしながらぽりぽり、と頬を掻いた。
「それじゃあ早速、っと……」
「……どうしたの?」
何か問題でもあっただろうか、と不安になりながら聞いてみる。
「いや……折角さやかが見つけてきたんだし、一緒に聴くのはどうかと思ったんだけど」
「え……ふぇっ!?」
71 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:39:55.39 ID:gkeLmALj0
思わずらしくもない声が出て、頬をぐにぐにと押さえる。
「嫌、だったかい?」
「い、いえいえ! 聴く聴く、一緒に!」
よかった、とでもいう風に、イヤホンの片方を耳にはめてくる。
そのくすぐったい感触までが、恥ずかしい。
せめて少し離れないと、恥ずかしさで死んでしまいそうだった。
しかし。
「……あ」
ぴん、とイヤホンがそれ以上伸びないことを示してしまう。
苦笑いをしながら、恭介が軽く身体を寄せた。
ばくばくと、心臓が別の生き物であるかのように暴れる。
ヴァイオリンの曲を聴いているはずが、メインが打楽器か何かに変わっていた。
72 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:40:23.35 ID:gkeLmALj0
あたふた、あたふたと一人焦りながら、ちら、と恭介の方を見る。
だが、その顔は予想に反してどこか寂しそうな―――耐えるような表情だった。
きっと、自分の腕で弾いていたころを思い出しているのだろう。
しかし、今はそれができない。
彼の左腕はその機能を為すことなく、ただ横たえられている。
きっと、もどかしいはずだ。
きっと、苦しいはずだ。
けれど、恭介にはどうすることもできない。
ただ、生きる道であるに等しかったヴァイオリンを奪われたまま、天井を見つめるだけ。
自分もまた、それを見ていることしかできなかった。
医者でなく、ただの幼馴染である自分には。
心の支えも、同じ立場に立つことができない自分では厳しいものがあった。
73 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:41:02.22 ID:gkeLmALj0
だが。
「……ねえ」
今は、方法が一つある。
「ん……どうしたんだい、さやか?」
戦う運命と引き換えに叶えられる、願い。
たとえ、現実的に不可能なことでも。
契約すれば、確かに実現する。
それはとても魅力的で、今の自分にとってまさに救世主のようなものだった。
「……ごめん、やっぱりなんでもないや」
まだ、踏み出すかどうかは決められない。
その先に光があると、確かに信じているのだけれど。
74 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/20(火) 22:41:33.19 ID:gkeLmALj0
今日はここまで
本編よりあっさりやられた感のあるゲルトさん回でした
仕方ないんだ……だってこの辺、あんま変わらないんだもの
次回くらいから変わってくるといいなと思いました
75 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/20(火) 23:25:11.35 ID:mOZZtr1Ro
乙
楽しみにしてるぞ
76 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/21(水) 00:23:22.32 ID:kE3v31lAO
乙カレー劇団
77 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2011/12/21(水) 00:46:41.44 ID:psmAVDxYo
乙
78 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/21(水) 01:02:09.74 ID:GMjpG/gU0
>>1
乙 マスケット銃は単発だから、薬莢は排出されないのよっと
79 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/21(水) 01:57:12.03 ID:U6q1IesYo
>>78
そこはほむらを描写してるんじゃない?
80 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:27:37.28 ID:EflhMgi30
>>78
おう、薬莢はほむらさんのショットガンの方で、マスケット銃は霧散してるんだ
わかりにくくてすまんね
マミさんは魔力で作ってるなら使い捨てずに魔力込めたらまた撃てるんじゃとかゲフンゲフン
まーあんな長い銃だとずっと持ってるより使い捨てるほうが絵になるからねぇ
では投下
81 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:28:15.83 ID:EflhMgi30
暗闇で蠢く、小さな影。
暗闇で影、というのも妙な話だが、事実そうであるから仕方ない。
そこに差し込む、一筋のの巧妙。
まさしく、裁きの光。
「ティロ・フィナーレっ!!」
影は所詮、使い魔にすぎず。
ただ、為す術も無く消え失せるのみ。
そうして、闇の消えた空間。
照らすは星の輝きと、街頭の光。
それは、勝利を祝福するかのごとく。
ただ、そこに佇む少女を照らした。
82 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:28:44.83 ID:EflhMgi30
「うっはー、やっぱすごいなぁ」
「もう……見世物じゃないのよ?」
「はーい、わかってますって」
纏っていた魔力を解き、元の制服姿に戻るマミ。
後ろに控えていた、さやかとまどかとほむらがそれを迎えた。
「それじゃあ……もう遅くなってしまったし、帰りましょう」
「確かに……そろそろパパとママが心配してそう」
辺りは暗く、魔女以外の危険も出始めるころ。
余りに遅いと、深夜徘徊で捕まる可能性も出てくる。
そうなってしまうのは、どうにも間抜けな話だ。
83 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:29:21.77 ID:EflhMgi30
「……そういえば、二人はどういう願いで魔法少女に?」
まどかが、問いを一つ。
思わずマミは顔をしかめた。
あまり、語りたくはない思い出であるから。
「あ……言いにくいなら別に、」
「―――私の場合は、」
微妙な空気を感じて、やめておこうかと意思を告げる、丁度その時。
ほむらの方が、口を開く。
「詳細は話せないけれど……そうしなければ今、私はここであなた達と過ごせてはいないでしょうね」
「……それって、」
ほむらはただ頷きもせず、さやかとまどかを見詰めるのみ。
それに背中を押されてか、マミも口を開く。
84 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:30:42.78 ID:EflhMgi30
「そうね……私も契約する以外に選択肢は無かった。魔法少女にならなければ、生きられなかったのよ」
「……そう、なんですか」
思わず二人が目を伏せる。
二人が契約した理由が、あまりに重かったから。
もっと単純な願いであったり、魔女を倒すために契約したのなら、そう受け止めることもなかっただろう。
「別に、そのことをあなた達が気にすることはないわ……後悔しない選択をしてほしいとは、思ってるけど」
後悔しない選択。
契約しなければよかったと、違うことを願っていれば良かったと。
そう、思うことが無いように。
「後悔しない、かぁ……」
「魔法少女にならずとも―――あなた達は、一人の少女として普通の幸せを手にすることもできる」
日常の中にも、平凡な幸せがある。
それを手に入れる権利は、誰だって持っている。
「……それを、忘れないで」
ほむらの忠告は、懇願にも見えた。
叶わないことを、どうにかそう在って欲しい、と願うような。
85 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:31:23.98 ID:EflhMgi30
ふらふらと、部屋に歩み入る。
そのままどさ、とベッドに倒れ込んだ。
「……普通の幸せ、かぁ」
それは一体、どういうものか。
まあ、特に今と変わらないだろう。
まどかが居て、仁美が居て、ほむらが居て、マミさんが居て―――そんな、今日も過ごした世界。
平和で、明るくて、楽しい世界。
けれど、それでいいのかと。
確かにそこにある現実から、目を逸らしていいのかと問う自分が居る。
確かに魔法少女も魔女も、非現実的でとても日常にはそぐわない。
だが、ただそう見えるだけ。
現実に、存在しているのだ。
自分はそれを、知っている。
知った上で、選択できる。
86 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:32:03.63 ID:EflhMgi30
ごろん、と仰向けになり、天井に手を伸ばした。
自分の叶えたい、願いとは何か。
自分自身、強い夢があるわけではない。
けれど、夢を叶えてほしい人が居る。
夢に生き、今まさに、夢を手折られかけている人が。
自分はその夢を守ることができる。
その術を、知っている。
戦いの運命に恐怖し、見捨てたとしても誰も責めはしないだろう。
そんな絵空事を聞いて、現実だと思う人がどれ程居るだろうか。
既に契約した二人に至っては、止めはしないものの、よく考えろと言っているのだ。
87 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:32:38.85 ID:EflhMgi30
しかし逆に考えれば、だ。
二人はそんな運命の中に生きているのだ。
それも、戦いの運命を望んだわけでなく、叶えなければならない願いのために。
今の生き方以外に、行く道が無かったのだ。
自分はずっと、恵まれている。
ただ生きていくだけで、幸せな日々を送ることができる。
だからこそ、思うのだ。
自分のような人間こそ、身を捨てて戦うべきなのではないか、と。
夢も無く、ただ平凡で、代わり映えも無く行き続けるよりも。
誰かの夢を守るほうが、ずっといいのではないかと。
そう、思うのだ。
88 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:33:10.48 ID:EflhMgi30
見て見ぬ振りをすれば、失われるかもしれない。
まどかの、仁美の、ほむらの、マミさんの、恭介、の―――命が。
守ることができるかもしれない。
それ以外にも存在する、幾多の可能性を持つ命を。
笑顔を。
自分の住む、この世界を。
ぎゅ、と真上に掲げた手を力強く握る。
ぐぐ、と足を跳ねさせ、その反動で飛び起きる。
答えは決まった。
道も決まった。
決まっていなかったとしても、探していけばいい。
戦いの中で、自分の信じるものを。
「―――キュゥべえ」
89 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:33:52.10 ID:EflhMgi30
陽が再び昇り、傾いたころ。
病室には、心地よい風が吹いていた。
そこに、靴音を響かせながら踏み入れる。
「―――さやか!」
嬉しそうに、弾んだ声が聞こえた。
思わず、笑みが漏れる。
「聞いてくれ……腕が治ったんだ、動くようになったんだよ!」
「ふふ……嬉しそうだね、恭介」
「当たり前さ! これでまた、ヴァイオリンが弾けるようになったんだから……!」
どうしようもなく嬉しいと、その様子が語っている恭介。
良かった、と改めて思った。
90 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:34:37.76 ID:EflhMgi30
「……ありがとう、さやか」
「えっ……!?」
まさか、気付いたというのだろうか。
そうだとしたら、どうやって。
だが、その発想は杞憂に終わる。
「君は、ずっと通ってきてくれたからね……治ったのも、君がいてくれたからかもしれない」
「あ、あはは、そんなこと……」
まったく、心臓に悪い。
彼は別の意味でも心臓に悪いが、こちらの方はあまり望ましくない。
ともかく、ほっと胸を撫で下ろした。
91 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:35:11.24 ID:EflhMgi30
「ヴァイオリンは諦めないといけない、って言われてたからね……本当に嬉しいよ」
「……そっか」
それが、自分のおかげだと。
魔法の力で治ったのだと言ったら、信じるだろうか。
人の良い彼のことだ。
信じ込んで、大袈裟に感謝するかもしれない。
けれど、それは自分が望んだことでない。
この笑顔を、守ることができた。
夢を未来に、繋げられた。
ただ、それで十分だった。
「それじゃ、あたし行くね」
「……いつもより、随分早くないかい?」
「うん……大事な用事が、あるんだ」
青い光が、手の中でひときわ強くなるのを感じて。
ゆっくりと、踵を返した。
92 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/21(水) 22:35:47.35 ID:EflhMgi30
今日はここまで
なんだか少し中だるみな感じな回
まあ気のせい……ではないな、コレは
契約してからが本番なんで仕方ないっちゃ仕方ないんだが
そんなこと言って後々のハードル上げるのは自殺行為ですね、すみません
93 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/21(水) 22:39:35.11 ID:+6NcvTPd0
やっちまったああああああああ!?
94 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/21(水) 23:07:42.75 ID:Mt6dC/4I0
安定の、安定の……
い、いやまだだまだあわてる時間じゃななななななn
95 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2011/12/21(水) 23:32:34.13 ID:1Aaqpkszo
おい待て早過ぎるぞ!?
96 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/21(水) 23:35:43.67 ID:2q0gceZq0
疾い……!
97 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/22(木) 00:01:37.98 ID:fKluVmYAO
乙タヴィア・フォン・ゼッケンドルフちゃん!
98 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/22(木) 00:38:01.71 ID:Hee1Xt2DO
もう詰んだじゃん
99 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/22(木) 05:07:28.30 ID:qxQkNTUAO
いきなり契約かよ!?
早い、早すぎるぞ……!
100 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/22(木) 18:48:26.22 ID:I8N2qasK0
さやかちゃん終了のお知らせ・・・か?
101 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:29:16.38 ID:4zILOSQF0
すぅ、はぁ、と深呼吸。
ぱん、と気つけに頬を叩いた。
「……よし!」
見据えるは、魔女の結界の入り口。
どことなく揺らいで見えるのは、出来て間もないからか。
魔力を纏う。
その色彩は、青。
どことなく、西洋の騎士を連想させる装束。
手に握る得物は剣。
単純明快で分かりやすい武器だ。
自分にとってそれは都合が良い。
一歩、また一歩と踏み入れる。
魔性の存在の、棲み処へと。
102 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:30:57.97 ID:4zILOSQF0
そうして、眼前に広がる景色は。
「これって……お菓子?」
ケーキの断面や、塗りたくられたクリームのような壁面。
以前見た薔薇園よりもまだ見栄えはいいが、ファンタジックなものに変わりは無い。
そこを闊歩するは、小人かマスコットにも見えなくも無い、小さな使い魔。
「……はっ!? そっか、敵なんだ!!」
間が空いてから、目の前の存在の本質に気付く。
見たことのあるものと随分違っていたから、なかなか使い魔だとわからなかった。
「よし……!」
ぐぐぐ、と力強く地を踏みしめる。
魔力を剣と脚部に収束。
必要なのは威力と速度。
他には、要らない。
103 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:31:31.07 ID:4zILOSQF0
「―――っだぁぁあああああああっ!!」
ヴン、と蒼き閃光が駆け抜ける。
一瞬遅れて、通り過ぎざまに両断された使い魔が爆ぜた。
「はっ……」
あの二人のように、鮮やかにはいかない。
きっと無駄に魔力を消費しているし、体力、精神力においても同じことが言えるだろう。
ならば自分がやるべきことは、無理や無茶を減らすことだ。
とにかく、魔女を倒せばいい。
ここには自分一人。
フォローしてくれる仲間は居ない。
しかし、魔女は病院の壁面に取り付いていて、退くことは不可能。
ならば。
「本丸だけ目指して……突き進むっ!」
104 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:32:05.46 ID:4zILOSQF0
跳ねながら飛び掛ってくる使い魔を、剣で両断する。
叩き潰す。
弾き飛ばす。
しかし、攻めすぎることはない。
襲い掛かってくる敵だけを倒し、進んでいく。
奥へ。
ひたすらに奥へ。
ただただ、猛進していく。
「っ……!」
群れを成し、雪崩れ込んでくる使い魔。
回避―――は、必要ない。
「突っ、込む……!!」
剣の切っ先を前面に構え、再び脚部と武器に魔力を集中。
そして、思い切り地を蹴る。
105 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:32:56.43 ID:4zILOSQF0
「くっ……はぁぁぁあああああっ!!」
その数に気圧されながらも、正面からぶつかる。
高圧縮された魔力に弾き飛ばされ、四散していく使い魔。
その生き残りが、追いかけてくる前に走り抜ける。
実に情けない格好だが、それが的確であろうと思う。
全てを相手にしている余裕は無いのだ。
ほむらの話を聞くに、二人のように戦えるようになるには経験が必要、ということ。
つまり初陣である今回は、逃げの一手で構わないのだ。
使い魔を捌けているだけ、十分な戦果だと言っても良い。
そうこうしている内に、扉が見つかる。
「確か、あの魔女も……」
扉を開き、内側に足を踏み入れる。
瞬間、景色が急速に動いていき、いくらかの扉を超えていく。
そうして、視界が開けた。
106 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:33:35.43 ID:4zILOSQF0
一面に並ぶ、巨大な菓子の山。
それほど菓子が好きなのだろうか。
人間もまた、魔女にとってはスイーツに過ぎないということか。
きょろきょろ、と辺りを見回す。
「…………」
お菓子以外に、他の何かは見受けられない。
もしかしたらここはすでに、魔女の腹の中なのだろうか、とそんな錯覚さえあった。
足の長い椅子がある以外、特におかしな―――
「椅子……?」
その上に、鎮座するものに目を向けた。
「あー、なるほど」
小さな影が見える。
お菓子は大きいわりに、魔女自体は小さい。
お腹いっぱい食べたい、という子供のような思考なのだろうか。
107 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:34:24.97 ID:4zILOSQF0
「さて……」
飛び上がって、斬りつけてもいい。
しかし、相手は魔女。
何をしてくるか、まったくわからない。
「こっちの土俵に連れ込んだほうが、いいよね?」
結界に入った時点で、相手の土俵であるような気もするが。
少なくとも、馬鹿正直に突っ込むよりは得策なんじゃないか、と思う。
「……でぇぇやぁああっ!」
長く、やけに目に付く椅子の足を切り倒す。
強度は低いらしく、用意にへし折られた。
べしゃり、と魔女が力無く地面に落ちる。
「…………」
一見、ただのぬいぐるみのようだ。
しかし、魔女は魔女。
じりじり、と距離を詰めていく。
108 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:35:21.16 ID:4zILOSQF0
至近距離。
剣でつんつん、と軽く突いてみる。
「……ほっ」
特に反応が無い。
どうやら、警戒するほどではなかったらしい。
外見からして生まれたばかりで、防衛手段を持っていないのかもしれない。
そうだとしたら、実にラッキーだ。
ごくり、と唾を飲み込む。
魔女の直上で、剣を構える。
すぅ、と息を吸い込んで。
力強く、目を見開いた。
「はぁぁあああああああああっ!!」
思い切り、その剣を。
魔女の頭部へと、突き刺した。
109 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:35:52.88 ID:4zILOSQF0
だが。
「……え?」
ぎち、と軋むような音が聞こえた。
見れば剣は、魔女の口で受け止められている。
ぎら、と鋸のような歯がのぞいた。
ぞわり、と背筋が粟立つ。
杞憂であったと。
あまりにも、呆気なかったと。
そう思わせて、最後に標的を喰らう。
そんなこの魔女の性質を、一瞬の内に理解した。
ばきん、と剣が噛み砕かれる。
必死で、後ろに飛び退いた。
『それ』は小さな魔女の口から、全身を露にする。
ファンシーな外見と裏腹に―――大蛇とも、形容することができた。
110 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:36:45.83 ID:4zILOSQF0
ぐお、とその牙が迫り来る。
「速っ!?」
回避が間に合わず、咄嗟に生成した剣で受け止める。
「なんて、力っ……!」
巨大な歯と、剣が拮抗する。
だが、突進の威力と顎の力が、それを許さない。
剣を捨て、横っ飛びに退避した。
「ッ……!」
地面を転がり、素早く起き上がる。
対して魔女は、ただゆっくりと振り向いた。
まるで煎餅でも食べるように、剣を咀嚼している。
「規格外すぎっしょ、マジで……」
111 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:37:48.86 ID:4zILOSQF0
追撃。
異様な速度で、こちらに肉薄してくる。
咄嗟に反応し、ぎりぎりのところで回避した。
だが。
「……なっ!?」
振り向けば、すでにその巨躯は方向転換し、こちらの眼前に居た。
間を空けず、衝撃がやって来る。
「が、あっ……!」
体当たり。
ぶつかることに力を裂いたからか、先ほどより幾分も速い。
みしみし、と骨が悲鳴を上げる。
ふら、と倒れそうになるのを、どうにか間際で踏みとどまる。
しかし、さらに追撃。
「あ、ぐっ!」
右肩部分の、骨が少し砕けただろうか。
喰らった後、鈍い痛みが響いた。
112 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:38:40.63 ID:4zILOSQF0
三度。
四度。
幾度も、幾度も、幾度も。
何度痛めつけられただろうか。
剣を支えに立つのが、やっとのことだった。
自分の魔法の特徴は、高い再生能力。
そう、キュゥべえに教えられている。
だが、それもこの状況では全く意味を成さない。
そういえば、どこかで聞いたことがある。
海に棲む鯱という動物は、獲物を痛めつけてから捕食することがあると。
その様はまるで、遊んでいるようだと。
つまり、今の自分もその獲物と同じ。
じりじりと弱らせてから、喰らおうとする魔女の手の内。
最初から、そうだったのだ。
結界に入った時点で、既に罠にかかっていた。
自分のような経験も無い魔法少女を、喰らう為の。
113 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:39:16.12 ID:4zILOSQF0
再び、その大蛇を思わせる異形に吹き飛ばされる。
最早、痛みに呻く気力も無かった。
弾き飛ばされた剣が、からん、と存外に軽い音を立てて転がった。
全身から血を流しているというのに、痛みはそれほどひどくない。
むしろ、許容できる痛みの限度を超えているのかもしれない。
うつ伏せの状態から腕を支えに身体を起こし、首を擡げる。
眼前に、気味悪く笑うような顔の魔女が見えた。
その口が、ぐぱぁ、と開かれる。
鋸のように、生えそろった強靭な歯。
闇が広がる、口腔の奥。
それが、冥界への門とそれそのものを思わせて。
どうしようもなく広がる眼前の『死』に、ゆっくりと目を閉じた。
114 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:39:49.31 ID:4zILOSQF0
「……まったく、一人で帰ったと聞いたから、何をしているのかと思えば」
面倒臭そうな、呆れたような声が聞こえた。
その、直後。
空気が破裂するような音を間近で聞いて、視界に一瞬だけ何かが映った。
その巨躯を大きく揺らしながら、吹っ飛んでいく魔女。
ぽかん、とただ、その景色を認識はしても、すぐに理解はできなかった。
「―――さやかちゃんっ!!」
「え……まど、か?」
足音と声が聞こえたかと思えば、抱き起こされる。
視界に映るは、まどかの顔。
ああ、やっぱり泣き虫だなあ、だとか。
制服が血で汚れちゃうよ、だとか。
そんな、どうでもいいことばかり頭に浮かんだ。
115 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:40:23.99 ID:4zILOSQF0
「手ひどくやられたわね……自前でどうにかなるかしら?」
「ん……ちょっと、厳しいかな」
「そう……なら治療してあげて、巴マミ」
「ええ、勿論」
暖かな感覚。
いわゆる回復魔法と言うやつで、他人にされると随分心地良い。
併せて自分も魔力を使い、傷を塞いでいく。
その途中、まどかとマミさんが目を見開いた。
「不味いわね、無傷だなんて……さっきのアレ、アンチマテリアルライフルでしょう?」
「ええ、骨董品ではない、現在正式採用されているタイプのね」
随分と物騒な名前を聞いた気がする。
何にせよともかく、魔女が生きていた、ということだろう。
116 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:41:13.32 ID:4zILOSQF0
「ど、どうするの!? 攻撃が効かないんじゃ……!」
「安心して……この程度なら、問題にならないわ」
言葉の響きに、諭すような感じと、余裕が含まれていた。
身体を少し起こしてみれば、こちらを睨み付けるように見ている魔女と、相対せんとしているほむら。
すたすた、と無用心にも歩みを進めた。
「ほ、ほむらちゃんっ!」
心配そうに、まどかが身を乗り出して叫ぶ。
一見、隙だらけにしか見えぬその様子。
魔女は大口を開けて、それを迎えた。
対してほむらは、盾を持つ左手を、胸の高さまで掲げただけ。
ただ、その一瞬で勝負は決した。
117 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:41:42.37 ID:4zILOSQF0
巻き起こる、爆風の嵐。
苦悶の表情を浮かべ、もがく魔女。
だが、容赦なく衝撃が魔女を追撃する。
顔面が抉れ、弾け飛び―――それでもまだ、終わらない。
連鎖する爆発は勢いを増していき、魔女を蹂躙する。
そうして、ついに内部から魔女が爆ぜ、砕け散る。
圧倒、というレベルですらない。
反応どころか、何をされたかの知覚すら許されない一方的な圧殺。
その間、ほむらは眉一つ動かさぬ様子で、魔女の末路を眺めていた。
彼女の黒髪だけが、艶やかに揺れる。
からん、と地に転がったグリーフシードを拾う時も、その表情は無心だった。
118 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:42:33.68 ID:4zILOSQF0
「暁美さん、今のは一体……」
「企業秘密よ、それより」
ちら、とこちらに視線を寄越す。
「あ、あはは……まだちょーっと、かかりそうだよ」
「……そう」
ぐい、とそのまま腕を肩に回され、背負われる。
躊躇無くそうしたのが、あまりに意外だった。
「ほむら、どうして……」
「まどかは魔法少女でないし、マミはあなたの治療に魔力を使っているのよ?」
「いや、そうだけど、さ……」
それならほむらも、先ほど戦っただろうに。
むしろ、こうやって自然に触れ合っていることに驚いたのだが。
まあ、悪いことではないし、特に気にはしない。
それもこれも、生きているから思えること。
優しいぬくもりを感じながら、意識は闇に落ちていった。
119 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:43:20.14 ID:4zILOSQF0
「……はっ」
他愛の無い、と思いながら槍を地面に刺す。
結界はすでに崩れ始めていて、元の廃工場が露になっていた。
装束を形成する魔力を解き、上空から落ちてくるグリーフシードを受け止める。
ソウルジェムにそれを触れさせれば、穢れがみるみる吸われていく。
「ほらよ、あんたも使いな」
放り投げた先に居るのは、自分より幾分背の小さい少女。
あたふたとしながら、それを受け取りソウルジェムに当てている。
「……キョーコ! まだ使えそうだよー!」
「ん、それじゃ取っとけ」
いつもいつもグリーフシードにありつけるとは限らない。
できる限り魔力を温存しながら、それを集めていくのが理想的だ。
120 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:44:17.48 ID:4zILOSQF0
今回の魔女は、その点において良心的だった。
心を読んでいたのか、妙に攻撃を避けていたが、相方の考えなしの攻撃で一気にズドン、だ。
それしか能が無かったのだろう。
なんにせよ動きは速くないので、一人でも楽に仕留められたのだろうが。
「しっかし……随分釣られたもんだ。そんなに悩みがあるのかねぇ」
見れば、自分と同じ年頃の少女までいる。
些細な悩みでも魔女の標的になるのか、特異な運命にでも魅入られたのか。
まあ、自分には関係の無いことだけれど。
「……放っておくの?」
「何かやってやる義理はねーだろ、助けてやっただけ感謝してもらいたいくらいさ」
「うーん……」
自分の身を省みない行い、というのは見上げた話ではある。
だが、結局損をするだけで、何かが返ってくるものではない。
121 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:45:17.92 ID:4zILOSQF0
それを、自分は知っている。
十分に、この身に染みている。
歩み寄り、ぽん、と頭に手を置いてやった。
「世の中自分でどうにかできねー馬鹿ばっかじゃねーさ、あんたは自分のことを考えてればいいんだよ」
「うん……でもキョーコのことは、」
「あー、わかったわかった、皆まで言うなって」
まったく、自分はどうしてこんな子供を連れているのだろうか。
一応、手を伸ばしてやって、その手を掴み返してきた。
そうしている間に厄介ごとに巻き込まれたのを、自分の責任として受け止めているからか。
まったく、らしくない。
そういう馴れ合いは、もうやめようと誓ったはずなのに。
はぁ、と思わず溜息が出た。
「……そんじゃ行くか、ゆま」
「うん、わかった!」
夜空の月は、いつもの通り自分にとって眩しかった。
122 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/22(木) 23:45:53.75 ID:4zILOSQF0
今日はここまで
明日は恐らく、というか確実に更新不可なので土日までお待ちください
まあここまで毎日やってきたのが無茶というか
さやかちゃんは契約したくらいで終了しないよ!やめたげてよぉ!
123 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/22(木) 23:53:54.59 ID:fKluVmYAO
乙っちまどまど! ゆま登場か。キリカも期待
124 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2011/12/22(木) 23:58:53.26 ID:DdpPbFkHo
乙です
いきなりシャルに突撃とかどこまで運がないんだww
ゆまが出てきたって事は白黒コンビも参戦だろうか
125 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/23(金) 01:26:59.39 ID:14/2BN9AO
マミさんやほむほむは魔法少女だからあんなに強いのではなく経験を積んでるからこそで、契約したての自分は弱いと自覚できてたからこそ過度の油断をせずにシャルの初見殺しを防げたのね。
……まあ、回避できてもさやかじゃ負けるだろうが。
126 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/23(金) 03:18:00.51 ID:gcefJK4vo
いっその事特攻かけて腹の中に入って暴れればあるいは・・・!?
さやかちゃん養分になっちゃう?
127 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/23(金) 08:28:58.10 ID:huA1Cm/DO
おつ
外野の長文キャラ考察がキモい
128 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/23(金) 11:35:44.73 ID:cidMh9Kn0
むしろさやかとシャルなら相性は良さそうだよね
マミさんとは似たタイプなようで似てないし
129 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:13:52.26 ID:kHcAMk7l0
だるい。
一夜明け、傷は完治しているものの、精神的にだるい。
「……そういやさ、まどかはあの制服、どう説明したの?」
「あの、って……汚れたこと?」
血で、とは言わなかった。
まあ、この教室内で不用意に話すのもいただけない。
「わたし、よく野良猫とじゃれあって汚すことあったから」
「ああ……猫が怪我してた、って言えば通ったわけだね」
それを両親が信用するくらいに、まどかは猫好きだ。
今は飼っていないが、一人暮らしなんてのを始めたら、飼うに違いない。
まどかの一人暮らし、というのは少し心配になってくる響きだが。
130 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:14:35.64 ID:kHcAMk7l0
「……あの、さやかさん」
「仁美? ああ……ごめん、ちょっと今からほむらと二人で話したいんだけど、急ぎの用事?」
そう言うと、仁美は少し躊躇したように見えた。
「ええ……いえ、やはりいいですわ」
「……? 変な仁美」
まあ、あまり突っ込むのも野暮だろう。
準備が無ければ言えない程度には、デリケートな話かもしれないし。
テレパシーでほむらに声を掛ける。
振り返ったのを見て、サムズアップした右手をアピールした。
しかし、きょとん、と間の抜けたような反応を返される。
仕方なく、再びテレパシーを使うことにした。
『屋上行こう、って言ってんでしょ!』
『ああ……なるほど、何がグッジョブなのかと思ったわ』
131 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:15:16.62 ID:kHcAMk7l0
空は今日も蒼い。
風はやはり心地良い。
そういうことも、建設する際考えていたのだろうか。
「それで、何の用かしら?」
「ん……やっぱ、なってみるとイメージと全然違うもんだね」
「まあ、そうでしょうね」
正義の味方。
街の平和を、影で支える者。
そういうイメージが自分の中で先行していたのは事実だ。
実際は。
自分は魔女に遊ばれ、危うく餌にされるところだった。
思い出せば身体が震える。
恐怖だけでなく、自分が死を受け入れようとした、奇妙さについても。
「情けないよね、正義の味方ぶってるのに、結局怖気付いちゃって」
132 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:15:56.51 ID:kHcAMk7l0
「……それでいいのよ。こういう世界では、臆病なほど長生きするんだから」
「ほむらも、恐いことってあるの?」
「さあ……どうかしら、ね」
誤魔化しはおそらく、肯定だ。
たとえそうであっても、自分のような者に悟らせないための。
マミさんの強さを、経験から来るものとほむらは言った。
ならば、ほむらもそれと同じ。
弱く、震えながら戦うこともあったのだろう。
「それで、どうして私に?」
「……どうして、だろうね。マミさんは必要以上に気にしそうだし、まどかは、ね?」
「そうね……あの子なら、あなたを支える為に契約しかねないわ」
133 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:16:32.33 ID:kHcAMk7l0
別に、プライドを守っているわけではない。
まどかに支えられることが、嫌なのではない。
そのことで、まどかを自分と同じ運命に引きずり込むことが望ましくないのだ。
だからほむらもマミさんも、よく考えろと言っていたのかな、と思う。
「あとは、戒めて欲しかったのかもね。ヘマしたのを、慰められるとそれに甘えちゃうだろうし」
「……期待には、沿えたかしら?」
「んー、もっと怒られると思ったけど、吐き出せただけ十分かな」
ほむらも自分と変わらないのだと、そう感じることもできた。
なかなかに上質な予想外の収穫だ。
それに戒める、と言っても蔑まれて興奮するタチではないのだ。
これはこれでためになる。
134 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:17:07.20 ID:kHcAMk7l0
「……そういやキュゥべえってあんまり姿見ないけど、忙しいの?」
契約したときと、グリーフシードを回収しに来た以外には見ていない。
てっきりマミさんの家か、まどかの家に住み着いているのかと思ったのだが。
「さあ、どこかで勧誘しているんじゃないかしら? 私は特に気にしていないけれど」
「ああ……確かにほむら、キュゥべえ嫌ってるしね」
言うと、ぴた、とほむらが固まった。
「……そういう素振りを見せた覚えは無いのだけれど」
「え? そりゃー逆の意見ばっかり言うし、目ぇ合わせようとしないでしょ?」
ぱちぱち、と珍しいものを見るように、ほむらが数回瞬いた。
自分は何か、妙なことを言ったのだろうか。
「驚いた……あなたは考えなしに突っ込むタイプだと思っていたけれど、細かい所まで見ているのね」
「……それはけなしてるのかな、褒めてるのかな?」
「勿論、後者よ」
135 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:17:34.05 ID:kHcAMk7l0
そうだとしたらほむらにとって元々の自分の評価はどのようなものだったのだろうか。
ただのバカ、と返ってきそうなので聞かないけれども。
「ってーと、やっぱ嫌いなの?」
「当然よ、あいつは自分の都合で―――」
そこで、ほむらが慌てて口を噤んで、俯く。
自分の都合で、何なのだろうか。
キュゥべえには魔法少女の側とは違う、事情があるのだろうか。
「……何でもないわ。忘れなさい」
「ん……あたしってそんなに信用無い?」
「そういうわけでは……!」
妙に焦っているような気がする。
それほど聞かせたくない話なのだろうか。
136 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:18:00.39 ID:kHcAMk7l0
「それじゃあ、いつか教えてくれる?」
「それは……」
ほむらが言うことなのだから、事実には違いない。
魔法少女になることについて語っていたこともそう。
そして、自分にとって望ましくないこと。
魔法少女になったことを、後悔するような。
「……ま、いっか。だけど、厄介なことにならないうちに教えてね?」
「ええ……」
ともかく、自分は信用してもらえているということだ。
今はそれでいい。
踵を返し、屋上をあとにする。
一瞬見えたほむらの表情は、悲しそうに感じた。
137 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:18:39.32 ID:kHcAMk7l0
「……なんだかんだで、今日も無茶をしに行くわけですが」
昨日と同じく、一人での探索。
ソウルジェムの反応を頼りに、使い魔を探していた。
使い魔は、魔女と比べて圧倒的に脆弱だ。
昨日の戦いでも身に染みて知っている。
魔女には対抗できなかったが、使い魔ならば。
勿論、魔女が現れたのならあの二人に連絡して来てもらう。
一応アドレスの交換はしておいた。
まどかの分も、ついでに二人に教えてある。
最初から一緒にやればいいのではないか、とは思う。
しかしあの二人の場合、自分の出る幕の無いまま終わらせてしまいそうなのだ。
それでは経験の積みようが無い。
だからこそ、一人で来たのだ。
138 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:19:39.13 ID:kHcAMk7l0
「ここ、だね」
路地裏。
廃ビル、病院の裏手の壁面と陰湿な場所が多い気がする。
人の多い場所に居てもらっても困るのだけれど。
まあ、魔女や使い魔にとって居心地がいい場所なのだろう。
壁面が、この場所にミスマッチなライトグリーンに塗り替えられる。
この不安定な結界は、使い魔。
小さく、ほっと息を吐く。
「んじゃ……やりますか!」
青の魔力を纏い、魔法少女の装束を形成する。
視界に捉えるは、壁の絵の中を飛び回る使い魔。
はしゃいだ子供が飛行機のジェット音を真似たような、声を出している。
それを耳障りだ、と思いながら。
右と左、両の手に剣を生み出し、手に取る。
139 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:20:15.57 ID:kHcAMk7l0
すばしっこい動きで、飛び回る。
それを食い入るように見詰め、狙いを定める。
「……はっ!」
魔力を込め、威力と速力を高めて投擲する。
しかし、容易に避けられる。
「にゃろ、もう一本!」
またもや外れ。
使い魔の声が、こちらを嘲っているように思え出す。
かちん、というのも古典的な擬音だが。
とにもかくにもイラついたので、全力で潰しにかかる。
マントを翻し、周囲に生み出すは十数の剣。
それを。
絶え間なく、投げ続ける。
140 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:21:07.09 ID:kHcAMk7l0
「ふっ!」
一本。
「はっ!」
二本。
「やぁっ!」
三本。
そのまま四、五、六と悉く外れる。
使い魔が、からかうような素振りで飛ぶ。
にやり、と意地の悪い笑みが浮かぶのが自分でもわかった。
使い魔は、その後ようやく理解したのか動きが止まる。
141 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:22:04.00 ID:kHcAMk7l0
そう、全ては陽動。
剣で周囲を囲み、身動きを取れなくするための。
使い魔の動き自体は単純で、動きを読む、などというほどのものではない。
剣に青の魔力を纏わせる。
ぎちぎち、と筋肉を軋ませながら、剣を構える。
投擲。
青い閃光を伴ってそれは飛翔し―――壁ごと、使い魔を貫いた。
「うし……初勝利!」
厳密に言うと、そうであるのか微妙だが。
使い魔なら昨日も倒しているし、魔女も仲間が倒したので、勝ちと言えば勝ちだ。
しかしなんというか、気持ちの問題では初勝利だった。
まあ、細かく言い始めるとキリがないので放置する。
結界の崩壊を見届けながら、魔法の装束を解こうとした、時だった。
142 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:22:46.73 ID:kHcAMk7l0
「はん……随分と荒いねぇ」
背後。
振り返り、視界が捉えるのは、赤。
そして、それに連なる緑。
「……誰?」
「同業者……しっかしまあ、使い魔相手に何やってんだか」
無様なのは、百も承知。
だが、初対面の赤の他人に言われると気に食わない。
「……こちとら素人でね、そうでもしないとやってけないのよ」
「わかんないよなぁ……素人なら、どーして使い魔なんて狩ろうとするかね」
「……?」
「何さその表情、まさか自分が正義の味方でもやってるつもり?」
143 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:23:25.55 ID:kHcAMk7l0
どういうことか、理解できない。
使い魔もまた人を襲う。
それを狩るのは、責められるようなことではないはずだろうに。
「あんなんじゃあグリーフシード落とさないっしょ? 卵孕む前の鶏締めても意味無いってのにさぁ」
つまり、ぶくぶくと太るまで放っておけということ。
魔女になればグリーフシードを落とし、魔力の補給が出来る。
しかし。
「……あんた、それ本気?」
その餌は、人間。
人間が喰われるのを、黙って見ていろということ。
「本気っていうより、事実だろ? そうやってやりくりしてかねーと、やっていけないんだしさぁ」
144 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:23:54.75 ID:kHcAMk7l0
自分は、他人を守るために魔法少女になった。
その自分が他人を見捨てるというのは、そもそも動機とそぐわない。
それが守れないのなら、魔法少女である理由も無いのだ。
だからこそ。
目の前の相手の言動は、見過ごせないものがあった。
「……気に入らないね、その目」
「あたしも、あんたが気に入らないよ」
「はっ……それなら―――」
少女が赤を纏う。
魔法少女の装束を形成し、その手に現れたのは槍。
「こいつで白黒、つけるかい?」
くい、と槍の穂先を揺らしながら誘ってくる。
対してこちらも、剣を形成した。
「……上等ッ!!」
145 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:25:01.28 ID:kHcAMk7l0
その切っ先を少女に向け、地面を強く蹴る。
一瞬の後、交錯。
「な……くっ!?」
地面に突き刺した槍で、軽々と受け止められる。
「……ゆま、あんたは下がってな」
「で、でも……」
「いいから、さ」
ゆま、と呼ばれた少女が、躊躇いながら脇に退く。
「さぁて、と」
ぐ、と強い力で押し切られる。
否、恐らく大きな力は使っていない。
力の使い方の、差。
146 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:25:43.14 ID:kHcAMk7l0
体勢を崩されたところに、突きが迫る。
「っく、させる、かぁ!」
咄嗟に剣でそれを弾く。
「なるほど、いい反応だね……だけど!」
槍が分裂―――否、関節が出来、そこから鎖が見えた。
つまり、これはただの槍ではなく。
「多節棍……ッ!?」
「ご明察、さて……どのくらい持つのかねぇ?」
それはまるで、鞭のごとく。
しかし威力は鋼鉄よりも極上のもの。
147 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:26:17.64 ID:kHcAMk7l0
連撃。
それをただ、剣で防ぐことしかできない。
「くっ……!」
「オイオイどーしたのさウスノロ! もっと踊りなよ!」
受けるたびに、衝撃が腕に響く。
重い。
長く受け続けることは、不可能。
埒を明けようにも、隙が無い。
どうすべきか、と思いを巡らせた瞬間。
「あ、ぐっ!?」
遠心力を利用した、強力な一撃。
剣が跳ね飛ばされ、腕が痺れた。
「―――がら空きだよっ!!」
148 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:26:53.32 ID:kHcAMk7l0
槍が突き出され、眼前に迫る。
反射的に横に転がり、そのまま剣を形成。
再び少女へと斬りかかる。
「ふん、よく避けるじゃないか」
「一応喧嘩慣れはしててね……人間相手なら自身あんのよ!」
槍先で弾かれ、距離を取られる。
この状況において槍は剣に対し、長いリーチというアドバンテージがある。
刃の大きさ、取り回しのし難さなどの問題はあるものの、この槍は生憎その弱点を潰している。
範囲攻撃も可能となり、槍という括りから多少脱している。
加えて、経験の差。
多かれ少なかれ、自分よりは戦い慣れしているはず。
149 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:27:29.84 ID:kHcAMk7l0
果たして、どうするべきか。
くるくる、と槍を回し、挑発するように腕を広げる少女。
かかってこい、と。
自分のようなヒヨッコ等、敵にもならないと。
そう、誘っているのだ。
相手は油断しているとはいえ、こちらは全くの不利。
打開策などありはしない。
魔力を込めて、剣を構える。
たら、と冷や汗か疲労による汗か判別の付かない汗が垂れる。
ぴちゃん、と地面に落ちて弾けた。
瞬間、双方が駆け出して。
同時に、視界を黄色が覆った。
150 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:28:06.92 ID:kHcAMk7l0
「な……これはっ!?」
「っち、間が悪い!」
バリケードのように、リボンが少女との間に立ちふさがる。
その魔法の主は、考えるまでもない。
振り返れば、ベレー帽を被った金髪の頭が見えた。
「……佐倉さん、あなたどうして」
「ふん……あーあー、興醒めだね」
少女が魔法を解除し、装束と槍が露と消える。
旧知の相手で仲が悪いのか、マミさんとは顔をあわせようとしなかった。
「しっかし、まだ似たような教育してんのかい? まるでなっちゃいないけど」
「あなたこそ、そんな―――」
151 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:28:59.95 ID:kHcAMk7l0
ぎろ、と少女が睨みつけてくる。
自分ではなく、マミさんを。
「……わかったわ。それで、あなたはどうしてこの街に?」
「人探しだよ、ああ……一応聞いとくか」
くいくい、と少女が手招きをすれば、ゆまという少女が駆け寄ってくる。
「織莉子、って魔法少女は知ってるかい?」
「いえ……それがどうかしたの?」
「……少し、借りがあってね」
そう言って、踵を返す。
ゆま、という少女が戸惑ったように、こちらを何度か振り返っていた。
152 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:29:43.97 ID:kHcAMk7l0
「……佐倉さん」
マミさんが、複雑そうに呟く。
「マミさん、あいつ知り合いなの?」
問うと、少し間が空いた。
躊躇うような様子を見せてから、口を開く。
「ええ……あの子は佐倉杏子。彼女は以前、私と共に戦っていたわ」
「マミさん、と……?」
敵対しているのなら、まだ理解できる。
だが、思想がまったく違うであろう二人がどうして。
「……元々、彼女は優しい子だったわ。家族の幸せの為に魔法少女の契約をするくらい」
153 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:30:36.40 ID:kHcAMk7l0
「うーん……想像もつかないなぁ」
「あの頃とは物言いも、随分変わってしまったから……ある時を境に、ね」
「ある時、って?」
少し、口ごもる。
けれど言わねばなるまい、と思っているのか、言葉を続けた。
「彼女の家族が、全員亡くなってしまったの。それを彼女は自分のせいだと考えているのよ」
「……え?」
「自分が祈ったことで何よりも願った家族を殺してしまった……その思いが、今の彼女を作った」
他者を救うための祈り。
それ自体が他者を殺した。
しかも、その対象が彼女にとって、最愛のものであったということ。
確かに佐倉杏子の物言いは、確かに正義とかけ離れたものだ。
けれど、彼女を悪とするには、それでは足りなかった。
154 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:31:41.71 ID:kHcAMk7l0
「……うぜぇ」
目障りだった。
気に入らなかった。
それがどうしてかは、理解できている。
「ちょー、うぜぇ」
昔の自分を、見ているようで。
もう捨ててしまった、過去を見ているようで。
それが、それだけが理由。
「キョーコ……?」
ゆまが心配そうな顔で、こちらの様子を伺ってくる。
隠すために、乱暴に頭を撫でてやった。
「わわっ……」
ゆまもゆまで、自分などの為に願ってしまっている。
願いは己の為に使わなければ、その代償しか残らないというのに。
155 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:33:56.13 ID:kHcAMk7l0
それよりも、今は織莉子だ。
何者であるのか、どこに居るのかわからないが、見つけ出さねばなるまい。
ゆまを契約に踏み切らせた、張本人を。
「やれやれまったく、君のやり方にケチをつける気は無いが、魔法少女同士で潰しあうとはね……」
「……どこから湧いて来やがった」
こちらは先ほどの新人より、さらに目障りだ。
掴みどころが無く、ゆまの契約に少なからず加担している。
「おや、嫌われたものだね……それとも、そんなに美樹さやかが気に入らなかったかい?」
「……さっさと消えな。串焼きにされたくないならね」
「はぁ……仕方ない。それなら僕は消えるとしよう」
そう言って、気配が遠ざかっていく。
追い返す前に、織莉子の所在を聞いておけば良かっただろうか。
しかし、アレと話すのは不快でしかない。
やはり自分で探そうと、夕日を眩しく思いながら感じた。
156 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/24(土) 21:35:23.19 ID:kHcAMk7l0
今日はここまで
また中だるみな感じですね、申し訳ない
一応このSSでは主人公なのに全然活躍しないさやかちゃん……
そういや杏子とゆまでクリスマスカラーなんだねっていう
157 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/24(土) 21:51:42.51 ID:89E0Zn0f0
乙!
158 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/25(日) 00:28:43.34 ID:rWHbvIAi0
乙です
オリコとキリカの登場が確定したけど本編ベースのこの作品でどんな動きをするか期待
159 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2011/12/25(日) 01:06:00.36 ID:2nweNRbeo
乙です
杏子への第一印象がそんなに悪くないのは良いけど、おりキリが怖いな。
ゆまを囮にしようとして失敗してる事になるだろうからどんな動きをするか想像しにくい。
160 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:07:54.54 ID:z8RHCuwX0
頬杖をついて虚空に目を向けているさやか。
目線自体は窓の外へと向いているものの、何かを見ているわけではない。
気にかかるのは、佐倉杏子のことについて。
自分自身の目で見、耳で聞いた彼女と、マミの語った彼女のギャップ。
否、同一人物なのはわかっている。
悲劇によって歪んでしまった、というのが適切であろうか。
ともかく、今は理想的な正義を嫌っているのでなく、諦めてしまっているということ。
「……はぁ」
少なくとも、自分は折れていない。
杏子がどれほどの悲劇を抱えていようと、自分がそれによってどうにかなることはないのだ。
そう、さやかは思っている。
だが、しかしだ。
「正義って……何?」
どうしても、口に出さずにはいられないのだ。
161 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:08:46.18 ID:z8RHCuwX0
「……さやかさん、一体どうしたんでしょうか」
「うーん……ちょっと色々あって、ね」
まどかもマミからさやかと杏子が鉢合わせて、戦ったという話は聞いた。
まったく正反対の考えを持っているから、荒れていると考えていたの、だが。
朝会ったときからずっとこの有様、というわけだ。
意外ではない。
さやかは粗暴なようで繊細だ。
しかし、どちらにしろよくある話ではない。
だからこそ、まどかは心配だった。
さやかの直面している問題は、それほど深刻だということであるから。
思い悩んで、重みに堪えかねて潰れてしまわないかと。
手を差し伸べようにも、まどかには不可能だった。
さやかにとってまどかは守る対象であって、守られてはいけない存在であるから。
まどかにとって、それはとてももどかしかった。
162 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:09:25.26 ID:z8RHCuwX0
「そういえば、さやかちゃんに話があるんだよね?」
「ええ……ですが、あの様子では無理でしょう」
それは確かに、とまどかも頷いた。
「……良かったら、わたしが伝えておこっか?」
一応、という感じでまどかは言った。
けれど、答えはわかっていた。
仁美もまた、さやかと同じく深刻そうな顔をしていたから。
「いえ……構いませんわ。自分の口で伝えたいので」
「……そっか」
苦笑する仁美。
自分は役立たずではないか、と。
自分は何も出来ないのか、と。
そう、まどかは心の中で嘆いた。
163 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:09:59.01 ID:z8RHCuwX0
微かに聞こえるのは、ヴァイオリンの音。
「……練習、してるんだ」
そうひとりごちて、上条家の庭に続く門を撫でる。
放課後、病院に行ったが既に退院した、と言われた。
少し薄情ではないか、と思ったが、実際それが自然だ。
彼にとって、自分は恩人ではない。
よく見舞いに足を運ぶ、ただの幼馴染。
それでいい。
自分は恩人になりたかったわけではない。
彼の夢を、守りたかったのだ。
彼にヴァイオリンの道を歩んで、笑顔になってほしかったのだ。
それ以上、望むことは無い。
164 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:10:27.04 ID:z8RHCuwX0
ならば、彼の行動は喜びをもって迎えるべきものだ。
自分の願いは、けして無駄にならないとわかったのだから。
満足げに、微笑みながら背を向けた。
「……会いもしないで帰るのかい?」
振り返った先には、赤の少女。
加えてやはり、緑の少女。
「あんた、は……!」
「健気だねぇ……けど、惚れた男をモノにするなら、もっといい方法があるじゃん?」
また、昨日と同じパターンだ。
挑発して、事を構えようとしている。
「……悪いけど、そういうんじゃないから」
はぁ、と溜息をつきながら答える。
165 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:10:56.44 ID:z8RHCuwX0
「つれないねぇ、男が幸せなら満足かい?」
「そ、あたしの願いはもう叶ってるから……今更どうこう言うことは無いの」
ふぅん、とつまらなさそうな返事が返ってくる。
「……マミさんから、聞いたよ。あんたのこと」
告げれば杏子の肩がぴくん、と揺れた。
「で?」
「あんたに理由があるのはわかる……だけど、あたしにも理由があるから、考えを曲げたりしない」
願いが、叶ったからかもしれない。
叶ったからこそ自分はそれを信じ、叶わなかったからこそ杏子は諦めたのかもしれない。
そうであっても、今、自分は正義を信じている。
そうあることを、願っている。
166 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:11:55.65 ID:z8RHCuwX0
「……そうかい」
空を見上げて、杏子はそう言った。
その表情は、読めなかった。
「ねえ、ゆまちゃん……だっけ」
「?」
きょとん、と首をかしげられる。
見た目どおり、純粋な少女らしい。
「そいつのこと、どう思う?」
「キョーコのこと? えっと……」
「おい、何言って―――」
杏子が口を挟む、その前に。
ゆまが答えを導き出す。
「一緒に、居てほしいな」
167 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:12:31.96 ID:z8RHCuwX0
「ふぅん……」
「……何さ、その顔」
「いんや、愛されてるんだなーと思って」
今この時点でゆまに好かれているということは、本質的には善人のままなのだろう。
物言いは荒くなっていても、マミさんと共に戦っていた頃と変わらない。
「あたしは、あんたと戦わない」
「……は?」
訝しげに、杏子が眉をひそめた。
「槍を向けられても、絶対に剣は向けない……だって、あんたもあたしも同じでしょ?」
一見正反対でも、本質は同じ。
他人のために願い、戦う。
それが杏子の夢であり、願いならば自分はそれを守るだけ。
ただ、それだけ。
今更ながら、そうだと気付いた。
168 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:13:25.67 ID:z8RHCuwX0
「……わっけわかんねー」
ぽりぽり、と杏子が頭を掻いた。
「ねえ……さやかも、キョーコのこと守るの?」
「ん、勿論ね」
そう答えれば、ゆまの顔が、ぱぁ、と明るくなった。
「それじゃあ、ゆまといっしょだね!」
「お……ゆまちゃんも魔法少女?」
「うん、そーだよ!」
と、すると彼女は杏子の為に契約したのだろうか。
その本人は居心地悪そうに、また虚空を見上げていた。
169 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:14:53.47 ID:z8RHCuwX0
突如、ぴく、と杏子が何かに感づいた。
見れば、手の中に赤い光が灯っている。
自分とゆまのソウルジェムも、反応していた。
「……近いね」
そう呟いて、杏子が駆け出す。
この場から去るいい口実だと思ったのかもしれない。
自分から手出しをしておいて、丸め込まれたのが情けなくて。
「んじゃ、あたし達も行こっか」
「うん!」
ゆまとお互いに頷きあって、杏子を追いかける。
朝も昼間も抱えていた悩みは、最早どこかに消えていた。
どころか、こんなに簡単なことだったのか、と呆れるほどだった。
170 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:15:30.85 ID:z8RHCuwX0
結界は、また緑。
しかし、どことなくどろどろとした緑で、気味が悪い。
「っち、使い魔かよ……」
「今更愚痴っても遅いでしょ、あっちはあたし達を敵だと思ってるだろうし」
「だいじょーぶ! キョーコはゆまとさやかが守るからね!」
はぁ、と杏子がため息をつく。
そういう心配はしていないのだが、と。
「てーか、どうしてあんたまで来てんのさ?」
「えーと……なんとなく? っていうか、ほっとけないし」
また、杏子が溜息をつく。
新人に心配されるほど、自分は落ちぶれていないという思いを込めて。
「……勝手にしな」
「うん、勝手に背中は任せてもらうよ!」
背中を任せるほど信用してない、と言いたくなったが、我慢した。
171 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:16:22.29 ID:z8RHCuwX0
使い魔の見た目は、出来の悪いマネキンのよう。
もう少しまともなデザインの魔女や使い魔は居ないものか、とさやかは感じた。
あのぬいぐるみの魔女は比較的まともに見えるが、さやかとしては思い出したくない相手である。
まず、剣を構えて突き進んでいくのはさやか。
衝撃波を起こし、余波で使い魔を吹き飛ばすさやか。
遅れて杏子もその戦列に加わった。
ある者は愚直に。
ある者は奔放に。
ある者は自在に、使い魔と戦う。
使い魔の戦力は、十数体。
しかし、質の差において魔法少女が引き離している。
個々の能力、それだけでもない。
互いが足りないものを補っているのだ。
172 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:16:56.42 ID:z8RHCuwX0
さやかが手数で。
杏子が範囲で。
ゆまが威力の面において、使い魔を圧倒する。
絶え間ない剣戟が、切り刻み。
分かたれ、伸びた槍が薙ぎ払い。
衝撃波を伴う打撃が、打ち砕く。
時間はそれほどかからなかった。
元より、まともな意思も無い使い魔との戦い。
そこに立つのが、三人だけとなる。
「よし……!」
「やったね、キョーコ、さやか!」
嬉しそうに声をかける、ゆまの背後。
「―――ゆまっ!!」
打ち漏らした、一体の使い魔。
173 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:17:43.03 ID:z8RHCuwX0
「……え?」
ゆまが振り向くより、早く。
動いたのは杏子とそして、さやか。
神速。
まさしくそれに近い速度で、使い魔を貫いた。
「……たく、最後まで油断するんじゃねーよ」
「う、ごめんなさい……」
しゅん、と落ち込むゆまをの頭に、ぽんぽん、と杏子の手が置かれる。
「しかし、あんたはよく反応したね?」
「不意打ちには、嫌な思い出があってね……結界が消えるまでは、警戒してんの」
ほぉ、と杏子が珍しく感心する。
新人の割には、生き残りやすそうだと。
「……あんた、名前は?」
「美樹、さやかだけど……」
「さやか、か……んじゃ、とりあえず」
がさ、とポケットから、スナック菓子を引き出した。
「……食うかい?」
174 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:18:14.57 ID:z8RHCuwX0
「……あの様子なら、大丈夫ね」
物陰から見ていたマミが、一人呟く。
昨日の事があっての今日で、心配になって尾行していた。
心配なのは、どちらだったのか。
元教え子で、近況の知れない杏子の方か。
現教え子の、危なっかしいさやかの方か。
恐らく、両方だ。
巴マミは、世話焼きであるのだ。
それは彼女にとって、絆が貴重であるからか。
家族を失い、孤独に生きてきたマミは絆に飢えている。
だからこそ、自分の居場所であると誇れる魔法少女に誇りを持っている。
魔法少女の世界の中で、仲間を求めている。
175 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:22:02.96 ID:z8RHCuwX0
物理的に孤独、というわけではない。
けれども魔法少女でない人間と、自分自身には何らかの精神的隔たりを感じる。
ゆえにマミは、魔法少女の仲間を大切にするのだろう。
苦笑しながら、踵を返そうとした―――瞬間。
「あら、誰かしら?」
微かな、しかし鋭い視線を感じた。
「呉キリカ……ああ、だけどキミが私の名を覚える必要は無い」
声の方向に振り返れば、黒髪の少女。
純粋な、しかし剣呑な気配。
背筋に寒気を感じ、構える。
「―――キミの記憶は、その臓物ごと刻んであげるから」
纏うは黒。
空を覆う、夜の闇と同一だった。
176 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/25(日) 22:22:44.55 ID:z8RHCuwX0
今日はここまで
この季節だと魔法少女の服装は寒そうだよね
マミさんやほむらさんとかはそうでもないだろうが、さやかちゃんや杏子ちゃんは肩出しだぜ?
痛覚遮断できるなら気温も関係ないとは思うけどね
177 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/25(日) 23:06:50.40 ID:IKhAyBsoo
来てた乙
きっと魔法少女の服装には冬服ver.もあるに違いない
178 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2011/12/25(日) 23:43:54.46 ID:V8Ld0DXwo
乙です
色々とすっ飛ばしてマミさん戦か、さやか達は気がつくのかな。
魔法少女の服装は自分の意志で変更できるか解らないからなー、寒さに震える杏さやもソレはソレで。
179 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/26(月) 00:36:37.81 ID:lCArawhT0
乙
まどマギとおりマギが混ざってる感じかー、どの時間軸よりも魔法少女多いなこれ
寒空の下、痛覚遮断したさやかが全裸で戦ってる姿を連想してしまった
まさにこんな戦い方さやかちゃんのためにならないよ状態
180 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:13:08.24 ID:Z/ylnzaj0
闇の中に、影が躍る。
対するは、黄を纏う少女。
「疾い……!」
十数メートルの距離を、一瞬で潰される。
黒の魔法少女―――呉キリカの得物は魔爪。
どう考えても、接近戦においてはマミが不利。
直前でキリカが、上方へ跳ぶ。
マミの視点からは、、キリカが背後の月光に照らされていた。
そこから、全身の力を使って振り下ろされる。
マスケット銃の銃身部分で、マミはそれを受け止めた。
「くっ……」
みし、と腕の骨まで衝撃が響く。
足場のコンクリートが砕け、飛礫が舞った。
「止めた、か……だけど、まだ甘いよッ!!」
181 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:13:46.48 ID:Z/ylnzaj0
銃身に蹴りを入れられ、体勢が崩れる。
その隙を逃さず、すでに着地したキリカの両爪がマミを襲った。
再び銃身で防ぐも、後方へと吹き飛ばされる。
「……それはむしろ、好都合よ!」
距離が開けば、こちらの間合い。
マスケット銃を構え、引き金を引く。
だが、攻撃によって刻まれ潰れて変形し、弾丸は射出されない。
舌打ちしそうになりながら、新しく銃を生み出し、間を空けず放つ。
キリカはただ、身体を逸らして回避する。
まるで、止まって見えると言いたげに。
地を蹴り、マミへと迫るキリカ。
それを迎撃せんと、マミは銃を再び生み出す。
右と左で数は三ずつ。
タイミングをずらしながら、それを放つ。
182 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:14:24.40 ID:Z/ylnzaj0
「鈍い……」
物足りなさそうな、つまらなさそうなキリカの声。
弾の軌道はバラけており、回避は困難にみえるというのに、だ。
それすらも、回避してみせた。
「なら、これはどうかしら?」
着弾地点から、リボンが出現する。
キリカの背後からの、完全に意表を突いた攻撃だった。
足を止め、振り向くキリカ。
「なるほど、二段構えか……よく考えたものだ」
しかし、とその唇が否定を示す。
キリカにリボンが到達する、直前。
烈風に近い斬撃の余波が、それを細切れにする。
「私にこの拘束は、無意味だよ」
183 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:14:52.64 ID:Z/ylnzaj0
マミは資質も経験も、高いレベルのものを有している。
だがしかし、あくまでそれは魔女に対しての強み。
魔法少女に対しては必ずしも有効と言えない。
高威力の射撃は、相手が鈍いからこそ有効なもの。
拘束魔法は速い相手でも動きを制限でき、銃撃の補助として役立つ。
だが、相手が魔法少女で近接武器などを持っていれば、無用の長物でしかない。
キリカは高速で、マミとの距離を詰める。
拘束魔法が効かないのなら、とマミは次のカードを切る。
「―――パッソ!!」
加速魔法。
相手が速いのなら、こちらもそれに対応する。
だが、しかし。
距離が、少しも開かない。
184 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:15:27.12 ID:Z/ylnzaj0
つまり、相手も何らかの加速系魔法を持っているということ。
それならば、この速度も頷ける。
脳内で結論を出した、瞬間だった。
「……愚鈍だね、遅すぎる」
至近距離で声が聞こえ、咄嗟に銃を盾にする。
だが。
「温いね―――その程度じゃ!!」
「あっ……!」
跳ね飛ばされ、宙を舞うマスケット銃。
「さあ、大人しく刻まれてくれ……愛でなく、礼ならば最大限に尽くそう」
それに答えを返す、暇も無く。
漆黒の刃は、振るわれた。
185 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:16:09.67 ID:Z/ylnzaj0
鮮血が、右腕の傷口から噴き出す。
違和感があった。
戦いで傷を受けた経験ならば、マミのそれは一般人よりも多い。
だからこそ、それに気付いた。
血飛沫の一滴が、綺麗な球形を保っていたことに。
それを認識できるほど、血の滞空時間が長いことに。
瞬時にマスケット銃を虚空に生み出す。
狙いはつけず、そのまま放つ。
当然回避されるが、それでいい。
「致命傷ではない、か……けれど、その腕で引き金は引けないね?」
動かそうとすれば、確かにそうだ。
腱の部分を斬られたのか、指がまともに動かない。
「……だけど、収穫はあったわ」
「ふぅん……それは一体、どういう?」
「―――あなたの魔法は、速度低下ね」
186 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:16:49.09 ID:Z/ylnzaj0
ぴく、とキリカの肩が跳ねた。
「今思えば、弾丸の速度も遅かった……リボンをわざわざ振り返って迎撃したのは、前面にのみ発動しているせいね?」
拘束魔法の防ぎ方は、よく考えれば不自然だった。
弾丸のスピードに対応できるというのに、わざわざ足を止めて対応した。
つまり、振り返らなければ、速度を低下させられなかった証拠。
「それがわかったところで……キミはどうするのかな?」
「……そうね。どちらにしろ相性が悪いから、打つ手は無いわ」
実際は無いこともないのだが、わざわざ手の内を見せる必要は無い。
「だけど、こうされると困るんじゃないかしら?」
今のマミには、容易な、しかも強力なカードがある。
傷の無い左手に砲を形成し、向けるは上空。
「おや、どういうつもりだい?」
不可解で滑稽だ、と言いたげなキリカ。
マミは意地の悪い笑みを浮かべて、それを放った。
187 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:18:20.10 ID:Z/ylnzaj0
爆発と、閃光。
それはまるで、打ち上げ花火のような。
「……なるほど確かに、これは困るね」
一応近くに住宅があり、今は花火のシーズンではない。
当然、野次馬が集まってくるだろう。
一人である時を狙ったのなら、他人に知られてはマズイはず。
さらに、さやか達三人がまだ遠くに行っているとは限らない。
以前のマミならば、取らなかった手段だろう。
だが、彼女には仲間が出来た。
手を差し伸べてくれる、同士ができた。
だからこそ、人に頼る選択肢を手にしたのだ。
「まあ、いいだろう。キミはおそらくハズレだろうし」
「……?」
どういう意味か、問い詰める間もなく。
呉キリカは、その場から姿を消していた。
188 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:19:08.26 ID:Z/ylnzaj0
ともかく、なんとか切り抜けられた。
そう感じ、マミは胸を撫で下ろす。
変身を解き、携帯を取り出そうとして、右手が使えないのに気付いた。
「……不便ね、少し」
治癒魔法で処置をしておかないと、と思いつつ、その場から走り去る。
人が集まる原因を作ったのは自分だったが、目立つのは好ましくないと判断して。
左手で、携帯を開く。
ほむら、さやか、まどかに一斉送信できるよう設定した。
「件名、どうしようかしら」
くだらない悩みではあったが、マミにとっては嬉しいことだ。
複数の『仲間』と、連絡が取り合えるというのは。
慣れない手付きで、それを入力していった。
189 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:19:43.39 ID:Z/ylnzaj0
洋風の、薔薇の咲く庭園。
月に照らされながら、少女が一人、紅茶を注いでいた。
自分の向かいに置かれた紅茶に砂糖とジャムをたっぷりと入れたところで、ふと微笑んだ。
「……おかえりなさい、キリカ」
振り返る先には、呼んだとおりの少女が居た。
「室内で待ってくれていても、良かったんだよ?」
「いいのよ、帰ってくる時間は知っていたから」
そうかい、とキリカは少女の向かいの椅子に腰を下ろした。
紅茶を啜り、その甘ったるい味に満足して、切り出す。
「……巴マミはハズレだね。相性が悪いとはいえ、あの程度では」
190 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:20:12.87 ID:Z/ylnzaj0
「そう……ベテランで実力者だと聞いていたから、当たっていると思ったのだけど」
「ベテランなら、資質があろうと無かろうとそういうものなんだろう」
興味無さそうに、キリカは補足した。
「と、すると……見滝原にいる魔法少女は、あと四人」
「新人とイレギュラーと……あの二人だね?」
ええ、と少女は返して、キリカが紅茶を飲み干してしまったのに気付く。
手招きをすれば、キリカの顔が少女の胸に埋められる。
「虱潰しに、と行きたいけれど……今回のことで、守りを固められてしまいそうね」
「私なら、心配いらないよ?」
少女は無言で、キリカの頭を撫でる。
その好意は、ありがたいものだと。
191 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:20:57.93 ID:Z/ylnzaj0
「結果が出せなければ意味は無いわ、その為にまずは……」
「炙り出す、かい?」
こく、と少女は頷いた。
「できるだけ、攻める上で容易な相手を選んで殺し、他の魔法少女を引き摺り出すの」
「……ふむ、それなら適任が居るね」
「そうね……でも、」
少女が、キリカの瞳の奥底までも見詰めようと、じっと視線を合わせる。
「貴女の手を、汚させてしまうわ」
そう言った少女を、キリカが優しく抱きしめた。
192 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:21:28.00 ID:Z/ylnzaj0
「人の生は有限で、キミとの時間もその限りだ―――」
だからこそ、とキリカは告げる。
「私はキミに無限に尽くす。それが私の誇りであり、魂そのものだよ」
「そう、ね……ありがとう、キリカ」
「いいさ。織莉子の想いならば、何であっても受け止めよう」
そう、その少女こそ杏子が捜していた美国織莉子。
二人は互いに依存していた。
相手が居なければ、崩れてしまうほどに。
しかし、それゆえ他の面には強くある。
病的とも、危険とも取ることができる。
ある意味それは、魔法少女の本質とも言えるのかもしれなかった。
193 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/26(月) 23:22:09.05 ID:Z/ylnzaj0
今日はここまで
地味にいつもより短いが、申し訳ない
依存っぷりを濃厚にしすぎると、なんだか性的になってくる不思議
まあそんなこともあるか
194 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2011/12/26(月) 23:41:23.64 ID:qyZ/3Godo
乙
織莉子の台詞見る限り最初から強い魔法少女にぶち当たる方向で他の魔法少女を手にかけてないっぽいな。
新人二人が危なそうだけど、ここからどう転がるのやら……。
195 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/27(火) 00:23:44.03 ID:/in3G5lDO
乙
予想はやめようぜ
196 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:28:43.65 ID:BUL2LRRu0
「……黒い魔法少女、呉キリカ。確かに危険ね」
「ええ……速度低下に加え、彼女自身の戦闘力も、ね」
マミが襲われた、翌日の放課後。
ほむらとマミがテーブルを挟み、呉キリカについて分析していた。
目的は不明。
わかるのは、魔法少女の殺害を狙っているということだけ。
その狙いが誰であるのかも、どうして殺そうとするのかも、皆目不明。
「私のことをハズレと言っていたから、私以外の誰かを狙っているのだろうけど……」
「それは早計よ。呉キリカが敵である以上、ブラフかもしれない」
「……それもそうね」
キリカがマミに、本当のことを言っているという保障は無い。
ゆえに、狙っているのはマミで、その警戒を緩めるための空言かもしれない、ということ。
197 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:29:46.73 ID:BUL2LRRu0
ほむらには、ひとつの懸念があった。
懸念と言うよりは、ほぼ確信に近いそれが。
けれど、そのことを伝えることは無い。
伝えられるはずがないのだと、そう思っているのだ。
ただ、握り締めた手の力だけを強めた。
「―――ところで、彼女は?」
「昨日佐倉さんが預けていって、ね」
ほむらが問うた、その対象。
部屋の中の、少し離れた辺りに居る少女―――千歳ゆま。
さやかとまどかが、世話役のつもりか遊んでやっている。
「彼女が、あなたを頼ったの?」
意外そうに、ほむらが聞き返す。
しかし、マミはふるふる、と首を横に振った。
198 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:30:43.09 ID:BUL2LRRu0
「昨日の夜、皆にメールを送ったでしょう?」
「ええ、呉キリカに襲われたことについてのね」
「その後、美樹さんが佐倉さんとあの子を連れてきて……」
「ああ……なるほど」
というか、またさやかは杏子と接触したのか、とほむらは半ば呆れた。
今こうしているということは、結果は危惧するところに至らなかったのだろうが。
「それで警告したら、あの子だけ預けてどこかへと消えてしまったわ」
「……自分自身への施しはどうあっても受けないつもりなのかしら」
それとも、とほむらは続ける。
「織莉子、という人物を見つけ出すのに執着しているのかしらね」
「―――多分、どっちでもないんじゃない?」
199 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:31:27.35 ID:BUL2LRRu0
脇からさやかの声がして、目線だけをそちらに送るほむら。
「……本当に、細かいところまで見聞きするわね」
「えー、いやさ? 人の噂話とか、昔から耳に入ってくるタチで」
それはまどかを守っていく過程で、自然と身についた力。
気弱で、他の生徒に悪い意味で絡まれやすかったまどかを守るために。
今となっては、あまり発揮される機会も無いのだけれど。
ひょい、と茶菓子として出されているクッキーをつまみ、咀嚼して満足げな笑みを浮かべた。
そんなさやかに、マミは嬉しそうに微笑を送った。
「それじゃあ美樹さん、あなたはどういう理由だと?」
「……遠慮、みたいな感じかな? 昔袂を分かつまでに至った相手への」
「それならむしろ、頼ってもらって構わないのだけどね?」
「うーん、そういう面で信用はしてるからこそ頼れない、とか」
200 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:32:28.86 ID:BUL2LRRu0
言っているさやかも、全て理解している、というわけでも無さそうだった。
現に、頭を抱えながら唸っている。
「……少なくとも、あなたが感じた『佐倉杏子』の印象はそうだったのね?」
「まあ、ね。自分の都合よりは、相手の都合……いや、マミさんの都合を考えてそう」
勿論、ケースバイケースではあるが。
街の安全の保障より自分を優先することもある。
対して、自分の安全の保障より相手の心情を優先する場合もある。
それが佐倉杏子。
そう、さやかは受け止めた。
好意的な解釈に偏りがちだと、さやか自身思っている。
過去を一方的に知って、同情に近いものを感じているのかもしれない。
だが、それでいい。
そう思うことに迷いも後悔も無い。
さやかは杏子を否定せず、受け入れる。
それが、さやかの選択だった。
201 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:33:13.26 ID:BUL2LRRu0
「信じてるんだね、その……杏子ちゃん、のこと」
「ん、信じてる……のかな?」
ぽりぽり、と頬を掻いて、むず痒い、という表情のさやか。
他人からそう評されると、なんとなく居心地が悪いのだろう。
まどかは、少しだけ寂しそうに笑った。
「……キョーコ、いつ帰ってくるかな」
ぼそ、とゆまが呟いた。
「そのうち帰ってくるって……こーんな可愛いゆまちゃんを放っておくわけないしねー!」
「わわっ!?」
さやかに抱きしめられ、驚くゆま。
残る三人は、微笑ましげに、あるいは呆れ気味にそれを見つめていた。
202 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:34:32.87 ID:BUL2LRRu0
魔女や使い魔でも、現れそうな路地裏。
人探しとしては微妙な場所だが、相手が相手であるから十分に探すべき場所だろう。
ころころ、と口内で飴玉を転がしながら周囲を見遣る。
赤い髪を黒のリボンで結んだ少女、佐倉杏子はそれを続けていた。
「手がかりはゼロ、か……」
そもそも、探している人物について杏子は殆ど知らない。
名前と、白い魔法少女であるという事実だけ。
後者は魔法少女の時の服装であって、普段の服装ではない。
よって、地道に探すのは適当でないと言える。
空を仰ぎ見、頭を掻いた。
それでも、マミの家に世話になることを拒否する理由は他に無かった。
昨日、さやかに半ば強引にマミの家まで連れて行かれた。
そこで魔法少女を襲う存在について知り、せめてゆまは安全な場所へ、と預けた。
203 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:35:14.95 ID:BUL2LRRu0
では、自分もついでに世話になっておけば良かったのか、と杏子は内心で自問する。
「……いや、それは無いね」
今更世話になるわけにもいくまい、と思い直す。
もう一度何事も無く、というのは不可能だ。
思想も方法も違いすぎる。
けれど、だからこそゆまはそこに居るべきだと。
自分が背を向けた、助け合いや馴れ合いの世界こそ相応しいと、それが杏子の思いだった。
今まで通り、孤独で。
誰も恨まず、誰も愛さず。
それが一番楽なのだと、そう理解していた。
どこか達観したような表情で、杏子は苦笑した。
「やっぱり、あたしは一人がいいや」
「―――なら、孤独に死ぬといい」
204 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:36:15.15 ID:BUL2LRRu0
独り言だった。
返ってくる言葉など、無いはずだった。
けれど、確かに声は聞こえた。
「くっ……!」
咄嗟にその場から飛び退く。
直後、舞い降りるは黒。
ズドン!と地面を半ば砕いたのは、爪。
「おや、避けたか……私の介錯では不満かな?」
「はっ……鰹じゃなく鮫がかかった気分だよ!」
杏子の眼前に現れた少女は、マミが語ったものと寸分も違わなかった。
主たる色は黒。
右目には眼帯。
両腕には魔爪。
「釣られたのは、どちらだろうね」
呉キリカ、そのものだった。
205 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:37:17.06 ID:BUL2LRRu0
「あたしがあんたに釣られた、だと……?」
「そう……狩られるのは君の方だよ、半死人」
嘲るように、見下すように。
そんな様子に、杏子は激昂する。
「―――ふざけんじゃねぇ!!」
魔力を解放し、纏う。
右手に生み出す槍をくるくると回し、両腕で握り、刺し穿つ。
杏子の、最速。
しかし。
「遅い……やはりキミも、豚でしかないのか」
声は、背後から。
206 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:37:49.92 ID:BUL2LRRu0
瞬時に反応する、杏子。
「ち……だぁああっ!」
槍を間接で分かち、伸ばす。
遠距離攻撃でなく、範囲攻撃の為に。
だが、それは自殺行為だ。
そもそも速度はキリカに劣る。
さらに再び多節棍から槍へと変えるのに、タイムラグが生じる。
「とったよ、後ろ」
「っ!?」
反応し、目を見開いて振り向く直前。
杏子は背に、焼けるような感覚を覚えた。
207 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:38:57.71 ID:BUL2LRRu0
ぐら、と倒れこみそうになる身体で、どうにか踏ん張る。
「……キミは狩られる側だよ。そして狐でも狼でもなく、豚だ」
「どう、いう……ことさ!」
キリカに向かい、突き出される槍。
結果は、言うまでもなく。
その槍の上に、優雅に立っていた。
「キミのおまけと、新人君は自分が弱いことを知っているし、人に頼ることを躊躇わない」
とん、と槍を足場として蹴り、キリカが舞う。
杏子も反応し、横っ飛びに避ける。
「う、ぐ……!」
血は後から噴出した。
どぱぁ、と右の二の腕から血の飛沫が舞う。
208 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:39:44.30 ID:BUL2LRRu0
「対してキミは、どうだろうか」
槍を振るい、切り裂こうとすれば柄を掴まれる。
「実力はあるかもしれないが、それでも誰も頼らないのは頂けないね、何より……」
咄嗟に気付き、槍から手を離す。
が、遅い。
左腕を、魔爪が抉る。
「あ、くっ!」
「キミからは、生への執着が感じられない」
からん、と槍が転がる。
辛うじて使える右手に、再び槍を形成した。
「つまり、私はキミが無防備で、さらに狩りやすいと踏んで殺しに来たのさ」
209 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:40:36.94 ID:BUL2LRRu0
「はっ……!」
肩で息をしながら、槍を構える。
しかしそれは最早虚勢。
子猫がライオンに向かって威嚇するようなもの。
「安心するといい。キミが望むのなら、その他大勢もすぐに追わせてあげるよ」
「誰、がっ!!」
叫ぶも、槍を振る力は残っていない。
ひゅ、と一瞬で距離を詰めたキリカに為す術もなく―――槍が、跳ね飛ばされる。
眼前に、迫る。
「今も恐怖は無いだろう? 死に抵抗は無いんだろう? それが、キミというものだよ」
飛び退こうとした、両足から地が噴き出す。
力無く、その場に倒れ伏した。
210 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:41:22.62 ID:BUL2LRRu0
「……どうやら、否定はしないようだね」
もういいか、と。
どうだっていいか、と。
杏子の心は、諦めというソレが支配していた。
ぐい、と左手で顔の下部分を掴まれ、持ち上げられる。
「酷い目だ……中身だけでなく見た目も半死人か」
魔力の光が、右手の魔爪に灯る。
それが、突きつけられるのは。
「ん、んんっ!?」
塞がれた口でから、驚愕の声が出る。
妙に頭が冷めていき、冷や汗がどっと滲む。
「なんだ……そういう顔もできるじゃないか」
ニタリ、とキリカが意地の悪い笑みを浮かべた。
言いながらも、手は止めず。
爪が腹部を、勢いよく貫いた。
211 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:42:07.84 ID:BUL2LRRu0
「―――――――――ッ!!」
声にならない、声。
剣や槍で刺されたのなら、まだマシだったろうか。
だが、生憎キリカの武器は爪。
鋭利でなく、刺し穿つには不向き。
だからこそ、異物感が増幅する。
自分の腹を、巨大な物が刺し貫いている。
想像を絶する痛みと共に、猛烈な勢いでせり上がってくる血を吐き出した。
恐怖や悲嘆からでなく、そういった苦痛から生理的な涙を流す杏子。
「……まあ、うん。これだけ刻めば、犯人は私だと明白だろう」
それを興味無さ気に観察し、キリカは爪を引き抜く。
乱暴なその挙動はさらに肉を抉り、杏子の身体がびくん、と痙攣した。
ぺろ、とその血を舐め取り、ソウルジェムへと爪を近付けるキリカ。
「さあ散れ、そして他の魔法少女が堕ちてくるのを待つといい」
もう嫌だ、と杏子は目を瞑って、そして、
212 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:42:48.04 ID:BUL2LRRu0
どさ、と地面に崩れ落ちた。
「え……?」
予想外に、弱弱しい声が漏れる。
続いて聞こえてきたのほ、甲高い金属音。
そして、それは地面に突き刺さる。
「け、ん?」
「これは……!」
続いて飛来する剣、剣、剣。
急いでキリカがその場から飛び退く。
たん、と杏子は耳元で足音を聞いた。
視界に映るのは、白くたなびくマントの裾と、青いブーツ。
「さや、か」
213 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:43:31.12 ID:BUL2LRRu0
力無く、震える手で止めようとした。
しかし、それは屈んださやかに優しく掴まれ、そっと下ろされる。
「大丈夫……すぐに終わらせるから、ね」
その言葉には、労わりが、慈愛があった。
されど、烈火のように力強く。
立ち上がり、さやかが振り返る。
「横槍……キミは豚かな、それとも狐かな?」
キリカの問いに、たださやかは剣を形成する。
両の手の魔爪に対抗する、双刃。
「あたしは、剣だよ」
「剣……?」
ゆら、と剣をキリカに向ける。
「夢の為、願いの為、笑顔の為振るわれる―――ただの愚直な、一振りの剣だ」
瞬間、蒼の閃光が駆け抜けた。
214 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/29(木) 23:45:09.90 ID:BUL2LRRu0
今日はここまで
ごめんね杏子ちゃん、でも興奮するんだごめんね
別に杏子ちゃんが弱いわけじゃないし、ボコボコにされてほしいわけではないんだ
お腹に先端部分の方が太くて大きくて硬いものぶちこんじゃってごめんね
そういや土日休みとかの整合性大丈夫かなーとふと思って見返した
魔法少女体験コースを土日挟んだことにしないと学校が月月火水木金金状態になりそうだった
数え間違いだったら笑えるけどね
違和感を感じてた人がいたらそういう方向で補完してください、すまぬ
格好付けて翌日とか書いてたのがいけないのね
そもそも原作とはタイムテーブルが違うからなんとも言えんけど
215 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/29(木) 23:49:44.80 ID:sxKzhV3X0
乙
さやかちゃん格好良すぎワロス
216 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2011/12/30(金) 00:14:40.95 ID:GPDUSF39o
乙
さやかちゃんヒーロースキル高すぎ
217 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/30(金) 00:21:05.59 ID:UzclLZB2o
乙
さやかかっけぇ
218 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/30(金) 03:35:34.81 ID:80KeTWeTo
へ、へんたいだー
乙
219 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/30(金) 06:56:05.53 ID:ajOU+XEDO
戦隊モノとかでも青はわりとヒーローカラーだしな
さやかちゃんはかっこいいけど
>>1
は一回逮捕された方がいいな
220 :
SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/31(土) 04:20:33.26 ID:pdNVUiIDO
>>1
は、キリカさんみたいなこう…こっちをナチュラルに下にみてる上に実力もあるってタイプを痛い目に合わせてやる趣味はないんですか?
221 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:12:20.05 ID:Hvdad8S50
呉キリカは、他人への関心というものが希薄だ。
他人に優しくされた覚えなど無い。
愛を与えられたことがない。
あったとしても、それは打算と虚偽に彩られていた。
そうであるとしか考えられなくなったのは、いつの話か。
物の見方が歪んだのが先か、周りの薄情さに気付いたのが先か。
どちらにしろ、結果は同じ。
周囲はキリカ愛さず、受け入れず。
キリカもまた、他人には興味も湧かない。
そう。
『―――キリカ』
ただ、一人だけを除いて。
222 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:12:52.42 ID:Hvdad8S50
美国織莉子は、キリカにとって光そのものだった。
優しくされた、というだけではない。
彼女のそれには、打算を感じなかった。
代わりに感じたのは、聖職者のような慈悲と無償の愛。
その日から、気付けば織莉子を探して歩いた。
織莉子は、誰にでも分け隔てなく優しかった。
どこまでも正しく、清廉で潔白だった。
彼女と共に在りたいと願うようになるには、そう長くかからなかった。
けれど同時に、キリカは自分では相応しくないと、そう自覚していた。
織莉子以外から愛されぬ自分が、織莉子と並び立つのはおこがましいと。
諦めて、目を背けて、忘れようと。
届かぬ花のことなど思っても仕方がないと、どうにか心を抑え付けた。
けれど、ひとつの希望があった。
それが歪んだものであると知った今も、後悔は無い。
結果的に、その願いは熱力学の法則を凌駕した。
223 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:13:24.33 ID:Hvdad8S50
その過程があってこそ、今のキリカの魔法がある。
自分の愚鈍さは知っていた。
それは変えようの無い事実。
ならば、自分よりも他者を愚鈍にしてしまえばいい。
興味も湧かない他人など、キリカにとって元々豚でしかないのだから。
だからこその速度低下―――否、正確に言うとそうではない。
起きている現象は、確かにそうであるとしても。
その、根源たる特性。
優劣の強制固定。
自己と、その敬愛する者の優先。
いくら敵が速かろうと、キリカの世界では愚鈍な豚でしかない。
キリカがそうとしか、認識しようとしていないのだから。
ある意味で、キリカの願いも能力も呪いに近かった。
しかし、そうであるからこそキリカは織莉子に手を差し伸べられた。
キリカがキリカであるからこそ、織莉子ただ一人を肯定できたのだ。
224 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:13:52.68 ID:Hvdad8S50
突撃するさやかを、焦る様子も無くキリカはかわす。
「無駄だよ……キミがどれだけ速かろうと、ね」
さやかの最速も、キリカの世界では豚の歩みに等しい。
愚鈍で、のろまで、己には所詮及ばない。
「どう、だかッ!!」
言って、キリカに向けて片方の剣を投擲する。
剣は蒼の光を纏い、衝撃波を生みながらキリカへと猛進する。
しかし、それもまたキリカにとっては遅い。
まともに防ぐことはせず、横に回避する。
「……?」
剣が過ぎ去った、その先。
すでにそこには、さやかの姿は無かった。
225 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:14:22.06 ID:Hvdad8S50
キリカの背後。
剣の魔力を目くらましにして、すでにさやかはそこに回っていた。
速度低下の適応されない、背後からの攻撃。
いける、という確信があった。
「残念ながら……想定済みだよ」
瞬時に回り込む戦法は、キリカも得意とするところ。
ならばその対応についても、容易といえる。
加えて、さやかは経験が浅い。
この戦法も、付け焼刃でしかないのだ。
つまりは、さやかの意表を突いた攻めも児戯同然。
「な……くっ!?」
速度低下によって、さやかの動きが鈍る。
そもそも、範囲を限定していたのは、魔力の節約の為。
敵がそこを突いてくるならば、加減も必要無いというものだ。
226 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:15:05.47 ID:Hvdad8S50
剣は軽々と、その魔爪によって受け止められる。
さやかの持つ剣の一本は投擲に使い、今は両手で一本。
もう一本形成し、追撃することもできる。
しかし利益も無ければリスクも高い。
剣が生み出されるよりも、キリカがもう一方の爪でさやかを切り裂く方が速い。
キリカの爪を弾きながら、後方へと跳んだ。
「……しかし、新人にしては素晴らしいね。キミは狐に格上げだ」
「はっ……そりゃどーもっ!」
いくら褒められようと、渾身の一手を詰まれたさやかとしては、気が気でない。
さやかとキリカの基本的なスペックに大きな違いは無い。
武器のリーチも近しく、速度にパワー、ある程度の優劣はあれど総合的には同等。
そこに、固有の魔法と経験が加わって実際の戦闘力が比較できる。
「…………」
さやかは自身の左の掌をじっと見詰め、それを強く握り締めた。
227 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:15:49.34 ID:Hvdad8S50
「次に打つ手は、決まったかい?」
「……おかげで、とびっきりのがね」
空いていた左手に剣を生み出す。
左右合わせた、双刃。
それを構えて、キリカを迎える。
「ふぅん、それはそれは……楽しみだ、よッ!!」
さやかの主観では、やはりキリカは神速のそれだった。
絶対に、確実に自分よりも速く。
キリカは速度低下の魔法によって、相手の攻めに対して後出しの権利を持っていると言える。
普通、素早い相手との戦いとなれば、ある程度の予測が必要だ。
しかし、キリカにそれは必要無い。
相手の刃が、銃弾が届くまでの時間は引き延ばされる。
そこから、もっとも有効な一手を打つことができるのだ。
228 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:16:28.78 ID:Hvdad8S50
つまり、自分から攻めても、キリカには傷一つ負わせられないということ。
他の魔法少女ならば手はあるかもしれないが、さやかにとってはそれが現実。
ゆえに取れる手段は返し手。
キリカが攻めてきた瞬間での、神速のカウンター。
勿論速度低下の魔法がある以上、生半可な速さだけではどうにもならない。
キリカもそう来ると踏んでいる可能性すらある。
返し手と言っても、完全に意表を突いたものでなければならなかった。
甲高い音を立てて剣と爪がぶつかり、火花を散らす。
さやかとしては強引に押し切ってしまいたいところだが、キリカはそれを許さない。
高速の連撃。
「っぐ……!」
しかも、一撃一撃が重く、身体の芯まで響く。
防戦一方で、隙を探そうにもそれは困難を極めた。
229 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:17:03.09 ID:Hvdad8S50
「……は、」
顔をしかめるさやかを、キリカは嘲るように笑う。
「どうしたどうしたッ! さっきの威勢は、どこへ行ったのかな!?」
速く、重く、鋭く。
キリカの攻勢により、さやかは嬲られ続ける。
「打つ手はあるんだろう? 彼女を助けに来たんだろう? だったらやってみてくれよ!!」
さらにキリカの攻めが激しさを増す。
絶え間なく繰り出される斬撃に、さやかは最早考えて対応などしていなかった。
動物的な、脊髄反射。
しかしある意味、さやかの限界を示していた。
そして、ついに。
「く、あっ!!」
右腕が切り裂かれ、剣を取り落とす。
230 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:17:32.33 ID:Hvdad8S50
「これで残るは片腕だ、さあさあ一体どうするんだい!?」
意地の悪い笑みを浮かべるキリカ。
この戦いも、彼女にとっては遊びの範疇。
相手がどれほど足掻き、死んでいくのかを見るだけの。
右腕を力なく垂らしながら、左腕一本でどうにか攻撃を防ぐ。
しかし、二本の状態で限界であったのだ。
そう、長く保つはずもない。
キリカがさやかの眼前に迫る。
左手に持つ剣を爪で押し退け、懐に入ってくる。
「これで―――」
空いた方の爪で、その腹を刺し貫かんと突き付けた。
「終わり、だ」
虚空に舞ったのは、鮮血。
231 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:18:21.91 ID:Hvdad8S50
「な、に……?」
「くそっ……!」
しかし、それはキリカのもの。
動かなくなったはずのさやかの右腕が、キリカの脇腹を抉っていた。
後方へと跳ね、距離を取るキリカ。
「……確かに、腱を斬ったはずだけど」
脇腹に手を遣れば、ぬる、と紅の液体がまとわりつく。
それを舐め取りながら、さやかへと目を向けた。
右腕の傷が、青い光を発してみるみる塞がっていく。
高速での再生能力。
それが、さやかの持つ固有の魔法だった。
「そうか、先に内部を再生しておいて……剣を生み出しながら、突き出した、というわけか」
232 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:18:53.71 ID:Hvdad8S50
さやか固有の能力を活かした、意表を突いた一撃。
されどそれは、後一歩届かず。
剣の形成と、攻撃を同時に行ったので、狙いをつけられなかったというのもある。
しかし最大の原因と呼ぶべきものは、キリカの魔法とキリカ自身の対応。
速度低下によって、どうしても剣速は鈍る。
ゆえにキリカは反射とも言うべき、思考を必要としない行動で回避したのだ。
「はぁっ……!」
肩で息をして、次の一手を考えるさやか。
最初に行った、魔法の死角を突く攻撃はもう無意味。
返し手は有効ではあったが、速度低下の魔法によって、傷の程度を抑えられた。
速度低下を封じた上で、渾身の一撃を放つ。
それがさやかの取るべき手段。
だが、困難なのはそこに至る過程だった。
233 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:19:45.33 ID:Hvdad8S50
「……なるほど、なるほど、なるほど」
くつくつと、キリカがさも可笑しそうに笑う。
「キミは狐でなく、強靭にして不屈の狼だよ」
嬲られ、蹂躙されていたのもキリカに牙を突き立てる為。
それを身を持って知ったキリカに浮かぶ感情は屈辱でなく、愉悦。
あくまでゲームを楽しむ上での、スリルのようなもの。
「ならば、敬意を表しよう―――!」
がしゃん、と魔爪の手数が増える。
その形状と相まって、切り裂く、というより殺傷するという性質が前面に押し出された。
「一手で十手だ……これでキミを殺し切る!」
「ふん……上等ッ!!」
対してさやかも、剣を周囲に生み出す。
地面に7本、手に2本。
234 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:20:20.87 ID:Hvdad8S50
「残弾を増やしただけ、か……それで何ができるんだい?」
「試してみなよ、あんた自身の身体で」
右の剣を、キリカに向ける。
それが、再開の合図。
目にも止まらぬ速さで、キリカがさやかに肉迫した。
剣と爪が、火花を散らす。
空気が振動し、さやかの足元の地面が砕ける。
衝撃で、上空へと剣が弾き飛ばされた。
爪が増えて、高められたのは殺傷力だけではない。
通す魔力の量も激増し、純粋な威力の面でも高まっている。
地面から次の剣を引き抜くさやか。
再びぶつかり合うも、結果は同じ。
弾かれ、無力化されていく。
235 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:20:59.59 ID:Hvdad8S50
所詮はこんなものか、と思いながらキリカは剣を弾き飛ばす。
されどさやかは十分に抗った。
キリカの意表を突き、手傷さえ与えた。
織莉子との茶会での話題くらいにはなるか、とこの状況においても、キリカの頭を占める存在は只一人。
そうして。
剣が弾かれ、残るは一本。
さやかに焦る様子は無かった。
むしろ、これまでになく集中していた。
構える様は、居合いのごとく。
目を瞑り、ただその場で気を研ぎ澄ませていた。
「またカウンターか……だけどもう、それは通じないよ!」
高速で、さやかに迫る。
いくら剣速が速かろうと、キリカの魔法の前では無意味。
距離を詰め、その身を引き裂かんとして、
「……馬鹿な」
キリカの、眼前。
236 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:22:16.76 ID:Hvdad8S50
「どうして、そんなところに剣が―――!」
さやかとキリカを互いに阻むように、空中に浮かぶ剣。
その正体は、弾き飛ばされた剣。
引き伸ばされた時間の中で、それは遅すぎる速度で落下する。
さやかの居合いに対応せんと、キリカは最速で突撃していた。
そのキリカにとって、剣は静止している状態に近く、凶悪なトラップに違いない。
固定された剣に、自ら突っ込んでいくような状況。
ゆえに、キリカの取れる選択肢はひとつ。
速度低下を無効にし、全力で止まること。
キリカは勿論、ほぼ反射的にそれを行った。
そうするしかなかった。
そう、してしまった。
「し、まっ……!」
気付いたときには、すでに遅く。
速度低下を使う暇も無く。
蒼の一閃が、黒を切り裂いた。
237 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:23:04.99 ID:Hvdad8S50
どさり、とキリカが力無く、仰向けに倒れる。
「はぁ、はぁっ……!」
肩で息をして、ただそれを見つめるさやか。
彼女には、今、自分が見ている景色が現実か夢か判別がつかなかった。
自分よりもずっと強い、杏子やマミを襲った相手を倒したという事実。
そして、人に対して殺してしまいかねない一撃を放った事実。
やってしまった後で、その重さに気付く。
「さや、か……」
弱々しい声が、背後で聞こえ、急いで振り返る。
見れば、杏子が血まみれの身体を引き摺りながら、歩み寄って来ていた。
急いでその身体を、優しく支える。
「杏子、そんな無理して……」
「……どうして、」
238 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:23:31.12 ID:Hvdad8S50
杏子に配慮し、耳をその口に近付ける。
「どうしてあたしなんか、助けに来たのさ」
その問いに、ただ溜息をつくさやか。
「……言ったでしょ、あんたも守るって」
何か杏子が言いたげにするも、それよりも先にさやかが続ける。
「見返りも、感謝もいらない……あたしがそうしたいから、あんたを勝手に守るんだよ」
「……バカだよ、あんたは」
「うん……自分でもわかってる」
そう言って、さやかは小さく笑った。
馬鹿でも、滑稽でも構わない。
けれど、そうであったとしても、諦められない。
どれほど困難であろうと、その先を望むのだ。
239 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:24:39.82 ID:Hvdad8S50
じゃり、と地面を擦る音が聞こえた。
その主は、呉キリカ。
さやかの一撃によって、満身創痍となったその身体を持ち上げる。
「……あんたには、聞きたいことがある」
「く、くく」
この状況においても、キリカは笑っていた。
込められた感情は、諦めではない。
「……拒否する、どんな要求だろうと」
道化役者のように、芝居がかった様子で答える。
あらゆる問答は、無意味だと言わんばかりに。
「私からキミに与えるものは一つも無い! さぁ殺せ、それが全ての幕引きだ!!」
240 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:25:15.90 ID:Hvdad8S50
腕を広げ、抵抗も命乞いもせず、死を求める。
その姿に、さやかは一種の恐怖を感じた。
剣を握ろうにも、手が震える。
自らの手で命を奪う、ということには抵抗があった。
たとえ、それがどれほど凶悪な人物だったとしても。
その対象の、希望も絶望も、夢も日常も全て砕いてしまう。
さやかにとって、それはあまりに重い所業だった。
甘い、と言われるかもしれない。
だが、それが美樹さやかだった。
剣を握ることはなく、ただその場に立ち尽くす。
どうすることもできず、じっと掌を見つめる。
瞬間―――視界の端に、奇妙な球体が見えた。
「……ッ!」
その正体が何か、考え付く前に。
マントで自分と、杏子の身体を覆った。
241 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:27:23.76 ID:Hvdad8S50
無数の衝撃。
腕の中に杏子を閉じ込め、転がりながらそれに耐える。
「っく、一体何が……」
マントの内側から出て、目に映ったもの。
キリカを抱きかかえる、白い魔法少女。
血を流しているキリカを、悲しげに見つめている。
杏子の中で、その符号はある単語とマッチした。
「織莉、子……!」
織莉子はただ、さやかと杏子に目を向ける。
「……愚かだわ」
憎む、というより見下すような、哀れむような目。
すぐに踵を返し、去っていく。
242 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:27:57.91 ID:Hvdad8S50
「待、て……」
杏子が、それを追おうとする。
しかし、その身体は多くの血を流し、まともに歩くことも難しい。
「ちょっ、その身体じゃ無理だって!」
「放せ、あたしは、あいつを……!」
織莉子の去った方向に、手を伸ばす杏子。
震える手は、その途中で力を失った。
「杏子……ねぇ、ちょっと!?」
返事は無く、腕もだらり、と下がったまま。
それに危機感を覚え、急いでマミの家まで走る。
心には、ひとつの想いが。
絶対に死なせない、と必死にその身体を抱いて、駆け抜けた。
243 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2011/12/31(土) 17:28:44.91 ID:Hvdad8S50
今日はここまで、大晦日に何をやっているのやら
ゲームはいろんなネタが詰まってそうでいいよね
しかし三月、長いのか短いのか
ローレライがどうとか、魔女姿も人魚だったしさやかちゃんは水イメージなのね
それでは皆さん、今年もお疲れ様でした
244 :
SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b)
[sage]:2011/12/31(土) 20:59:56.85 ID:0t4ykhRj0
乙乙
しかし戦闘スキル高いなさやかちゃん
245 :
SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b)
[sage]:2012/01/01(日) 00:01:57.54 ID:wjvlBsnYo
今年もよろしく
246 :
以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします
[sage]:2012/01/01(日) 02:13:50.43 ID:3if3zla30
虚淵さんの言う「さやかと杏子に優しい話」に一抹の不安を覚えずにいられない。
PVの開発画面でさやかが「恭介の恩人に……」と言ってデレデレしてる姿が映ったが
個人的には違うんじゃないかなーと感じた。4話冒頭でも自己嫌悪してたし
故に様子見。よほど評判が良かったらPSPと一緒に買うよ。
247 :
SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b)
[sage]:2012/01/01(日) 02:38:05.60 ID:QvMplmwu0
さやかっこいいいいい!
キリカに勝っちゃったよ!
さやかちゃんマジさやさや!
248 :
SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b)
[sage]:2012/01/01(日) 05:42:33.23 ID:Z6X6wyQDO
織莉子さんはやっぱりキリカちゃんの傷をペロペロしてあげるのかしら
249 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:20:32.63 ID:h09/k7s40
ぱち、と黒の少女―――呉キリカが目を開く。
視界に映るは、見覚えのある天井。
身体を、起こそうとして。
「っ……!」
腹部に、痛みが走る。
見ればそこには、少し不恰好な形で包帯が巻かれていた。
ああ、自分は負けたのだったな、とそこで悟る。
扉が開き、見えたのは美国織莉子。
キリカを見て、急いで駆け寄る。
「―――まだ、起きては駄目! あなたの傷は、」
「構わないよ」
え、と織莉子が固まった。
「所詮、この身体は外付けのハードウェア……そうだろう?」
250 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:21:54.02 ID:h09/k7s40
「それ、は……」
「見てくれ、織莉子」
キリカが左手を差し出す。
嵌められている指輪が変容し、台座の付いた宝石のようになる。
「濁っているだろう、穢れているだろう? だけど、私は恐怖も感じないんだ」
天井を見上げながら、虚空へ向けて声を放つ。
織莉子に、できるだけ背負わせないために。
事実、それは穢れを溜め込んでいた。
けれど光と混ざり合い、渦を巻いていた。
「私の本質は、呪いや絶望とさして変わらないということだよ」
流暢に、想いを語る。
今際の際の言葉とは違う。
むしろ、恋人への告白のような。
251 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:22:45.78 ID:h09/k7s40
ぎゅ、と掛けられているシーツが握り締められる感触で、キリカが首を擡げる。
織莉子が、何かを堪えるように、俯いていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、キリカ……!」
声は震え、落ちるは涙。
それをキリカは拭おうとしたが、どうしてか躊躇した。
下賤で低俗で、さらに穢れてしまった自分では相応しくない、とでも思ったのだろう。
「謝ることはないよ……毛ほどでも、キミの役に立てたことは、私の誇りだ」
「……そんな、」
「織莉子……私はキミが憧れだった、夢だった、願いそのものだった」
ぽつ、ぽつと思い起こすように呟く。
「キミの隣に居られた事が、それだけで奇跡なんだ……それ以上は、望まないよ」
「私に、とっては!」
織莉子が、その顔を上げる。
涙の滴が、辺りに舞った。
252 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:24:21.15 ID:h09/k7s40
「貴女こそ救いだった! 貴女が居なければ、ここまで来ることはできなかった! だから―――!」
それを、キリカが手で制する。
「ありがとう、織莉子。だけど、だからこそだ」
声を押し殺し、シーツに覆いかぶさって泣く織莉子。
対するキリカは、あまりに穏やかな表情で、優しい声をしていた。
「身は既に捨てた……ならばせめて、最期までキミの役に立たせてくれ」
それこそが、キリカの願い。
織莉子の為に生き、織莉子の為に死ぬ。
それはキリカにとっては身の丈に合わない悲願で、至上の喜びであった。
ふるふる、と織莉子は首を振った。
「……もう、視えているんだろう?」
何を、とは言わない。
キリカは、織莉子の顔を見た時から気付いていた。
既に、彼女が進むべき道を得たことに。
未来を変えるその一手が何であるか、理解したことに。
253 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:24:55.95 ID:h09/k7s40
織莉子のような能力が、キリカに備わっているわけではない。
けれど、それでもキリカには分かる。
共に過ごした時間は短くとも、捧げた愛は無限。
織莉子の心の内など、キリカにとっては自分の心の内に等しい。
「私の未来は、私がこの身で理解している……さあ、選んでくれ。私にとって、キミにとって最良の未来を」
キリカが望む未来と、織莉子が進むべきと定める未来は同じ。
織莉子にとって、失うものがあまりに大きいとしても。
「……キリカ」
だから、せめて。
「今だけ、胸を……貸してくれない?」
キリカは優しく腕を広げ、笑みを浮かべた。
「……勿論、構わないさ」
その腕の中で、織莉子はただ温もりを感じていた。
もう、あとしばらくで失われてしまうであろう鼓動を。
どれほど包まれ、抱き締められようと、その感覚はあまりに儚かった。
254 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:25:41.61 ID:h09/k7s40
「マミさん……杏子は?」
心配そうにさやかが、ベッドの上の杏子を治療ているマミを覗き込む。
大方終わったのか、ふぅ、と一息つく。
「特に、心配は無さそうね……流した血の分、しばらく養生が必要かもしれないけど」
傷を塞ぐ、というだけなら問題は無かった。
しかしマミの治癒魔法は血を補充できるほど完璧でない。
さやかの時には、さやか自身の再生能力があったからこそ全快した。
その不完全さは、マミが願いを叶えると同時、無意識に大切なものを拾わなかったことの具現か。
不完全、というならさやかも同じ。
その能力は、他者へ適応されない。
経験を積めば変わってくるかもしれないが、今のさやかにそれは無い。
奥歯を強く噛み、拳を握り締めた。
「……だめよ美樹さん、自分を責めないで」
その手を、マミの手が握る。
「あなたはよくやった……それは事実よ。それに、過去を悔やんでも仕方ないわ」
固く握り締められた手の指を、一本ずつ解きほぐしていく。
255 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:26:39.64 ID:h09/k7s40
確かに、さやかの活躍は目を見張るものだった。
しかし現状を考えれば、素直に賞賛しているだけというわけにもいかない。
「……魔力の消費は、大丈夫なの?」
「大丈夫、というわけではないけれど……この子が、グリーフシードを持っていたから」
そう言われた本人、千歳ゆまはベッドにもたれて眠っていた。
彼女もまた、責任を感じていた。
杏子の役に立つ、という自身の想いも遂げられず。
「私にこの子を預ける上での駄賃、のつもりだったのかしらね」
恩は売らないが、義理は返す。
それが恐らく、今の佐倉杏子。
マミの中では、そうだった。
「……そっか」
「そんなに心配しないでも、そういう所では私も抜かりないわよ?」
微笑みながら、ごそ、と近くの鞄からグリーフシードを取り出す。
256 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:27:43.86 ID:h09/k7s40
「……あなたの傷の治癒には、その前に持っていたもので事足りたから」
かち、とそれをソウルジェムに当てる。
つまり、今マミが使っているのは、さやかが初陣で戦った魔女のもの。
まだ使えそう、と呟いて、マミはそれを仕舞った。
「だから、これは佐倉さんに返しておきましょう」
そう言って、もう一つの、ゆまから受け取ったであろうものを杏子の手に握らせる。
穢れをあまり吸っていないので、いきなり孵化、というのはないだろう。
時計の音とゆまの小さな寝息がその空間に響く。
そうしていると、どうしてもネガティブな方向へ物事を考えてしまいそうだった。
不意に、マミが立ち上がる。
「……佐倉さんが起きるまでに、何か作っておくわね」
言って、キッチンへと消えていく。
心配そうに、さやかを何度か振り返っていた。
257 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:28:49.49 ID:h09/k7s40
眠っているゆまの頭に手を伸ばし、そのまま手を置く。
「ごめんね……守るとか言っといて、情けないよ」
撫でれば、ゆまは少し呻いたが、目を覚ましはしなかった。
命を救っただけ、さやかはその役目を果たしてはいた。
けれど、それだけで満足はしない。
杏子の顔が苦痛で歪められ、その身が痛めつけられた時点で未達成なのだ。
自分の手を、じっと見つめる。
この手は、どれほど救えるだろうか。
どれほど守れるだろうか。
自分は夢や願いの、守り手となり得るのだろうか。
答えなど、出るはずも無い。
救えるものも、できないものも確実にあるからだ。
そうであったとしても、さやかは願う。
望んでしまう。
その目に映る、あらゆる希望を守ることを。
「……また、バカなこと考えてんのか」
258 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:29:48.43 ID:h09/k7s40
はっとして杏子を見れば、さやかに対し、背を向けていた。
「……いつの間に起きたの?」
「治療が終わるちょっと前……それで、どうなのさ?」
相変わらずの口調にさやかは少し、むっとする。
けれどそれもすぐに意味は無い、と考え直し、ベッドに腰掛けた。
「あんたに言わせてみればくだらないんだろうけど……あたしは今ある世界があれば、それでいいの」
「……それじゃ、なんで契約したのさ」
刺々しい杏子の返答に、さやかは少しはにかんだ。
「ごめん、言い方が悪かったね。あたしは周りの皆が笑ってれば、それでいいんだ」
別に、より良い世界を目指しているわけではない。
そうであるなら、さやかは政治家でも目指しているはずだ。
ただ、今見ている景色に、一滴の涙も落としたくないだけ。
259 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:30:36.22 ID:h09/k7s40
「……で、あたしみたいな会って間もない奴もその『周り』に入れるのかい?」
「ん、そうとも限らないけど……そうなのかもね」
曖昧な返事に呆れたのか、返答自体が不服だったのか、杏子は、はぁ、と溜息をついた。
「バカだよあんた、生粋のね」
「そりゃ、ね……結局どうしたらいいか、自分でもわかってないんだし」
自嘲するような、声。
さやかは妙に自分を卑下しているのではないか、と杏子は感じる。
そのおかげで、キリカにも勝てたのだろうが。
「……思うがままにやっていけば、どうにかなるんじゃねーの?」
「ん……そう、かな」
「そういうもんだろ……あんたが好きそうな、愛と勇気が勝つストーリーってのは」
それ以上は、互いに何も言わなかった。
杏子はただ、自分の手の中のグリーフシードをじっと見つめていた。
そういう話が好きなのは、かつての自分ではなかったのか、と。
260 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/01(日) 23:31:17.89 ID:h09/k7s40
今日はここまで
皆さんあけましておめでとうございます
結果的に痛み分けな双方ということで
しかし時計の針も話の展開も加速していくという感じ
さてさてそんなこんなで、今年もどうぞよろしく
一月中には終わるとは思うけど、何かやらかさない限り
暗い展開になると自分も精神的に病んでる気がするのは気のせいか
261 :
SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b)
[sage]:2012/01/01(日) 23:49:33.68 ID:wjvlBsnYo
乙
いい感じになってきたね
262 :
以下、あけまして
[sage]:2012/01/03(火) 03:27:17.31 ID:xoiPpWnw0
乙
…杏子は、ゆまに治癒してもらえばいいんじゃね?とか思ってしまった
ここのゆまは、願いが違うのかな?
263 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:08:46.64 ID:COsBzTw50
>>262
失念してた欝だ死のう
テンパっててまともに魔法使えずマミさんに諌められたとか、治療したあと寝てしまった展開とかで
さして重要な箇所でもないのでそこはもうカットした方が良さそうです申し訳ない
ちょっと倉庫のハンマーか金槌で自分の頭ぶん殴ってくる
264 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:09:33.71 ID:COsBzTw50
放課後の、帰路で。
最近は日が長くなっており、まだ空は赤くない。
「見舞い、なんて……随分と呑気ね」
「そうかもしれないけど、さ。ずっとこのままじゃ気が滅入っちゃうでしょ」
実際、見舞いをするほどのことではないのだが。
話題に挙がっているのは、佐倉杏子のこと。
見舞いの品でも買って、マミの家に行こうとさやかが言い出したのだ。
はぁ、とほむらが溜息をつく。
「……気を抜いていいような場面、とも思えないけど」
「ま、まあまあ! 魔法少女が二人居れば、まどかの護衛を含めても余裕でしょ!」
楽観的だ、とほむらは感じた。
ほむら自身にとっては自分の予想が当たっていないかと、気が気でなかった。
けれど、今までの事例を考えれば、だ。
呉キリカ、及び美国織莉子の目的はあくまで暗殺。
ならば人の集まる場所なら襲われる可能性も少なくもなろう、とほむらは判断した。
そうして、渋々承諾する。
265 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:10:31.25 ID:COsBzTw50
「でも、杏子ちゃんの欲しいものってなんだろ?」
「んー、まあとりあえず無難に食べ物、だよねぇ……」
そもそも、このメンバーが杏子の趣味嗜好を知るには時間が足りていない。
可能性があるだろうマミは、その杏子とゆまを心配し、急いで下校しているところだろう。
「どこ寄る? デパートとか?」
「そんなお金無いよ……」
「……入院しているわけでもないし、豪奢なものでなくてもいいでしょう。それに、彼女の性格を考えなさい」
さやかとまどかが思い浮かべる。
後者の方はさやかからの又聞きだが。
「確かに……あんまり、いらなさそうだよね」
「怪我自体は治ってる、っていう話だしね」
杏子の重傷ぶりを見れば、その事実は異様なのだが。
それが自然であると考える程度には、彼女たちは非現実を受け入れている。
266 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:11:24.50 ID:COsBzTw50
「ん……それじゃあもう、うんまい棒とかでもいいのかな」
「それはそれで極端よ……というか、どうして?」
「いや、この前持ってたから」
そうは言っても、安すぎる気はした。
大量に買うのもまた、一人で消費するのも一苦労だろうが。
杏子が、よほどの大食らいでなければ。
「ん……?」
不意に、さやかが前方の人影に気付く。
緑髪の上品そうな少女、志筑仁美。
相手方も三人に気付いたのか、その方を向く。
見詰められているのは、さやか。
「あっちゃあ……最近構ってなかったし、お怒りかな?」
「……行ってあげて、さやかちゃん」
さやかがほむらに振り向けば、こく、と頷きで返された。
267 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:12:00.97 ID:COsBzTw50
さやかが駆け出し、仁美に駆け寄っていく。
「……それじゃあ、先に行こっか」
「ええ、そうね」
途端に、会話が無くなる。
二人は互いに、心の距離を感じた。
その原因は、違うものではあるのだが。
「……わたしって、役に立ってるのかな」
ぽつ、と独り言のように呟くまどか。
ほむらの耳は、それを鮮明に聞き取る。
「家族にとって、クラスにとって……あなたは重要な存在だと思うけど」
「そう言うほむらちゃんは、わたしに頼ってくれないよね」
ぴく、とほむらの指先が少し跳ねる。
事実ほむらは入院していたのに、保健室の世話にはなっていない。
268 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:12:49.30 ID:COsBzTw50
少しして、まどかが苦笑した。
「……ごめんね? そういうことが言いたかったんじゃないの」
「それじゃあ、どういう?」
「魔法少女のこと、わたしは知ってるのに……何もしなくていいのかなって、思うの」
「それは……」
こく、とまどかは頷いた。
「わかってる、それが苦しいことだって。わたしも、恐いことや痛いことは嫌だよ」
自ら進んで苦痛に身を委ねようとは思わない。
人間として、普通の思考。
「それでも目を背けるのは良い事だって思わないし、何も出来ないことは、悔しいの」
場合によっては、違ってくる。
269 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:13:29.71 ID:COsBzTw50
特に、まどかに限っては。
彼女は身を捨ててでも、誰かの役に立ちたいと思う。
まどかが、自分自身を過小評価しているから。
木偶の坊だと、小さく見ているから。
だからこそ、自分などより他人を、と願う。
「……魔法少女は、いつ消えてもおかしくない存在よ」
それをほむらはわかっている。
わかっている上で、そうして欲しくないと望む。
「あなたが私達のことを知り、覚えていてくれる……それだけで、いいの」
まどかからは、ほむらの顔は見えなかった。
否、見るような余裕が無かった。
けれどその声色が、何故だか泣いているような、そんな感じがした。
270 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:14:08.44 ID:COsBzTw50
「それでも、最近ね……なんだか、皆が遠く感じるの」
もし、役に立っているもだ。
まどかの心は充足せず、満たされず。
ただただ、孤独に身を焦がす。
「さやかちゃんは何も変わってないのに……どこか遠いところを見てるし」
さやかが考えるのは、魔法少女としての自分や杏子について。
それを抱え込んで、まどかに頼ることは無い。
「マミさんはすごい先輩で、なんだか隣に立つのも気が引けるし」
マミは、確実に誰かの支えを必要としていた。
しかし、ほむらとさやかがそのポジションに立ってしまった。
「杏子ちゃんとは会ったこともないし、ゆまちゃんもマミさんや杏子ちゃんが世話してるし……」
271 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:15:14.67 ID:COsBzTw50
ねえ、とまどかがほむらに呼びかける。
まるで、誘うように。
「わたしは、どこに居ればいいの?」
日常と、非日常の狭間。
まどかが居るそこは、周囲の様々な人々の世界とも、魔法少女の世界とも違う。
その二つの、中間地点。
非日常を知ってしまった今では、日常もどこか他人事のように思える。
魔法少女たちとは、何らかの隔たりを感じてしまう。
ここでほむらが自分が傍に居る、と言うことができればどれほど良かったか。
そんなことは、到底できないのだ。
ほむらにとって、まどかがどちらに転んでも、離れなければならなかった。
共に傍に居ることなど、望めるはずもないのだ。
気休めの嘘も、ほむらには吐けるはずがなかった。
問うたまどかの姿が、表情が、声があまりに切実で、懸命で、けれど夢幻のようだったから。
「―――その答えは、私が授けましょう」
272 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:16:02.12 ID:COsBzTw50
声の方に振り向けば、二人には見覚えが無い少女が居た。
白髪だろうか、銀髪だろうか、それが印象的な少女。
にっこり、と優しげな微笑を浮かべる。
「あなた、は……?」
「そう……貴女達は知らないのね。だけど私は知っているわ、鹿目まどか、暁美ほむら」
「―――ッ!!」
ほむらが身構え、まどかを背に庇う。
「貴女も未来を知っているのでしょう? ……哀れよ、本当に」
「あなたは、やはり……ッ!」
ええ、とその少女が、否、美国織莉子が頷くと同時。
白と黒のチェック柄に、風景が染め上げられていく。
二人には、見覚えがあった。
けれど、どうしても不可解でしかなかった。
273 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:16:50.20 ID:COsBzTw50
「魔女の結界ッ!? どうして……!」
「……行きましょう、キリカ。私達の信じる道の為に」
織莉子が、白い光に包まれる。
魔力を纏い、その装束を形成していく。
「絶対的な悪意と暴力、それを振るう最悪の絶望を祓う為に」
どこか僧侶を、賢者を思わせるその装束。
「まどか、さやかとマミにメールを!」
「う……うん!」
す、と織莉子が腕を振り上げる。
現れるは、魔力で形成された無数の球体。
「さあ……これが回答よ、鹿目まどか」
振り下ろされる、腕。
魔の球体が、二人へと向かう。
「―――貴女に、居場所など無いわ」
274 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:18:25.67 ID:COsBzTw50
「それで仁美、どういう用事?」
「ええ……前々からさやかさんに私、言いたいことがあったんですの」
仁美の表情は、真剣そのもの。
それに気圧され、さやかは何も言えなくなる。
「私、上条恭介くんのこと……ずっと、お慕いしていましたのよ」
「…………え、は、はぁ!?」
さやかにとって、意外な一言。
いつの間に仲良くなったのだろう、とか。
二人ならお似合いなんじゃないか、だとか。
そういうことが、脳裏に浮かんでは消える。
「けれどさやかさん、あなたの気持ちを無視する真似は、私はしたくないのです」
どういうことだろう、とさやかはよくわからないという表情をする。
275 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:19:15.56 ID:COsBzTw50
「あなたは彼に特別な想いを……少なくとも幼馴染以上のそれを持っていると、私は感じています」
特別な、想い。
さやかはそれが恋愛感情であるのか、わからなかった。
彼に、もう一度ヴァイオリンを弾いて欲しかった。
夢に向かって、走って欲しかった。
子供の頃心打たれたその音色を、もう一度聞きたいとも思った。
それが、愛と呼ぶべきものなのかもしれなかった。
仁美は、自分よりも女性の心理についてわかっていると、さやかは思っていた。
ならば、仁美がそう言うのなら。
彼のヴァイオリンが生み出す音色に、惹かれたのも。
彼の隣で感じた胸の高まりも、熱さも。
きっと、その想いから来たものなのだろうと。
即ちそれは恋であり、愛なのだと理解できる。
「……さやかさん、私は待ちました。あなたが何を見ているかわからない時も、この想いに耐え続けました」
276 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:20:01.93 ID:COsBzTw50
きっと、魔法少女や杏子について考えていた時のこと。
あの頃からずっと、弾けそうな気持ちを抱えていたのだな、と思う。
ですから、と仁美が指をさす。
「あそこに、上条くんを待たせています」
指の先の、ベンチに。
確かに、上条恭介その人が居た。
「さやかさん、私は今からあそこに行って、告白します。けれど……」
もし、とさやかを一瞥する。
「あなたが彼を望むのなら、私は身を引きましょう」
つまり、白黒つけて欲しいと。
どちらにしても、はっきりしたいと、そういうことなのだ。
277 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:20:40.61 ID:COsBzTw50
さやかは、虚空を見上げた。
仁美の行動は、多少強引に見える。
けれど、仁美にとっては一世一代のことと言えた。
つまり、そうするほど恭介への思いが大きい、ということ。
自分はどうか、とさやかは思い返す。
恭介は確かに大切な存在であり、心の多くを占めているといえる。
だが、仁美に比べてどうか、とは言えなかった。
「さやかさん……私や、他の方々のことを考えることはありません」
ぎゅ、と左手を両手で握られる。
「あなた自身がどうしたいか、本当の気持ちと向き合ってください」
仁美はそうしたからこそ、今ここに居るのだろう。
そう、さやかは頭の隅で考えた。
278 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:23:20.86 ID:COsBzTw50
自分はどうだろうか。
果たして、自分自身の願いでここに居るのか。
ただ、他人の都合だけ考えているのではないか、と自問する。
『―――あなた達は、一人の少女として普通の幸せを手にすることもできる』
「……っ!」
脳裏に浮かぶは、ほむらの言葉。
まだ、後戻りできるのかもしれない、とさやかは思った。
ただ下らないことを言って、笑いあっていた日常に。
恭介の下へと通い、その手が奏でる音色に耳を傾けられるのかもしれない。
最近遠ざかってしまっていた日常の中へと、再び溶け込んで行けるかもしれない。
魔法少女の世界に浸かっていけば、いずれ後戻りできなくなるのだろう、とさやかは感じていた。
ほむらが言いかけていた、キュゥべえの事情についても気にかかっている。
と、いうことはいずれ、物理的、精神的にまどかや仁美から離れることになると、どこかで認識していた。
さらに、契約は他人の都合を考えてのものだった。
その第一歩が、完全に自分の意思とは言えないのだ。
まどかの、仁美の、恭介の笑顔が浮かぶ。
自分が本当に守りたいのは何であったか、問いかける。
心が真に、望むものを。
「あたし、は」
そうして、得た答え。
「あたしは―――ッ!!」
携帯が震えたのは、それを叫んだしばらく後だった。
279 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/03(火) 22:24:27.42 ID:COsBzTw50
今日はここまで
本当にこういう本編と関係ないところでのミスって情けないよね
ゆま→つまみたいな誤字だったら修正も効きそうで笑い事で済む感じだけど
一箇所の展開丸々間違ってるのはまったくもってゴミカス状態だよね
280 :
以下、あけまして
[sage]:2012/01/03(火) 22:26:12.36 ID:JcGskCJSo
乙乙
誤字ってもいいじゃない魔法少女だもの
281 :
以下、あけまして
[sage]:2012/01/03(火) 23:40:42.42 ID:W+XNWpmt0
間違ってもいいじゃない、SSが面白ければ問題はないもの
282 :
以下、あけまして
[sage]:2012/01/04(水) 13:03:58.18 ID:N2UQPmNYo
乙
まどかがやっちまいそうな気がする・・・
283 :
以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします
[sage]:2012/01/04(水) 22:00:28.82 ID:lfliFd510
>>263
>ちょっと倉庫のハンマーか金槌で自分の頭ぶん殴ってくる
ハンマーならゆまが持ってるよ、直々に叩いて下さるそうだ
ありがとうございます! ありがとうございます!
284 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:04:08.64 ID:AjvTIYiu0
輝くは、赤。
「……っち」
舌打ち。
いつもならば、喜んで向かったところだろうか。
しかし今は病み上がりで、どことなくだるい。
その上気になるのは、どこかの清々しいくらいのバカ。
はぁ、と大きく溜息をついた。
他人のことで思い悩むなど、久しぶりだ。
しばらく前から連れまわしている奴は、それほど難解ではない。
否、きっとあのバカの方が単純で、わかりやすいのだろう。
自分が妙な受け取り方をしている、というだけで。
「キョーコ……?」
自分の周りには、お節介焼きしか居ないのだろうか。
むしろ、それほど自分が情けなく、頼りなく見えるのか。
それはなんというか、癪な話だ。
「ったく、しゃーねーな……」
285 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:04:52.77 ID:AjvTIYiu0
走る。
走る、走る。
足がもつれて、躓く。
決死の思いで立ち上がり、駆け出す。
周りの景色はこの世のものとは思えない。
こんなものは―――こんなものは、知らない。
知っているはずも無い。
これはきっと夢だと、言い聞かせた。
されど足が地を蹴る感触は、紛れも無く現実。
滴り落ちる無数の冷や汗も。
ならば振り向けば見える、大口を開けたソレもまた、本物。
あらゆる生物のどれとも一致せぬ、異形のソレ。
やめろ。
今は逃げることだけ考えろ。
そう言い聞かせて前を向けば、既に全ては遅すぎた。
「ひっ……!」
牙がぎら、と鈍く光り、目前に迫る。
286 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:07:27.99 ID:AjvTIYiu0
ぱん、と間近で破裂音がした。
目前まで迫っていた異形が、肉片となって弾け飛ぶ。
「あ……」
「逃げて、早く!」
凜、とした声が耳に入ってきた。
そちらを見れば、長銃を構えた少女が居る。
その銃口は異形に向けられていた。
「あっちよ……急いで!」
少女に急かされて、駆け出す。
その奇妙な光景に首を傾げる暇も無く、ただただ情けなく走り出す。
後になって思えば、何もかもがおかしな状況だった。
されどこの時には、死なないことだけしか頭に無かった。
287 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:08:00.73 ID:AjvTIYiu0
逃げ惑う人を一瞥して、溜息をつくマミ。
「……まったく、どうなっているのかしら」
視界の端から端まで、黒と白のチェックで染められている。
魔女の結界、にしても不安定だった。
まだ、出入りが容易だったのだから。
「孵化した直後の魔女? それにしても……」
人通りが多すぎる場所。
魔女が生まれる場所にしては、あまりに不可解だった。
確かなのは、自分は急がなくてはならないこと。
メールの文面から推測すれば、だ。
この奥で、ほむらとまどかが白の魔法少女―――『織莉子』に襲われている。
問答は不要、と思い至り、あまりに自然な動きで引き金を引く。
288 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:08:44.51 ID:AjvTIYiu0
使い魔はマミにとって、的でしかない。
明確な意思を感じられず、愚鈍であるそれを排除するのに、思考は必要無かった。
撃てば当たる。
思考せずとも、身体が勝手に照準を定め、引き金を引いて打ち抜く。
魔法少女としては珍しく、豊富な経験を持つマミだからこそ可能となる技術。
いわゆる、心眼のようなものだろうか。
さやかやキリカが持っている、脊髄反射での超反応とはまた違う。
常に、自分が持ち得る手の中から最善手を選び出す。
通常の魔女相手に限れば、マミがほぼ無敵であるのはその火力が保証していた。
加えて治癒魔法、拘束魔法全てを単独で行え、前述のマミ自身のポテンシャルまである。
特化した一芸は無くとも、あらゆる能力において秀で、的確に扱うことができる。
それが巴マミであった。
289 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:09:23.79 ID:AjvTIYiu0
「……ここね」
今の彼女には、守る対象と言う足枷が無い。
すなわち遠慮をすることも、焦ることもない。
ましてや油断など、到底するわけもなかった。
あまりにも早くに到達した、扉を開く。
景色はそれほど変わり無い。
今までと同じく、白と黒で構成されていた。
ただ、その中央に、背の高い椅子が鎮座していた。
その背はマミに向けられ、座っている者の顔は知れない。
しかし、マミにはどうしてか、その正体が分かっていた。
確信していた。
このタイミングで、こんな場所で座っている者が、誰であるか。
手に持つマスケット銃の引き金を、躊躇なく引く。
放たれた弾丸は椅子を貫く―――前に、その椅子ごと切り裂かれた。
ズン、と椅子の上半分が地面に落ち、地響きが起こる。
290 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:10:07.63 ID:AjvTIYiu0
「ひどいなぁ……随分と、ゴアイサツじゃないか?」
「突然襲ってくるような人に、礼儀を説かれる謂れは無いわ」
「ふむ、そうか、そうか……」
くつくつ、とさも可笑しそうに笑うのは呉キリカ。
がしゃん、とその腕に魔爪を現出させる。
「だが、ここには逃げ場は無い、そして助けを呼ぼうと届きはしない……以前の手は、通用しないよ?」
「あら、まさか……違っているのが、周囲の状況だけだと思って?」
ひゅう、とキリカは口笛を吹く。
マミは一度、キリカとの戦闘を経験している。
その中で、既に最善手は掴んでいるのだ。
「それはそれは……楽しみだ、よッ!!」
291 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:10:36.86 ID:AjvTIYiu0
『さすがは、美国さんの娘さんですね』
そう言われることは嬉しかった。
お父様は、私にとって誇りだった。
その娘として恥ずかしくないよう心がけた。
『手伝ってくれてありがとう、織莉子……ご褒美は、何がいいかな?』
お父様に褒めてもらえるのも、子供心に嬉しかった。
けれどもっと純粋に、正しいお父様の役に立つのが嬉しかった。
どこまでも、どこまでも正しいお父様の。
それによって、自分も正しい行いをしていると思えたから。
なのに。
『美国議員が首を吊って自殺―――以前から経費の改竄などの疑いがあり、』
うそつき。
『くすくす……よく学校に来れますわね』
ウソツキ。
『あなた、自分の立場をわかっていらっしゃるの?』
……嘘吐き。
292 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:11:05.11 ID:AjvTIYiu0
賞賛の声は罵声に変わった。
羨望の目は、軽蔑の眼差しに変わった。
家の塀には税金泥棒と、死んでしまえと落書きがされ。
窓は割られ、庭は滅茶苦茶にされた。
一体、私が何をしたのだろう。
正しいことを、したはずなのに。
私自身は、確かにそうだった。
わかってはいる。
私の知らない所で起きたことが、私にまで被害を及ぼしているだけだと。
けれど、思わずにはいられなかった。
私はただ傀儡となり、道化となり、そして嬲られる為に生まれたのだろうか、と。
『そうでもないさ……君には才能がある』
光明は皮肉にも、人外の言葉だった。
それも、打算と陰謀に満ち溢れた。
293 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:11:44.85 ID:AjvTIYiu0
けれどもその時点で、他に選ぶ道など無かった。
よって私は契約した。
自分の生きる意味を知りたい、と。
自分の生に、意味が欲しいと。
得られた能力は、予知だった。
未来をその瞳に映す力。
見えたものは、果てしない絶望だった。
生半可なものではない。
あらゆる希望を、根こそぎ喰らい尽くす最悪の絶望。
なるほど、と理解した。
この未来を変えられたのなら、私の生にも意味が生まれるに違いなかった。
けれど、それがどうしたというのだろう。
意味があるからといって、何なのだろう。
自分を捨てたこの世界を、救う必要があるのだろうか。
自分が救って、意味があるのだろうか。
294 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:12:24.26 ID:AjvTIYiu0
どうせ、あんな最悪の絶望などどうしようもない。
私はまた、正義と信じてその道を行き、絶望するだけだ。
そう思い、自分の殻に閉じこもった。
『やれやれ……ひどいことになってるね。やはり、くだらないよ』
彼女の最初の印象は、『物好きな人』だった。
こんな悪徳政治家の娘と言われている人間に、わざわざ会いに来るなんて。
彼女は熱心に語りかけてくれた。
私の行いが素晴らしい、だとか。
そんなみすぼらしい格好では、勿体無いだとか。
私自身を、初めて褒めてくれた。
しかし、どうにも不思議になって、問うた。
どうして、私のことなど気にかけてくれるのか、と。
世間から疎まれ、軽蔑される私を。
295 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:12:51.81 ID:AjvTIYiu0
彼女は言いにくそうにしていたが、どうしても、と頼むと答えてくれた。
彼女―――否、今更彼女と呼ぶのも他人行儀だ。
キリカは、自分は世界のあらゆるものが嫌いだと言った。
空っぽで、単純で、馬鹿馬鹿しい人々が嫌いなのだと。
けれど、私は違うと。
私の優しさは、他と違う何かがあるのだと、そう言った。
そして私に会うためだけに、契約し、自分を変えたと。
『ごめんよ……キミと話している私はニセモノなんだ』
本当は、根暗で陰湿で愚鈍なのだとキリカは告げた。
私はむしろ、その方が嬉しかった。
今のキリカは私にとって太陽のようで、向日葵のようで。
誰にでも与える好意を、偶々私に与えているだけだと思えて。
けれど、そうではないと言ってくれた。
キリカという存在の、根底の部分である元の人格が惹かれたのだと。
そこでようやく、私は私を信じることができた。
キリカの在る世界を、守りたいと願えた。
296 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:13:26.98 ID:AjvTIYiu0
「私は知っている……これから起こる悲劇も、あなたの目的も!」
織莉子が視た未来。
ただ、踊らされるままに嵐へと、暴風雨へと立ち向かっていく魔法少女。
けれども、雲が晴れることはなく。
結局、縋ってはならない希望に縋り。
代償として生まれたのは、更なる絶望。
全ての終末。
「くっ……!」
織莉子の前に立ち塞がり、盾でどうにか魔力の込められた球体を防ぐほむら。
しかしその盾は、ただ防ぐ、ということには向いていなかった。
耐久力自体は申し分ないのだが、いかんせん小さすぎる。
実際、この盾の本領はそれ以外の機能にあった。
大量の現代兵器を収納しているだけではない。
盾に内蔵された、歯車は―――
「時を止めても無駄よ、暁美ほむら」
「っ!!」
297 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:13:54.08 ID:AjvTIYiu0
今まさに発動させようとした、その能力。
「時間の停止と跳躍……それで、どれだけ繰り返したの?」
流れる時の砂時計をせき止め、反転させるだけの能力。
それがほむらの切り札にして、唯一の希望であった。
「その中に、貴女の望む景色の片鱗は在った?」
その希望に、何度も縋り。
「未来に繋がる、希望は見えた?」
何度も、何度も倒れて蹲り。
けれども、諦める事はできなくて。
交わした約束は、最早存在理由に等しく。
「……少しも無いからこそ、貴女はここに居るのよ」
「知ったような―――口をッ!!」
298 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:14:21.98 ID:AjvTIYiu0
織莉子の言葉はほむらにとって、自分の身が滅びようと肯定できはしない。
諦め、見捨てるならば、自分など必要ない。
既にその境地に在った。
過ぎ去った時間軸で、まどかに救われ。
まどかを救うことを願って。
救って欲しいと、託され。
殺して欲しいと、懇願され。
暁美ほむらという存在自体が、鹿目まどかという少女無しに語れないものとなってしまった。
まどかが与えた救いが、交わした約束が、ある種の呪いとなってしまった。
誰が悪い、というわけではない。
救われただけで導かれなかった少女は、永遠の迷路へと囚われてしまった。
ただ、それだけだった。
織莉子はそれを無意味と評し、無明であると断ずる。
ほむらはその弾劾を、受け入れるはずもない。
ほむらにとって、まどかは世界に等しいのだから。
299 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:15:22.63 ID:AjvTIYiu0
ほむらはただ歩みを止めず、進み続ける。
絶望の先にあるのが何であるのか、知っているから。
そうするしか、他に無いのだ。
ぴく、と織莉子の眉が跳ねる。
「……無駄なことを」
瞬間、世界が停止する。
ほむら唯一人が持っている、時間停止の能力。
アサルトライフルと、手榴弾。
安全装置を外してフルオートで撃ち出し、ピンを外して投擲する。
その間、ほむら以外の全ての活動が停止していた。
歯車が再び稼動し、景色が静から動へと移行する。
その、直後。
空中で静止していた弾丸は本来の通り飛翔し、ピンの抜かれた手榴弾が爆散した。
閃光と爆風と、衝撃波。
ほむらの背後でまどかが小さく悲鳴を上げたが、それに構っている余裕は無い。
300 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:16:39.25 ID:AjvTIYiu0
凝視していれば―――水晶のような、球体が迫り来る。
それを、すんでのところでかわす。
「……だから、無駄だと言ったでしょう」
嘲笑うように、美国織莉子は無傷で立っていた。
虚空に舞うは、織莉子の力の具現である球体。
それでもって、全て防ぎきったのだ。
「くっ……」
「愚行を繰り返すのね、この戦いにおいても……」
機関銃を連射しようが、砲弾を撃ち込もうが、爆弾で周囲を取り囲もうが。
全て、球体の弾幕によって潰される。
それも、ただ意思のまま動く球体で、容易に。
301 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:17:42.72 ID:AjvTIYiu0
予知、だけではこれほど一方的に立ち回れるようには思えない。
そこで浮かんでくるのは、一つの仮説。
この結界を、生み出している者。
それが、速度低下の持ち主であると。
呉キリカだと気付けたのは、ほむらが繰り返してきたからこそ。
「……気付いたのね」
それすらも、織莉子の手の内。
この戦闘は織莉子にとって、相手の手が分かっている詰み将棋のようなものだった。
ほむらの魔法は確かに協力。
だが、それだけだ。
弾丸も爆風も、時間が動いてから牙を剥く。
ならば先手を知り、かつキリカの魔法に守られている織莉子が圧倒的に有利となる。
時間が停止した状態で零距離まで近づかれれば、回避の暇も無いだろう。
しかし、ほむらの魔法は、発動中に触れた物まで動いてしまう。
つまり凶器となる球体をうまく配置すれば、完全なるワンザイドゲームになりうるのだ。
302 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:18:13.36 ID:AjvTIYiu0
「え、え……?」
何も理解できないのは、まどか一人。
できる限り籠の中の鳥であるようほむらが守ってきたのだから、当然なのだが。
それを織莉子は見逃さず、精神面でも揺さぶりをかける。
「この結界は、私のパートナーである……キリカが作っているのよ」
「で、でも、その人は……」
「まどか、駄目ぇッ!!」
織莉子の言わんとするところを理解し、ほむらが止めに入る。
しかし、その口を塞ぐことはできない。
「そう……魔女こそ、魔法少女の末路なのよ」
言葉は言霊となり、まどかだけでなくほむらにも影響する。
まどかは真実に困惑し、混乱し。
ほむらはこの状況に焦燥を、憤慨を感じる。
303 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:19:00.08 ID:AjvTIYiu0
織莉子の責めは、それで終わらない。
「そしていずれ最悪の魔女として君臨し、森羅万象を滅する存在が居る」
ほむらの弾丸は、爆弾は、織莉子に届かない。
全て予見され、呼吸をするように一切を防ぐ。
「それが誰か、わかるかしら?」
聞いてはならないと。
知ってはならないと、まどかの中で警鐘が鳴っていた。
ほむらの叫びも聞こえた。
しかし、耳を塞ぐことはできなかった。
「貴女よ、鹿目、まどか―――!」
ただ、まどかはその場に座り込む。
304 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:19:39.09 ID:AjvTIYiu0
自分は、世界にとって害悪なのだと。
誰かの役に立つどころか、居てはいけない存在なのだと。
その現実が、心を打ちのめした。
敵が言っていることだ、と疑うことは無かった。
まどかの心は既に迷い、立ち止まっていたのだから。
「ッ……!!」
怒りと共に、銃口を向けるほむら。
まどかを無価値と捉え、悪逆と断じ、思いやろうともしない者への。
しかし、気合や意地を振りかざすだけで闘いは決着しない。
「無駄よ、全て」
背後からの、衝撃。
骨が軋む音と共に、ほむらは銃を取り落とす。
「か、はっ……」
一方的であり、圧倒的。
ほむらの行く道には希望は無いと、そう言わんばかりに美国織莉子は君臨した。
305 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/06(金) 22:21:46.92 ID:AjvTIYiu0
今日はここまで
いやー機能投下しようとしたら落ちててびっくり
対織莉子勢パートがえらく長くなってる気もする今日この頃
某ウンメイノーの人も「俺たちの目的は魔女を倒すこと! 魔法少女同士で戦うことじゃないはずです!」
って言いそうなレヴェルになってきてるかねー
後投下した後気付いたが
>>301
の最後の行、ワンサイドがワンザイドになってるなー
また誤字なのかーそうなのかー
306 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(山口県)
[sage]:2012/01/06(金) 22:31:29.30 ID:YF5L6/Dno
乙
某魔法少女「ゼロ距離射撃なんてどうかな?」
307 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(千葉県)
[sage]:2012/01/06(金) 22:52:23.16 ID:tOtptzIXo
漂う噛ませ臭
308 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)
[sage]:2012/01/06(金) 22:53:54.35 ID:kjXLOafzo
この距離なら(ry
309 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)
[sage]:2012/01/07(土) 01:54:59.87 ID:0u3J6HyAO
時間停止中に撃っても銃弾結構進むし、銃身触れないギリギリの位置でブッ放せば流石に回避不可能だろ……
というのは野暮だな、うん
310 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/07(土) 02:28:56.47 ID:tEZiNol6o
>>306
夜襲みたいにいうな
311 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛媛県)
[sage]:2012/01/07(土) 06:13:34.23 ID:MahrXpJt0
>>301
見る限り攻撃判定アリの球体がわんさかあるせいでそもそも近距離まで近付けないってなってるけど、
零距離射撃とか銃身触れない距離とかネタで言ってるのかなぁ
ともあれ
>>1
乙
312 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/07(土) 07:40:32.93 ID:mO8otMzDO
おちゅ
さやかちゃん空気
313 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長野県)
[sage]:2012/01/07(土) 07:48:03.81 ID:ZiMdHAvho
乙乙
ヒーローは遅れてやってくるもんだってばっちゃが(ry
314 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(千葉県)
[sage]:2012/01/07(土) 09:44:05.70 ID:9cl3uMZIo
ゼロ距離と接射間違えてる人多いよね
攻撃判定ありの球体わんさかなら速度さがらなくても無駄だから違うんじゃない?
315 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(千葉県)
:2012/01/07(土) 09:46:52.93 ID:9cl3uMZIo
ごめん色々と誤解してましたわ
316 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(千葉県)
[sage]:2012/01/07(土) 09:47:38.31 ID:9cl3uMZIo
あげちったよほんとバカ
317 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(三重県)
[sage]:2012/01/07(土) 11:41:23.70 ID:RZd5K9VH0
時間止めてその球体全部撃ってやればいいんじゃないかな
……浅慮か?
318 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)
[sage]:2012/01/07(土) 12:19:08.98 ID:NWXLQ05AO
まあぶっちゃけ止めたまま銃弾当てれば余裕なんだけどな
予知でその状況に陥るのを避けているとも見れるが
319 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(栃木県)
[sage]:2012/01/07(土) 12:27:29.17 ID:Cq1HNedzo
時間停止前ならともかく停止中に触れると時間が動き出すなんて設定あったっけ?
本編(さやか)でもおりマギ(ゆま)でも時間停止中に体の位置変えられても
なんか何があったのかよく分かってなさそうだったんだが
320 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2012/01/07(土) 13:17:23.24 ID:Re7+cfnu0
小説版では停止中に触れた物も動く設定にはなってるがそれだと本編さやかの位置を変えられたのと矛盾するんだよな
他には10話のロベルタ戦では時間停止中に使い魔の上に乗って機関銃撃ってるな
321 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/07(土) 13:18:42.45 ID:Re7+cfnu0
sage忘れと連投スマン
322 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/07(土) 13:22:34.39 ID:lxvEQSMIO
時間停止中にナイフで刺しちまえ!
323 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(栃木県)
[sage]:2012/01/07(土) 13:38:52.36 ID:Cq1HNedzo
ふむ、小説版独自の設定って感じなのかな
その小説版内でのさやか助けるシーンはどうなってるの?本編そのまんまでフォローなし?
324 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長野県)
[sage]:2012/01/07(土) 17:13:00.98 ID:ZiMdHAvho
どうでもいいけど、外野での雑談はほどほどにしろよ
考察系は限りがないけどスレには限りあるんだから
325 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)
[sage]:2012/01/07(土) 18:31:42.88 ID:Z/xMS8Lu0
乙です
しかし圧倒的に有利な状況で余裕ぶっこいで演説をする辺りで織莉子に負けフラグが立ってますな
>>320
あと9話冒頭のオクタヴィアから逃げるときのほむらの発言も矛盾してるな
>>323
小説版も本編そのまんまでこれといったフォローは無いよ
326 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/07(土) 23:30:37.35 ID:LTjbeEN8o
まあ小説版設定採用ってことで別にいいんじゃないかね
正直時止めの設定は公式がへまやらかしてしまっただけだと思うけど
それ以上に漫画のキリカの魔女化で残った意思とかのほうが100倍無理があると思った
二次設定と大差ないからおりこ(笑)状態だしな
327 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/08(日) 13:48:30.03 ID:TmYKmWdDO
>>326
織莉子への愛がハンパなかったからじゃね?
魔女は生前の記憶や行動で性質が変化するっぽいし
328 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/08(日) 18:42:27.59 ID:O47zOIVMo
>>327
設定自体の是非はどうでもいいがそれが二次設定のなんでもありと大差ないレベルだしな
魔女化に関して圧倒的だったはずの絶望に希望が見えちゃったらちゃっちくなりすぎ
実際にほむら魔女化二次作品も色々あるしね
329 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/01/09(月) 02:54:14.27 ID:UtxL8W4Eo
希望っていうかなんていうか
どうとでも取れる描写だったけどな。例えば織莉子の事は守るけど死んでも結界から出さないとかそういう性質だったのかもしれない
330 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)
[sage]:2012/01/09(月) 07:38:09.58 ID:UsK/h95w0
織莉子はキリカ魔女を信頼しきって背中を見せた所を攻撃されてたら本編ぽくて良かったんだがな
331 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/09(月) 08:43:03.91 ID:B1cmoVcDO
>>329
だから織莉子は死んだ後もキリカの結界っぽい所にいたのかな…
そうだとしたら、あのラストはなんだか考えさせられるな
332 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長野県)
[sage]:2012/01/09(月) 19:08:32.47 ID:beg1hUNdo
だから雑談はほどほどにしろと……
乙と感想ならともかくここで雑談や展開予想する必要0だろうが
333 :
◆h4ONJivhRc
[sage]:2012/01/10(火) 20:29:25.01 ID:pkzDn1Yk0
現在立て込み中で投下しばらくかかりそう
申し訳ないが待っていてもらえるだろうか
モチベが下がったわけでもないし、長期の用事でもないのでエタりはしないので
できる限り早く帰ってこられるように努力させて頂きます
さすがに前回投下から一月空くようなことは無いかと
334 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/10(火) 20:43:09.97 ID:qIznURmzo
お待ちしてますよー
335 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 21:53:13.30 ID:3U4zqZVa0
舞うは魔弾と黒影。
相対するは爪と銃口。
「やはり、速い……わねッ!」
銃と爪が拮抗する。
そのまま、連撃を繰り出される―――前に、弾き飛ばす。
とん、とキリカは軽々と着地した。
マミは、どうにかキリカの速度に対応していた。
それが逆に、奇妙であった。
前回の戦闘で経験を積んだことを考慮しても、だ。
つまり、速度低下は発動させていないということ。
もしくは、発動させていたとしても―――
「ここではないどこかを、遅くしているのかしら?」
わざと声に出し、反応を見る。
答えは無い。
されど、少しだけその身体が跳ねたような気がした。
336 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 21:53:53.88 ID:3U4zqZVa0
どちらにしても、マミのやるべきことは変わらない。
目の前の敵を倒し、ほむらとまどかの救援に向かうこと。
後者であれば、尚更早くなくてはならない。
具現させるは、巨大な銃。
むしろ、砲。
「はっ……随分と、大きいね」
「……ただ大きいだけ、とは思わないことね」
装填されるは、炸裂弾。
炸裂し、破砕するための。
発動のタイミングは標的の眼前。
横に避けようが、速度低下を発動させようが、命中する代物。
全速力での回避、というのは可能性としては微細であった。
根拠は、キリカの口数の少なさ。
余裕が無いと捉えても、おかしくはなかった。
何を抱えているのか、マミには知れない。
しかし、その問答は無意味であったろう。
聞かれて答えるような相手では、ないのだから。
337 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 21:55:26.85 ID:3U4zqZVa0
撃鉄が駆動し、鈍い金属音が響く。
同時に、砲弾が放たれた。
弾速は速く、されどそれは人の基準での話。
魔法少女の中でも速い部類である、キリカならば反応できる。
「……さあ、」
どう出る、と問いかけを魔弾に乗せる。
最もありうるのは、身をそらし、かわしつつの強襲。
だが、しかし。
キリカの行動は、マミの目論見の一切から外れていた。
ただ、一振り。
魔爪で、魔弾を薙ぎ払う。
キリカの武器のように鋭利な武器ならば、容易に破砕できるほどの魔力を込めたそれを。
切り裂き、その爆風ごと払い除けてみせた。
338 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 21:56:19.72 ID:3U4zqZVa0
「なっ……そんなっ!」
マミの心を支配する、驚愕。
マスケット銃の銃身で、止められるはずのソレ。
殺傷力はともかく、強度はそれほど高くないはず。
されどそれは振るわれて、確かに砲弾を粉砕した。
そして、驚いている暇と余裕は存在しない。
ズドン、と地面に突き刺すように、キリカが左足を踏み込む。
その役割は軸であり、支え。
右の魔爪に収束する、魔力。
黒、というより灰の、濁り、穢れたような色。
「あ、が―――あぁぁぁああああああッ!!」
咆哮。
されど、苦痛と悲鳴が入り混じった。
放たれるは、斬撃の砲弾。
339 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 21:57:01.22 ID:3U4zqZVa0
砲弾、と言う以外にどう表現できようか。
たとえそれを生み出したものが、爪の形をしていたとしても。
それがもたらすのが、切り刻むという結果でも。
それは、あまりに大きく、形を保っていて、斬撃の余波には程遠かった。
防御は不可。
マスケット銃が、それほどの盾となるはずがない。
回避は―――既に遅い。
斬撃の砲弾は、目前に迫っていたのだから。
ただ歯噛みし、ただ防御の姿勢をとる。
無駄な足掻きであったとしても。
それ以外に、策は無し。
そして訪れるは破壊、でなく拘束。
金属の擦れる音と共に、身体が強い力で引かれる。
340 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 21:57:37.09 ID:3U4zqZVa0
「きゃっ……」
宙に浮かんだマミに絡んでいるのは、多節棍。
砲弾は、そのすれすれを過ぎ去っていく。
烈風と衝撃波を伴っていたが、少し吹き飛ばされるだけで済む。
そのまま地に落ち、ぐぐ、と顔を上げた。
「……なってないわよ、女性の扱い」
「ふん……」
鼻を鳴らして、そっぽを向く赤の少女。
多節棍の主、佐倉杏子。
「そういう気遣いはオトモダチ同士でしなよ……あたしは、借りを返しただけだ」
「……まったく、素直じゃないわね」
くす、と小さく笑いながら言うマミに、ゆまが走り寄る。
「いたいところ、無い? ゆまが治すけど」
「大丈夫よ。佐倉さんのおかげで、ね」
言えば、ゆまは少し嬉しそうな顔をした。
杏子のことを、誇るように。
341 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 21:58:20.54 ID:3U4zqZVa0
「……さて、と」
くるくると、と槍を回し、構える。
切っ先が向くのは、呉キリカ。
「そういや、あんたにもデカイ借りがあったよね?」
「……ああ」
ゆら、と。
力の入ってない様子で、キリカが杏子に向き直る。
「誰かと思えば、半死人に役立たずじゃないか」
ぴく、と杏子が眉をひそめるも、すぐに表情は人の悪い笑みへと変わる。
「はっ……そりゃ自分のことを言ってんのかい?」
杏子の言うとおり、キリカは既にふらふらと揺れ、立っているのもやっと、という様子だった。
だが。
「く、くく」
その口から漏れるは、狂気にして狂喜。
342 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 21:59:03.65 ID:3U4zqZVa0
「知らぬが仏、とはよく言ったものだ」
「……あ?」
三対一。
無傷に対して意識の朦朧とする体。
されどキリカは、不敵に笑う。
「知らぬ身だからこそ見下せる、圧倒できる―――ならば現実をお見せしよう」
ステージの上に立つ、役者のように。
腕を広げ、頭上を見上げる。
「……織莉子、私は逝くよ。越えてはならぬ境界の先へと、ね」
集う。
闇が、灰が、黒が、白が。
その空間の一切が、キリカに集っていく感覚。
まるで、キリカがその全ての主であるかのごとく。
343 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:00:12.19 ID:3U4zqZVa0
「ま、さか……」
肉体とソレが拮抗し合い、理性と本能が荒れ狂う。
抵抗しているのか、服従させているのか、明らかに調和していない。
「私は絶望などしない……織莉子が存在する限り」
冷や汗が滴り落ち、瞳孔の開いた表情は、獣のごとく。
「だからこそキミ達に与えよう、真の絶望というものを!」
読み取れる感情は、愉悦と悲痛と決意。
「この結界を、作り出しているのは―――ッ!」
三人が、辿り着いた結論。
感じられたのは、混沌と背徳。
ゆえに。
「さあ、溺れろ―――絶望の海で、溺死しろッ!!」
呉キリカと―――否、魔法少女と魔女が同一だと、確信してしまった。
344 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:00:53.34 ID:3U4zqZVa0
「く……はっ、」
崩れかける身体と、朦朧とする意識をどうにか持ち堪えさせるほむら。
だが、既にそれが限界。
「これで……」
すかさず、織莉子が次の一手を打つ。
「終わり、ね」
織莉子の魔力が込められた球体が迫る。
一個や二個でなく、まさしく壁が押し寄せるように。
通常の回避は不可能と判断、時間停止を発動させようとするも―――遅い。
ほむらのおぼろげな意識がその判断を下し、砂時計がせき止められる前に。
キリカの魔法の援護により、ほむらのあらゆる行動より、速く到達する。
「か、あっ……!」
345 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:01:35.06 ID:3U4zqZVa0
骨が砕ける。
肋骨や太腿の肉に球体がめり込む。
満身創痍の上に、無数の打撃。
悲鳴も絶え絶えにしか出ない。
どしゃ、と受身も取れずに地に転がった。
それほどまでに、一方的。
しかし、相性が悪いというわけでも、力量に大きな開きがあるわけでもない。
最たる理由は、鹿目まどか。
ほむらはまどかを守らなければならず、織莉子だけに集中することは不可。
対して織莉子は、ほむらを徹底的に潰すことも、まどかを狙って牽制することもできた。
キリカの魔法もまた、理由の一つ。
それがあるからこそ、時間停止の能力に対応できる。
時間停止の能力は、そもそも盾の機能だ。
ゆえにほむらが思考し、発動させるまでほんの一瞬、一秒にも満たないラグがある。
だが、キリカの魔法によってそのラグは引き伸ばされ、織莉子にとっては数秒にもなる。
たとえ全ての球体を時間停止で潰そうとしても、球体にダメージを与える際、確実に時間停止は解除される。
再び時間停止を行うにしても、銃撃にしても、織莉子が弾幕という名の壁を生み出すほうが速い。
まどかが居らず、織莉子かキリカ単体ならば、ほむらの敵ではなかったのだろうが。
346 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:02:14.58 ID:3U4zqZVa0
「ほむらちゃんっ……!」
倒れたほむらに、急いでまどかが駆け寄り、屈んで抱き起こそうとする。
ほむらはそれを拒むことも、受け入れることもできない。
「哀れね……鹿目まどかに固執しなければ、こうもならなかったでしょうに」
ぴく、と伸ばされた手が止まる。
「どうして、ほむらちゃんは……」
「それは私の知るところではないわ、けれど―――」
まどかに、織莉子が歩み寄る。
「貴女の存在が彼女を人でなくしてしまい……この結果をもたらしたのは、確かでしょう?」
だらり、とその手が垂らされる。
自分は本当に、何の役にも立たないのだと。
ただ、人の足を引っ張るだけなのだと。
そんな諦めに近い感情が、まどかの心を支配した。
347 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:03:01.51 ID:3U4zqZVa0
そのまま立ち上がり、織莉子と向き合う。
「まど、か……」
掠れた声だけが、弱々しく響く。
少しだけはにかみながら、まどかが振り返った。
「……ごめんね、ほむらちゃん。わたしの為に、こんな目に遭わせちゃって」
まどかは、ほむらのこれまでの軌跡など知らない。
けれど、織莉子の語ったことが真実だとすれば。
まどかのために契約し、時間を跳躍しているのなら、説明がつく。
夢に出たほむらも、妙にまどかを気にかける様子も。
「わたしのこと、ずっと想ってくれてたんだね……だけど、」
ふわり、と儚く笑った。
「それでもわたしなんかより、ほむらちゃんに生きててほしいから」
その表情が、声が、どうしても。
ほむらの記憶の中にある、消え往くまどかと重なった。
348 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:04:08.00 ID:3U4zqZVa0
「もう、いいかしら」
こく、とまどかが頷き、織莉子に歩み寄る。
「……ひとつだけ」
呟くよう言ったまどかに、織莉子は目で促す。
「わたしの血を、あなた達が流す最後の流血に」
「……ええ、いいでしょう」
一瞬、織莉子は戸惑った。
適わない頼み、というわけではない。
ただ、その願いは優しすぎた。
その少女は、優しすぎた。
それが運命なのだろう、と。
正義には犠牲がつきものだと。
そう納得させ、まどかの胸に手を宛がう。
心の臓を貫かんと。
小さな鼓動が、指先から感ぜられた。
349 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:04:49.21 ID:3U4zqZVa0
まどかが今、死のうとしている。
その命を、捧げようとしている。
誰よりも優しく、誰よりも弱く、誰よりも純粋な少女が。
けれどほむらは立ち上がれない。
まどかの救いを願いながら、何一つ成し遂げられない。
神がいるなら、呪っただろうか、祈っただろうか。
その程度しか、彼女にできることはなかった。
誰でもいい。
まどかがただ無為に、何も為せず死んでいくくらいなら。
希望を一度でも、垣間見ることさえできないのなら。
誰か、誰でもいいから―――!
350 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:05:40.28 ID:3U4zqZVa0
そして、剣は舞い降りる。
351 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:06:08.55 ID:3U4zqZVa0
いち早く気付いた織莉子が、素早く飛び退いた。
「―――ッ!」
割って入ったのは、蒼。
その色を迸らせ、白のマントをはためかせる。
ああ、とほむらは溜息を漏らした。
その背中を知っていた。
脆く愚直で、どこまでも潔癖だった。
けれど今のそれは、違って見える。
「貴女は……どこまでも、邪魔をするのね」
涙の青でなく、生命を育む海の青。
そして、完全燃焼の蒼の炎。
その符号が示す存在は、ただ一人。
「美樹、さやか―――!!」
352 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/12(木) 22:06:44.40 ID:3U4zqZVa0
はい、今日はここまでです
さやかちゃんの主人公補正が半端無いことになって頭がティロティロしてきた
そろそろヒロイン補正が出てきた子mゲフンゲフン
なんだかんだで次回も遅くなりそうです
というかマジで一月中に終わらない気がするんだが全然大丈夫じゃないな
353 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)
[sage]:2012/01/12(木) 22:11:26.15 ID:Dnv/8w2ho
さやかちゃんでしたー!
乙
354 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/12(木) 22:45:47.57 ID:vfPmraTDO
魔女になるさやかちゃんだと思った?
残念!!カッコいいさやかちゃんでした!
乙
355 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/12(木) 23:37:55.90 ID:MErlRJIyo
乙
終わらなくても大丈夫だ、問題ない
356 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(山口県)
[sage]:2012/01/13(金) 00:20:23.49 ID:OSv3E7IIo
さやカッコイイ
357 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(三重県)
[sage]:2012/01/13(金) 01:24:36.88 ID:94Zlbius0
来たァァァァァァァァァァ!!!
超主人公モードさやかちゃん来たぁ!
速度低下すら乗り越える超スピードでぶった斬ってやれー!
358 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/13(金) 11:14:40.66 ID:ELTkbRSMo
ああそういう解釈だったのか
点は防げても線は防げないってつっこみはなしだな
さやかが覚醒したら無限の可能性があるな
359 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/14(土) 17:35:45.72 ID:AY8eICd5o
さやかぁ…
360 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:05:12.85 ID:Lh59t+Fy0
「……さやかちゃん、」
織莉子の前に立ち塞がる、青。
背に庇うは、まどか。
「まどかは、ほむらに付いててあげて」
「で、でも……」
「いいから……ね?」
安心させるためか、声は優しかった。
けれど振り向いた横顔で、笑っていたのは口元だけ。
有無を言わさぬ雰囲気に呑まれ、まどかはただ頷き、ほむらの元へ駆ける。
それを見送って、織莉子の方へと向き直った。
「……余計なことを」
「まどかにとっては、あれが……本来在るべき姿だよ」
361 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:05:42.56 ID:Lh59t+Fy0
は、と嘲笑が漏れた。
「愚かね……彼女がどういう存在であるのか、知らないくせに」
「知ってるよ」
一片の迷いも無い、即答。
対する織莉子は眉を顰める。
「臆病で、のろまで……だけど優しい、あたしの友達だ」
「……戯言をッ!!」
ひゅ、と腕が振るわれ、空中の球体がさやかに向かう。
迎え撃つは、双剣。
甲高い音。
剣を弾き飛ばされるまでには至らずとも、衝撃が重く響く。
量も質も、といったところか。
そして。
「ッ、くっ……!」
362 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:06:18.79 ID:Lh59t+Fy0
肩が抉られ、血が噴き出す。
いくら反応が、行動が速くとも。
空間を支配するはキリカの能力。
ゆえにそこは、織莉子の領域。
予知による最善手の選択も併せることにより、戦闘は蹂躙へと変わる。
延々と引き伸ばされる時間の中で、既に見えている未来からそのひとつを選ぶ。
されど、それはどこまで行っても選択でしかない。
「……そう。そうだったわね」
青の光が集い、傷を塞ぐ。
高速での自己再生。
得物と共に、近接戦闘の助けとなる能力。
いくら最善手を選び続けようと、それがもたらす利益が微量では意味が無い。
再生能力持ちであるさやかに対しては、それは顕著だった。
どこかで決定打が無ければ、ただの魔力比べになりかねない。
363 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:06:50.94 ID:Lh59t+Fy0
「それなら―――」
球体として、具現する織莉子の魔力。
十や二十でなく、百を優に超える。
「これは、どうかしら?」
降り注ぐ。
雨粒のように、されど鉄塊のように。
さやかに向かい、降り注ぐ。
「ふっ……!」
大きく息を吐き、目を見開く。
弾き返す。
受け流す。
叩き落す。
しかしその流星は、確実にさやかを削っていく。
364 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:07:40.75 ID:Lh59t+Fy0
巻き起こった砂煙―――否、正確には魔力の残滓による粉塵であろうか。
それが晴れ、景色が露になる。
弾き飛ばされた球体の衝撃で、砕けた地面。
ぴちゃん、と紅い水滴が落ちた。
「……解せないわ」
立っていた。
そこに未だ、存在していた。
傷を負いながらも、折れはしない。
「貴女には、命を懸けるほどの大義はないでしょうに」
ふら、とさやかの身体が揺れる。
それを支えるべく、ガギン、と剣を地面に突き刺した。
「確かに、大義名分だとか……そんなものは無いよ」
青の光がさやかを覆う。
その役は再生。
全身に負った傷を、みるみる塞いでいく。
365 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:09:22.35 ID:Lh59t+Fy0
「だけど……理由なら、ある」
傷が全て塞がれる。
全快となった身体で、剣を引き抜く。
「あたしの友達を傷つける奴は―――全員ぶん殴る」
さやかにとって、合理的な正義など毛程の意味も持たなかった。
国や世界のための犠牲をくだらないと言ってしまう、そういう性質があった。
人一人すら救えずに。
目の前の物事すら解決できずに。
全てでなくとも、殆どを救う―――そんなことはできないと。
できても、何の意味も無いと言うのが美樹さやかだ。
だからこそ、今この瞬間命を懸ける。
友達を守るため、ただそれだけの理由でも。
「愚かね、そして哀れだわ」
「ああ……そうだろうね、あたしは生粋のバカだよ」
だけど、と剣を向けながら続ける。
「友達を見捨てるような賢明さなら、要らないね」
366 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:09:57.48 ID:Lh59t+Fy0
それが狼煙。
地面を踏み込み、猛進する。
「……くだらない」
さやかの語る全ては、織莉子にとって滑稽でしかなかった。
考え方が真逆である、というのもあるだろう。
しかし、実際にさやかを疎んじている理由は他にある。
現実を知らず。
疑うこともなく。
ただキュゥべえに利用され、ほむらに切り捨てられる盤上の駒。
無意識的に、そうやって見下していた。
ゆえに躊躇は無く。
ただの、無知なる害悪として。
世界にとっての『正義』の名目で、それを裁く。
空間に響くは、金属がぶつかる音と、肉が裂ける音。
抱えるものは、互いに対極の正義であった。
367 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:10:42.91 ID:Lh59t+Fy0
それはまだ、ヒトの形をしていた。
されど肌から血の気は失せ、魔力と肉体がぎちぎちと拮抗する。
その魔力が司るは、絶望。
ソレが魔法少女の―――ヒトの姿をしていても、三人は理解した。
肌を刺す嫌悪感、気味の悪さは確実に。
魔女の、ものであると。
「が、あ……!」
呻き声。
苦悶の声を上げながら、キリカは魔爪を振り上げる。
それが纏うは、負の魔力。
奥歯を全力で噛み締めながら。
軸足で、地面を踏み砕きながら。
振り被り、膨大な魔力を込めたそれを、放つ。
368 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:11:22.26 ID:Lh59t+Fy0
「ちっ……くそっ!!」
地面を抉り、大気を弾き飛ばしながら、猛進する斬撃の砲弾。
目前に迫るそれに対抗はしようとせずに、杏子は横に跳んだ。
遅れて、爆音。
振り向けば、衝突した結界の壁面がずたずたに引き裂かれていた。
「規格外すぎんだ、ろ―――!?」
余所見の隙。
再度撃ち込まれた斬撃が、向かってくる。
舌打ちをしながら、上に跳んだ。
勿論、空中に居れば格好の的になることはわかっている。
だが、しかし。
今の杏子には、手があった。
「……ゆまっ!」
「うんっ!」
声の方に、多節棍と化した槍先を飛ばす。
締め付けるは、ゆまの得物である球形のハンマー。
「……えぇいっ!!」
369 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:12:07.63 ID:Lh59t+Fy0
ゆまが掛け声と共に鎖ごとハンマーを引っ張る。
とん、と杏子は傍らへと軽く着地した。
「っし……ありがと、助かったよ」
「えへへ……キョーコのサポートなら、いつでもどんと来い、だよ!」
「そりゃ、頼もしいね」
軽口を叩きながらも、キリカから目は離さない。
引き裂かれた壁や床。
人体がその原因である斬撃を受ければどうなるか、わからないほど馬鹿ではない。
たとえ、魔法少女の肉体でも同じこと。
少なくとも、杏子にとっては回避しか選択肢は無かったのだ。
得物である槍はリーチの長さ、攻撃範囲には長じている。
が、それだけだった。
ゆえに気を抜かず、キリカを視界に捉え続けるしかない。
「…………?」
違和感。
何もしてこないことに、疑念が生じる。
ぐるん、とその対象はあらぬ方を向いた。
370 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:12:41.68 ID:Lh59t+Fy0
その、先には。
「っ、あの、馬鹿ッ……!」
マミがただ、呆然とへたりこんでいた。
その瞳は、キリカを確かに見つめてはいる。
見つめる以外には、何もしていない。
ただ、一切を受け入れるのみ。
それをキリカが、見過ごすはずがなかった。
「―――ゆま、頼む!」
「うん、わかった!!」
キリカが腕を振り上げると同時、杏子とゆまが駆け出す。
槍を伸ばし、巻き付かせる。
どうにか斜線上から引きずり出そうとする、が―――数瞬、遅い。
それでも。
「間に、合え……ッ!」
全力で、その身体を引く。
救援が間に合わないのは百も承知。
371 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:13:27.48 ID:Lh59t+Fy0
「や、あぁああっ!!」
だからこそ、ゆまがいる。
間に合わせたのは、回避でなく防御。
渾身の一撃による、衝撃波。
相殺には至らないものの―――軌道をそらす。
「それで、十二分ッ!」
マミにはすんでのところで当たらない。
そのまま槍を引き、マミを抱き寄せる。
力無く、頼りなく金髪の少女は杏子に支えられる。
杏子の記憶の中にあるそれとは、あまりにかけ離れていた。
「……離して」
ぽつり、と呟きが漏れた。
「別に離しても構わないけど、ね……その後、どーするのさ?」
「そんなの……そんなの、決まってるでしょう!?」
372 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:14:11.88 ID:Lh59t+Fy0
ヒステリックな叫びと共に上げられた瞳に浮かぶは、涙。
「魔法少女が魔女の源だっていうのなら……もう、死ぬしかないじゃない!!」
マミが信じてきた正義。
それこそアニメや漫画に出てくるヒーローのようなもの。
与えられた奇跡は、魔法少女がそうであると信じてしまうには十分すぎた。
マミの中では、魔法少女は希望の象徴でなければならなかった。
たとえ苦労が付き纏おうと、死と隣り合わせであろうと。
清廉で、潔白でなければならなかった。
胸倉を掴み、引き寄せる。
しかし、馬鹿野郎、という言葉は大気を揺らさず、そのまま呑み込まれた。
そう言おうとした杏子自身、一度折れたようなものなのだ。
いくらマミが腑抜けて見えたとしても、糾弾する資格を自分が持っているのだろうかと。
そんな疑問が、ただ湧いた。
「きゃっ……」
杏子が手を離せば、マミは尻から地に落ちる。
その姿を一瞥して、杏子は踵を返す。
「ま……待って!」
373 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:15:36.06 ID:Lh59t+Fy0
立ち止まり、振り返らずに続く言葉を待つ。
「わかっているの!? 私達も……いずれ魔女になってしまうのよ!?」
「……ああ、そうだね」
背後で息を呑む気配が感じられた。
それほどマミにとって意外。
けれど杏子はどうしてか、それを自然に受け入れている自分の心を感じていた。
「魔法少女が魔女になる、っていうんなら……あたしは最初から魔女だよ」
人の心を惑わす魔女。
かつて杏子が、父親に言われた言葉だ。
幼く未熟な心がもたらした奇跡は、呪いに酷似していたのだ。
幼かったからと、言い訳しても意味は無い。
成熟していたとしても、心はすれ違うもの。
だからこそ、杏子は自分だけの為に生きようと誓ったのだ。
それを、今まで貫いてきたのだ。
374 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:16:19.47 ID:Lh59t+Fy0
「……それでも、さ」
たとえ自分が魔女と罵られようと。
魔法少女の末路が魔女であるのが事実でも。
「あの夢見がちなバカが魔女になる……ってのは、どうにも気に入らないんでね」
かつての杏子は、光から背を向けていた。
そんなものは、まやかしだと。
少なくとも、自分が居るべき場所ではないと思っていた。
だが、光は再び現れた。
強引に、無理矢理に、杏子を引きずり込んだ。
鬱陶しくて。
目障りで。
けれど、どこまでも。
どこまでも杏子が、かつて抱いた理想の形であった。
375 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:16:52.56 ID:Lh59t+Fy0
かつん、と槍の石突き部分が地に当たり、音を立てた。
マミには振り返らず、ただ敵を見つめる。
魔女の力に抗いながら、制御しようともがくキリカを。
「あたしが幸せな夢を見ることなんて、もう無いんだろうけど、さ―――」
幸せな、家族との日々。
父の、母の、妹の笑顔。
マミと共に駆け抜けた戦場。
その総ては、最早叶わぬ遠き理想。
「せめてあのバカには、最後まで理想を求めてて欲しいんだよ」
杏子が失ってしまったもの。
その信念を持ち続けている、さやか。
たとえ自分が諦めてしまった道であっても、さやかには折れてほしくはなかった。
理想で、希望であってほしかった。
376 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:17:34.85 ID:Lh59t+Fy0
「……ゆまも、諦めたりしないよ!」
杏子の隣に、幼き少女が並び立つ。
ふ、と小さく笑いながら、杏子はその頭に手を置いた。
幼さゆえの、純粋さ。
恐怖を完全に理解していないからこその、無謀さ。
それでも、的を射ていた。
究極的に言えば、魔法少女を魔女にするのは『絶望』だ。
つまり、希望を抱き続ければ、絶望の化身にはならないとも言える。
だからこそ今、キリカは境界を越えていながら、一線を越えずにいられるのだ。
「このまま死ぬのも逃げるのも、あんたの自由だ……けど、ね」
振り向かず、背で語る。
「あたしは戦う、それがあたしの償いで―――あいつの、夢だ!」
377 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:18:47.91 ID:Lh59t+Fy0
嗚呼、とマミは自然に溜息をついていた。
その身体は、何かに惹かれるように杏子の隣へと。
訝しげに、杏子が眉を顰める。
「忘れていたわ、『正義の味方』に一番大事なものは何か、って」
「……へぇ?」
常に正しいことではない。
悪を許さぬことでもない。
それよりも、余程大事なこと。
「何があっても、決して諦めない―――それが私の焦がれたものよ」
憧れと、理想。
杏子とゆまの背中は、あまりにそれと一致していた。
378 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:19:30.90 ID:Lh59t+Fy0
「はっ……!」
笑いながら、槍をくるくると回す。
「……ふふ」
微笑みながら、銃を構える。
付き従うゆまも、それに合わせて構える。
「は、は……」
乾いた笑い。
その主が放つ、圧倒的な嫌悪感と不快感を含んだ穢れ。
「結束したか……決意したか、それでいい! さあ、私を殺してみろ!!」
数においては不利でしかない。
だが、だからこそキリカは笑う。
「さあ……かかって来い、愚か者共―――ッ!!」
379 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/19(木) 22:21:29.37 ID:Lh59t+Fy0
今日はここまで
本当に待たせてすまんねー、早く投下したいのは山々なんだが
次回ようやく決着編かな、いやぁ長い長い
380 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長野県)
[sage]:2012/01/19(木) 22:24:39.79 ID:mKZOD3xto
乙
織キリ問題が片付いてもワルプルさんが残ってるんだよね…
何気にまどかの魔法少女化なしでは撃破未確認という恐ろしさ
でもこのさやかちゃんならなんとかしてくれるって信じてる!
381 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(北陸地方)
:2012/01/19(木) 22:26:40.01 ID:WgXrDnAAO
>>1
乙
382 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(三重県)
[sage]:2012/01/19(木) 22:30:11.97 ID:wEjZkebS0
乙
まぁ設定上ではさやかって杏子とマミのいいとこ取りした上で超回復持ちっていう化物性能の魔法少女だからな
主人公になりさえすればこれくらい輝いたってなんの不思議もない
何が言いたいかってーとさやかっこいい!!
383 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)
[sage]:2012/01/19(木) 23:21:26.87 ID:vL3GzWleo
乙
384 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/20(金) 03:01:32.20 ID:t8+RMOWDO
熱い
ストレートすぎるが熱いもんは熱いぜ
385 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)
[sage]:2012/01/20(金) 08:46:49.86 ID:YX0gm0eAO
>>382
接近戦での強さ+無数に生成できる剣の投擲と刀身の射出&炸裂
しかも剣は蛇腹のように変化して、巻き付けて爆発とかえげつない事も可能
近距離も遠距離も出来て、本人も素早く、火力も高くて耐久力もピカイチ……これが強くなくてだれが強いんだって感じだよ!
てかさやかちゃん設定された剣のギミックをちゃんと活用したら多分五人の中でもトップ狙えるよ!(因果ブーストを考えなければ)
さやかっこいい!
386 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/20(金) 11:42:22.92 ID:4o/bDrAIO
でもさやかちゃん
コマンド>攻撃
しか選択しないから……
387 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長野県)
[sage]:2012/01/20(金) 17:41:06.49 ID:83dywzyzo
庇うっていう主人公コマンドがあるだろおおおお
388 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(三重県)
[sage]:2012/01/20(金) 17:56:19.91 ID:/E+C80+L0
このスレのさやかは最終的に止まった時間の世界に入門しかねない熱さがある
性能自体は化物だけど成長機会に恵まれず散ったさやか
性能自体は5人の中では一番残念と言っても過言ではないのに経験値でそれを撥ね退けた杏子
性能自体がチートなうえ魔法少女になった時期を考えるとなんで死んでないのか不思議なマミさん
性能を完全に時間停止のみに振ったことで超極端な力を手に入れ、それを戦術として完成させたほむら
もはや化物としか形容しようのない性能のまどか
なんか、もうなんだろうねこの5人
389 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東海)
[sage]:2012/01/20(金) 18:44:28.03 ID:FyMvw21AO
>>388
そのチート性能で歴戦の強者なマミさんを気迫だけで怯ませ、ジェムが砕けている最中でも執念深く目的を完遂させようとする織莉子さん
魔法少女になって日が浅いにも関わらず、何人もの魔法少女を葬りマミさんをも一時は追い詰める所まで持っていくキリカさん
高火力・全体回復・杏子がいる限り不屈の精神、という三拍子で、マミさんに次ぐチート足り得るゆまっち
結論:みんなすごい
390 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)
[sage]:2012/01/21(土) 21:58:17.55 ID:k2k6maJAO
さやかちゃんは強いけどAIが残念なキャラ
故にプレイヤー操作してあげると超強い的な
391 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/22(日) 12:36:13.62 ID:K3mMV9JIo
オリコって本来は雑魚の筈なのにキリカと組んだ場合の逮捕村の特殊性が通常時にも反映されてる印象がある
392 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/22(日) 15:36:32.28 ID:2/vBZIUDO
婦警さんと聞いて
393 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)
[sage]:2012/01/24(火) 05:50:06.98 ID:NgyS17su0
○○村って変換されるという事は人狼プレイヤーか?
394 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:27:45.65 ID:xD079CPW0
踏み込む。
されど無数の球体が、立ちはだかる。
投擲する。
苦も無く叩き落される。
「っく……!」
さやかは歯噛みする。
無数の球体が自分へ飛来し、織莉子の周囲にも展開されている現状に。
数だけならば、対応できたであろうが。
しかし、予知と速度低下による的確な配置。
さらには一つの威力も馬鹿にはできなかった。
当たり所が悪ければ、一撃や二撃で致命傷を負うくらいには。
くす、と織莉子が不敵に笑う。
「……大口を叩いた割りに、随分と無様ね?」
「はっ……攻めあぐねてるのは、そっちも同じでしょーが!」
395 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:28:46.93 ID:xD079CPW0
実際、その通りではある。
いくら最善手を選び取ろうとも、それが決め手であるとは限らない。
いくらさやかが『遅く』とも、球体が防がれる未来しか存在しない場合もある。
仮に当たろうとも、致命傷は避けられる。
すなわち千日手。
双方が有効打を叩き込めず、繰り返し続ける。
そうなると不利になってくるのは、織莉子の方だ。
原因は魔力の消費でなく、予知と戦闘の並行による疲弊でもない。
織莉子にほむらを破らせた大きな要因の一つである、キリカの魔法。
恐らくその力を持つ本人はもう長くはない―――そう、織莉子は理解していた。
だからこそ。
「理解していないのね……自分がどれほど、絶望的な状況に在るのか」
抉るのは、その身でなく心。
「…………?」
396 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:29:39.69 ID:xD079CPW0
「貴女が守ろうとしているものは……いえ、貴女が生きることそのものが、世界にとって悪なのよ?」
饒舌に、流暢に、事実を告げる。
「……どういう、意味さ」
さやかは訝しげに、眉を顰める。
食いついた時点で、織莉子にとっては自分の術中であった。
「この魔女結界、随分と都合のいいタイミングで出来ていると思わないかしら?」
それも確かに妙だ、とさやかは思い至る。
しかし、そのことがどう関わっているのかわからない。
さやかの知識では、想像に限界があった。
ゆえに、織莉子はそれを補う。
「……私のパートナーである『あの子』は、一体何処に行ったのかしらね?」
ぞわ、とさやかは背に寒気を感じた。
397 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:30:19.64 ID:xD079CPW0
「まさ、か―――」
到達する。
余程に理解力の無い者でなければ、当然ではあろうが。
馬鹿であっても鈍感でないさやかは、容易に理解した。
周囲の結界の主が、何であるか。
「そう……それが、全ての魔法少女が辿り着きうる末路よ」
魔女の源―――魔法少女。
グリーフシードの原型―――ソウルジェム。
点と点が繋がり、破綻する。
対極が同一と化し、善と悪が無へと帰す。
「……それでもっ!」
反論する。
繋ぎ止める。
どうにか自分の世界を保とうと。
しかし、それも織莉子の手の内。
「誰もが貴女のように―――耐えられる、とでも?」
398 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:31:31.44 ID:xD079CPW0
自分は諦めないと。
今こうして生きているのだと、噛み付くつもりだった。
「魔女とは、魔法少女の絶望そのもの……全員がこの先確実に、絶望しないと言えるのかしら?」
「それ、は……!」
心は個々の孤独な世界。
その身を守れようと、心までは守れない。
いくら傍に居ても、心が寄り添っているとは限らない。
「まして鹿目まどかは最悪の―――世界を滅ぼす魔女」
「っ……!」
ちり、と頭に何か小さなものが刺さった感覚がした。
「世界とたった一人の少女を天秤にかけるなんて、愚考だと思わないかしら?」
ぼやけた視界に、薄く見えた幻影。
蹂躙しつくされた、廃墟。
破片の数々が、それが見滝原であると語っていた。
399 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:32:08.23 ID:xD079CPW0
居ない。
誰一人。
無い。
何もかも。
ただそびえ立つのは、山であったのだろうか。
魔女や魔法少女などという、次元を超えたもの。
確かにこの瞬間、さやかはそれを垣間見た。
それは、織莉子のテレパスがもたらしたものだったのか。
それとも、『繰り返された時間』の記憶が呼び覚まされたのか。
「……その道を貫いた者の末路が、暁美ほむらよ」
まどかの膝に頭を乗せられ、横たわっている少女。
「時間を巻き戻し、多くの人の未来を書き換え、幾度も貴女達を犠牲にして、ここに居る」
現在を捨て、過去に逃避するのは世界への反抗で、侮辱。
その過程で、何度も少女達は絶望した。
400 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:32:46.82 ID:xD079CPW0
「……理解したかしら、美樹さやか」
返答は無い。
ただ、俯いているだけ。
「貴女は悪でも、正義でもない―――ただの、使い捨ての道具だと」
さやかはキリカに、剣と名乗った。
ならばそこに正義は無く。
また、悪も無い。
「哀れね……運命に翻弄され、女狐の願いの為利用されて」
ぴく、とさやかの身体が小さく跳ねた。
「……ね、がい?」
「ええ、世界を滅ぼしかねないなんて、迷惑極まりない願いよ」
理解する。
それが、まどかの救いであると。
水晶玉のような、球体が無数に現出する。
「安心しなさい……今、その呪いから解放してあげるわ!」
その一切が、さやかへと吸い込まれるように、降り注いだ。
401 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:33:28.20 ID:xD079CPW0
限界は、とうに超えていた。
少しでも気を抜けば、自分の中の醜悪な感情が溢れ出す。
歪んだ愛情。
それは、織莉子を殺して永遠に自分のものにしかねないもの。
それをどうにか、抑えているのは。
「あ―――ぁぁあああッ!!」
皮肉にも、殺すべき敵。
織莉子の敵を排除するという意思と、魔女としての戦闘本能の混ざり合ったもの。
それだけが、キリカを辛うじて正常たらしめていた。
魔爪から放たれる斬撃は、すべてが必殺。
されど大振りで、敵に当たるべくも無かった。
だが、キリカにとってはそれでよかった。
足止めさえ出来れば、役目は果たせるのだから。
402 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:34:05.04 ID:xD079CPW0
キリカの様子に付け入る隙を見出していたのは、三人全員だった。
ただ一人―――佐倉杏子だけは、違うものも見出していたが。
キリカの戦う理由は、愛であり、友情であり、忠節。
すなわち、他人の都合。
かつての杏子、というよりあったかもしれない現在か未来。
さやかにも、訪れうるであろう未来。
他人に尽くし切り、自分を破綻させる。
ぎり、と奥歯を噛み締める。
どうして―――どうして、そういう奴しか居ないのかと。
自分と同じ過ちを犯し、傷ついて。
あまつさえ、その代償を喜んで受け入れようとするのかと。
問い掛けは、槍に乗せて。
ただ、堕ちた少女に突き立てる。
403 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:34:47.33 ID:xD079CPW0
返答は、負を纏った爪。
かざすだけで魔力が拮抗し、槍が弾かれる。
「ちっ……!」
垣間見えたのは、狂気に満ちた顔。
己の願いに溺れ、心を食い尽くされかけている姿。
「ああ―――そうか、そうかよ!」
どこまでも、愚直であり。
どこまでも、献身的で。
それでいて、脆く壊れやすい。
杏子は再度、強く歯噛みした。
誰もが自分の道を見失い、溺れ、壊れていく。
自分のように、破綻していく。
弾かれて宙に舞った身体の体勢を、どうにか立て直して地面に降り立つ。
直後、背中合わせになる形でマミとゆまが寄り添った。
404 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:35:17.73 ID:xD079CPW0
「佐倉さん……あの爪が無ければ決められる?」
顔を向けず、マミが問うた。
「……何か、策でも?」
「うん、あるよ!」
ゆまは杏子を勢いよく向き、元気よく答える。
策が何であるか、ある程度は杏子にも検討がついていたけれども。
武器を見れば、それは明白だ。
「ふん……ま、やるしかねーだろ」
キリカを見遣りながら、右手で槍をくるくると回し、切っ先を向ける。
「その代わり、そっちはきっちり頼んだよ?」
少しだけ振り返った視線の先には、微笑むマミと頷くゆまが居た。
405 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:35:57.13 ID:xD079CPW0
三人が同時に駆け出す。
正面に素早く躍り出たのは、杏子。
当然、キリカが反応する。
ぎちぎちと、肉体と負の魔力とがせめぎ合う。
既に死に体―――否、契約をした時点で死んだとも言えるが。
限界を超え、最早ぼろ切れ同然のその身体に鞭打ち、魔爪を振り被る。
奥歯を強く噛み締めれば、少し鉄の味を感じた。
「ぐ、うっ……!」
呻き声を堪えながら、魔爪を振り抜く。
生み出されるは、暴風にして轟弾。
それに対し杏子は、少し身体をそらすだけ。
回避によるタイムロスを削減―――しかし、それでは避けきれない。
だが。
「だからこそ、私達が居るのよ?」
406 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:36:53.22 ID:xD079CPW0
黄色の奔流が、負の魔力を相殺する。
その一方の主は、マミ。
構えられるは、巨大な砲。
「く……っ!」
再びキリカが斬撃を飛ばす。
大気を刻み、地を砕きながら進むそれは―――されど衝撃に阻まれる。
ちら、と杏子が振り向けば、嬉しそうなゆまと目が合った。
ただし、その前にある地面は得物によって抉られていたけれど。
にぃ、と杏子は自然と笑っていた。
鬱陶しいもので、切ないもので、もう二度と触れるまいと思っていたけれど。
それはやはり、何よりも心を満たしてくれるもので。
いつだって自分の背中を押してくれる、と杏子はそれを噛み締めた。
ただ、一度きつく目を瞑り、再び開く。
その時、甘えは既に消えていた。
407 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:37:48.17 ID:xD079CPW0
肉薄する。
高速で駆ける猟犬から、ただの固定砲台と化したキリカに。
されど、その得物は銃砲に非ず。
両の腕に並ぶは、魔爪。
「甘いよ、半死人―――!」
負の魔力により殺傷力を増したソレが、杏子に遅い来る。
「はっ……」
対して返すは、不敵な笑み。
「甘いのは、どっちだよッ!」
爪をかわし、回り込む。
魔女との戦闘においての場数は杏子が上。
すなわち魔女に近しく、速度低下も発動させていない今のキリカは杏子の敵ではない。
408 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:38:24.92 ID:xD079CPW0
「これで……!」
突き出されようとした、槍。
しかし。
重なった。
自分自身と、そして―――美樹、さやかと。
刺突の直前での停止。
刹那と呼べる程度であったが、キリカには十分。
「もらったよ、半死人―――!」
穢れを込めて、爪を振るう。
大気が爆ぜ、突風を呼ぶ。
だが―――それは杏子を切り裂けない。
杏子の肢体を、直接引き裂く直前。
「な、にっ……!?」
緑と黄の混ざった轟砲が、魔爪を砕いていった。
409 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:39:16.23 ID:xD079CPW0
ハンマーの投擲と巨砲の一撃。
それらを重ねて放ち、貫通力と破壊力、速度を上昇させたもの。
キリカを阻んだのは、杏子を守ろうとする二人の渾身の一撃だった。
「キョーコッ!!」
ゆまが叫ぶ。
動きを止め、俯いた杏子に。
「ああ……」
持ち直す。
再びキリカに向き直る。
幼き杏子と、さやかが重なる。
だが、それでも。
『あたしは、あんたと戦わない』
さやかの、かつての自分の正義は、今の自分を否定などしない。
そして『これ』も、否定ではない。
「そうだ……」
他人のためでなく。
ただ、自分の為に。
杏子自身の意思で握り締め、突き出す。
「それでいいんだろ、さやか―――ッ!」
410 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:40:00.43 ID:xD079CPW0
消えていく。
先ほどまで在った、膨大な力が。
「……終わり、か」
けれど、これで良かったのかもしれない。
織莉子を純粋に愛したまま逝けるのは、十分に幸せだと。
そう、キリカは納得した。
惜しむらくは、思い残すは―――織莉子だろうか。
彼女は結局、キリカ以外の前では笑えない。
愛した父は死に、偽者の信頼は滅し、そしてキリカは死のうとしている。
届きはしない。
届くはずはない。
けれどもう一度だけ願えるなら。
織莉子の涙を―――孤独に苛まれ枯れぬ涙を、拭わせて欲しかった。
砕け始めた結界に、夕日が差し込む。
それに目を瞑ればただ一人、守るべき人の姿が映った。
411 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:40:38.10 ID:xD079CPW0
「……どうして、」
地は抉られ。
血は夥しく流れ。
織莉子の攻勢を受け切り―――数多の傷を負っても。
「どうして、倒れない―――ッ!?」
立っていた。
地を力強く踏み、けして倒れまいと。
その姿は、さながら剣のごとく。
「―――倒れるわけが、あるか」
顔を上げ、織莉子と向き合う。
「あたしは、剣だ……守るべきものがある限り、倒れやしない」
そう言って、さやかは不敵に笑ってみせた。
412 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:41:15.86 ID:xD079CPW0
「守るべき、もの……?」
その言葉は、無論織莉子の逆鱗に触れる。
「大義も無く、守る価値の無いものを背に負って―――いったい、何を!!」
大義など、背負うはずがない。
その身と心は剣でしかない。
剣自身が意思を持って、勝手に戦うはずはない。
ゆえに、そこに在るのは正義でなく、悪でなく。
「……願いがある」
儚く、切なく、純粋な願い。
幾度の絶望にまみれても。
叶えようと、いくら手を汚そうと。
そこに、確かに存在する。
413 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:41:56.76 ID:xD079CPW0
嗚呼、と織莉子は諦めの目で、それを見つめた。
「貴女も、そうなのね」
ほむらと同じ。
世界を捨て、一人の少女に拘る無謀。
「そんな無意味で無価値なものの為に、私達の前に立ちはだかって―――!」
「……意味ならある、価値も」
さやかを覆うは青の光。
いかなる傷をも癒す、再生の光。
されどそれは、心で燃える炎にも見えて。
「たった一人―――誰かを守りたいって願いは、あんたの空っぽの正義より、余程ね!!」
世界と一人など、比べられるはずもない。
命とは、量や質で語られるものではない。
どちらを選ぼうと、選択自体を責められるわけがないのだ。
414 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:42:55.47 ID:xD079CPW0
もし、織莉子が純粋に世界を愛していたならば。
聖者のごとく、世の為に戦えば。
さやかは惑い、剣を握ることなど、できなかった。
「……か、らっぽ?」
けれど、違う。
織莉子は世界のためと語りながら、世界の救済など本心から望んでいない。
「ああ―――あんたは、世界を救いたくて救ってるんじゃない!」
すなわちこれは、正義と正義の戦いでなく。
いくら道を踏み違えても。
どれほどその手を汚そうと。
どこまでも純粋で、儚い願いと。
仮初で、見栄えだけの。
別段、心から望んでいるわけでもない。
合理的で、大衆的な大義モドキ。
「ふ、ざ―――けるなッ!!」
415 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:43:31.91 ID:xD079CPW0
激昂し、織莉子が魔力を解き放つ。
浮かぶ水晶玉は、城壁のごとく。
されど大勢を為して、さやかに迫る。
「そんな、まがい物なんかに―――」
さやかが駆ける。
避けもせず、逃げもせず。
ただ無謀に、強引に突っ込む。
「ほむらの願いを……まどかの命を潰す資格なんて、無い!!」
肌が裂ける。
肉が潰れる。
骨が砕ける。
しかし―――しかし、倒れない。
その程度で、止まるはずがない。
416 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:44:08.62 ID:xD079CPW0
たとえその身を引き裂かれようと。
地獄の業火に焼かれようと。
心が折れぬ限り、倒れることは無い。
それが、『美樹さやか』という剣。
「―――あ、あ」
織莉子が抱いた感情は―――恐怖、だった。
見える未来は、全て同じ。
何をしても―――どうあっても。
倒せない、という結果に収束する。
震え、脅え、竦み。
無心に魔力を放つ織莉子の眼前。
「ひっ―――!」
不死なる剣が、肉迫した。
417 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:44:49.73 ID:xD079CPW0
問題ない。
大丈夫だ。
キリカの魔法がある以上、美樹さやかは自分より遅い―――!
だが。
「―――う、そ」
そう判断し回避する、織莉子の腕を、血に濡れた青が掴む。
ぱき、という音が聞こえた。
それを境に、空間に無数の亀裂が入っていく。
「キリ、カ……!」
呟く声は、懇願であったのか。
それとも、驚愕であったのか。
どちらにせよ、認識した事実は織莉子を打ちのめした。
皮肉にも、ほむらとさやかに与えようとした真の絶望をその魂に刻まれる。
418 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:45:32.59 ID:xD079CPW0
「歯ぁ食いしばれ、似非占い師―――!」
振り上げるは、拳。
剣ではないのは実際、当然だった。
さやかのそれは、『斬る』ためのものでないのだから。
そこに握るは願いと命。
迷い無く、躊躇い無く。
その重みを、叩きつける。
宙に舞い、地に落ちていく織莉子。
同時、罅だらけとなった結界が砕け散る。
その身体を、受け止める者は無く。
その手を掴む者は無く。
それが―――美国織莉子の。
ただ、理想的であるだけの正義の、末路であった。
419 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/01/26(木) 21:46:06.85 ID:xD079CPW0
今日はここまで
おりキリ改変後なんてのが脳裏を巡ってるが、敵の黒幕魔法少女とか思いつかなくて困った
いや、杏子のアレみたく日常ダラダラやっていってもいいんだけどね
それだと盛り上がりに欠けてしまって、まあそんなことよりコレをきっちり書かないと
ゆっくりどっぷりで申し訳ない
420 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/26(木) 22:06:01.85 ID:jKDsxkeDO
あのさやかがそげぶだと……!?
421 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/01/26(木) 22:36:39.80 ID:OA8auu70o
結局原作なぞりに終わったのか・・・
これからに期待
422 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(三重県)
[sage]:2012/01/26(木) 22:51:54.15 ID:Ri0Mx/Wg0
さやかっこいいぃぃぃぃいい! 乙! マジ乙!
主人公補正全力でかかっちゃったさやかちゃんマジさやさや!
423 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(山口県)
[sage]:2012/01/26(木) 23:18:26.89 ID:EByy8DfCo
乙
いつから上条さやかになったんだよwwww
424 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(北海道)
[sage]:2012/01/27(金) 00:52:59.20 ID:H3dcArC/o
どちらかというと”蒼月”さやかかと思った……
425 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)
:2012/01/27(金) 02:07:12.72 ID:dwZTxaHs0
マミ「今日も紅茶が美味しいわ」668からの分岐改変が起きない平行世界
もし改変が起きない平行世界のマミがシャルロッテに死ななかったら OR マミ死亡後にまどかがマミ、QBの蘇生願いを願ったら
魔法少女全員生存ワルプルギス撃破
誰か書いてくれたらそれはとってもうれしいなって
426 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)
[saga sage]:2012/01/30(月) 16:59:42.02 ID:Yf4N+4JO0
乙乙!
このさやかは右腕切り落とすと龍が出てくる
427 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)
[sage]:2012/01/31(火) 02:33:25.66 ID:I8fwwbhso
まず恭介にフラグを立てて上条になるところから
428 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)
[sage]:2012/02/05(日) 20:03:02.10 ID:BAMgsx7AO
さやかちゃんかっこよすぎワロタww
正にヒーローさやかちゃん!
429 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 21:53:13.88 ID:5aImPdL50
「はぁっ……!」
深く、息を吐く。
全霊の拳を打ち込んだせいで、満身の力はもはや、雀の涙。
しかし、それで足りていた。
眼前に映るは、倒れ伏す白の少女。
その結果があるなら、十二分だった。
踵を返し、寄るは二人の少女のもと。
駆けて行けば、まどかの方が面を上げた。
「二人とも大丈……って、ほむらの方はどう見ても大丈夫じゃない、か」
そう言えば、苦しげながらもほむらは身体を起こした。
それをまどかが支える。
「……あなたが言えたことじゃないと思うけど」
「へ……?」
430 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 21:53:54.78 ID:5aImPdL50
間の抜けた返事をすれば、たら、と何か熱いものが頬をつたった。
「……?」
手で拭ってみれば、紅がこびりつく。
ああ、そういえば無理矢理正面から突っ込んだなぁ、と他人事のように思った。
この傷はある意味勲章。
そう思えば、苦痛も歓喜へと変わる。
ふふん、と自然に顔が緩んだ。
「だらしない顔してないで、早く治しなさい」
まどかも心配しているでしょう、というのは言わずとも聞こえた。
どちらかというと心配されてるのはあんただよー、と目配せしながら傷を塞ぐ。
「―――美樹さん、に……二人とも!」
声と共に、足音。
黄と緑が目に入る。
「マミさん、それにゆまちゃんも!」
431 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 21:55:30.10 ID:5aImPdL50
緑の少女がほむらに駆け寄り、魔法で傷を塞いでいく。
それも、瞬時にその全てを。
弟子入りしてみようかな、なんて、のんきな事を考えた。
「ひとまず全員無事みたいね……良かった」
全員、と。
そこに少し、引っかかった。
「杏子は?」
「佐倉さんは……ちょっと、ね?」
誤魔化すような返答。
けれどまあ、不吉なことはないようだった。
「……ところで、あなた達を襲ったのは例の魔法少女?」
「え? そう、だけど……」
そんなこと、聞かなくとも一目瞭然じゃないかと眉をひそめる。
432 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 21:56:07.40 ID:5aImPdL50
「ほら、あそこに……」
そう言って、指差す先。
先刻まで刃と水晶をぶつけあった相手が。
織莉子という魔法少女が―――
「……居ない?」
忽然と。
突如として。
姿を、消していた。
顎に手を当てる。
消し飛ばした覚えはない―――あってたまるか。
妥当なのは、逃げたという可能性。
けれど、織莉子の目的からすればそれも妙だ。
今のようなタイミングで、まどかを奇襲することもできただろうに。
433 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 21:56:50.81 ID:5aImPdL50
ふら、と壁に手をつきながら歩を進める。
頬の痛みがじわじわと存在を主張する。
嗚呼―――私はどうして、逃げてしまったのか。
『あれ』は確かに、目前に居たのに。
この手で殺すことの出来る距離に在ったのに。
どうして、何一つしないまま、去ろうとしているのだろう。
「…………っ!」
ぶる、と身体が震える。
気温の問題ではない。
心に刻まれた、恐怖。
どこまでもまっすぐで、折れることのない意思。
それを自分や、味方が持っているならば問題はない。
しかしそれは敵のもので、織莉子ただ一人に向けられた。
ゆえに感じるは、恐怖であり畏怖。
434 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 21:57:46.37 ID:5aImPdL50
情けない。
世界を救うと、救世を成すと。
心に誓っておきながら、ただ一人の少女に恐怖して、私は折れるのか―――
『まったく―――こんな結果は、分かりきっていただろうに』
苛立たしく、腹立たしい声。
それが突如、頭に響く。
「……インキュベーター」
「ほむらにぶつけ、さやかにぶつけた憎悪を今度は僕にぶつけるつもりかい? 残念ながら、筋違いだよ」
「何を……ッ!」
心を弄び、餌にして。
絶望を振り撒いている対象ではないか、と。
そう吐き出そうと、して。
「―――だって、キリカは君が殺してしまったじゃないか」
435 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 21:58:44.10 ID:5aImPdL50
がん、と頭を殴られたような衝撃を受けた。
血の気が引き、急速に頭が覚めていく。
「……なに、を」
違う。
キリカは確かに犠牲となってしまった。
けれど、殺したのは―――
「ああ……僕は別に、直接手を下したのが誰かという話をしてはいないよ」
だとすれば、どういうことなのか。
確かに、私はキリカを犠牲にする道を選んだ。
けれどそれは救世のため。
世界を滅ぼす最悪の絶望を、打ち倒すための。
「―――まったく、君は本当に滑稽だね?」
その声はまるで嘲るように。
436 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 21:59:20.28 ID:5aImPdL50
けれど、皆目見当がつかなかった。
世界を救うために、キリカを犠牲にした。
そもそも自分は、鹿目まどかを殺そうとしているのだ。
いかにキリカが大事でも、救世のためには切り捨てなければならない。
そうでなければ、裏切りだ。
一人を殺し、多くを救う大義への。
「大義だとか正義だとか―――その時点で既に、君は大きな勘違いをしているよ」
思考を読んだかのごとく、声が割り込む。
「それは、どういう」
「……まず、君の願いは何だったかな?」
そんなものは、聞かれずともわかっている。
私が生きる意味を知りたいと―――『美国の娘』でなく『織莉子』として。
真に、自分の存在に意味が欲しかった。
437 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:00:10.46 ID:5aImPdL50
「そう―――そして君は、眼前に転がった『救世』という大義に飛びついたわけだ」
嘲笑う。
どこまでも、滑稽であると。
それの何が悪いのか。
多くの人を救おうと望むのは、正しいはずであるのに。
「ああ、確かに正しいだろうね。だけど思い出してごらん……君はいつ、どうして大義の道を選んだのか」
それも覚えている。
最初は世界を救ってどうするのか、と思った。
絶対の滅亡の未来に、絶望さえした。
けれど、キリカが居てくれたから―――
「―――あ、あ」
「気付いたかい? そう……つまりはそういうことさ」
438 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:02:02.95 ID:5aImPdL50
否定する。
そうしなければ、自分を保てない。
「君は世界を救いなど求めていない。だって、君は世界のために願わなかったろう?」
やめて。
「自分自身の生に意味が欲しい―――けれどそれは、自分を肯定する他人が居れば容易に叶えられる」
やめて。
「だとすれば、君の願いは既に叶っているじゃないか」
やめて。
「彼女に出会った時点で、そう―――」
―――やめ、て。
「―――君が殺した、呉キリカに」
439 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:02:36.61 ID:5aImPdL50
嗚呼、と慟哭が胸に響く。
私は世界など望んでいなかった。
『美国』という色眼鏡越しに見る世間などどうでもよかった。
ただ、誰かに意味を与えて欲しかった。
きっと、一言肯定してくれれば、それだけでよかったのだ。
そんな願いは、とっくに叶っていた。
キリカと出合うことで、叶っていたのだ。
それなのに、自分は彼女を―――
「君が殺した―――自分の魂を捨てて叶えた願いを、自分から捨てたんだ」
吐き出される、呪詛の言葉。
「ならあとはもう、絶望するしかないよね?」
440 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:03:31.97 ID:5aImPdL50
空っぽの正義。
美樹さやかはそう言った。
見抜かれても、不思議ではなかったのだろう。
本心から望んでいないことをいくら語ろうと、薄っぺらなものにしかならない。
望むべきものすら履き違えた正義が、何かを救えるはずがないのだ。
暁美ほむらの正義は排他的で、美樹さやかの正義は借り物だ。
しかし、そこには鹿目まどかを救おうという、願いを守ろうという、確かな感情がある。
外面だけを整えた自分の正義が、打ち勝てるわけが無いのだ。
敗北し、望むべきものも全て失った。
だからこそ。
キリカが居ないこの世界で。
ただ、絶望しかないこの世界を。
呪い、憎み、壊す―――絶望に、身を任せ。
心に濁流が溢れ出す。
怒りと悲しみと憎しみの黒い汚泥に。
それに呑み込まれて。
その中で。
441 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:04:05.03 ID:5aImPdL50
―――ありえない、幻影を見た。
はためくは黒。
穢れなく、ただ純粋な黒。
その背を知っていた。
ある意味自分が望んだ少女。
自分が犠牲にしてしまった少女。
憎まれても仕方が無い。
彼女の命を踏み躙ったのは自分だ。
呆れられても仕方が無い。
自分は彼女が憧れたような聖人君子にはなれなかった。
だというのに。
「―――無事かい? 織莉子」
いつもの笑顔で、彼女は振り返るのだ。
442 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:05:06.67 ID:5aImPdL50
切り刻まれるは、白の異形。
小動物のようなサイズをしていたそれが、魔爪によってサイコロほどまで刻まれる。
「キリ、カ……!」
「怖かったかい、苦しかったかい? いいさ……存分に泣くといい」
そう言って、キリカの胸に抱かれる。
その暖かさは、以前と何も変わらなくて。
自然と、涙が溢れた。
「……これは一体、どういう」
心から困惑したような、インキュベーターの声。
どこからか現れた、新しい一体。
自分と同じ集団の一体が肉片になったというのに、そこには触れず現状に悩む。
「はっ……見りゃわかんだろ?」
さらに、声。
聞き覚えのある不敵な声、これは。
「なんでもかんでも自分の思い通りになると思ったら、大間違いだってことさ」
443 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:05:57.21 ID:5aImPdL50
赤の少女―――佐倉杏子はそう言って、何かを放り投げた。
黒く、小さなそれをインキュベーターは尻尾で器用に受け止める。
「これは……グリーフシード?」
それも穢れを多量に抱え、あと少しで孵化しかねないもの。
インキュベーターはそれを背から取り込みながら、なるほど、と呟いた。
「しかし……どうにも君らしくないね。まさか、キリカを救うとは」
そこで、理解する。
あの時結界が崩れたのは、キリカが死んだからではなく。
キリカの中に在った魔女としての因子―――穢れが、取り払われたからだと。
「―――ふん、文句ならあのバカに言うんだね」
誰のことだろうかと考えを巡らせた、その時。
駆け寄ってくる、足音を聞いた。
444 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:06:44.38 ID:5aImPdL50
「杏子―――って、あれ?」
美樹さやかがこちらを見て、戸惑ったような顔をする。
まあ、いきなりこの状況に出くわしても、理解は及ばないだろうが。
遅れて彼女の仲間が現れる。
「なるほど、美樹さやか……色々と、妙なことをしでかしてくれるね」
一瞬青の少女は間抜けた顔を見せたが、それはすぐに引き締まる。
瞳に浮かぶは敵意。
倒すべき敵として、インキュベーターを認識する。
「あたしはただ、自分の思うがままに突き進んでるだけだよ―――それが、偶々あんたの障害になってるだけで」
「……そうかい」
それでもインキュベーターは不敵に君臨する。
敵でなく、味方でなく、ただそこに在るものとして。
445 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:07:32.46 ID:5aImPdL50
「だが好都合だよ……君が折れることがあれば、全ては絶望に還るわけだ」
「はっ……」
対して美樹さやかも不敵に笑う。
絶対に倒れず、退かず、折れることはない、と。
「やってみなよ―――ただで折れるつもりはないからね?」
「……ああ、いずれね」
言って、インキュベーターは姿を消す。
追ってどうにかできる相手でもなく、そのまま放っておく。
「さて、と」
くる、と美樹さやかがこちらを向いた。
私とキリカを一瞥し、うぅん、と思索する。
446 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:08:03.12 ID:5aImPdL50
「……ねえ、ほむら」
「好きにしなさい……別に、私はどうこうしたいわけではないから」
はぁ、と呆れたように暁美ほむらは息を吐く。
けれどその顔は、少し笑っているように見えた。
「よし……なら、決めた!」
行って、歩み寄ってくる。
不可解でしかない。
問答無用で切り裂くなり、どうとでもすればいいというのに。
そうして。
「―――ん」
差し出される、その手。
447 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:09:05.19 ID:5aImPdL50
逡巡。
思わず掴もうとして、留まる。
それで、いいのかと。
それ以上に、良い道など浮かばないのだけれど。
考えあぐねて、キリカを見る。
「キミの思うがままに、織莉子―――光だろうが闇だろうが、どこへなりとついていくよ」
天国だろうと地獄だろうと。
キリカはいつまでも連れ添ってくれる。
自分には勿体無い子だ、と今更ながら思う。
美樹さやかに向き直る。
彼女の後ろから、眩い夕日が差し込んできた。
照らし出される影は一人でなく。
ああ―――これは勝てるわけがない、と改めて思う。
美樹さやかが、優しく微笑む。
きっとそれは赦しであり、断罪で。
―――だからこそ、その手を掴む。
448 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:09:50.56 ID:5aImPdL50
「いやぁ……星が綺麗だ」
自分で言って、うわぁ臭いなこのセリフ、と後悔した。
まあ、思ったことを口に出しただけなのだが。
カラン、とグラスの中で氷が音を鳴らす。
今日はなんとなくアイスティーを頼んでみたわけだが、やはり淹れるのが上手い。
「やっぱりマミさん、こういうの上手だなぁ」
なんだかんだでそういう女性らしいところには憧れる。
自分が、あまりらしくないせいがあるとは思うが。
ともかく、冷えた空気と飲み物で落ち着きたかった。
だから皆が居る部屋から出て、外で空を眺めている。
最近、色々なことが起こりすぎている。
自分としては思うがまま、シンプルに生きているのだけれど。
なかなか複雑で、生きるって難しいなあ、だとか、年齢にそぐわない考えをしてしまう。
449 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:10:23.91 ID:5aImPdL50
ふわ、と視界に黒い髪がちらついた。
「……いいかしら?」
別に断る理由もないし、窮屈になるわけではない。
しかし、だ。
「……まどかについていなくて、いいの?」
「杏子がついてるわ……自分を大切にするよう言い聞かせているみたいだし、いいんじゃないかしら」
護衛とか、そういうものではないのだけど。
色々話したいところもあるだろうに、素直じゃないのか不器用なのか。
「一応、聞いておこうと思って」
何を、と聞く必要はあるまい。
「あなたは―――何のために戦うの?」
450 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:11:00.83 ID:5aImPdL50
それは愚問だ。
答えることなど決まっている。
けれど、聞かずにはいられなかったのだろう。
「願いのため、だよ……零れ落ちて、打ち捨てられた希望のため」
超えられない壁に、ぶつかって。
けれども諦めきれなくて。
そうして、落ちて転がった希望を拾い集め、守り抜く。
「―――いつか破綻するわよ、それ」
知っている。
誰しもの理想が、全て矛盾しないということはない。
憎まれることだって、あるかもしれない。
けれど。
「それでもいい……たとえ恨まれ呪われ殺されても、あたしは後悔しないよ」
ただ、自分は貫き通したい。
たとえこの身が滅びても。
自分を曲げ、自分に負けることだけは―――決して、したくない。
451 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:11:39.30 ID:5aImPdL50
はぁ、とほむらが溜息をつく。
「本当に……あなたって、バカね」
「お互い様でしょ、このまどバカ」
ほむらは目をぱちくりさせて驚いて、その後くす、と笑った。
「ええ、そうね……あなたに救われるくらいなんだから、余程のバカだわ」
お互いに、なんだか可笑しくなって笑う。
ほむらは初めて会ったときと随分印象が変わった。
不思議な転校生から頼りになる仲間、今は守るべき―――救うべき相手だ。
「だけど良かったのかしら―――必要とあらば、あなただって切り捨てるのよ?」
強がりなのか、懺悔なのか。
なんにせよ、ほむらのそれは切り捨てる、とは言わない。
452 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:17:10.46 ID:5aImPdL50
「諦めたからって誰も責めやしないよ……わざわざ殺したわけでもないでしょ」
直接手を下したのでなく、救うのを諦めたのだというのは、わかっていた。
意外とお人よしのほむらのことだから、中途半端に救おうとはしただろうけど。
邪魔だから、と直接殺したのなら責めることもあるだろう。
けれど、救えないものを救えなかったからといって、責められるものではない。
ほむらは、諦めたように小さく笑った。
そう―――たとえ多くの犠牲の上に今があるとしても。
ほむらがどれほどの死を見過ごしてきたとしても。
一人の少女に、生きてほしいと願うのは。
ただ一人を救いたいと、願うのは。
「あんたの願いは、間違いなんかじゃない」
どれほど血に濡れようと、汚れようと。
その希望が輝きを失うはずはないと。
「覚悟しなよ―――絶対に、あんたのことも救ってみせるから」
他の誰が否定しようと、自分はそれを守り抜く。
そう、とだけ呟きが返された。
口元は、少しだけ緩んでいた。
453 :
◆h4ONJivhRc
[saga]:2012/02/09(木) 22:18:14.15 ID:5aImPdL50
ここまでです
いやぁ遅くなって申し訳ない、できるだけ早く書かないとね
雑誌によるゲームのさやかちゃんルートの解説がハードですなぁ、これは
うん……でもここではせめてイケメンしていってね
454 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/02/09(木) 22:20:50.49 ID:OCV9w6xao
乙!
さやかちゃんイケメン杉濡れた
そしてべぇさんマジクソ外道
455 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)
[sage]:2012/02/09(木) 22:23:39.77 ID:fNEJy6Bvo
さやかが男だったらハーレム化してるなwww
乙!
456 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)
[sage]:2012/02/09(木) 22:49:33.18 ID:effWJgyZo
さやかさんマジイケメン!
さやかさんマジヒーロー!
さやかさんになら掘られてもいい!
……あ、付いてないんだった
このさやかさんなら性別を超えてハーレムを作れるレベル
457 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(三重県)
[sage]:2012/02/10(金) 00:17:12.88 ID:Xb04Lpfm0
乙
さやかっこいいってレベルじゃねーぞ!
オイどういうことだこのさやかちゃん、オイ…オイ!(ベタ褒めしようと思ったけど語彙が足りなかった)
458 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/02/10(金) 03:09:30.81 ID:Tr7kCNKDO
さやかちゃんイケメンすぎる…
にしても、キリカさんあっさり元に戻ったな
459 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛媛県)
[sage]:2012/02/10(金) 07:11:38.27 ID:PAwNhWSi0
グリーフシードは伏線だったわけかー、仁美の話したい事云々ってのも
ともあれ、乙乙
460 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/02/11(土) 14:35:16.42 ID:mcRGF4RIo
なんていうかここが最終回でいいような綺麗さだ
461 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/02/13(月) 00:35:45.60 ID:DftIHwVJ0
乙
けどまだワルプルさんがいるんだよね
462 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長野県)
[sage]:2012/03/07(水) 04:16:23.08 ID:YRKAMOnTo
さやか「大嫌いの裏返し」が円環の理に導かれてしまった…
さやかスキーの俺が楽しめる可愛いorカッコいいさやかちゃんが見れるSS増えないかな
見滝原の悪夢も終わってしまうし、バカさやかちゃんも織キリ戦終わって佳境
続きが楽しみだけどちょっと凹むわ
少し前に始まった保健委員さやかちゃんとセイバーさやかちゃんには期待してる
463 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長野県)
[sage]:2012/03/07(水) 04:16:49.77 ID:YRKAMOnTo
誤爆ェ
464 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/09(月) 12:50:01.91 ID:FNyGTKEAo
まだか
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[ Aramaki★
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